三浦綾子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
キリスト教がどうというよりかは、
宗教を信仰することの認識をした気がする。
人がどのように拠り所を見つけて生き方を模索するのか、というか。そんなことを感じた。
小難しい宗教混じりのお話と思っていたが、読むと登場人物は少年少女、成長した若者あたりで、宗教観を通じて世の中の白黒つかないものに対して思考をする進行だった。言葉にできない蟠りやモヤモヤしたものをそのまま感情として言葉にされていたり、聖書や周囲の人間を喩えに考えを形成する感覚に、どこか懐かしさを感じた。
私は特段キリスト教に思い入れがあるわけではないが、幼稚園での教育がキリスト教だった。言葉や人はわかりやすい表面的な要素で、本質は主に考え方や概念について捉えることが宗教だと思う。(無形物)
本書ではキリスト教徒としての心得や考えが書かれていたが、仏教徒やその他宗教での概念の違い自体も気になった。 -
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キリスト教がどうというよりかは、
宗教を信仰することの認識をした気がする。
人がどのように拠り所を見つけて生き方を模索するのか、というか。そんなことを感じた。
小難しい宗教混じりのお話と思っていたが、読むと登場人物は少年少女、成長した若者あたりで、宗教観を通じて世の中の白黒つかないものに対して思考をする進行だった。言葉にできない蟠りやモヤモヤしたものをそのまま感情として言葉にされていたり、聖書や周囲の人間を喩えに考えを形成する感覚に、どこか懐かしさを感じた。
私は特段キリスト教に思い入れがあるわけではないが、幼稚園での教育がキリスト教だった。言葉や人はわかりやすい表面的な要素で、本質は主に考え方や概念について捉えることが宗教だと思う。(無形物)
本書ではキリスト教徒としての心得や考えが書かれていたが、仏教徒やその他宗教での概念の違い自体も気になった。 -
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信夫が塩狩峠で、殉死するまでの人生に運命を感じてしまう。死んだと聞かされていた母が生きており、キリスト教信者であったこと。父親に約束の大切さを説かれ、雨の中級友との約束を果たすために出掛けたことで吉川と親友になる。その吉川の妹ふじ子との出会い。障害のあるふじ子にかなり早くから惹かれながらも、ふじ子が病気になり、そのふじ子を支えているものがキリスト教だと知っていよいよ信夫もキリスト教の道を進むことになる。幼い信夫を育てた祖母はキリスト教を嫌い遠ざけていたのに、祖母の突然死からどんどんキリスト教が近づいてくる。そして、祖母や父の突然死を目の当たりにして、どのように人は生きるべきか漫然とはしていられないのだという気付きもあった。元々真面目な信夫はキリスト教から、利他の精神を学んでいく。命を犠牲にしても、多くの命を助けられるならそこに意味はあり、その自分の決断をふじ子や母なら分かってくれるという信頼があった。幼かったあの日、父と出掛けて偶然妹に出会わなければもしかして祖母も死ななかったかもしれず、そうしたら違う生き方になっていたかもと思うと運命を感じてしまう。そして一人の青年の運命が、結果的に多くの人を助けその人達の運命に繋がっていく。鉄道事故と青年の殉死があったことは事実と知り、感動が深まった。
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信夫が塩狩峠で、殉死するまでの人生に運命を感じてしまう。死んだと聞かされていた母が生きており、キリスト教信者であったこと。父親に約束の大切さを説かれ、雨の中級友との約束を果たすために出掛けたことで吉川と親友になる。その吉川の妹ふじ子との出会い。障害のあるふじ子にかなり早くから惹かれながらも、ふじ子が病気になり、そのふじ子を支えているものがキリスト教だと知っていよいよ信夫もキリスト教の道を進むことになる。幼い信夫を育てた祖母はキリスト教を嫌い遠ざけていたのに、祖母の突然死からどんどんキリスト教が近づいてくる。そして、祖母や父の突然死を目の当たりにして、どのように人は生きるべきか漫然とはしていられないのだという気付きもあった。元々真面目な信夫はキリスト教から、利他の精神を学んでいく。命を犠牲にしても、多くの命を助けられるならそこに意味はあり、その自分の決断をふじ子や母なら分かってくれるという信頼があった。幼かったあの日、父と出掛けて偶然妹に出会わなければもしかして祖母も死ななかったかもしれず、そうしたら違う生き方になっていたかもと思うと運命を感じてしまう。そして一人の青年の運命が、結果的に多くの人を助けその人達の運命に繋がっていく。鉄道事故と青年の殉死があったことは事実と知り、感動が深まった。
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ネタバレ最後の最後で、ふじ子は果たして救われたのだろうか。生まれつき足が悪く、肺を患い、回復してからいよいよ恋人と結納だというタイミングでその相手を失い。この後、ふじ子はどうなったのだろう。時代背景とかを考えるとこれ以降の結婚は難しいのかな。今の時代だったら、結婚だけが幸せじゃないって考えもあるけど、当時はそうもいかないだろうし。キリストへの信仰が心の支えにはなるだろうけど、それがどこまで大きな力となってくれるのかな。不憫でならない。吉川と信夫は良い関係性の友達になれて良かった。小学校時代の、唯一、夜間に学校に集まろうという約束を守ったもの同士。それがきっかけで仲良くなって、あろうことか義理の兄弟にもなって。信夫は父親に促されたから学校に行ったとあるが、『僧侶になろう』という小学生の頃に交わした約束を10年程引きずった信夫も義理堅い人であって、この2人はなるべくしてなった友人なのだろう。
和倉は、イメージはとても豪快で義理堅い感じの人。信夫の嫁にと、娘を提案したが、信夫に想い人がいる事を知ると心から応援してくれて、後腐れないとても素敵な人だった。 -
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ネタバレ最後の最後で、ふじ子は果たして救われたのだろうか。生まれつき足が悪く、肺を患い、回復してからいよいよ恋人と結納だというタイミングでその相手を失い。この後、ふじ子はどうなったのだろう。時代背景とかを考えるとこれ以降の結婚は難しいのかな。今の時代だったら、結婚だけが幸せじゃないって考えもあるけど、当時はそうもいかないだろうし。キリストへの信仰が心の支えにはなるだろうけど、それがどこまで大きな力となってくれるのかな。不憫でならない。吉川と信夫は良い関係性の友達になれて良かった。小学校時代の、唯一、夜間に学校に集まろうという約束を守ったもの同士。それがきっかけで仲良くなって、あろうことか義理の兄弟にもなって。信夫は父親に促されたから学校に行ったとあるが、『僧侶になろう』という小学生の頃に交わした約束を10年程引きずった信夫も義理堅い人であって、この2人はなるべくしてなった友人なのだろう。
和倉は、イメージはとても豪快で義理堅い感じの人。信夫の嫁にと、娘を提案したが、信夫に想い人がいる事を知ると心から応援してくれて、後腐れないとても素敵な人だった。 -
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高校生だった頃の私は、陽子と同じように「周りが変わっても、自分だけは変わらない」と本気で信じていた。
でも振り返ると、その後の私は驚くほど変わり続けてきた。
作品では、「若いうちは一年でも別人のように変わる」と描かれていたが、実際には年齢を重ねた今のほうが、考え方や価値観は大きく変化しているように感じる。
ただ、その変化を以前ほど行動に移さなくなったため、外から見れば昔とあまり変わっていない人間に映るのかもしれない。
この作品を読んで「変わる」ということは見た目や環境だけではなく、自分の内側で静かに積み重なっていくものでもあるのだと気づいた。 -
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高校生だった頃の私は、陽子と同じように「周りが変わっても、自分だけは変わらない」と本気で信じていた。
でも振り返ると、その後の私は驚くほど変わり続けてきた。
作品では、「若いうちは一年でも別人のように変わる」と描かれていたが、実際には年齢を重ねた今のほうが、考え方や価値観は大きく変化しているように感じる。
ただ、その変化を以前ほど行動に移さなくなったため、外から見れば昔とあまり変わっていない人間に映るのかもしれない。
この作品を読んで「変わる」ということは見た目や環境だけではなく、自分の内側で静かに積み重なっていくものでもあるのだと気づいた。 -
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人は誰しも生きていたら心に闇があるものであるが、その闇を人に明かすことが簡単ではないから、人を巻き込んでまで苦しんでしまうのだと思う。
私も神様と私しか知らない罪を抱えて生きていて、誰かに打ち明けるなど恥ずかしくてできない。
自分の一番愛するべき人を一瞬でも傷つけてしまった瞬間がある。そのことをずっと後悔している。
過去は変えられない。自分も自分の力では変えられない。神様に全てを謝り、罪を背負ってくれたイエス様に感謝して委ねていくことができれば、この重荷が楽になるのだと思う。
罪をどんなに重ねた人間でも、神様の目から見れば雪より真っ白な高価で尊い存在なのだろうか。
私が罪を犯す前から神様は私を救おうと計画され、すでに罪が赦されている。私はただそのことに感謝して、その神様に従って共に生きていきたい。 -
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人は誰しも生きていたら心に闇があるものであるが、その闇を人に明かすことが簡単ではないから、人を巻き込んでまで苦しんでしまうのだと思う。
私も神様と私しか知らない罪を抱えて生きていて、誰かに打ち明けるなど恥ずかしくてできない。
自分の一番愛するべき人を一瞬でも傷つけてしまった瞬間がある。そのことをずっと後悔している。
過去は変えられない。自分も自分の力では変えられない。神様に全てを謝り、罪を背負ってくれたイエス様に感謝して委ねていくことができれば、この重荷が楽になるのだと思う。
罪をどんなに重ねた人間でも、神様の目から見れば雪より真っ白な高価で尊い存在なのだろうか。
私が罪を犯す前から神様は私を救おうと計画され、すでに罪が赦されている。私はただそのことに感謝して、その神様に従って共に生きていきたい。