磯野真穂のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
映画化すると聞き、積読になっていたものを急いで読んだ。
プロジェクトヘイルメアリー然り原作知っておきたいタイプ。
とにかく「すごいものを読んだ」という気持ちになった。
あれを読んでこんな激浅な一言でしかまとめることができない自分の語彙力、表現力の無さを恨みたくなる。
哲学に生きる人が、人類を研究する人が、研究人達が、死を身近なものとして捉えたとき
こんな発想や考え方になるんだなというのを見せて頂いたような感じがした。
哲学者や人類学者の引用もよく出てくるのだけれど、理解・共感できるものもあれば
私の知識では全く解釈が難しいものもあった。
往復書簡の中でこんな重厚感のあるやり取りをしてた -
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Posted by ブクログ
宮野さんは患者という役割になることなく、磯野さんは患者として接することもなく、お互いに真剣に相対する関係がうらやましい(とはいえ、そうなりたいという羨望の意味はなく)と感じた。
正直、抽象的なところは良く分からなかったけれど、誰かと出会う、つながる、ということを改めて考えてみたり。
印象に残ったところは以下
・選ぶとは
それはあなたが決めたことだから、ではなく、選び、決めたことの先で「自分」という存在が産まれてくる。
選択とは偶然を許容する行為で、選択において決断されるのは、当該の事柄でなく、不確定性/偶然性を含んだ事柄に対応する自己の生き方。
偶然を受け止めるなかでこそ自己と呼ぶに値する -
Posted by ブクログ
往復書簡というかたちで展開される、哲学者の宮野真生子と人類学者の磯野真穂のやりとり。
毎回のお手紙のタイトルのユーモアがよい。
主治医に今後の治療方針について「もし先生(の家族)が同じ状態だったらどうするか」
という質問を投げかける母親に、それはルール違反だと腹を立てる宮野真生子は、医者にとって良い患者。聞きたくなる質問ですよね、これ。医者としての意見じゃなくて、一人の人間として主治医に。
専門セクター(医者)、民間セクター(家族や友人)、民俗セクター(代替療法)の間で振り回される患者は、身の回りでも見たことがある。これは自分の身に起きた時ぜひとも思い出したい。
病気になったことは不運 -
Posted by ブクログ
コロナ後の世界というのはわたし自身にとっても明確にいろいろな意味でそれまでと変わりました。
わたし自身は50代半ばですがワクチン接種は拒否しています。
コロナウイルス自体に関しましては、日本人にとってはもともと大騒ぎをするほど大して問題ではなかったのですが、健康な人達までもがコロナワクチン注射を受けてしまうことによって、ワクチン注射を打った人たちの体内で悪いウイルス・菌が増殖をしてしまい、その悪いウイルス・菌を周り・周囲や日本中にばらまいてしまうことになるという説を信じています。
そしてコロナ以前にはわたし自身では、「何とかコツコツと学び続けてさえいけば、生きていく道はあるのではないのかな」 -
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Posted by ブクログ
ネタバレ自動車事故を恐れるからといって自動車を禁止しない。
アルコール依存症が問題になるからといって禁止しない。
何をリスクとみるのかは何を基準にするべきか。
心房細動と抗血栓療法。出血のリスクを引き受けても抗血栓薬を飲み続けるべきである。飲まなければ必ず心房細動を起こすわけではない。皮下出血を起こしやすくなる。しかし血液サラサラの言葉に惹かれて薬を飲む。血液サラサラは、試してガッテンが最初に使った。
HIVやBSEは、合理性を欠いたパニックがみられた。
ゴンドラ猫の実験=自由に動けない猫は、ゴンドラを降りた後あちこちにぶつかる。=身体体験がないまま情報体験に反応して生きることは生命たりうる所以を -
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