無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで203万冊以上配信中!
出張先のメキシコで、突然の雨を逃れて入った古書店。そこで見つけた一冊の書物には19世紀に、スコットランドのある町で起きた黒曜石雲という謎の雲にまつわる奇怪な出来事が書かれていた。驚いたことに、かつて、若かった私はその町を訪れたことがあり、そこで出会ったある女性との愛と、その後の彼女の裏切りが、重く苦しい記憶となっていたのだった。書物を読み、自らの魂の奥底に辿り着き、自らの亡霊にめぐり会う。ひとは他者にとって、自分自身にとって、いかに謎に満ちた存在であることか……。幻想小説、ミステリ、そしてゴシック小説の魅力を併せ持つ、マコーマック・ワールドの集大成とも言うべき一冊。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
面白かった。
彼の今までの作品はグロテスクで奇想な展開が多かったのだけれど、本作にはあまりそういう展開はでてこない。
所々出てはくるのだけれど、あまりメインの話に有機的には絡んではこない。
ただ、そんなグロテスクで奇想な展開は、今までに彼が発表してきた作品に登場したエピソードに似た内容が多いので、彼の一つの集大成的な意味合いもあるかも知れない。
まぁ、そんな展開を期待していた人にとってはちょっと肩透かしを食らわされたように感じるかも知れない。
実は僕も最初はそんな肩透かしを食らった一人だったのだが、読み進めていくうちに「おいおい、エリックさん。グロテスクで奇想な展開がなくても凄く面白い作品が書けるじゃないか!」なんて偉そうに思ってしまった。
とある男の数奇な半生を描いているのだけれど、その彼が持っている考え方や、恋愛に対する脆弱な感受性、モラルに対する潔癖感、人としての強さ弱さ、などなど「わかるわかる、あるある」と思いながら、実はあまり感情移入は出来ずに、それでも気持ちよくこの男を俯瞰しながら読み進める、といったちょっと変わった読書体験ができた。
Posted by ブクログ
『ひょっとしたら、一見ごく取るに足らない要素 ― 聞き間違えた一言、誤った想定、無理もない計算違い ― こそ実は、物事の連鎖における何より強力な環なのかもしれないのだ』―『学芸員いま一度』
旅先の鄙びた古本屋で目に留まる一冊の古書。物語がそのように始まると、ついウンベルト・エーコの小説を思い浮かべてしまう。だがしかし、この物語はエーコが好んで描いた劇中劇のような形式に素直に嵌まることはない。スコットランドでかつて観測されたという「黒曜石雲」にまつわる記録は十分に摩訶不思議な物語を展開しそうだというのに。
一人称の主人公の語りは、古書の周りを回りながら自らの来し方を辿り、如何にして自身をメキシコの古書店に赴かせしめたかを説明する。その物語がやがて古書に書き残された物語と交差し、荒唐無稽とも思われる古い記録の謎が解き明かされる為の必要不可欠な過程なのだと思わせるかのように、語りの接ぎ穂は常に古書へと戻ってゆく。過去の一つひとつのエピソードは、主人公の抱える心の重荷の秘密に迫りながら、何も解決されぬままその重さを増すばかり。どこかで古書との繋がりが明かされるのではないか、それを切っ掛けに何かが解決されるのではないかと思いながら読み進めるのだが、古書の謎の解明は遅々として進まない。次のエピソードこそとの期待感だけが膨らみ続ける。
しかし、読み手の期待はゆっくりと少しずつ裏切られる。そして控え目な語り手こそが、実は波乱万丈の物語の主人公であったのだと結論せざるを得なくなる。作家エリック・マコーマックの巧みな誘導の術中にすっかりと陥ったのだ。解明されるべきことは解明されたとはいえ、主人公の軛が解かれた訳ではなく、ただ物事の連鎖というものが、偶然とも見える人知を超えた因果によって織りなされていくものだということを知るのみ。不思議な感慨が残る。
翻訳の柴田元幸によれば、マコーマックは幻想小説を主にものにする作家とのことで、確かに本編全般にその雰囲気はある。一方で、エピローグに至るまでの長い長い問わず語りの自叙伝は、歩んできた道程で遭遇した不思議な出来事を、淡々と受け止める人生論のようでもある。人生というものには、はっきりとした自覚できる序章もなければ、集大成を伴って迎える大団円もない、と主人公が、つまりは作家が、捉えているようであることが、どことなく不気味に響く幕切れの言葉からも読み取れるようでもある。
『といっても、誰かに意見を求める気はない。いつも思うのだが、自分一人の胸にとどめておいた方がいい事柄もこの世にはあるのだ』―『エピローグ』
何気ない心情の吐露が誰かにとっての因果を生み出すとも限らないのだから。
ところで黒曜石は英語で「Obsidian」という。その言葉の響きが草野心平のとある詩を想起する。マコーマックが描き出した不思議な黒曜石雲の心象風景は、その草野心平の詩と不思議と呼応するように見える。
『
黒燿石(オブシディアン)ノ微塵ノヨウニ。
キシム氷ノ黒イ。
海。
黙(モダ)スハ岩礁。
時間ノ中ニ頭ヲ抱ヘ。
満満ミチル無数ノ零ノ。
黒ガラス。
天。
』―『風景』
スコットランド、エアシャー(Ayrshire)から望む荒涼とした波立つ大西洋の風景と草野心平が見た海景の繋がり。それを詩人が「黒曜石の微塵」と例え、更に天の模様と対比させる。偶然の繋がりが、ここにもまた。
Posted by ブクログ
南米で『黒曜石雲』という古書を手に取った「私」は、そこにスコットランドのダンケアンという地名を発見して驚愕する。それはかつて「私」が逃げるように立ち去った場所だった。一人の男の半生記に奇妙で不条理なエピソードを散りばめた、著者の集大成的な長篇小説。
マコーマックによる果てしない自己言及の物語。自作のパロディや再話がふんだんに入っていて、マッドサイエンティストがでてきたり南国に対するエロティックな妄想が爆発していたりと『パラダイス・モーテル』『隠し部屋を査察して』の要素が踏襲されていながらも、訳者あとがきで柴田さんが言うとおり、ビザールな悪趣味だけじゃない温かみを感じられるのが今までと違うなと思った。
すでに成立している男女ペア+語り手(男)という三角関係が何度も繰り返されるのは、語り手が孤児になったことと関係があるのかな。「本当の愛」を問い続ける語り手はずっと精神的に幼く、二人組のなかに招かれながらもペアが抱える秘密は共有してもらえずに子どものような扱いを受ける。ダンケアンでの大失恋がかなりリアルな事情(「こいつは父の介護に耐えられない」という見切り)だったり、最後には「本当の愛」というロマンティシズムの裏の無責任さが暴かれたり、精神的に成熟できなかった男の話だと思う。
でも語り手のパーソナリティなんか本当はどうでもよくて、ヒゲの先を二つに分けて鈴をぶら下げてる医者だの、全身植物の刺青が入っている女たちだの、挿絵をどこまで拡大しても細部が精緻に描かれている豆本だの、次から次へと開陳される奇想の連鎖に身を任せるのがマコーマックの楽しみ方だろう。この人は人類学者と作家とマッドサイエンティストを同類とみなしているんだと思う。観察し、分析し、書くことで対象から安全な距離を取る簒奪者たち。
黒曜石雲と黒い雨は、インクによって書かれ、読者に覗き込まれている世界のメタファーなのではないか。私たちは自分が誰かの手で書かれた物語の登場人物なのではないかと空を見上げて悟る日がある。だが、すぐにそんなことは忘れて日常に戻っていく。『黒曜石雲』を起点として紡ぎだされる「私」の人生も、雲の形のように意味を見いだそうと思えば見いだせそうなそうでもないような、座りの悪いエピソードの連なりだが、その説明のつかなさこそが現実に似通ってみえるのだ。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
試し読み
ビジネス・実用
小説・文芸
ビジネス・実用
小説・文芸