磯野真穂のレビュー一覧
-
-
Posted by ブクログ
・痩せている方が絶対的に良い
・痩せ型の人は自己管理が出来ており、肥満の人は出来ていない
そんな考えは自分の中から生まれたと思っていたが、社会からそう思わされていたという視点に気持ちが楽になった。勿論健康を害するほどの肥満は問題ではあるが。
また、社会が「自分らしさ」を推奨する一方で
承認欲求が低い(ように見える)人を賞賛する傾向にあり、それらが相反する事柄である旨を適切に言語化していたのも興味深かった。
最も衝撃を受けたのは予防医学に関する記述である。予防医学は病気になっていない人の身体に積極的に干渉し、病気の原因が自己管理不足にあるという考え方を促進する恐れがあるという点だ。予防医学 -
Posted by ブクログ
夢中で読んだ。読みたいことがすべて書かれている、まさにjust for meな本。ダイエットというタイトルではあるけど、自分と他者との関係性、社会的まなざし、選び選ばれの構造、かわいいの定義、それでも人生には他者が必要ということが文化人類学的視点で丁寧に語られている名著。
今、まさに摂食障害に悩んでいる10代20代の人たちにもいいと思うし、日々のSNS演出に疲れた大人たちにもいいと思う。他者から「よびかけられる」ことで自分を認識する、タグ付けの関係、点としての人間関係からラインとしての人間関係の構築へ。食べることは生きること、生きることは人と関わること。 -
Posted by ブクログ
私は長年病気を患っていて、でも付き合うしかない病気でありこのままこの苦痛を毎日感じながら生きていくことにたまに絶望的な気持ちになっている。
だが私を間近に捉えたことがなく、死について頻繁に考えるが死が近付いていると感じたこともないので、壮絶な命に纏わる書簡だと思った。
これは当事者にならないと分からない感覚なのだろうなと思った。
確かに私も急に具合が悪くなることはあるし、仕事上だったらそれを伝えたら私はその仕事から外されるだろう(その人がいないと始まらない仕事をしてない人は皆そうだろう)。プライベートでそれを伝えたら「じゃあリスケする?」となるだろうけど、リスケした所で代案日が大丈夫な保証はな -
Posted by ブクログ
映画がよかったので原作も手に取ってみたところ、かなり別物!映画はこの本に影響を受けたのかもだけど、原作がこれとは言わなくていいのではと思ったほど。
もちろん本がよくないわけではなく、別の良さって感じだった。
ガン闘病をする哲学者である宮野さんと、人類学者の磯野さんが、往復書簡を交わしながら、生きるということを突き詰めていく。
宮野さんは、「一人の打算ではなく、多くの点たちが降り立つ世界を想像し、遠い未来を思いやること、そのとき、私たちは初めてこの世界に参加し、ラインを引き、生きていくことができるのではないでしょうか」と言う。
これは最近読んだ利他についての本の考えにもつながるなと思った。届く -
Posted by ブクログ
ネタバレ
- ヘルスケアシステムの構造は政治(国家や個人)と宗教の構造とも似ていて、国家を信頼できないと宗教に縋る(というよりもこれは両立できるが)という民族セクター的な役割があるように思う
- 選ぶことは一見合理的に自分が選択しているようで、実はそのように合理的に選択できてると思わせるような社会システムになっているという点は、今後aiが発達しそこにエビデンスを求めるようになってくるとより顕著になるし、massive attackのライブを見て改めて感じだが、アルゴリズムによってインプットされる情報に偏りが出るとこれは全て私の意思とは言えないし、そういったaiやアルゴリズムに塗れた人たちと関われば、脱 -
Posted by ブクログ
宮野真生子さんの本を読み、偶然性とは何かを考えた。人は生まれてから死ぬまで、無数の選択の中を生きている。その一つひとつは、別のあり方もありえたはずのもので、決められた必然などほとんど存在しないのではないか。
私自身、国試浪人を経験し、失敗が続いたとき、もう人生は終わったと本気で思った。看護師に向いていないのではと悩んだ。だが今、十数年目を迎えている。あの失敗は、振り返れば人生の一つの点でしかなかった。そこから私は自由な選択をいくつも重ね、その積み重ねが今の自分になっている。決して楽な現状ではないけれど、どうにか生きてこられたという手応えが、静かな自信になっている。
意味は出来事そのもの -
Posted by ブクログ
私はシンデレラ体重とは程遠く、何ならちょっと肥満寄りの体型になりかけている今日この頃だが、なぜだか今まであまり痩せたいと思ったことがなく、真剣に痩せる努力をしたこともなかったので、終始ピンとこないことも多かった。世の若い女性たちはそれほどまでに痩せたいと思っている、いや思わされているのか…
医療文化人類学者の磯野真穂さんのご著書(共著も含む)は3冊目になる。ちくまプラマー新書ということもあり、健康を害するほどに痩せたがる若い女の子たちに向けて諭すように書かれている。
他者から承認され「選ばれる」ために未成熟な「かわいい」にとどまろうとせず、早くから大人になることを怖がらないでほしいと語る著 -
Posted by ブクログ
面白かった。
思考法の転換がいかに大事であるか最近実感している。
インターネットが普及したことによって、点としての他者と自分という側面が顕著になっている節があると感じる。広い社会では点として人を認識しないと色々と手間であり、多様な他者を理解するのは時間がかかる。数字や客観的な肩書きで個人を「タグ付け」した方が楽である。
しかし、私たちはそのような社会の中で家族や友人に限らず、リアルで具体的な関わりの関係を築く。この中では「ラインを描く」ことを意識しやすいのではないか。そして、そのような関係が私たちの日々をつくる。
食べ物にまつわる摂食障害にまつわる、根本的な問題ついて、深く知ることが出来た。 -
Posted by ブクログ
テーマが深く、集中して読まないと筆者の言いたいことがなかなか頭に入ってこない。が、それは単に読者の私の集中力のせいであり、すぐに頭に仕掛かり中や納期に迫られる仕事に神経がついてしまう様な私には合わなかった。だが、本書のテーマは冒頭申し上げた様に深く考えさせられるものだ。
もし私が何らかの病気を患い、明日死の宣告を受けたらこれまでの自分の人生を振り返り、良かった、充実した人生だったと納得がいくだろうか。まだやり足りないことが沢山あり、ここで死ぬのは嫌だと最後まで治療法を探し生に執着するだろうか。読み終わった瞬間に頭を過ったのはこの思いだった。私が生きている上で、仕事でもプライベートでも様々な人(