三浦綾子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本棚の整理をしていて、古い氷点を見つけて読みたくなった。
改訂版が出ていると知り、そちらを購入して読んだ。
平成の改訂版ては、フォントサイズが大きくなり、改行も多くなっていて、全体に読みやすくなっている印象。
言葉遣いなどは現代にそぐわないものはあるけど、時代背景を考慮し、修正はされずに発表当時のままが使用されている。
さて内容は記憶に残っている通り。
何十年も経っているのに、よく覚えていることに感心する。それだけの文章力。
妻の裏切り、失った子供、その復讐に犯人の子供を引き取る。という夫の心の動きを中心に、キリスト教の「汝の敵を愛す」が繰り返し問いかけられる。
何十年経って読んでも、再び引き込まれる氷点の世界観。
これがデビュー作なのだから、やはりすごいと思う。
三浦綾子の氷点と塩刈峠は、時々読んで考えたい。
今読むと、内容的には韓ドラにありそうな感じなので、三浦綾子さんって、すごい時代の先取りだったのかも。
下巻も続けて改訂版で読もうと思う。
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Posted by ブクログ
1909年(明治42年)、北海道にある塩狩峠で、若い鉄道職員(長野政雄)が自らの命を犠牲にして多数の乗客の命を救ったという鉄道事故があり、その実話をもとに文学的に脚色して、彼の生涯を描いた小説です。
主人公の永野信夫は、明治時代の東京で育ち、父と妹と祖母の4人で暮らしていました。
母親は自分が生まれた2時間後に亡くなったと祖母から聞かされていて、祖母からは士族の子どもとして厳しく育てられてきましたが、その祖母が亡くなった後、実は母親がキリスト教を信仰していたことで(父親はそのことを知っていた上で結婚した)、結婚後にそれを知った祖母曰く、
「日本古来の神仏があるのに、なにも毛糖の拝む神を拝むことは要りません。それが日本人としてどんなに恥ずかしいことか分からないのですか」と、
祖母の怒りをかい、信仰をやめるか、家を出るかの選択を迫られた結果、家から追い出されていたことを知ります。
そんな昔ながらの考えの祖母に育てられてきた信夫は、母親を追い出した祖母ではなく、キリスト教への信仰を全うし自分を捨てて家を出た母親と家庭崩壊の原因となったキリスト教に強い反感を抱きます。
祖母が亡くなってから、母親は家に戻ってきましたが、信夫は成長するにつれて、母親の生き方や愛情に触れて、またさまざまな人との出会いや苦難を経験して、次第にキリスト教の教えに関心を持つようになりました。しかし当初のそれは反感や抵抗を含む関心でした。
やがて信夫は、親友の妹で、足に障害を持ちながらも心優しい吉川ふじ子に深い愛情を抱くようになり、彼女も足の障害や肺の病などの苦難を経験してキリスト教を信仰するようになったことを知ります。
彼女の家はもともと仏教を信仰する家でしたが、ある日、彼女は信夫にこんなことを言いました。
「お先祖様を大事にするということは、お仏壇の前で手を合わせることだけではないと思うの。ご先祖様がみて喜んでくださるような毎日を送ることができたら、それが本当のご先祖様への供養だと思うの」
足の障害で幼い頃からつらい思いをし、今では肺の病で寝たきりの闘病生活でも、明るく振る舞う彼女と接しているうちに、信夫自身もキリスト教への信仰を深めるようになり、「他人のために生きること」の意味を見いだしていくようになります。
そして、いよいよ信夫とふじ子との結納の日、悲劇が起こります。
今「悲劇」と書きましたが、これは俗世間にとっては悲劇であっても、キリスト教を深く信仰していた信夫にとっては、キリスト教の教えである「自己犠牲」を実践したものだったのだと思います。
この文庫本の解説にも書いていましたが、「犠牲」という言葉には、
人の犠牲になろのは嫌だ、とか、
そんな犠牲的な精神はつまらない、
というように、どうしても否定的な言葉が続き、否定的に用いられるのが通常です。
しかし、自らの命を棄てて、人間の罪のために、永遠の犠牲となった十字架のイエス・キリストが、そこで指し示したように、
『人がその友のために自分の命を捨てること。これより大きな愛はない』
これこそが、この「塩狩峠」という小説のテーマであったように思います。
ご存知の方も多いと思いますが、作者の三浦綾子さんは、24歳の時に肺結核を発病し、脊椎カリエスも併発して、長い闘病生活を送り、病床でキリスト教に目覚め(まさにこの点は、小説の中の吉川ふじ子と同じです)、30歳のときに洗礼を受けたクリスチャンです。但し、読者である私は、全く宗教への信仰心はありません。
三浦綾子さんのキリスト教への信仰心が、この作品に影響したことは間違いありませんが、全く信仰心のない私でも、主人公の犠牲的な精神とその行為に感動するのは、やはり宗教を超えた人間としての根本的な感情・精神に心の琴線が触れたからだと思います。
実話を元にした愛と信仰の物語。人間のあるべき姿、存在の意味を問う崇高な小説であったように思います。
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Posted by ブクログ
1909年(明治42年)、北海道にある塩狩峠で、若い鉄道職員(長野政雄)が自らの命を犠牲にして多数の乗客の命を救ったという鉄道事故があり、その実話をもとに文学的に脚色して、彼の生涯を描いた小説です。
主人公の永野信夫は、明治時代の東京で育ち、父と妹と祖母の4人で暮らしていました。
母親は自分が生まれた2時間後に亡くなったと祖母から聞かされていて、祖母からは士族の子どもとして厳しく育てられてきましたが、その祖母が亡くなった後、実は母親がキリスト教を信仰していたことで(父親はそのことを知っていた上で結婚した)、結婚後にそれを知った祖母曰く、
「日本古来の神仏があるのに、なにも毛糖の拝む神を拝むことは要りません。それが日本人としてどんなに恥ずかしいことか分からないのですか」と、
祖母の怒りをかい、信仰をやめるか、家を出るかの選択を迫られた結果、家から追い出されていたことを知ります。
そんな昔ながらの考えの祖母に育てられてきた信夫は、母親を追い出した祖母ではなく、キリスト教への信仰を全うし自分を捨てて家を出た母親と家庭崩壊の原因となったキリスト教に強い反感を抱きます。
祖母が亡くなってから、母親は家に戻ってきましたが、信夫は成長するにつれて、母親の生き方や愛情に触れて、またさまざまな人との出会いや苦難を経験して、次第にキリスト教の教えに関心を持つようになりました。しかし当初のそれは反感や抵抗を含む関心でした。
やがて信夫は、親友の妹で、足に障害を持ちながらも心優しい吉川ふじ子に深い愛情を抱くようになり、彼女も足の障害や肺の病などの苦難を経験してキリスト教を信仰するようになったことを知ります。
彼女の家はもともと仏教を信仰する家でしたが、ある日、彼女は信夫にこんなことを言いました。
「お先祖様を大事にするということは、お仏壇の前で手を合わせることだけではないと思うの。ご先祖様がみて喜んでくださるような毎日を送ることができたら、それが本当のご先祖様への供養だと思うの」
足の障害で幼い頃からつらい思いをし、今では肺の病で寝たきりの闘病生活でも、明るく振る舞う彼女と接しているうちに、信夫自身もキリスト教への信仰を深めるようになり、「他人のために生きること」の意味を見いだしていくようになります。
そして、いよいよ信夫とふじ子との結納の日、悲劇が起こります。
今「悲劇」と書きましたが、これは俗世間にとっては悲劇であっても、キリスト教を深く信仰していた信夫にとっては、キリスト教の教えである「自己犠牲」を実践したものだったのだと思います。
この文庫本の解説にも書いていましたが、「犠牲」という言葉には、
人の犠牲になろのは嫌だ、とか、
そんな犠牲的な精神はつまらない、
というように、どうしても否定的な言葉が続き、否定的に用いられるのが通常です。
しかし、自らの命を棄てて、人間の罪のために、永遠の犠牲となった十字架のイエス・キリストが、そこで指し示したように、
『人がその友のために自分の命を捨てること。これより大きな愛はない』
これこそが、この「塩狩峠」という小説のテーマであったように思います。
ご存知の方も多いと思いますが、作者の三浦綾子さんは、24歳の時に肺結核を発病し、脊椎カリエスも併発して、長い闘病生活を送り、病床でキリスト教に目覚め(まさにこの点は、小説の中の吉川ふじ子と同じです)、30歳のときに洗礼を受けたクリスチャンです。但し、読者である私は、全く宗教への信仰心はありません。
三浦綾子さんのキリスト教への信仰心が、この作品に影響したことは間違いありませんが、全く信仰心のない私でも、主人公の犠牲的な精神とその行為に感動するのは、やはり宗教を超えた人間としての根本的な感情・精神に心の琴線が触れたからだと思います。
実話を元にした愛と信仰の物語。人間のあるべき姿、存在の意味を問う崇高な小説であったように思います。
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Posted by ブクログ
ネタバレ妻の夏枝がとにかく憎い(笑)
娘が殺された時に逢い引きをしていたのに「自分だけが苦しむのはおかしい」と開き直り、7年振りに再会した村井にウキウキし、陽子に様々な意地悪をしても夫や息子の前ではすっとぼけ、北原を陽子から離すためにあれこれし、最終的には陽子の出生の秘密までぶちまける。人前では感じよく振る舞って常に自分を正当化して、ほんと嫌なやつ~!となったが、大切に育ててきた子どもが自分の実の娘を殺した犯人の子だったと後から知ったら、私ならどうするだろう。
こんな家庭で育ったのに、気丈に振る舞う陽子がすごい。中学の卒業式の答辞、感動した。だからこそ最後の「氷点」という言葉がグサッとくる。。続編も読みたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ妻の夏枝がとにかく憎い(笑)
娘が殺された時に逢い引きをしていたのに「自分だけが苦しむのはおかしい」と開き直り、7年振りに再会した村井にウキウキし、陽子に様々な意地悪をしても夫や息子の前ではすっとぼけ、北原を陽子から離すためにあれこれし、最終的には陽子の出生の秘密までぶちまける。人前では感じよく振る舞って常に自分を正当化して、ほんと嫌なやつ~!となったが、大切に育ててきた子どもが自分の実の娘を殺した犯人の子だったと後から知ったら、私ならどうするだろう。
こんな家庭で育ったのに、気丈に振る舞う陽子がすごい。中学の卒業式の答辞、感動した。だからこそ最後の「氷点」という言葉がグサッとくる。。続編も読みたい。