【感想・ネタバレ】平成後を生きる日本人へのレビュー

あらすじ

日本の未来を担う若者たちに伝えておきたいことがある 知の巨人からの遺言!

「先生、日本人にこれだけは言い遺さなければならないと思われることだけを語ってください」
本書は平成24年~28年まで、渡部昇一先生を主任講師として開催された「日本人への遺言セミナー」をベースとしている。
「先生、日本人にこれだけは言い遺さなければならない、心に刻み込まなければならないと思われることだけを語ってください」そうお願いしてスタートしたセミナーは、未来を生きる勇気の種として先人たちの言葉を受け取り、自分の頭で考え、子供たちに手渡す大人でありたい、そんな渡部昇一先生の思いに満ち溢れていた。
「大丈夫、日本は日本らしくあればよい!」先生のその声が、きっと心に木霊するに違いない。
(編者より)

【目次】第1章 子供達に本当の歴史を教えよう○第2章 日本人よ、「ガッツ」を持て!○第3章 日本人の誇り○第4章 「歴史戦」をいかに戦うか○第5章 日本よ、永遠なれ○第6章 西郷隆盛に学ぶ/「朝日の落日」まで闘おう (特別収録)

※この電子版は育鵬社発行「平成後を生きる日本人へ」(2018年4月17日 初版第1刷発行)をもとに制作されております。

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Posted by ブクログ

「南京大虐殺は無かった」と主張している渡部昇一さん(故人)の著書です。当事者がいたとしても、利害関係が絡んでいる以上、歴史の真実なんて絶対に明らかになりません。でも本書には、南京大虐殺だけでなく様々な出来事に対して「そうだったのか!!」と思える内容が沢山載っており、とても勉強になります。もちろん渡部さんの見解に過ぎないのですが、当時の利害関係を踏まえて考えると、結構真実に近いのでは?とさえ思う事ができます。
 
一方で、歴史から学ぶ事は大きく、正しい歴史認識は理想的ですが、やはり大衆は教科書やマスコミなど巨大な力に、歴史認識を振り回されます。そんな避けられない現実において、この手の本は草の根運動に近いものです。それもあり、自国に拘り、やったやってない論や言った言ってない論に関わり過ぎるのは、何か面倒になってきます。
 
私も日本人としての誇りはあります。途切れる事なく続いて来た日本文化や天皇制、それは心の拠り所であり、何ものにも代え難いものです。でもそれは自国に執着する事でもあり、歴史的に見ると戦争の火種とも言えるんですよね。究極的に考えると、誠実な統治者なら、日本国に拘らない潔さもアリなのかなと思いました。ただ今は日本周辺各国にポジティブなイメージを見出せないので、その境地は難しいかもしれませんが...。
 
明るい現在と未来のために歴史をどう使うか?
本書を読んでそんな宿題が降ってきました。

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2018年09月22日

Posted by ブクログ

大学時代(私の場合、1983年開始)から新刊が出るたびに読むことが多くお世話になっていた方が、すでに高齢となり最近では何人かがお亡くなりになり大変寂しい思いをしています。船井氏に引き続いて、この本の著者である(編集したのは佐藤氏)渡部氏もお亡くなりになりました。

彼の本の多くは、日本の歴史(特に戦後の現代史)についての正しい解釈はこうである、ということを一貫して述べてきたと感じます。最初読んだときは、学校の授業で習ってきた内容とは異なる部分もありとまどうこともありましたが、彼の他の著作だけでなく、同じテーマを扱ったほかの人の本をも読むことで、ようやく彼のポイントも理解できるようになってきました。

この本は渡部氏が晩年に講演した内容を纏めたものになっていますが、この本が彼の遺言集のように思います。東京裁判の位置づけや、それに関連した人達は日本人以外で、だれがどんな根拠で何を言ったのか、東京裁判以降、マッカーサーはどのように思いになったのかは、日本人としても理解しておくべきことのように思いました。

以下は気になったポイントです。

・欧州で起きた30年戦争の後に、初めて(1648)近代的な国際会議を開いた、このときの条約(ウェストファリア条約)が近代的な国際法の始まり、これは「戦争やったら、どっちの国が善いとか悪いとか言っちゃいかん」ということ、これは欧州の騎士道、武士道に近い(p17)

・日本海海戦は、空前絶後の圧倒的な勝利である、海軍の勝利っていうのは欧州の歴史では、文明の勝利を意味する。ペルシア帝国に勝ったギリシアの、サラミスの海戦、イスラムに勝った、スペイン・オーストリア・トルコ連合軍がトルコを破った、レパントの海戦(1571)(p21)

・孔子の民族は、周の民族である、都が西安や落葉であるように、ずっと西の方で栄えていたが、三国志の終わりまでには完全に消えた、同様に日清戦争で日本とやった帝国の満州人はもういなくなった(p50、51)

・南京はオープンシティにしなかった、他にもしなかった都市は、ワルシャワ、ベルリン、これらは廃墟になった(p59)

・福島の放射線量は、広島原爆の1800万分の1である、広島と長崎で長年調べた、原爆の被災者たちの間のガンの発生率は、その他の地域よりも低い、奇形児の発生率も、被害は殆どが焼け死、放射線でケロイドにならない、放射線では溶けない、熱で溶ける(p80)

・背骨はタンパク質にカルシウムがくっついている、年を取るとタンパク質の摂取量が減ったりするので、タンパク質が体に足りなくなって骨からとることになり、年よりは体が小さくなる(p93)

・ソクラテスが毒薬を飲んだのは、裁判は受け取らないが、判決は受け取った(法治国家であることを尊重した)から(p118)

・第二次世界大戦時、ユダヤ人の上陸を、イギリスもアメリカも認めなかったが、日本は国策でユダヤ政策を断っている(p129)

・外国人は権力を握ったら天皇になればよいと考えるが、藤原氏は考えない。藤原氏が天皇になったら、藤原氏でなくなるから。それをやったら、革命を起こされたって文句を言えない、こういうことが貴族の間で分かっていた(p131)

・日本は宗教同士で喧嘩はしていない、仏教徒が宗派が違ったから戦争したということは無い、これは他の文明圏には無い(p134)

・国の歴史というのは、その国のいいところを虹のように見ること、虹を見るには、ある程度の距離とある方向がなければ虹が見えない、必ず、距離と方向が必要(p144)

・平城京も平安京も、絶対重要なところである「城壁」は真似していない(p147)

・パチンコ屋でも何でも駅前の一番いいところにあるのは、焼け出されて地主が死んだり、帰ってきたときには、在日コリアンが占拠していた(p161)

・日韓併合とは、大韓帝国と大日本帝国の合併であり、植民地化ではない(p173)

・学徒動員とは、男子生徒に使う用語、挺身隊は、女子生徒に使う用語(p176)

・侵略とは、国境を越えて責められること以外に、重要なる経済的な打撃を与えられるような政策と取った場合も含むと、アメリカ国務長官のケロッグ氏は言った(p180)

・捕虜の資格とは、1)武器を見えるように持つ、2)制服を着る、3)複数の場合は、纏める責任者がいる(p185)

・昭和天皇が政治に口を出したのは、1)226事件において、彼らは賊軍であると言ったこと、2)終戦時に意見を言って終戦としたこと(p208)

・アメリカには、今、言論の自由がなくて、文化人がみんな困っている、ポリティカル・コレクトネス、1970年代の日本の部落解放運動の極端な連中のようなもの(p220)

・共和党のアイゼンハワーが大統領になったときは、岸首相は平等に扱われて、一緒にゴルフをした(p230)

・中世は、奴隷がいなくなった時代であるが、アメリカは奴隷を輸入した、古代にはローマやギリシアでもあったから、やるという発想であった(p256)

・立派な敵は尊敬するという習慣が、第一次世界大戦までは確かにあった、お互いに捕虜となった将校たちは非常に仲良く付き合っている(p256)

・東京裁判は、国際法によっていない、連合国が全部マッカーサーに任せた、自分で作ったマッカーサー条例でさばいた(p260)

2018年6月3日作成

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2018年06月03日

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