小野寺史宜のレビュー一覧
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奇蹟を綴る作家、小野寺史宜さんが、みつばの郵便屋さん経由で、私に奇蹟を届けてくれました〜♪☆
前日まで読んでいた「本日も教官なり」(角川文庫)の主人公、益子豊士さんが、読み始めた「みつばの郵便屋さん 幸せの公園」(ポプラ社)に、秘密めかして?出てきたのでした〜♪
し・か・も、郵便屋さんの平本秋宏さんと、「ソーアン」で知り合って、一緒にお酒飲むとか、ファン的に最高♪
そんなこととは知らず、次は4巻目だからと手に取っただけだったので、私は奇蹟と呼ぶことにした。
ちなみに、小野寺さんは、奇跡ではなく、奇蹟という漢字を使うことが多いと思って、敢えてそうしたんだけど、「奇跡集」(集英社文庫)は違うんだよね。なんでだろ。 -
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同じ電車車両内に居合わせた乗客達の偶然から起こる題名の如くの奇跡の数々。
でも奇跡というかまあ偶然の出来事だ。それをラッキーと思える当人達の感性が奇跡というだけか。
それでも自分に当てはめても奇跡と思うかな。
第4話 赤沢道香の奇跡 今日を放つ
一番印象に残る。一つの正義と勇気。中々後一歩が踏み出せない気持ちが分かる。赤の他人の人生なんて干渉すべきでないかもしれないけど、理不尽な不幸からは助けられる。
日常に不意に起こる恐怖と言ってもいい冤罪、後からきた震えと心からのありがとう。普段からほんの少しの勇気は持っていたいものだ。道香を選んだ志郎が感じた様に誇ってもらえる人間でありたい。
横尾成吾は忘れていたが、久しぶりに思い出した。 -
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ネタバレ「ひと」との連作なだけあって、今作もじんわりと心を暖めてくれる物語。何か大きい出来事が起こるでもなく、日常の中での出来事や人との関わりによって、主人公・瞬一の人生が少し好転する話。
人との出会いは人を形成する。前作に続いて、著者からのそんなメッセージを感じた。
過去は現在にとって遠いものではなく、現在を侵食し現在をかたちづくるもの。過去にあったものも、人も、無くなってもそこにあったことに変わりはない。自分が体験したことに、変わりはない。
——「人が亡くなっても、人は生まれる。じいちゃんが亡くなっても、多聞の子は生まれる。そんなふうにして、人は入れ替わっていく。村は変わらないが、人は変わっていく。でも変わらないものもある。村にじいちゃんはいた。そこで生きてた。その事実は変わらない。」——この言葉が印象的だった。
じいちゃんは亡くなっても、じいちゃんの教えが瞬一の身体にしっかり染み付いている。両親が亡くなって、瞬一に両親との思い出が全然なかったとしても、両親の中には息子との思い出が死んでからも残り続ける。絶対に忘れることはない。そういうことを改めて言葉にされて、胸に深く沁みた。
前作に続き今作でも主人公は真面目で真っ直ぐな人で、でもお涙ちょうだい的なわざとらしさを感じさせない文章を書くのが、すごく上手い作家だなと思う。淡々と進む日常に、共感しつつ読み進めるうちに、だんだん心がぽかぽかと暖かくなっていくような作品。 -
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ネタバレ「神様が見ている」じゃなくて、「人が見ている」。この作品に合うのは、きっとそのニュアンスだと思う。
「両親を亡くした幼い子どもの成長物語」は世に多いけれど、本作は少し違う。20歳の主人公は父を亡くし、さらに3年後、今度は母を突然失う。しかも同時ではなく、別々に、突然に訪れる。この設定って、ありそうで意外とないと思った。
父を失い、続いて母も急逝する。親戚づきあいも頼れる大人もいない。突然のことだから蓄えもなく、数年後・数十年後のために通っていた大学を、明日の生活のために辞めることになる。それでも東京に残り、考えたこともなかった料理人の道に進む。
物語の途中で描かれる母の突然死と、それに対して主人公がどう感情を動かし、どう行動するか——その一連の流れが、「もし自分だったらどうするだろう?」と深く考えさせられるきっかけになった。
本来なら考える必要のなかったことばかりを、その場その場で丁寧に向き合って決めていく彼の強さは本当にすごい。私だったら「悲しいから」「難しいから」「面倒だから」と決断を先送りにしてしまいそうだ。
惣菜屋での出会いに身を任せた時、若い頃の父を追って日本橋に行ってみた時、「言うべきか黙るべきか迷って、結局言わないことにした」ような場面。ひとつひとつの判断が良い方向へ向かったのは、彼が誠実に、真っ直ぐに生きているからこそなんだと思う。
それは神様のご褒美みたいな話じゃなくて、彼の普段の振る舞いが周りに伝わっているから、いざという時、人が自然と手を差し伸べたくなる——そんな「ひと」の力だ。タイトル通り、すべては「ひと」なのだと感じた。
目立つタイプではなく、口数も多くないけれど暗いわけでもない。他人に頼るのが苦手なところには、長女として共感する部分が多く、読みながら何度も自分に引き寄せて考えてしまった。
セリフも多く、文体がとても読みやすいので、一気に読み切れた。読んで良かった。 -
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『ぼくは刑事です』
松川律という三十一歳の刑事の日々を、淡々と綴った物語。そう、まさに淡々と・・・
そして、小野寺さんらしく、実直で真面目な主人公の目線がリアルに描かれている。
記憶の断片のあるあるシーンや、
掴みどころのない会話シーンなど、
フワフワ柔らかいのに、すーっと心に沁みてくる小野寺マジックに、今回も見事にハマってしまった。笑
刑事という職業を、正直なところあまり身近に感じたことがなかったので、新鮮に感じた。
意外とこんな風に「普通」な刑事さんが多いのかもしれない。
けれど、就職や結婚のタイミングで身辺調査をされることや、恋人とのデート、知人の結婚式にも、急な呼び出しなどで制約が入ってしまうこと。
確かに、そういう側面を持ち合わせている職種なのだ。本当に頭が下がる思いがした。
従姉妹が警察官と結婚したとか、
甥っ子が刑事になりたいとか、
職業選択の一つとしか捉えていなかったが、その大変さや、様々な気苦労、本人のみならず身近な人も巻き込むことの多い職業であること。
小野寺さんらしい、優しく真っ直ぐな物語の中に、ひとりの刑事の生き方がギュッと濃縮されていて、心温まると同時に、身の引き締まる思いがした。
それにしても、松川律はいい男だ。
思考の回路が素敵過ぎて、心が洗われるようだった。
読後の清々しさがたまらない。
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小野寺さんのこの感じ、やっぱり好きだなぁ。
温かくて、柔らかくて、包んでくれるような
世界観がやみつきになる…
笹原鳴樹は実家に戻って、両親の亡き後のみつばでそば屋を始める。そんな彼を支えるのは、製菓学校を中退し行き止まっていた小枝と、高校を中退しバイクを乗り飛ばしていた和太。3人が織り成す“みつばそば屋ストーリー‘’は、地域の人をいい方向に巻き込みながら、マイペースに進んでいく。
みつばを出て、また何度もみつばに足を運ぶ
木場忠道(鴨南蛮)。
高校を中退し、自分の今後の方向性が分からなくて
バイクを乗り飛ばす洞口和太(かつ丼)。
もしかしたら認知症を患っているかもしれない荒瀬康恵(きつねそば)。
中学生でひとりで、夜そば屋に来る少女星川心奈(親子丼)。
みんなそれぞれに悩みとまではいかなくても、一方通行の想いがあって、それを鳴樹たちがやんわりといい方向にもっていく。やんわりと書いたが、決して適当というではなくちゃんと考えて行動はしているが、その柔らかい表現の方が鳴樹に合っている気がして、今回はこの言葉を使う。
特に好きなシーンは、やっぱりラスト。
鳴樹がひとり胸を想いを淡々と整理しながら、見つけた小枝への想いに胸が温かくなった。小野寺先生の登場人物たちが自然に人を想って、そしてそれをストレートに描写する清々しさがとても好きだ。周りの人が信じられなくなったときに、先生の作品を読むと、人の温かい一面に触れて、また人と向き合う勇気をもらえる。いつもそんな優しい勇気をくれる小野寺史宜に心から感謝だ。
また優しい勇気に浸りたいときに会いに来たい作品。
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結婚三年目の夫婦が危機を迎え、どんどんすれ違う日常が重くなって行く。自分も含めて、良くある光景と思ってしまう。
二人ともデパートに勤める31才の同い年の夫婦。夫はデパートのサッカー部に入っていたが廃止され、その後、大学の先輩に誘われ、プロを目指すチームに入る。妻には同意を得ずに開始。デパートが一番忙しい日曜日が試合となり、休まざるを得ない。職場でも悪評判が立ち、同じ職場の妻にも影響。対抗するかのように、お客様と映画や食事に行く妻。それを知った夫は、控えめながらも対抗で、、。
自制しつつ夫婦生活が進行するのが重く暗い。離婚しそうでいながら踏みとどまる。お互いに新しい道を見つけながら、お互いを見つめ直す。最後は上手く纏めた、ということで良かったのだろうか?
続きが読みたくなった。