磯野真穂のレビュー一覧
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・痩せている方が絶対的に良い
・痩せ型の人は自己管理が出来ており、肥満の人は出来ていない
そんな考えは自分の中から生まれたと思っていたが、社会からそう思わされていたという視点に気持ちが楽になった。勿論健康を害するほどの肥満は問題ではあるが。
また、社会が「自分らしさ」を推奨する一方で
承認欲求が低い(ように見える)人を賞賛する傾向にあり、それらが相反する事柄である旨を適切に言語化していたのも興味深かった。
最も衝撃を受けたのは予防医学に関する記述である。予防医学は病気になっていない人の身体に積極的に干渉し、病気の原因が自己管理不足にあるという考え方を促進する恐れがあるという点だ。予防医学 -
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夢中で読んだ。読みたいことがすべて書かれている、まさにjust for meな本。ダイエットというタイトルではあるけど、自分と他者との関係性、社会的まなざし、選び選ばれの構造、かわいいの定義、それでも人生には他者が必要ということが文化人類学的視点で丁寧に語られている名著。
今、まさに摂食障害に悩んでいる10代20代の人たちにもいいと思うし、日々のSNS演出に疲れた大人たちにもいいと思う。他者から「よびかけられる」ことで自分を認識する、タグ付けの関係、点としての人間関係からラインとしての人間関係の構築へ。食べることは生きること、生きることは人と関わること。 -
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ネタバレ
- ヘルスケアシステムの構造は政治(国家や個人)と宗教の構造とも似ていて、国家を信頼できないと宗教に縋る(というよりもこれは両立できるが)という民族セクター的な役割があるように思う
- 選ぶことは一見合理的に自分が選択しているようで、実はそのように合理的に選択できてると思わせるような社会システムになっているという点は、今後aiが発達しそこにエビデンスを求めるようになってくるとより顕著になるし、massive attackのライブを見て改めて感じだが、アルゴリズムによってインプットされる情報に偏りが出るとこれは全て私の意思とは言えないし、そういったaiやアルゴリズムに塗れた人たちと関われば、脱 -
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宮野真生子さんの本を読み、偶然性とは何かを考えた。人は生まれてから死ぬまで、無数の選択の中を生きている。その一つひとつは、別のあり方もありえたはずのもので、決められた必然などほとんど存在しないのではないか。
私自身、国試浪人を経験し、失敗が続いたとき、もう人生は終わったと本気で思った。看護師に向いていないのではと悩んだ。だが今、十数年目を迎えている。あの失敗は、振り返れば人生の一つの点でしかなかった。そこから私は自由な選択をいくつも重ね、その積み重ねが今の自分になっている。決して楽な現状ではないけれど、どうにか生きてこられたという手応えが、静かな自信になっている。
意味は出来事そのもの -
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映画を観た。かなり良かった。映画のなかで展開されるいくつかの対話をテキストでも確認したいと思い、すぐに原作本を買って読んだ。結果から言うと、原作というか、原案なのかな、展開されている話は、全くの別物…!あれ…あれ…と思いながら一気に読み通したけど、最後まで別物…!(びっくり)。まあ、本は本で、とても良かったです。
内容は、末期がんで余命幾ばくもない哲学者と、出会ったばかりの人類学者の、2人のアラフォー女性が、往復書簡を10往復交わすというもの。この間わずか3カ月ほど。死を前にして、余命を宣告されながら生きるということ、治療を選択するということ、病という不運と向き合うこと、不運は不幸なのかどう -
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小さい時に、哲学ってどういうもの?と聞いて、当たり前のことを難しく考える学問、と親か兄妹に答えられたのを覚えている。まさに、死が迫り来る、急に具合が悪くなる可能性について、時に明るく面白く、時に真剣に熱く、語り合う往復書簡はだんだんと手に汗握る様相となってくる。難しくて理解できないところもある。でも、偶然、腑に落ちると腑に落とす、選ぶ、決める、タイミング、そういった言葉のひとつひとつを吟味し考え抜き、お互いの気持ちも思いはばかりながらも正直に交わされていく往復書簡はとても読み応えがありました。映画もよかったけれど、映画よりずっと深い。お二人の結びつきが羨ましくさえ感じました。迷いが生じた時に、
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哲学者・宮野と医療人類学者・磯野の同年代の2人の女性が交わした20通の往復書簡。
それは宮野が癌宣告を受けて、講演に行けなくなる可能性があるということで磯野へ連絡したことから始まる。死とは何か、何のために生きているのか、を問う宮野に対して磯野が応答するという形で進み、わずか3か月ほどの交流が二人の間の歯に衣着せぬざっくばらんな会話で進む。宮野は九鬼隆三の「偶然とは何か」の研究者であり、偶然、不運、しかし不幸ではない!などの対話が興味深い。宮野が引用するハイデガーの「死はたしかにやってくる。しかし今ではないのだ」(存在と時間)という言葉が意味深長に響く。そして彼女は「私の生は途中で打ち切らざる -
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乳がんが転移し、有効な治療法もなく、余命を生きる哲学者・宮野真生子と、そんな彼女と出会い、どういう訳か書簡のやり取りをする事になった医療人類学者・磯野真穂。
二人はもともとはお互いにもっと色々な話題を取り上げようとしていたつもりが、やはり話題は宮野のガン患者としての生き方、死への向き合い方についての話となっていく。
死に向かう患者に寄り添うとか、なんかそういうありがちな話を想像していると痛い目に合います。
ここで交わされる書簡に書かれていることは、もっと直球です。しかも豪速球の。しかも、一度では読み取れないくらい情報量が多いし、哲学の素養がないと理解しようとしても難しいかもしれない。
これは -
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私はシンデレラ体重とは程遠く、何ならちょっと肥満寄りの体型になりかけている今日この頃だが、なぜだか今まであまり痩せたいと思ったことがなく、真剣に痩せる努力をしたこともなかったので、終始ピンとこないことも多かった。世の若い女性たちはそれほどまでに痩せたいと思っている、いや思わされているのか…
医療文化人類学者の磯野真穂さんのご著書(共著も含む)は3冊目になる。ちくまプラマー新書ということもあり、健康を害するほどに痩せたがる若い女の子たちに向けて諭すように書かれている。
他者から承認され「選ばれる」ために未成熟な「かわいい」にとどまろうとせず、早くから大人になることを怖がらないでほしいと語る著 -
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面白かった。
思考法の転換がいかに大事であるか最近実感している。
インターネットが普及したことによって、点としての他者と自分という側面が顕著になっている節があると感じる。広い社会では点として人を認識しないと色々と手間であり、多様な他者を理解するのは時間がかかる。数字や客観的な肩書きで個人を「タグ付け」した方が楽である。
しかし、私たちはそのような社会の中で家族や友人に限らず、リアルで具体的な関わりの関係を築く。この中では「ラインを描く」ことを意識しやすいのではないか。そして、そのような関係が私たちの日々をつくる。
食べ物にまつわる摂食障害にまつわる、根本的な問題ついて、深く知ることが出来た。 -
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テーマが深く、集中して読まないと筆者の言いたいことがなかなか頭に入ってこない。が、それは単に読者の私の集中力のせいであり、すぐに頭に仕掛かり中や納期に迫られる仕事に神経がついてしまう様な私には合わなかった。だが、本書のテーマは冒頭申し上げた様に深く考えさせられるものだ。
もし私が何らかの病気を患い、明日死の宣告を受けたらこれまでの自分の人生を振り返り、良かった、充実した人生だったと納得がいくだろうか。まだやり足りないことが沢山あり、ここで死ぬのは嫌だと最後まで治療法を探し生に執着するだろうか。読み終わった瞬間に頭を過ったのはこの思いだった。私が生きている上で、仕事でもプライベートでも様々な人( -