渡部昇一のレビュー一覧
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ネタバレ〇内容について
過去への後悔や未来への不安に苛まれず、今という一瞬を精一杯生きることについて中心に書かれている書籍である。
まず筆者は口に出す言葉や考え方を少し変えるだけで次第に現状を打開できることを提示している。それから、人々は大抵、幸福は幸運と共に訪れるものであると思いがちであるが、「幸運」は神のみぞ知るものであったとしても、「幸福」は自ずから勝ち取れるものである、言い換えれば不幸を選ばない選択はできるものであるとしている。自分自身を第一に考え、自分自身を幸福にできるのも自分自身だけである、という考えのもと、現代人が悩む対人関係をどのような思考で乗り切って行くかを全10章にまとめている。
〇感想
書かれていることを実現するのは大変かもしれませんが、自己肯定感が低い方、現状の自分に自信がない方などには効果のある言葉や考え方が見つかるかと思います。私自身は、過去の失敗からなくしてしまった自信をいかに取り戻すか、ということをテーマにこの本を手に取りました。8章には人生をよくしていく思考回路の例がいくつにもわたって記述してあり、それらの中には自分に実践すべき内容も多く含まれていました。完全に私事にはなるのですが、私はやるべきものごとを先送りしてしまうクセがありましたので、それを改善するため、「計画したものは必ず実行、また実行しなければ全く意味がない、計画を頭に詰めて妄想ばかりしている人ばかり」という内容は自身の改善に役立つに違いないと感じ、現在実践中です。
同じことの繰り返しが書かれているという感想がほかの方の意見にも散見されるように、確かに同じことを繰り返し述べている部分も多いですし、精神論も多く、「そんなこと、わかってるけどなかなか実行できないよ」という点も多く存在しますが、本書の内容を実行するかどうかは読書した人次第だと思いますし、それを実行することが人生をよくしていく、ということが本書の趣旨ですから、おおよそそのように発言されている方には本書の趣旨は理解されなかったととらえるべきかと思います。本書にも当然のことや、すでに自身が遂行できている部分も多数見受けれると思いますので、その辺りは斜め読み、飛ばし読み、太字だけ読むなどすればよいかと思います。★4つにした理由はそのあたりの蛇足部分がやや多かったように思い、途中から斜め読みが増えた点からです。
廉価版も販売されていますので、ご自身の金銭にあったものを購入されるとよろしいかと思います。 -
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ネタバレ修身や教育勅語に対して、ネガティブなイメージを植え付けられている世代も多かろうと思います。
斯く言う自分もきちんと全てを読んだことはありませんでした。
こちらの本はカタカナ表記の後に漢字平仮名混じりで書き下し文も掲載されており、大変読みやすいです。
明治維新により藩校がなくなり、修身科はあったが実際は欧米の新知識を与えることに熱心で、小学校の先生の為の師範学校も指導者はアメリカ人だったという現状。
明治12年の教育令は自由を重んじ放任すら認める感じで、授業を視察された明治天皇がこれでよいのかとご心配になるほどだったというのも空恐ろしさを感じます。
明治14年に小学校教則綱領が出されて修身が各教科の首位とされましたが、実際は格言や史実の良い話、作法を教える内容のものであり、不十分ということで明治23年に教育勅語が下賜されました。
これにより日本の道徳教育問題が安定していたにも関わらず、戦後アメリカの占領政策の中で禁止され、またしても日本の美徳は失われました。
個人的には、アメリカ以外の歴史ある国であれば話はまた違ったのではないかと思っています。
アメリカでは道徳教育と言えば教会でやるものであり、一神教ですから、八百万の神がいてその中にキリストすら含めるようなおおらかさがあり、武士道があった国とは根本的に考え方が相容れないのが当たり前でしょう。
教育勅語は訳本も作られて諸外国に配布されましたが、どこからも反対・批判はなく、称賛の反響のみがあったそうです。日本の学校での道徳教育は修身と称され、教育勅語に則ったものとなりました。
この本の中に、ある校長先生の話として
「非行少年が出た場合、その親が教育勅語や修身を教えられた世代の場合は指導に成果が上がりました。しかし親が教育勅語も知らず、修身も教えられていない世代になると手の施しようがありません」というものがありました。
明治以降の欧米礼賛を捨てやっと基本に立ち返ろうとしているかと思えば、「日本礼賛ブームは気持ち悪い」と言い出す人もいる現代。
いろいろなことが難しくなっているなと思います。
藩校や寺子屋の時代には考えられない、礼儀や常識の無い親子供が増えてきているのが、残念ながら現代の日本です。
もちろんこの本の内容が全く現代に当てはまるわけではないので、昔の話だという前置きをするなり、多少の追加修正をするなりは必要にはなるとは思いますが、この内容は確かに時代や場所を越えて普遍・不変の価値があり、この内容を目標として修身に心がけることに、普遍・不変の価値があるでしょう。
外であるきながらものを食べ、地べたに座る『欧米化』が進んだ現代では、上下の区別がつけられない人も増えています。
自分の親はきちんと躾けてくれたので、文吉の母のようにものを跨いではいけないと教えてくれましたし、剣術の師範も入門初日にたとえ木刀でも刀を跨いではいけないと教えてくださいました。
この絵本を跨がないという話の他、徳川光圀が紙を粗末にするのをやめさせるために、女中たちを紙すき場に見せにやる話や、馬子が馬のことを「この馬のおかげで暮らしているから」と親方と呼んで大事にしている話が、いかにも日本らしく感じ特に印象に残りました。 -
Posted by ブクログ
やたらと語源の話が出てきて、話が脱線する感もなくはないが、
ところどころに、とても参考になる話が出てくる。
『パンセ』や『人間−この未知なるもの』は今から買っておこうかとも思うし、
仏教などの宗教の研究にも興味が湧く。
また、参謀の役目、リーダーの条件なども、さらっとしか出てこない割に印象に残る。
何より、自分の倍以上生きている著者が、知的生活を続けているという姿勢というか覚悟に感銘を受けた。
[more]
(目次)
第1章 年齢を重ねて学ぶことについて
第2章 健康と知恵について
第3章 余生を過ごす場所について
第4章 時間と財産について
第5章 読書法と英語力について
第6章 恋愛と人間関係について
第7章 余生を極める -
Posted by ブクログ
Bスクール時代、組織論の森本先生が推薦書として教えていただいてから10年、やっと読む事ができた。読前は、第二次大戦時のナチスドイツの話なのかと思っていたが、実際はナチス時代はあまり多くを裂かれておらず、それ以前のプロセイン時代をドイツ参謀本部の栄光の時代とし、第二次大戦に至って組織が肥大化しその優れた資質と役割は機能することが出来なかったという。
プロセインの時代、ナポレオンをワーテルロー戦役で撃破し、普墺戦争、普仏戦争で少ない兵力でオーストリア、フランスに勝利には、クラウセビッツなどの戦略家を排出した参謀本部なくしてそれをなし得なかったという。特に普墺戦争以降における参謀総長のモルトケの時代が、同本部が最もその能力を発揮した時代である。
本書は、まず中世における諸侯間の戦争は実際の戦闘は両者の消耗が著しく激しいものであり、当事者はできるだけ戦闘を避ける制限戦争であり、チェスのように軍隊の配置や形成によって勝負が決したという分析から始まる。そして、兵員も傭兵が主流であり、イデオロギーや愛国心といったものよりも、勝利を動機づけるのは金であったのである。しかし、フランス革命後に登場した、ナポレオンは、国民を徴兵する事で、長距離を走り、安い給料で、脆弱な装備でも義務として勇敢に戦う兵士を獲得し、これまでの戦争の概念を一気に変え、数々の戦いに勝利する。しかし、軍隊の士気や行動能力だけでは戦争には勝利できず、むしろ戦闘の後始末としての外交処理とそれを可能とする追撃能力や展開力を伴ってこそ戦争の勝利を導く事ができる。戦闘に勝利しても、戦争という究極の外交手段で勝利できなければ意味が無いということである。
プロセインは、優秀はスタッフを配した参謀本部、かつビスマルクというこれまた類希なる外交の才能を持った宰相を奉じて、周辺諸国との外交としての戦争に勝利し、ドイツの統一を成し遂げたのである。本書のテーマは巻頭および巻末で述べられているが、優秀なスタッフと傑出したリーダーが揃ってこそ組織がその目的を果たすということである。ドイツは、第一次大戦においては優秀なスタッフがいたにも関わらず、リーダーに恵まれなかった。そして、その反動なのかヒトラーという強力な指導者がドイツを率いたものの、かれは参謀本部を徹底的に無視し、リーダーとスタッフが噛み合ずに敗戦の一因となっている。
ドイツ参謀本部が辿った道は、高い士気と愛国心、戦略的視座をもって日露戦争を勝利に導いた日本の陸軍参謀本部がその能力を過信し誇大化する事で機能不全に陥り、ノモンハン事件を引き起こしその後の太平洋戦争へと突き進んだ姿と重なる。 -
Posted by ブクログ
「南京大虐殺は無かった」と主張している渡部昇一さん(故人)の著書です。当事者がいたとしても、利害関係が絡んでいる以上、歴史の真実なんて絶対に明らかになりません。でも本書には、南京大虐殺だけでなく様々な出来事に対して「そうだったのか!!」と思える内容が沢山載っており、とても勉強になります。もちろん渡部さんの見解に過ぎないのですが、当時の利害関係を踏まえて考えると、結構真実に近いのでは?とさえ思う事ができます。
一方で、歴史から学ぶ事は大きく、正しい歴史認識は理想的ですが、やはり大衆は教科書やマスコミなど巨大な力に、歴史認識を振り回されます。そんな避けられない現実において、この手の本は草の根運動に近いものです。それもあり、自国に拘り、やったやってない論や言った言ってない論に関わり過ぎるのは、何か面倒になってきます。
私も日本人としての誇りはあります。途切れる事なく続いて来た日本文化や天皇制、それは心の拠り所であり、何ものにも代え難いものです。でもそれは自国に執着する事でもあり、歴史的に見ると戦争の火種とも言えるんですよね。究極的に考えると、誠実な統治者なら、日本国に拘らない潔さもアリなのかなと思いました。ただ今は日本周辺各国にポジティブなイメージを見出せないので、その境地は難しいかもしれませんが...。
明るい現在と未来のために歴史をどう使うか?
本書を読んでそんな宿題が降ってきました。 -
Posted by ブクログ
自分の親はこれを学んだと思うと感慨深いものがあります。
今の子ども達の様子を見るに
先生や親への敬意と感謝の念がありません。
親は親に感謝しろと教えるわけではないですし
先生は先生を尊敬せよと教えるわけではありません。
しかし、道徳と学問は年長者への感謝と敬意があって成り立つものではないか、と思うのです。
外国では宗教がその任を担いますが、
修身を教えない今、日本ではどうやって子ども達を導いてあげられるのか、心配です。
道徳を教科とすることすら反対する人がいますが
その人達は大昔の外国語である漢語が教科であることに異を唱えないのは不思議です。
今の時代に合っていないというなら論語も同じ。論語に触れるなら寧ろ修身に触れて欲しいと思います。 -
Posted by ブクログ
頭は使うけれど、神経は使わない=いらぬ不平不満は言わないで、解消法を考える。
慎重になっているときは、できない理由探しをしていないか注意する。
決断拒否は過ちの中で最大のもの。決断を先延ばししない。
落ち込む、というのは贅沢な悩みだ。自分のことばかり考えている証拠。
こうなりたいという希望と、どうしたらできるかと考えることは全く違う。希望にとどまらず、考えること。
謙虚は美徳のひとつだが、行き過ぎると卑屈になる。傲慢のほうが殻を打ち破る力になる。
難しくてもいずれ面白くなるのが仕事、面白くてもいずれ飽きるのが遊び。
お人好しは、最終的には報われる。お人好しは意気地なしとは違う。
約束は一日前に果たす。そういう習慣を身に着けること。
たとえ相手が約束を忘れたとしても、確認しなかった自分が悪いと考える。そのほうが建設的で利益が大きい。何事も自分ができることを教訓にする。
時代とは、いつでも大きな曲がり角に差し掛かっている。
書斎をもつ。自分だけの空間を持つ。
建前と本音が渦巻いているのが世の中である、と考える。
自由はお金があってこそ、である。その点でお金を求めることは必要なことである。
衝動的判断は十中八九間違っている。直感で発言しない。相手の発言にも一理あるのでは、と考える。
壁にぶつかると、情熱をかけて出来ない理由探しをする。失敗を恐れるあまり、挑戦をやめてしまう。
出来ない理由を探し始めたらきりがない。=リタイアの理由はいくらでも思いつく。
心配すること、は考えること、とは違う。心配して考えているつもりにならない。考えるとは、解決方法を考えること。
何事も、何かのご縁、意志と異なっても前向きにご縁と考える。
禅は、「悟らなければならない」と思っているうちは悟れない。続けることに意味がある。
幸運は、準備された者に訪れる。リンゴが落ちるのをみたのはニュートンだけではない。
家康の「待つ」姿勢。ただ待つのではなく、心技体を整えて待つ。
高橋是清が日露戦争の資金調達に行ったとき。自分には運があるから大丈夫、と思ったからこそ、目的を果たせた。自己暗示が幸いをもたらす。
スポーツのイメージトレーニングは欠かせない。同様に成功へのイメージトレーニングも欠かせない。かくありたい、という自分をイメージする。