磯野真穂のレビュー一覧

  • コロナ禍と出会い直す 不要不急の人類学ノート

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    自分の中で2020-22の記憶が完全に抜け落ちている。あまりにも2023からの元の生活に戻るまでがスムーズ過ぎてというのもある。

    自分が危惧しているのは、あの頃の振り返り・反省がどこにおいても行われていないように感じるところ。このままでは次のパンデミックでも同じことを繰り返していると思う。

    振り返る機会を得られたことに感謝したい。そして、何事においても自分は思考停止にならないということを肝に銘じて生きていく。

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    2026年10月11日
  • 急に具合が悪くなる

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    映画にいたく心揺さぶられてしまい勢いで原作も。少し時間はかかったがようやく読めた。

    2人の学者の間で交わされる、正直で誠実で知性に満ちた、それでいて時に赤裸々な言葉も綴られる往復書簡は、「病になる」とは「急に具合が悪くなる」とはどういうことなのか、運命や偶然の概念を解きほぐしながら解釈される。

    幾多の「にもかかわらず」を覆して、あなたと出会えたこと、それを運命といわずして何と形容できるだろうか。2人の間に流れた、線的な時間ではなく、立体的に編まれた時間の尊さ、かけがえなさに涙した。

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    2026年10月11日
  • 急に具合が悪くなる

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    ネタバレ

    良すぎた。まごう事なき⭐️5、手元に置いて何回も何回も読みたい本。

    序盤は元気があるから、がん患者に収まりたくない!の強い気持ちがすごい。8年も癌と付き合ってたらそんな風に思うのか?全身状態も深刻じゃないみたいだし、全ての癌患者には当てはまらんなーって白けた頭で読む医療者目線の自分がいた。磯野さんも失礼だなー、なんで宮野さんを逆撫でするような事ばっかり、と思ってた。→これは患者と非患者に2人を固定して、理想の関係とのギャップに不満を感じていたから!と気づく。

    〇〇の接し方、多様性の話(9便)では、ハッとすることが多かった。言語化できない違和感が輪郭を持ったように感じた。医療者として働く自分とそうじゃない自分が棲み分けられてなかったんだと理解。医療者でないときに、役割固定して点にならなくて良い、ラインを描くことこそが大事なんだ、と。

    他にも選ぶこと、不運と不幸、徒歩移動と輸送どれも心に刺さった。私はこんな風に生きたいんだ、と思った。登山が苦手でハイキングが好きなのもこの理由だよー、と嬉しくなった。

    どんどん具合が悪くなると、心情も刻々と変わる。あんなに強気の宮野さんとストレートを投げ続ける磯野さんではなくなって、、ただ、2人はずっとまっすぐ向き合って言葉を紡いでいた。かっこ良い。素敵な関係を2人で作っていくのがとても良かった、、

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    2026年10月02日
  • 急に具合が悪くなる

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    哲学者・宮野真生子と人類学者・磯野真穂による往復書簡。

    タイトル通り、急に具合が悪くなるかもしれない、というところから始まって、最後は本当に具合が悪くなっていく。
    泣くに決まってる。

    宮野さんの人生との向き合い方に、勇気をもらった。40歳そこそこで、あれほど俯瞰できるのかと。
    ハイデガーは言う。「死はいつかはやってくる、しかし今ではない」と。

    でも「今ではない」という猶予が、彼女には与えられなかった。
    彼女にとっては、今なのだ。
    でもだからこ、その「今」の中で、知的に、誠実に、言葉を交わし続けられたのかもしれない。

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    2026年09月30日
  • 急に具合が悪くなる

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    映画を見なかったら読まなかった本。というのは、映画を見た頃、資本主義のシステムのなかで働くことに疲れていた。映画のなかで、全く同じ課題について自分の感じていたことが言語化されていて感激したので、改めて文章で読みたくて本書を買った。が、映画とは、二卵性双生児ですらなく、かなり歳の離れた姉妹みたいなものと思ったほうがよい。
    それでも、読んでよかった。二人の学者の魂の往復書簡は、事態の緊迫とともにドライブ感が増していく。人と生きること、世界に自分を開くこと、未来に誠実につなげることができている二人の交わす言葉は、大袈裟でなく、胸を打つ。
    もう一度映画を見たい。

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    2026年10月04日
  • 急に具合が悪くなる

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    同名映画を観て感動し、原作を購入。

    生き様が格好良い。

    人は何かしら物語を創作しないと生きていけないもの。その究極的な課題が自身の死についてであり、そこに対して書簡のやり取りを通じて向き合っていく。

    一つ一つの文章を通じて、そこには確かに力強い『踏み跡』が残っていることを感じた。

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    2026年09月29日
  • 急に具合が悪くなる

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    濱口竜介監督の同名映画を観て、面白かったので、原作として購入。

    内容について、とても良かった。
    一便一便が短くまとまってて読みやすく、それもよかった。

    2/3ほど読んだところで、各書簡の日付を確認して、時間の濃密さに驚いた。
    第一便の宮野さんの、リスクと可能性を知ることによって、細分化された人生の分岐が示されたようでいて、本来の無限の可能性を見落としてしまうのでは無いか という話で、かなり引き込まれた。
    医師の診断・説明を正しく理解し、そこから今後の人生の道筋を決めるのが患者の自律、自己決定であり大切だと思っていたので、別角度からのこの問いかけは、目から鱗だった。
    偶然の話、運命の話、どれも面白かったが、特に心を動かされた言葉は(心は常にうごされっぱなしなのだが)、9便での磯野さんの 「関係性を作り上げることは〜〜次の一歩を踏み出してゆく。」のところ。

    「ラインを引くこと」「にも関わらず」この書簡で出てきた色々な言葉、やり取りが、流動的に二人の関係性を構築したことがわかる一節。そしてこれは、10便の宮野さんの、選択した先で自分が立ち現れてくる という話と繋がったいる。

    とても面白かったです。おすすめです。

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    2026年09月27日
  • 急に具合が悪くなる

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    人におすすめされた&書簡のやり取りが映画化ってどない?&別の本で磯野さんを発見したことがある
    上記理由により手に取りました。

    おすすめしてくれた人は、途中の死に対する温度感が変わったあたりから泣きっぱなしで〜というようなことを言っていたが、私は最後の最後にうるっときました。
    やはり、人の死には弱い、、、、、、、、

    この書簡の背景には数多もの軽い日常的なやり取りがあるのはもちろんそうなのだろうが、それでもこの二人の関係を見て【出会うのを諦めない】気持ちになりました。

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    2026年09月26日
  • 急に具合が悪くなる

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    話題や文体がどんどん重くなり、死を意識せざるを得ないものになっていくにつれ、お二人の学者としての矜恃と言葉への真摯さもまた強く感じられるようでした。私はこんな風に自分に降りかかった事柄と向き合えるだろうか?私はただの連結器になっていないだろうか?ラインを引き、そこに深い踏み跡を残せるような生き方ができるのか、しようと努めているのか?何者かになる、とかではなく、人間としての生き方、他者との関わり方を問い直さなければならないと思いながら読んでいました。

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    2026年09月26日
  • 急に具合が悪くなる

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    言葉への、誠実で確かな執念を感じた。文章にはずしんとした重みと眩しさがあって、姿勢を正して読みたくなるページが多かった。

    たびたび引用される哲学者や人類学者の言葉は、初見にはちょっと難解だけど、読み返したくなるような忘れえぬ言葉や文化との出会いにもなった。

    往復書簡なのにキャッチボールではなく、ピッチング。創作ではないからリアルといったら変なんだけど、抽象的な言葉にさえもありありと、リアルなもがきや熱が乗っていて、豪速球に気圧されるすごい文章達だった。

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    2026年09月22日
  • 急に具合が悪くなる

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    哲学者と文化人類学者の対話、約束された終わりと残り続ける軌跡。

    医療・ケアについての往復書簡でこんなに胸を熱くさせられるとは。
    映画は未見だけど、この内容なら人文書が映画になるのも分かる気がした。

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    2026年09月20日
  • 急に具合が悪くなる

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    涙が止まらないし、しばらく考えたいので感想は後で追記しようと思うけれど、ひとまずこの本をあの映画にした人たちへの尊敬が止まない。あの映画をみてこの本を読もうと思ったので、関わってくれた全ての人に感謝したい。

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    2026年09月18日
  • 急に具合が悪くなる

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    映画を見に行こうと思いつつ、先に原作(原案?)を読んでしまった。往復書簡で読みやすいのだけれど、読み飛ばしたくなくて行きつ戻りつした。あまり好きな日本語ではないのだけれど、お二人によって「言語化」されていく内容がすごかった。
    それぞれが取り上げられていた書籍も読んでみたい。

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    2026年09月15日
  • 急に具合が悪くなる

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    最初の方は研究者二人の雑談を聞いているようで、こんな考え方もあるのか、自分の考え方はこういう風に説明できるのか、と面白がって読んでいた。具体的な死が近づくにつれて話す内容が死に関するものになり、今の感情の話になり、読むのが苦しくなった。
    後半の方は正直ちゃんと受け止めて読めた気がしていないので、機を改めて読みなおそうと思う。

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    2026年09月12日
  • 急に具合が悪くなる

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    「リスクの話をしましょう。病気を得た人は、常にさまざまなリスクと可能性の語りのなかにいます。」

    それぞれに引き出す勇気を持ち、偶然を必然として、引き受ける覚悟を持って出会えたからです。だから、不可能だったかもしれない偶然が生まれた。偶然を「邂逅/出会わせた」のです、私たちのそれぞれの勇気と覚悟が。

    具合が悪い人の日常は、具合が悪いことだけで埋め尽くされているわけではなく、そこに異なったものが入るスペースが残されています。それは具合が悪くなるにつれ、どんどん少なくなるかもしれないけれど、具合の悪い人と、そうでない人たちが、互いの間でそれを守り続けようとすること。そこに出会いの中で生きることが意味がある。私はそう感じます。

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    2026年10月02日
  • 急に具合が悪くなる

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    同タイトル映画の主演女優2人がカンヌで賞を取ったことによって書籍の存在を知り、映画を見る前に読もうと本を手に取った。
    同時期に自分の母が急に具合が悪くなり、このテーマを読むことに抵抗を感じだが、この偶然?必然?を受け入れようと読み始めた。
    学者同士、人間同士、女性同士の深い言葉のやり取りに、引き込まれるように読んだ。彼女たちが書いていることは、たくさんの人たちも考えていることだが、彼女たちのように言語化できずにいるのだと思う。自分では言語化できなくても、魂のレベルの話だから、読みながら「ああ分かる」となった。かなり深い内容で消化不良感はあるが、読んで良かったし、また読み返したいと思う。
    読み進めることは、宮野さんの死に近づくことでもあり、それがとてもつらかった。しかし、どんな人にも死は訪れるのだ。宮野さんのようにまではいかなくとも、自分の人生を自分なりに精一杯生きようと思わせてくれた。

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    2026年10月07日
  • ダイエット幻想 ──やせること、愛されること

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    ルッキズムに囚われすぎてる私にとって、とても刺さった作品でした。
    なぜ痩せたいと思うのか考えたら、まわりが細いからとしか言いようがないもん。
    日本人女性は細すぎ!男はそれを正当化しすぎ!

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    2026年02月10日
  • コロナ禍と出会い直す 不要不急の人類学ノート

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    すっかり日常を取り戻し、コロナ禍のことは既に遠い記憶となりつつある今日この頃。あらためて思い出してみると、色々と奇妙なことが起こっていたように思う。この本は、文化人類学というツールを使いながら、あのとき何が起きていたかを丁寧に検証し、同じ過ちを繰り返さないようにと警鐘を鳴らす大変有意義な本だ。ただ正直なところ、またパンデミックが起きたら日本人は同じことを繰り返すんだろうなという落胆も禁じ得ない。

    たびたび発せられる「気の緩み」という言葉に着目したり、専門家=医療従事者の目線だけで「不要不急」が決められていることに疑問を持ったり、文化人類学という視点は非常に面白い。県境を跨いだ移動にあれほどまでに目くじらを立てていた奇妙さを、個人的身体・社会的身体・政治的身体の視点から読み解くと、私たちが県境を跨ぐ人に対して「道徳を欠いた人」と感じていたのは、我々が自然にそう感じたのではなく、政治や社会によってそう「思わされて」いたかもしれないということが浮かび上がってくる。これは私にとっては非常に恐ろしいことだった。

    「疾病」「病い」「病気」といった概念を使った解説もとても興味深い。「疾病」は病気の生物学的な理解のこと。私は今まで、「病気」=「疾病」と信じて疑っていなかったが、「火垂るの墓」を例にあげて、同じ疾病であっても、時代や社会によって病気と扱われたり扱われなかったりすることを指摘されて、目から鱗が落ちた。さらに筆者は、病気を疾病と同一視することの問題点は、疾病の専門家(すなわち医師など)が社会にとって良い選択をできると勘違いしがちであることだと指摘しており、これはまさにコロナ禍で日本に起きていた問題だと感じた。

    家族を看取りたい、故人を見送りたいなどといった、人間としての当たり前の感情や営みが、「不要不急」のものとして軽視され、「何を差し置いても感染対策」が優先される世の中は、今思うと異常だったのに、「仕方がない」と諦め「させられて」いた。最終章では、そうした世の中の風潮に抗い、独自の感染対策を行いながら、普段通りのケアを実現した介護施設「いろ葉」の取り組みが紹介されている。

    「何かあったら責任が取れないから」と、多くのことが制限されたコロナ禍において、「「責任を取る」とはなぜ自分がそれをやったか説明できることだと思う」と言い切った、いろ葉代表の中迎聡子さんには敬意を表したい。たまたま最近出会った「ディグニティ -旅行医の処方箋-」という漫画も似たテーマで終末期医療の矛盾と葛藤を描いており、本書を読んでいたことでより深く考えさせられた。

    また、コロナ後遺症に関連して、不調に名前がつくことについて論じた章も非常に考えさせられる。病名はつかないけれど、心身ともに仕事に支障をきたす程度の不調に悩まされることは、私にもよくあった。そうした名もなき不調に「コロナ後遺症」と名前がつくことで、周囲の反応が一変する。「火垂るの墓」の節子ではないけれど、同じ程度の症状なのに、心身の不調が社会の課程を経ているか否かで、周囲からの扱われ方や本人の感じ方すらもガラリと変わる。名前のついた不調と、名前のつかない不調。どちらが大変かといった問いは不毛だし、名前がついた方が良いのかというと、それもどちらでもないだろう。

    ただ、引用元の生湯葉シホさんのエッセイも読んでみた感想としては、たしかにそこに存在する「不調」というものに、もう少し目を向けても良いのかもしれないと思った。名前がついていようが、ついていなかろうが。肉体の問題が、精神の問題に劣るかというとそんなことは決してない。“嫉妬も、坐骨神経痛の痛みの前には退陣してもらわねばならない”というヴァージニア・ウルフの言葉はとても痛快だ。

    本書を通じて、さまざまなことを考えさせられた。先だってのコロナ禍のことをしっかりと検証し反省することは必須だと思いつつ、冒頭にも述べたようにまた同じことが起こるのだろうなという諦めの気持ちが強い。願わくば私の生きているうちに再びパンデミックが起こらないことを祈るばかりだ。

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    2025年10月26日
  • コロナ禍と出会い直す 不要不急の人類学ノート

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    ・パーティション
    2021/4 飲食店に向けての第三者認証制度のなかで必須項目の1つとなる
    2021/8/19ニューヨーク・タイムズ記事、パーティションのエアロゾル滞留が感染リスクを高めるという内容
    2022/7/14 感染拡大防止のための効果的な換気について、パーティションは空気の流れを阻害しないように設置されなければならない
    効果に疑問符がつけられたにもかかわらずパーティション設置要項は変更なし
    5類移行後に徐々に姿を消していく
    ・新型コロナと出会い直す 武漢肺炎
    実際に掛かる前に情報によって知る、直接経験を書いたまま情報経験のみが圧倒的に先行
    福井新聞に掲載された感染者相関図の人気、社会的な圧力
    間違った行いをする人、迂闊な人が感染する病気として社会化
    不調にコロナ後遺症と名前がつくこと、周囲の理解が得られやすくなる
    名前がある不調と名前がない不調、実際には同じものだがどちらが良い?
    ・県外リスクの作り方
    県境を超えたらリスクが高まるのは奇妙
    県、行政がこのリスクを繰り返し強調
    県外の人が油断してやってくるという状況?実際には福井県の2020/7のGWの県外からの流入は平日が20%減、土日休日は35-45%減
    行政目線の境界を住民目線の境界に変換することに成功
    集団に危機が迫るとき、境界周囲の警備が強化され、その様相は構成員の身体に映し出される
    ものを取り入れる「口」と排出を担う「尻」
    マスクが売り切れると同時にトイレットペーパーも売り切れる
    県外に出た身体は他者のことを思いやることのできない人、不要不急の行動をし感染リスクを上げる危ない人という表象を持つ
    県の公式会見やポスター、新聞記事で繰り返され個人的身体のレベルに入り込み、直感的に嫌悪感を感じるようになる
    5類移行後は、県境を越える恐怖や罪悪感はほとんど消えている、簡単に操作されうるもの
    ・新型コロナと気の緩み
    2020/1-2023/8/15までの朝日新聞記事で気の緩みが現れる記事は160件で126件がコロナ関連記事、2020と2021に集中し2023は5件のみ。
    実際には2020,2021はメディアがコロナ関連の情報で埋め尽くされ感染拡大が最優先されていた、国民が最も「気を引き締めていた」時期ではないのか?
    気の緩みを最も多く使うのは政府、自治体の関係者が4割、医師などの専門家が2割など。
    コロナ専門分科会でも気の緩みが話される
    2018,2019はインフルエンザの大流行が起こり推計患者数は200万人以上
    コロナ禍以降、マスクはその人が誰でどんな人かを表す衣装コードになった
    ・緊急事態宣言と雨乞い
    雨季が近いタイミングで雨乞いすることで自分たちの心のリズムを同期させる
    感染のピークで緊急事態宣言を出せば感染者が減ったように感じることができる、感じられることが大切。
    コロナ禍という言葉。禍という字が入ってるのは日本人の集合意識が働いている。
    感染拡大は悪しき行いによってもたらされるという世界の人格化。
    災いをもたらす人々の行動を正すという道徳的意味合いが緊急事態宣言にある
    ・私達はなぜやりすぎたのか
    精神論による失敗
    批判は好ましくない、なぜなら頑張っているからだ
    コロナ分科会の意識は医療体制は大きく変えれないから国民の行動変化で乗り切るしかないという信念
    リスクの実感が集合的に醸造され、呼応する形で起こった社会変化が年単位で保持される
    日本は明文化されていない慣習の力で社会の統合を図ることができるユニークな国家
    ・介護施設いろはの選択
    周到な準備とユーモアで利用者の暮らしと命を守り抜いた
    何を差し置いても感染症対策ではない道へ

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    2025年07月26日
  • ダイエット幻想 ──やせること、愛されること

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    ネタバレ

    現代社会の1つの当たり前として「あなたらしさ」や「人それぞれ」の賞賛が挙げられるが、それらを拠り所にできる前提として他者からの承認が必要である。自らが他者に呼びかけられることで始まることを認めつつ、他者からの声だけで満たされないようにするためには、自らの存在を点ではなく線としてとらえる見方が必要。

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    2024年12月12日