李琴峰のレビュー一覧
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2つの中編小説が収録されています。
『地の果て、砂の祈り』
別れた元恋人とエジプト旅行をすることになった主人公。お土産屋さんではぼったくられ、しつこい客引きにはウンザリさせられ、エジプトに着いたしょっぱなから旅は上手くいかず互いにイライラが募っていくという地獄…。
とある事情で二人は別れることになったのですが、どちらも悪くないけど、これってどうにもならないものなのか…別れるという選択しかないのか…と読み終わった後もやるせない気持ちが残ります。
『東京奇侠伝』
主人公の清猗はトランスジェンダー女性の芷離という幼なじみがいる。大学時代、ミャンマー人の采茘 と3人でルームシェアをしていた。卒業後離 -
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めちゃくちゃ面白かった。
何を言っても蛇足な感想に思えて、あまりにも答えの出ない内容だった。
妊婦さん、子供がいる人、いない人、子供が欲しい人、欲しくない人、どっちでもいい人、人生が楽しい人、つまらない人、まだまだ生きたい人、死にたい人などなど、本当に色々な立場の人に読んだ感想を聞いて回りたい。
主人公は合意出生制度で産まれており、冒頭で、自分自身の人生で辛いことがあっても自分が望んで産まれてきたという事実があるから乗り越えることが出来た、と言っている。
「自分で選択した」という信念が自分を生かすというのは、この小説の世界でも今私達が生きている現実でもそうそう大差は無いのではないかと思っ -
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出産に対して、今までにない視点で考える機会になった。
未だに「女性は結婚して子どもを産んで一人前」と考える人はいると思うが、そもそもその考え自体が傲慢だと思う。それは単なる価値観の違いではなく、生まれてくる子どもに対しての傲慢さだ。私たちは日常で、なかなか「生まれてくる子どもの視点」に立つことはない。
子どもを産むことの善し悪しは置いておいて、今の時代に子どもを産むことで、子ども自身が被るリスクについては一度考えてから産むのがいいのではないかと個人的には思う。
この本で描かれているように、現実的には子どもに出生の意思は問えない。だからこそ、やはり産む親がある程度の責任と覚悟を持って産むべきな -
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ネタバレ生まれるまえに生まれたいかと問われたら?
この世に生まれるかどうかの決定権を親ではなく胎児が持てるようになった時代、母親はその決定の日までお腹で子供を九か月育てる。もしリジェクトされたら…恐ろしいほどのストレスが母親を襲う。
胎児が自ら生を拒否、リジェクトできるけれど胎児なのでなにをもってリジェクトするのか、というのは母親には分からず恐怖でしかないと思っていたがある程度の年数が経つとすんなりとこの制度は運用され続けている。人間の適応力に感心しつつどこか仄暗く冷やかな雰囲気を感じ読み進んで、結末には納得できたかと言えばそうでもないのは私はこの制度の中で生きていないからだろう。
作品としては -
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難しすぎず格式高い美しい文章が心地よい。私が読む日本の現代小説ではあまり見ない熟語が使われていて文章のリズム感も良い。杜甫の『春望』『贈衛八処士』、邱妙津の『ある鰐の手記』『モンマルトルの遺書』、中山可穂の『白い薔薇の淵まで』などの作品が散りばめられ、著者が漢詩や日本の小説に精通していることが窺い知れる。この作品がデビュー作であることに驚く。
主人公・紀恵が精神的に追い込まれていく様子がすごくリアルで苦しかったし悲しかった。紀恵に対して台中女中の女の子たちが攻撃的なところや薫が拒絶する場面は悔しくて歯痒かった。こんなふうに扱われる必要性なんてないのに!鬱になってしまった紀恵が狂乱している己と -
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性というか性別(性自認や対象)というか、性欲というか性癖とか、性体験とか。
「性」のことはご法度的で親子、恋人、親友でも避けたりするわけで、孤独な世界だと思ってきたけれど。それが女性作家が17人も語るわけで下品上等、生々しくて面白い。
面白い、と言ってる事を下品と言う人もいると思いますが、多様性?とあえて言葉にすれば線引きしないでよ、と。
面白いというのは具体的に変えれば興味深い、が適切か。いやらしい意味でなく、前述のようにご法度な他者の世界に興味があるわたしは、作家がこうもあけすけにエッセイとして実体験や思想を語ってくれてありがたく。
本として残るので結構なカミングアウトもあったりするわ -
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自由や人権が保障されているのなら、その先の死の自由も尊重されるべきである。
本作の核と言ってもいい制度「合意出生制度」は、生まれる前の子どもに直接、この世に生まれたいのか、それとも生まれたくないのか問うところから始まる。
環境や個人の特性などで人の“生きやすさ”は変わる。
なら、そもそも幸せになるのが難しい人生なら、生まれてこなければいいのではないか?
わざわざ生まれて、無期懲役に近いこの人生を彷徨わなくても良いのではないか?
なぜ法の元で“生”は保障されるのに、“死”は必ずしも保障されないのか?
そんな、一言では片付けられないような問いが本作には詰まっていた。
ただ、“ -
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今の私だったら生まれてこない方を選択するけれど、生まれる前に同じ選択をしたかと聞かれると自信がない。
結局は責任の所在?自己責任論に落ち着こうとしてるのか。
意思決定の権利や自己決定の権利等、目に見えないけれど私たちが作り出したことで存在するもの。それらをどうやって可視化して責任の所在を明確にするか。
上手くいかないことを自分のせいにしたくないだけ、自分の選択の責任をとれないだけなのかな。でも生まれてくる時点で持ち合わせてるものは人によるから格差はある。平等はありえない。自分のコントロール下にないものは、責任をとらずに済む逃げ場がほしくなる。