三浦綾子のレビュー一覧
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小説を愉しんだ後に思う場合が在る。作中の最終盤辺りの経過の後、「如何いうようになってしまう?」ということが凄く気になる場合が在って、「こういうように?」と勝手に考えを巡らせてしまう場合も在る。
『氷点』という小説を読んだ。不幸な事件が契機で、一家は重大な秘密を密かに抱え込んでしまう。その秘密に関るヒロインは、その秘密を突き付けられる羽目に陥り、最終盤で騒動を起こしてしまう。やがて一家の秘密の真相を知る人物が、その真相を伝える。そういう具合で「ヒロインの陽子は如何なる?」という場面で物語が幕を引くのが『氷点』であった。
作者の三浦綾子の中で、『氷点』は発表されている「ヒロインの陽子は如何なる?」 -
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1974(昭和49)年から1976(昭和51)年に雑誌連載として登場した作品だという。1976(昭和51)年に単行本となった。後に文庫本にもなっていて、幾つかの版が出たと見受けられるが、今般入手したモノの初版は1985(昭和60)年ということだ。
上巻では1923(大正12)年頃から1938(昭和13)年頃という背景だ。下巻では上巻の最後の辺りに在った場面の数ヶ月後から物語が起こり、1945(昭和20)年の戦争の終結の頃迄、最終盤辺りは戦後に相当する昭和22年頃という時代が背景だ。上下巻を通じて、概ね四半世紀の期間、その時代を生きた作中人物達の人生が描かれる物語ということになる。
下巻の物語は -
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或る小説を興味深く読んで愉しんだという経過が在ると、「同じ作者による別作品?」という興味が沸き起こる。
その種の興味に駆られて入手するに及んだのだが、紐解き始めてみると頁を繰る手が停まらない、また「停められない」という様相を呈し、なかなかに愉しんだ。
題名の「天北」である。明治の初め頃、現在の北海道内に所謂「旧国名」に相当する地方の地域が設定された。北海道の北には「天塩国」、「北見国」というような「国」が設定された。ここから「天北」というような呼び名が起こっている。使用例を見ると、2つの「国」の頭文字を取っているという例も、「天塩国の北側」という意味が起こりという例も在るという「天北」である。 -
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人間の弱さを理解していることが強く優しく生きるためには大事、みたいなテーマ。いつもの三浦綾子さんらしさを感じる。
親しい友達も家族でもお互いの気持ちを完璧に理解することはできないという点で自分以外はみな他人であり、だから人は孤独。自分も他人のことを心から思ったり理解することはなかなかできなくて、親しい人が悲しんだり苦労していることはよくよく知らずに自分が一番不幸であるかのように思い込んでしまう。そういうことに気づく経験をして人(というか自分)の弱さを知ったときに少し優しくなれる。でもどんなに優しい人でも人を傷つけない人はいない、優しいからこそ人を傷つけうる。っていうお話だなと思いました。
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誰かが話題にした本が記憶に残り、気になって入手して紐解き、その本との出会いが善かったと思える場合というものが在ると思う。本作はそういう、話しを聞いて気になったという切っ掛けで出会った。そして読後に、本との出会いが善かったと余韻に浸っている。
少し長く読み継がれていて、これからも読み継がれていくであろう作品、或る意味で「古典」という趣も在る作品だと思う。
本作は上富良野町(作中の時代は上富良野村)を舞台とする物語で、実際の大きな災害の頃のことに題材を求めている。この作品を知る切っ掛けとなったのは、上富良野町の隣りである美瑛町を訪ねた経験だった。
美瑛町を訪ねて、景色を愛で、写真を撮るようなことを -
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ネタバレ三浦綾子さんの7年間の教師時代。
情熱的で頭脳明晰な三浦綾子さん。
時代が違ったらという「たら」「れば」を言いたくなる。
しかし、迫り来る戦争をどんどん肌で感じ、
最後は今まで信じて疑わなかったことを
墨で塗りつぶさねばならなくなったことを自省しやめていく。
教育愛に燃え、子どもをとことん可愛だっていた彼女だったからこそ
虚無感や失望の念が強かったのだろう。
キッパリと教師を辞める潔さ。
彼女の真摯さに惹かれる。
教師時代、炭鉱の村に赴任し、そこで働く人の子達を見て
目を見開かれていく彼女。
中でも朝鮮半島から来た子が
風呂敷を振ってサヨナラを告げていた光景が目に焼きつく。
その後日談もいい -
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ネタバレ三浦綾子さんの7年間の教師時代。
情熱的で頭脳明晰な三浦綾子さん。
時代が違ったらという「たら」「れば」を言いたくなる。
しかし、迫り来る戦争をどんどん肌で感じ、
最後は今まで信じて疑わなかったことを
墨で塗りつぶさねばならなくなったことを自省しやめていく。
教育愛に燃え、子どもをとことん可愛だっていた彼女だったからこそ
虚無感や失望の念が強かったのだろう。
キッパリと教師を辞める潔さ。
彼女の真摯さに惹かれる。
教師時代、炭鉱の村に赴任し、そこで働く人の子達を見て
目を見開かれていく彼女。
中でも朝鮮半島から来た子が
風呂敷を振ってサヨナラを告げていた光景が目に焼きつく。
その後日談もいい