松本清張のレビュー一覧
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ネタバレ兄の身の潔白を証明してもらうために、東京で高名な弁護士・大塚鉄三に弁護を依頼した柳田桐子。高額な弁護料を支払えないことを理由に断られ、兄も死刑囚として獄死ししてしまったことから、大塚への復讐を決意する。大塚の社会的地位を陥れるため私生活を暴き、文字通り身を呈して完全に社会から抹殺しようとする桐子の執念はすさまじい。この原作の映画版では、たしか倍賞千恵子さんが主演を演じていたような気がする。原作ではラストに描かれている桐子の体を張った作戦のシーンだけが妙に生々しく記憶に残っている。
阿刀田氏のあとがきによれば、松本清張は「眼には眼を」(1957年)という名の映画をを思い出の一本にあげており、この -
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同じ教団に所属する者として戦慄したのは、本作によってではなく、当時の週刊誌のインタビューに載ったある女性作家のコメントである。
司祭による殺人(容疑)というセンセーショナルな事件に対し、この作家は以下のように述べている。
「神父様の瞳をご覧になって下さい。澄み切った美しい瞳です。決して人を殺せるような方の目ではありません」
ベルメルシュ神父(作中ではトルベッキ神父)は2009年時点でカナダの地元の名士として存命中であった。この事件についてはノーコメントを通し、死者への哀悼のことばはなかったと聞く。
なお本事件に関し、日本のサレジオ会(作中ではバジリオ会)でも真相を曖昧にした当時の -
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これぞ松本清張の推理小説といった内容だった。
まるでサスペンス劇場の台本でも読んでいるかのような細かいセリフ、主人公の思考回路。
サスペンス劇場と違うのは、サスペンス劇場では主人公が考えたことや言ったことはみな意味があって正解の方向にいっている、もしくは後からヒントになる。それに対してこの小説は、正解に結び付く、付かないにかかわらず、主人公の思考回路を忠実に描写しており、考えたことや言ったことが、解答へ結びつかなかったりあまり意味がなかったりすることも多々あるという点。これにより、まるで自分が主人公になったかのような錯覚に陥り一緒に考える。犯人はどうやってこのアリバイを作ったのか。やっぱり松本 -
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松本清張の小説とはいえ、事件や時刻表が出てくるわけではない。
しかしこの初期の掌編にこそ、後に続く不朽の名作『点と線』の
老刑事の捜査への執念や、『砂の器』の
犯罪者の不遇な身の上が生む悲劇など、
氏の推理小説の原点を垣間見ることができる。
森鴎外の小倉滞在時の日記のゆくえを、長い歳月をかけて追いかけた、
田上耕作という男の話である。
彼は生まれながらにして歩行と言語に重い障害がある。
不自由な身体で差別にあい、孤独に押しつぶされそうになりながらも
小倉日記のゆくえを探して東奔西走する。
「小倉日記」は現存するのだろうか?
彼の調査は価値のあるものなのか?
最後の一文にせつないリアルがこもる