松本清張のレビュー一覧
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S工学という会社の重役の後妻となった伊佐子。30歳も歳が離れた結婚は、遺産目当てであった。多情ゆえ多くの男と関係をもつ伊佐子は、愛人の恋人の死亡により殺人の嫌疑をかけれ、愛人の口封じのために弁護士を雇う。夫は、会社の経営上の理由から重役を退かされ、2度目の心筋梗塞を発症し弁護士の兄が経営する病院に入院する。夫は自費出版の自叙伝執筆のため、速記者を雇う。伊佐子は、弁護士とも深い関係に発展する。夫と前妻との間の娘姉妹を警戒し、心筋梗塞を再度起こさせるべく自宅療養に切り替え、まんまと夫は死亡。しかし、そこから一気にどんでん返しが起こるという結末。文末に掲載の解説も、一味違った趣向で面白い。
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(01)
歴史に登場する10人の芸術家たち(*02)にそれぞれスポットを当て、彼らの苦渋や葛藤とともに、その作家性や作品の特質を想像の中に描いている。といっても、古代から近世の人物であり、それぞれ残された記録も多いわけではない。そして、その芸術的な行為は、現代の芸術家の生業とも異なる文脈に属している。とりわけ権力との距離や体制、そして芸術を成立させる技術や情報に現代との断絶がある。
しかし、著者は、そこを飛躍し、彼らを生き生きと描いており、その生命は、矛盾はしているが、どうも彼らの現代性にあるのかのようでもある。
(02)
立体としては運慶や止利仏師が、平面としては雪舟、岩佐又兵衛、光悦、写楽が、工芸や数寄としては千利休、古田織部、小堀遠州が、そして舞踊とし世阿弥が取り上げられており、ひとつの書物に収められた布陣としてもバランスが取れている。もちろん彼らにはそれぞれライバルもいて、パトロンもいる。芸に対する構えには、それほど濃淡はないが、先天的な境遇は様々で、そこに歴史的環境を読むのも楽しい。 -
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昭和40年に刊行されたこの短編集には昭和28年に芥川賞を取った『或る「小倉日記」伝』などが収められている。
巻末などに初出年月が一切書かれていないのでとても困るのだが、比較的初期の作品ばかりのような気がする。『黒い画集』の諸作よりもエンターテイメント性や情動的な密度が低いように思える。
幾つかの小説は、全く架空の人物をいかにも本物の伝記らしく記述した、虚構の伝記スタイルである。松本清張はこうしたスタイルを得意とし、(比較的初期の頃?)多用したようだ。それぞれリアリティがあるので、虚構と分かっていても面白く読める。
この短編集の最後の方の幾つかは、これらの中では成熟してきているようで、文学的文体から匂い立つ情動が緊密だと感じた。
「もっと先を読みたい」「ページをめくる手がもどかしい」と読者に感じさせるための技巧としては、推理小説やサスペンス小説のようなプロットアイディアに依存した手段もあるが、そうした仕掛けに頼らずとも、文章と情動喚起が織りなす読書時間の緊迫化によって、読者をとらえて離さないような文学技法は可能である。
たとえば太宰治の傑出した独白体小説のいくつかは、そのような緊迫した「時間」を生成し、読者を強力に導くのであって、そこに推理小説の謎解きのような要素は全く不要なのである。
松本清張の文体と鋭い心理描写(人の心のちょっとした機微を的確に迅速に切り出す)もまた、そうした「濃密な読書時間」を形成することが出来るのだろう。
今回この短編集と東野圭吾さんの最初期の短編集を同時に読み比較してみて、清張さすがと思わせられたのは、そのような「時間の充溢」を看取させられたからであった。 -
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「火と汐」不倫で京都旅行中の妻が、ヨットレースに参加中の夫によって絞殺される。そのトリックとは。 「証人の森」会社から帰ってみると妻の死体に遭遇。疑われる第一発見者の夫。そして、警察の自白強要によって殺人者に確定。しかし、戦況が激しくなり真犯人として名乗りをあえげてきたのが、近所の米配達の青年。「種族同盟」国選弁護人が手腕を発揮して無罪となった青年。しかし、その青年を自分の事務所に雇い入れて、事件の真相が明らかになる。「山」会社からの横領を逃れるために出奔したのが長野県の山間にある温泉地。中居女中と親密になり、山中で見つけたのが女性の死体そしてその犯人と思しき男性。東京に中居女中と移り住み、そこでその犯人である男性と偶然にも出会い、親しくなる。
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清張の短編集2冊目。
こないだの『黒い画集』ほどの衝撃は無かったが、それでも印象の強い作品はいくつかあったし、どれも興味をぐいぐいと引きつけられ一気に読まされてしまう、優れた語り口が見られた。
「紙の刃」などはサラリーマンが苦境に陥り困惑を極める話なのだが、実際の自分の仕事とはえらく違う領域であってもこの仕事上の困窮は身に迫る感じがして、読んでいて辛くなった。
どうやら松本清張は現代日本人が普遍的に日常的にすれ違うような「イヤな感じ」を見事に抉り出す点で実に傑出しているようだ。
松本清張は、「イヤな感じ」大魔王である。
現実生活にもありがちな「イヤな感じ」を、フィクションを読んでわざわざ反芻させられ強調されることに喜びを感じるという傾向は、「ホラー映画/小説」に何故か惹かれてしまう人の心の闇に通底するのかもしれない。