磯野真穂のレビュー一覧
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タイトルはダイエットだけれど、文化人類学の視点で「痩せ願望」について書かれている一冊。痩せたいの根本にある「愛されたい」という誰しもが抱く感情に触れながら進んでいく。
他人との関係性、社会的立場、可愛いの定義など、生きていく上で他者との関わりが必要だということが学べます。
「食=生きる=他人」と関わるという「タグ付けされた世界」を我々は生きてるのだな。
自己肯定感=社会的自尊心にばかり目が向けられて、他人ファーストの人が増えている現代にうってつけ。自己肯定感は基本的自尊心が土台にあるから成り立ってるんだよ!と伝えたい。主語が常に「あの子」の人は、比較対象が私ではなく他人にいってしまいます。(そんな人を沢山見てきたから)他人主義が原因で自分を卑下してしまう方に是非読んでいただきたい。 -
Posted by ブクログ
この本を通じて、私はコロナ禍での日本社会の対応が、どれだけ多くの混乱や不確実性を生んだかを再確認しました。県外リスクの指摘やアクリル板の設置、さらには国民の気の緩みが感染拡大を招いたという論調など。様々な対策や指導が行われましたが、それらが果たしてどれほど有効だったのか。
日本人がそのような状況下で、身体的に「基本だ」とすり込まれた行動様式は、理論や合理的な考えが入り込む余地を失わせ、感情や不安に基づく対応が優先されるようになったのではないかと感じました。
さらに、「あなたの無自覚な行動が人を殺す」というフレーズが、まことしやかな説得力があり、戦時中の日本国民の感情と重なる部分があると感じました。戦後生まれの私に、「戦争の何がわかる」と言われるかもですが、この本を通じて、同様の状況が繰り返されていると誤認かもですが、そう感じられました。
私自身の心の持ち方や社会への対応について深く考えさせられ、プロローグに記されている「名誉心を装った虚栄心が生み出す言葉の凄惨さ」という言葉は、現代社会が抱える問題を見事に表している。この本全体がそのテーマに集約されていると、これも誤認かもですが、そう感じました。 -
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この本の素晴らしさは後書きにあると思う。本書を購入された際に後書きを見てほしいが、ここでは簡単なサマリを備忘録的に残しておく。
人は相互理解をスムーズにするために共通規範を導入し、お互いの意思疎通で齟齬が生じないように調整している。例えば、ビジネスメールでは「いつもお世話になっております」と冒頭に書くのがマナーになっているが、この一文があるだけで「私はちゃんとビジネスマナーを分かってますよ」と相手に伝えるシグナルになり、相互理解を円滑にするきっかけになっている。そして、共通規範はコミュニケーションの予測可能性を与える。ビジネスメールのフォーマットが決まっているから、読み手は簡単に内容を理解できる。もし、自由なフォーマットで全員がビジネスメールを書けば、コミュニケーションのコストは膨大になる。
一方で、共通規範だけではコミュニケーションは取れないし、相互理解を深めることができない。なぜなら、共通規範にない偶然の出来事は必ず起き、その時の最善マニュアルは存在しないからだ。例えば、受験に失敗した浪人生に掛ける最適な励ましは、浪人生ごとに違うはずだ。
だからこそ、相互理解の根幹にあるのは、愛と信頼に基づく投射である。投射とは、過去・現在・未来を線形に予測するのではなく、偶然性に自ら足を踏み入れ、相手に伝えることだ。偶然性は不確実性を持つので、自分の考えを伝えることは相手を傷付けるリスクを背負う。それでも、精一杯の愛と信頼をベースに、相手を傷つけてしまうかもしれない畏れを持ちながら、自分からの投げかけが相互関係を変えるかも知れないと思いコミュニケーションを取る。
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医療人類学者・磯野真穂さんの著書。インタビューを通して、医療者の苦悩や葛藤が描かれていて、人類学的視点から考察されている。
特に気になったのは、医学と医療の違い、そして「患者中心の医療」のこと。
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p163 「医療者の仕事の根幹は、モノとしての人間を徹底的に標準化することで体系づけられた医学という知を、それぞれの患者の人生にもっとも望ましい形でつなぎ合わせ、オーダーメイドの新しい知を患者と共に作り出していくことにある。」
p164 「医療者の仕事は医学を医療に変換すること。」
まさにこれは患者中心の医療のことじゃないかと思って読み進めると、やはりエピローグにもまとめられていた。
p221 「近年いわれる「患者中心の医療」は本人たち自身が主役にならなければ成立しえず、それは私たち自身が自分のカタチをよく見る作業抜きには語れない。」
患者が医療者に「命のアウトソーシング(p55)」をするのではなく、患者は自分自身のことと引き受けつつ、医療者は患者とともに考え、患者の生き方を支えていくことなのだろう。 -
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優しくて、丁寧な内容だった。「正しく考える」「正しく生きる」ということを少しでも窮屈に感じたことがある人であれば、読むことで少し自由になる(これまで立脚していた点が、さまざまある点のうちの一つに過ぎず、他にも立脚できる点があることがわかる)のでないかと思った。
情報経験だけでなく直接経験を多く持ちたくなった。また、内心怯えながらでも、多くのものや人に出会い続けて、ラインを積極的に引き続けていきたいと感じた。
個人的な備忘のために以下少し要約を記載。
味わい深い内容なので、また読み直したい。
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「自分らしさ」と聞くと一般的には、自らの内部にある考えや思いをピュアに表明することを想像することが多い。また、現代だと「自分らしく」あることが称揚される。
しかし著者は、「自分らしさ」がこのような内発的な動機や、その他大勢の意見への反抗だけでは成立せず、他者からの承認を必要とするものであり(例えば「自分らしい殺人」というのは他者から承認されにくいため成立しない)、すなわち実は「私たちらしさ」なのではないかと主張する。
その上で、実のところ「私たちらしさ」と呼ぶべきものが「自分らしさ」という呼称に隠蔽される背景には、戦後日本の個人主義的人間観(一つの身体の中に一つの個人が宿っており、それは世界からも歴史からも分離が可能であるという人についての理解)と、個人主義的人間観と(実は)相性の良い統計学的人間観(統計的に立ち現れるが実際には存在しない「平均人」を想定する人間観)があるとする。
また、統計学的人間観は、生物的な命が存続することが何よりも素晴らしいとする倫理を纏っており、それはこの人間観が、個人主義的人間観に基づいているからであるとする。
このような人間観に対して筆者が主張するのは関係論的人間観と呼ばれるもので、身体があるから個人があるという前提に立たず、自己と他者との関わりによってはじめて「私」が生じるとするものだ。
この関係論的人間観に立脚すると、他者と接合されて生まれる「自分らしさ」(実のところは「私たちらしさ」)とは他者と生きる中で立ち現れるものだとしている。
その後、最終章で、統計学的時間と関係論的時間の差異について論じており、これもめちゃくちゃ面白い。
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長々と要約じみたことを書いてしまったが、以下が個人的に心に残った。
・現代医学が多くの場合、リスクの実感を醸成することを目的としてレトリックを駆使すること
・身体的な実感を伴わない情報経験は生命としての世界との関わりを希薄にすることにつながり、結果として想像力が権威によって勝手に想起させられることにつながること
・そのような想像力の操作に抵抗するために、情報の背景にある意図や歴史、政治的事情を把握するのが重要であること
・様々な病の原因として、誰も確かめようのない狩猟民族時代の人間の脳と現代の人間の脳との対比を引き合いに出すのは、全人類にとって納得しやすい「平均人」を用いた起源の語りだから
・選択というのは、それによって変わっていく自分がその後起こる出来事に対応していくことを許容することである、ということ -
Posted by ブクログ
・痩せている方が絶対的に良い
・痩せ型の人は自己管理が出来ており、肥満の人は出来ていない
そんな考えは自分の中から生まれたと思っていたが、社会からそう思わされていたという視点に気持ちが楽になった。勿論健康を害するほどの肥満は問題ではあるが。
また、社会が「自分らしさ」を推奨する一方で
承認欲求が低い(ように見える)人を賞賛する傾向にあり、それらが相反する事柄である旨を適切に言語化していたのも興味深かった。
最も衝撃を受けたのは予防医学に関する記述である。予防医学は病気になっていない人の身体に積極的に干渉し、病気の原因が自己管理不足にあるという考え方を促進する恐れがあるという点だ。予防医学を志し従事する自分にとって、それは絶対的な正義だと考えていたので、このような視点を知ることができ非常に勉強になった。 -
Posted by ブクログ
夢中で読んだ。読みたいことがすべて書かれている、まさにjust for meな本。ダイエットというタイトルではあるけど、自分と他者との関係性、社会的まなざし、選び選ばれの構造、かわいいの定義、それでも人生には他者が必要ということが文化人類学的視点で丁寧に語られている名著。
今、まさに摂食障害に悩んでいる10代20代の人たちにもいいと思うし、日々のSNS演出に疲れた大人たちにもいいと思う。他者から「よびかけられる」ことで自分を認識する、タグ付けの関係、点としての人間関係からラインとしての人間関係の構築へ。食べることは生きること、生きることは人と関わること。