松本清張のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ注! 思いっきり内容に触れています
ラスト、鬼頭が死んでからが面白いのは面白いんだけど…。
ただ、いささか週刊漫画誌の連載漫画が急に終わる、あの感じみたいで、ちょっとなぁーw
……なんて思っていたら、最後は、かなりえげつない終わり方。
民子がああいう殺され方をすることで、ストーリーがぐっと締まったように思う。
変な話、民子がああいう風に殺されることで、次は「わるいやつら」を読もうかなーと思ったくらい(^^ゞ
(ていうか、それを読むまでは上巻と同じく★3つだったんだけど、4つに増えたw)
ただ、実際のガソリンを使った事件を踏まえて考えると、空間全体が爆発するように燃えるらしいから、小滝も怪我したんじゃないかなー。
ていうか、連れ込み旅館みたいな所に火をつけるわけで。
そんな大ごとにしちゃったら、事件をもみ消してもらうにしても大変なんじゃないだろうか?と、そこは疑問がないでもない。
とはいえ、民子が殺される場面は、まさに“獣の道(所業)”で。変な、スカッと感がある(爆)
民子は、決して嫌いな登場人物じゃなかったはずなのに、そこは面白い。
ていうか。
よくよく考えたら、この小説の登場人物って、な~んか、みんな嫌いじゃないなぁー(^^;
久垣なんて本当にイヤなヤツだけど、あんな風に欲に追いかけられるようにせこせこ動き回っている人生って、
実は、人は幸せなんじゃないだろうか?なんて、ちょっと考えてしまうw
♪幸せなんてなにを持っているかぁ~じゃない。なにを欲しがるかぁ~だぜ、と歌っていたはっぴいえんどの「はっぴいえんど」という曲を思い出した、
なんて書いたら、松本隆に怒られるのか?(^^ゞ
下巻は、最後の最期で「けものみち」というタイトルそのままの、ケモノ、ケモノした場面が出てきたんだけど。
とはいえ、そこまではそんな感じじゃないんだよね(上巻の最初で民子が夫を殺しちゃうのは、むしろ共感しちゃうw)。
というのは、主人公が民子で。
久垣のパートを除けば、民子に沿って物語が進むから、本来“ケモノ”であるはずの鬼頭や秦野、小滝にしてもケモノ臭があまりしない。
秦野なんて、民子には常に好意的(誠意をもってと言ってもいいかもしれない)に接するから、読者からすると嫌な人間にはならないのだ。
ケモノの総本山であるはずの鬼頭も、民子を通して物語れるから、たんなる色ボケジジイって感じで。
読んでいて、むしろ笑っちゃう、みたいな?(^^ゞ
まー、もしかしたら、これが書かれた当時だったら、「うっわー。ケモノぉぉー」みたいに読めたのかもしれないけど。
今だと、もっとエゲツないのがいくらでもあるからなぁー。
そういう意味じゃ、今のエンタメ小説って、“いかに先人よりエゲツなく描くか”で(^^;
先人よりエゲツなく描けば、読者にウケて。本が売れて、賞も貰えるってことなんだろう(爆)
ただ、個人的には、エゲツなさはこのくらいで充分で。
過剰なエゲツなさに注力する分、この小説くらいボリュームのある物語をつくってくれよ、と最近の作家に言いたい(^^ゞ
そういえば、解説に、松本清張が語っていたことが引用されていて。
「この時期に推理小説はその本来あるべき性格を失いつつあった。その理由の一つは題材主義に寄りかかりすぎたためであり、一つはジャーナリズムが多作品を要求したため不適格な作品が推理小説の名において横行したことであり、もう一つは、その結果、推理作家自体の衰弱をきたしたことである」と。
上記は、著者が本格推理物について語っているらしいんだけど、いつの頃のことについて語っているのかはよくわからない。
ただ、エゲツなさや露悪性を売りにしている小説がウケる今の状況にもそれは当てはまるような気がするかな?(^^ゞ
松本清張って、すごく好きな作家というわけではないんだけど、そういう推理小説に対する態度とかを聞くと、
作家の世界にこういう大御所が一人いるのといないのとでは、作家たちにも、出版業者たちにも、また、読者たちにもいろいろ違うんだろうなーなんて思ってしまう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ★★★2021年5月★★★
読み終わってからだいぶ経ってしまった。
読書メモと断片的な記憶を頼りに書く。
・張り込み
・顔
・鬼畜
・声
・投影
・一年半待て
・カルネアデスの舟板 ・・・等
「投影」
もっとも面白かったのは「投影」
東京での仕事に失敗し地方の新聞社に都落ちした記者が、その地域での仕事に取り組むうち、新聞記者としての仕事に対する誇りを取り戻していく、というのが大まかな流れ。不正を暴き正義を明かにする、という信念をもった社長が何とも言えぬ味を出している。
事件のトリックそのものは、実におかしい。
殺人の被害者は電灯のあるほうに自転車を漕いでいったらそこは海だったという。
つまり、被害者がいつも向かうのと逆方向に偽装の電灯を仕掛け、そちらに誘い海に落ちるよう仕掛けたわけ。
まず、被害者は電灯を頼りに帰る方向を定めていたのか?という事。電灯に群がる虫じゃあるまいし。
100万歩譲ってそうだとしても、そのまま海に落ちるか?
という突っ込みどころはあるにせよ
物語自体は実に面白い。トリックの事は枝葉末節。
「カルネアデスの舟板」
大学内の勢力争いを描いたえげつない作品だ。
大海原で船から投げ出されたときに漂流する板を見つけた。ああ助かったと思ったら、その板にすがる人物がもう一人、その時あなたは・・・
これがカルネアデスの舟板。
この物語は大学内、学部内で確かな地位を築いた教授が恩師を大学に復帰させたところから始まる。
恩師というのも難しいものだ。
最終的には、二人とも沈んでしまう。もっとうまくいくやり方は無かったものか?
**引用**
海中に突き落とされるのは弱いものであり、枝に残るのは力の強いものか、機転の利くものである。
「顔」
成功したい、上昇志向の強い新進気鋭の俳優が消したい過去。それは殺人。その目撃者を消すために新たな殺人を企てる。その俳優は一度見たら忘れられない個性的な顔をしている。
何故俳優を選ぶ? -
Posted by ブクログ
★★★2021年5月★★★
税務署の腐敗と、出世争いの闇に深く切り込んだ作品。
いつものことながら、松本清張の作品からは昭和が感じられる。
まだ自家用車が普及していなかった事や、個人情報が気軽に交換されていた事、武蔵境はまだ田舎扱いだった事など。
東京の土地勘をもっていれば、より楽しめる作品だと思う。
「深大寺」が登場したのにも、「おっ」と反応した。
作品の内容として、税務署の職員が所轄の企業から接待で豪遊をし
それでその企業の脱税を見逃したり手心を加えたりする「腐敗」がテーマ。
新聞記者の田原典太が追及する。
これはフィクションだから、実際にこのような腐敗が横行していたとは思わないが、迫力のある筆遣いで迫ってくる。新聞社同士の競争や警察との駆け引きも見ものだ。
犯人は「きっとこの人かな」と思われる人がやはり犯人だった。