松本清張のレビュー一覧
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ネタバレ上巻の元子は応援したくなり、やるねえ〜と思いながら読んだ。頭の切れる人はかっこいい。構成が良いのでサクサク読んだ。
だが、下巻の元子はどうにも好きになれなかった。安島のくだりでは、今まで数字を見つめてきた人間が、そんな急に熱心になるものか?と思い、「敏腕であっても所詮は女だ」とでも言わんばかりの描き様に、興ざめした。女性の描き方が時代ならではで、今の感覚で読むものではないということだろう。
最後のどんでん返しでは元子は裏切りに裏切られ、寒気がした。そんな、ここまでしなくても、いいじゃないですか?妊娠・流産に関しては、「成り上がった女の転落」を描きたいばかりのように思ってしまった。後味があまりにも悪く、人間不信になりそうだ。 -
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去年、死刑囚として47年もの間拘束されていた袴田さんの無実が確定し、釈放された。袴田さんはもはや、自分が釈放されたことがわかっているのかも疑問なぐらい精神をきたしてしまっている。。人生の大半を牢の中で過ごさせてしまった罪の大きさは計り知れない。
帝銀事件もまた然り。戦後間もない昭和23年、帝国銀行椎名町支店で青酸カリによる大量殺人が発生した。行動のスムーズさから判断するに、犯人は冷静沈着、慎重な性格で、かなり医療に精通した人間と推察される。そしてまた大量の死を目の当たりにしても動じないところを見ると残忍酷薄で精神力の強い人物である。そこで警察は軍関係、特に七三一部隊を含む科学研究所に焦点を当てて捜査を始めた。
ところが、浮上したのはテンペラ画家の平沢貞通。全く医療にも軍にも薬品にも関係のない人物なのに、名刺の裏に書かれていた文字の筆跡が似ていること、容姿が似ていること、アリバイが曖昧なこと、事件後金払いが良くなったこと‥確たる証拠もないのに、あれよあれよという間に犯人に仕立て上げられ、仕舞いには死刑囚にされてしまった。彼がコルサコフ症候群で証言もころころ変わるということも大きく作用している。軍関係の調査はどうなったのでしょう。打ち切られたのか資料も残っていない。軍の科学研究者たちは外地から秘密裏に帰国し、霧散して行った。多くはGHQに引き取られたという。そして今回の事件もGHQが軍の捜査を阻んだ可能性もある。
今回の証言者たちの中にはは証言内容を徐々に平沢を黒に寄せていった人もいる。世論や検察、警察の判断とは違うことが言えなくなり、断定的に似てると言ってしまえばだんだん似てるようにも見え始め、無意識に自分は正しいと思ってしまう。筆跡も面通しも主観が入るので当てにならないはず。
「マスコミが大衆感情を煽り、一つの世論が形成された。世論はいつも片側にある種の暴力を養ってふくれるものである。」「警察の主観が新聞の主観となり、それが読者の主観となり世論の主観となるのである。」そしてこの負のうねりは令和になった今でもネットという不気味な怪物を介して訳のわからない主観を生み出している。大きな主観の渦の中で自分の意見を通すことは難しい。 -
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『紙の月』に続いて女性行員横領もの。超有名な作品ですが、ちゃんと読むのは初めて。
1980年の作品で、土地転がし、脱税、不正入学など、バブル前の欲望渦巻く雰囲気がよく出ています。何度もドラマ化されていて、その度に現代風にアレンジされているのだと思いますが、基本的にはこの時代背景があってこそ成り立つ物語だなと思います。
銀行から横領した金で銀座のママに転身したところから物語が始まるので、残念ながら思っていたほど横領の話は出てこなかった。この頃は架空口座や無記名口座が法律で禁止されてなかったことにまず驚きます。
「優生保護法」とかもさらっとでてくるんですが、これが1996年まで存在していたことも今考えると怖い。
バア「カルネ」がある銀座よりも、赤坂のホテルや原宿のビル、医科進学ゼミナール、法務局港出張所などの描写が細かく、そのまま聖地巡礼できそうですが、おそらく現存しない建物が多そうで、今はなき時代の風景が感じられます。
赤坂見附のYホテルのモデルは立地と描写からすると、赤坂エクセルホテル東急(東急赤坂ビル)。2023年に閉館しています。
(上巻276)
元子は、地下鉄の赤坂見附で降りてコンクリートの階段を上った。午後四時半だった。
路上に出た正面に十五階のYホテルがある。一、二階がテナントの商店街で、そのならんだ陳列窓の賑やかさが、車の混雑する大道路を隔てたこちらからもよく見えた。一階のホテル入口はせまく、突き出た飾り日覆い(テント)の下に赤い服のドアマンが立っていた。
主人公の元子は美人というわけではなく、頭がいいというよりは銀行員時代に培った地道な調査と金勘定、度胸の良さで男たちから金を巻き上げていきます。
悪女ではあるけれど、悪どいことをして稼いだ金を奪って何が悪いと、男たちにひとりで立ち向かっていこうとする姿には惚れ惚れするところもあり、彼女が追い詰められて行く後半は読んでいて辛かったです。
せっかく横領した金で小さなバアのママになったんだから、まずはその店を繁盛させてからもっと大きな店をめざせよとは思いますが、お金を稼ぐことより奪いとることに夢中になってしまう感じが哀れです。
色気で男を籠絡し、金を出して保護してもらう波子とは手段が対局ではありますが、結局のところ、元子も波子も男たちのホモソーシャルに踊らされた感があり、嫌な読後感が残りました。
昭和の男性作家による小説ですから、これも時代を反映しているわけですが。
(下巻296)
赤坂から青山通りへ出て、表参道へ折れる。これも赤い尾灯の流れの中だ。対向車の眩しい光の殺到。両側の照明の輝き。銀杏並木が影絵で浮き出ている。その下で人々のそぞろ歩き。女たちの上半身はほとんどが半裸体だった。感覚の馴れた日常的な風景も、こんな気持ちのときには妙に遠く、新しく映る。
以下、引用。
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あくる日の午後、元子は東麻布二丁目の法務局港出張所に行った。
タクシーで行ったが、場所がちょっと分りにくかった。狸穴のソ連大使館の裏側で、坂道を下って右や左に曲る。運転手も道順を人に訊かねばならなかった。
法務局港出張所は、レストランにしてもいいくらい、ちょっとしゃれた白亜の二層建築だった。事務所は二階にあり、道路面から斜めについた石段を上った。
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石段を降りて行くと、近所には司法書士の看板を出した間口のせまい家がならんでいる。
103
灯が入ると活気を帯びる原宿の「ファッションの街」も、昼間はふつうの通りとそれほど変りなく、両側の新緑の銀杏並木と商店の列の間を、若い男女が通行人の間にちらちらしているだけだった。ただ、銀杏並木の下に駐めてある車はスポーツ・カーやしゃれた外車などが目立つ。
原宿の様相は急激に変貌しつつある。新しい建物が次々とふえ、一年くらい見ないで行くと、まるでよその土地を訪れたようである。
明治通りの表参道入口から原宿駅のほうへ向うゆるやかな上り勾配の途中、左側にもビルの新築・改築がつづいているが、その一つにチョコレート色の化粧煉瓦で装った六階建があり、正面には「信栄ビル」の金属文字がならんでいた。
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新宿区喜久井町四一六番地。
「大久保から飯田橋へ向う道の途中に、若松町というバス停がある。それを北へ坂道を下りて行く。下りた突き当たりが喜久井町だ。ちょうど早稲田通りの南側になる。そのへんで本校の名を聞いてもらえばすぐに知れる」
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若松町のバス停から北へいったん下った道は、その谷から隆起した喜久井町の高台へと上っている。「医科進学ゼミナール」はその高台の斜面にある白い学校ふうな建物で、外観は小さいながら大学の校舎かと思われるくらいだった。
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こうした事態に進展しかねないのを恐れたからこそ、東林銀行千葉支店の藤岡市支店長、村井次長らは、七千五百六十八万円の行金横領を黙認したのだ、と元子はいまさらのように思い出す。その想い出は、この初夏の微風のように爽快なものだった。
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元子は、村井次長が云ったように「ずぶとい女」とも、また楢林院長が云ったように「したたかな女」とも、自分では思っていない。自分の心の自然な進歩だと考えている。顔も肉体も変らないように、そしてそれが年を重ねてゆくように、自然の経過だと思っている。心の土台は違わない。気持ちも二十一、ニのころと変らないのである。
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豊川稲荷は、青山通りが赤坂見附の坂にかかるところにある。その高みの石垣は車の奔流する川の岸辺といった感じだった。豊川稲荷と墨で書いた真赤な提灯が本堂の軒先にずらりとならび、境内の茶店にも同じ赤提灯が張りめぐらされてあるので、まるで歌舞伎の舞台を見るような華やかさだった。
正面は破風造りの本堂である。赤い鳥居は寺のわきにある玉垣の中だった。火焔宝珠の付いた幟が無数に立つ石だたみの狭い参道がある。正面には祠があった。
276
四千万円を得るには、今後どれだけかかるかわからない。失ってみてはじめてその大金の価値がわかってくる。金銭は持っている間はそれほど多いとも思わ布ものだ。もっとふやしたいと考えるため、いつまで経っても財産が少ないように見える。金を失ったとき、その慢性意識をはじめて思い知らされる。
296
赤坂から青山通りへ出て、表参道へ折れる。これも赤い尾灯の流れの中だ。対向車の眩しい光の殺到。両側の照明の輝き。銀杏並木が影絵で浮き出ている。その下で人々のそぞろ歩き。女たちの上半身はほとんどが半裸体だった。感覚の馴れた日常的な風景も、こんな気持ちのときには妙に遠く、新しく映る。
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清張の初期の短編作品を8編集めたもの。
過去に読んだ作品やテレビドラマや映画になり、なじみのある作品も幾つか収録されている。「市長死す」や「張込み」は、その最たるもの。
いずれも、今となっては、レトロ感が溢れているが、「声」は電話交換手ならではの発達した聴覚が取り上げられ、なかなかレアなネタで新鮮さを覚えた。
また、映画の世界に抜擢された劇団男優が顔を群衆に曝すことで“過去”の暴露に怯えるという皮肉な展開を描いた「顔」も面白いストーリーだった。
犯人に対し、過誤をしゃべらせる「ミュンスターバーグの方法」を使って追い込んでいく「反射」も興味深く、共犯者の自供からの破綻を怖れるあまり、ある男に調査を依頼したことから怖ろしい結果になる「共犯者」は意外性が出色だった。
清張の作品には後ろ暗さや焦りが漂い、犯罪を隠蔽しようとしても最後には、思わぬ所から足がつく「天網恢々疎にして漏らさず」を感じさせるものが多いが、この短編集にもその要素が感じ取れる作品が幾つかあった。
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主人公の若手検事、瀬川良一の孤軍奮闘の調査により、真相まであと一歩というところで殺人事件の時効が明日成立してしまうところまで迫ってきます。ネタバレになるので結果は書きませんが、真相に近い大物の代議士は一筋縄ではいかない巨悪の根源のようなヤツです。
政治家、暴力団(反社)、 建設会社、 警察、 検察‥これらの持ちつ持たれつの関係の中で、悪人ほど高笑いする構造はこの頃も、60年経つ今もあまり変わらないのではないでしょうか。それを感じた作品でした。清張氏はこれらの組織を(今回は検察を)実によく調べて消化していることに恐れ入ります。
ただ、もっと優れた作品を知っているだけに、今回は遅々として、臨場感が薄くなったように思います。
でも、瀬川検事の頑張りと潔さが、清々しい読後感を与えてくれました。
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巻末の塩田武士さんの解説の中で清張氏の印象的な言葉があるので書き留めます。
『少しずつ 知っていく。少しずつ真実の中に入ってゆく。 これをこのまま社会的なものをテーマとする小説 に適用すれば、普通の平面的な描写より読者に真実が迫るのではなかろうか』
『私は何によらず、動機というものはすべての人間の犯す罪において、一番大事な点ではないかと思っています。 従って、動機を追求するということは、性格を描くことであり、人間を描くことに通じるのではないか』
『私は世間の主婦の方にお願いしたい。 どんなに下級の人でも、たとえば、あなた方の台所を訪問して品物を配達でもしたような場合、それが商売上の当然の行為であっても、その人間に優しい ねぎらいの言葉の一つでもかけてやっていただきたいのである。その人間はその一言でどんなに元気づけられ、希望を与えられるかわからない』
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松本清張氏の作品を文庫の新刊で読めるのは嬉しいですね。1971年に講談社文庫より刊行された本書を改訂し、文字を大きくした新装版です。清張氏56歳の時の作品で、読売新聞の連載小説でした。
そのため長編独特の丁寧さがあり、遅々としている印象ですが、清張ならではの風土性や、深層を追う者の心理描写がよく描かれています。
この小説の中での追う者は、検事の瀬川良一。松山地方検察庁 地方支部の倉庫から出火し、事務官の平田健吉が焼死し、戸棚の中から事件簿の2冊目(昭和25年から26年にかけての部分)だけが紛失しているのに気付きます。そのことに疑問を持った瀬川検事の単独での真相究明が始まります。
紛失した事件簿にある重大事件は何だったのかを追ううちに、ある男が浮上してきます。その人物は社会的地位のある者でした。
そして下巻へと移ります。下巻は、なぜそんなことをしたのか?という推理が解き明かされるのでしょうか。気になります。