金子浩のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ衝撃的。
時代とお国柄の違いがあるため、違和感を覚える箇所もありますが、人が狂っていく様を見事にストーリー化していると思いました。
『ゲーム』と称して虐待がエスカレートしていく様子、思考停止状態の傍観者、コントロールしているはずのルースがもともと精神を病んでいるため、歯止めがきかなくなる様子…
ノンフィクションかと思うほど、説得力がありました。
主人公は最後に自我を取り戻せてよかったと思いますが、消えない心に傷はずっとずっと残ります。
ルースも結局は自分自身の問題をメグに押し付けてしまっていました。事件後に生きていたら、どんな運命を辿るのか気になりましたが、幸か不幸か裁かれることなく逝ってしまったため、知ることはできません。
テーマがテーマなだけに、読んでいる間のほとんど、眉間にシワが寄っていたと思いますし、読後もスッキリはしません。
けれど、読んでよかったと思う本でした。 -
Posted by ブクログ
これぞディストピア・オブ・ディストピアって感じ。「こんな未来は嫌だ」の大喜利のような暗い設定ばかり。絶対にこんな世界で生きたくはないが読み物としては好みだ。
特に『イエローカードマン』の世界が一番暗くて嫌だったなー。
『ポップ隊』の設定は映画化されそう。
特に“科学技術による生命倫理への挑戦”みたいなテーマが好きな作家さんっぽい。
人格をデータ化して小さなキューブに保存したり、楽器のように改造したり、遺伝子操作で不死身にしたり。
環境破壊のせいで新たな格差社会が生じたり、人々が痴呆化したり。科学技術が部族間の争いに繋がったり。
各短編の翻訳を中原尚哉さんと金子浩さんの2人が別々に担当されていて、なんとなくだけど、中原さんが翻訳したのは内省的な主人公の内面描写が多い作品で、金子さん翻訳の作品はそうでないものが多い気がした。
どちらも甲乙つけ難く好きです。
『カロリーマン』『イエローカードマン』と同じ世界観で描かれてるらしい『ねじまき少女』も是非読んでみたい。 -
購入済み
AIの感情表現とその周辺技術
AIはもし感情を持ったらという表向きのストーリー設定とその展開もさることながら、もしシンギュラリティポイントを超えた場合どんな科学的技術がそれを支えることになるのかかなり面白い想像力が発揮されてます。そして、それはないだろうと思えない点ばかりなのが恐ろしい気持ちにもさせます。続編を読み続けたいと思うかなりの傑作だと思います。
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Posted by ブクログ
なんだか「今」と似ていないかい?
今、お互い画面の中の「画像」でコミュニテーションを取って仕事している在宅ワークの様子は、主人公の「ボブ」同士が、VR空間の中で相談してそれぞれの「課題」に対処する様子と……。
会社が望むものは睡眠も食事も不要で時間の感覚すら自由に調整できる「ボブ」。
まあ、そのとき経営者は真っ先に「人間」個体じゃないでしょうけどね。
AI(人工知能)とは違った「レプリカント」
それも記憶と思考回路のみ機械に移植することで、“AI“の限界を超える“ヒラメキ”の能力が期待され、気の遠くなるほどの期間を要する宇宙船の「船長」となる。
どの場合も成功するとは限らず「僕は人間なのか、機械なのか」悩み、発狂するレプリカントが多いとされている。
結局VRで自分のアバターを作り、かつて人間としての個体だった時の生活を再現した仮想空間でくつろぐことで、やっと不安感を取り除いた。
また、主人公ボブが自らを増産していくなかで、一つとして同じ「ボブ」が生まれないこと、そのためアバターと名前で識別することで、“人間関係?”=“社会”が生まれている。
”感情“という働きも、実は論理的に解明可能と言われ始めているが、まだまだ、脳の解明は未知の分野が多く存在する。
「六つ子のおそ松くん」ならぬ「無限体のボブくん」同士の会話は軽快で、相棒のコンピュータシステム「グッピー」すら“ボケ・ツッコミ”の才能が芽生えている。
宇宙をまたにかけた壮大な「大河ドラマ」は、できればボブの増殖「家系図」が欲しかった。
このあと続きが2冊……保留リストへ登録しておこう。 -
購入済み
誤字、脱字があまりに多すぎる。
全体的に割と良くできていて、リョナ耐性が備わってさえいればそこそこ楽しめる作品です。主人公の計画力の無さや登場人物のモラルの欠如具合等、設定があまい部分は作中所々見受けられますが、ギリギリ読み手の自己解釈で何とかなる程度なので、作品を楽しむ上では邪魔にならないです。しかし…誤字脱字、翻訳ミス等があまりにも多く、感情移入の妨げになります。エディターは本当に仕事をしているのでしょうか?どうであれ、読んでいて気持ちの良い物では無いので、早く直す事をお勧めします。
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Posted by ブクログ
ホラー小説界の異端児ケッチャムは、稀代の問題作「隣の家の少女」(1989)で精神的加虐性を極限まで抉り出し、読み手の度肝を抜いた異能の作家だ。1995年発表の本作は、そのイメージを引き摺ると肩透かしを食らう。結論から述べれば、実に余韻の深いノワール・タッチの小説で、この作家の底知れなさに驚嘆した。他の作品で顕著な不快感を煽る過激且つ過剰なサディズム嗜好は抑えられており、暗流にあった屈折した抒情性をストレートに表出している。私見だが、これこそケッチャムの本質なのではないかと感じた。
老いた男は、町外れの川で釣りを楽しんでいた。傍には長年連れ添った愛犬。そこへ見知らぬ少年三人が近付く。最年長と思しき少年は、高価なショットガンを携えカネを出せと脅した。老人は僅かばかりのカネが車中にあるから自由に持って行けと答えた。端金だと知った年長者は、犬に銃を向け、躊躇うことなく頭を吹き飛ばした。少年らは笑った。犬の亡骸を抱えた老人は、去って行く三人を呆然と見つめ、打ち震えた。喪失感と、それを凌駕するほどの煮え滾る怒り。男は、すぐさま行動に移った。
老人の名はエイブリー・ラドロウ。犬の名はレッド。冒頭の悲痛なシーンによって、ラドロウがレッドの仇を討つという暴力的な流れに一気に突入するのではないかと、読み手は予測するだろう。けれども、ケッチャムはあくまでも〝正攻法〟で物語の土台を固めていく。雑貨店を営み、友人も多いラドロウは人格者であり、怒りをコントロールするすべを身に付けた理知的な男として描くのである。ラドロウは「目には目を」ではなく、あくまでも少年が罪を認めて謝罪し、相応に償うことを求める。この達観的境地がどう変わるのか、或いは変わらないのか。読者は憤りと共に読み進めるだろう。
老人はショットガンの薬莢を手掛かりに犬を殺した少年の名を突き止め、その家へと向かう。ダニー・マコーマック。その父親マイケルは、土地転がしとして名を知られ始めていた成金だった。傲慢にも息子の行為を認めず、逆に雑貨店の土地を売れと強要した。謝罪の言葉を得られれば許してもいい、という虚しい思いを呆気なく裏切られたラドロウは、法的手段へと駒を進める。だが、証拠は不十分で、マイケルが講じた裏工作によって、裁きの場はあっけなく打ち砕かれた。老人は次の段階へと移る。その挑発は、マコーマック親子の暴力衝動を瞬時に目覚めさせた。無論、すでにラドロウにも闘う覚悟はできていた。
ストーリーは至ってシンプル、引き締まった構成によってテンションは重圧感を伴いながら急激に上がっていく。主人公ラドロウは67歳、妻は10年ほど前に亡くなり、娘は結婚して家を出ていた。二人の息子がいたが、ラドロウは語ろうとしない。その残酷な真相は中盤で明かされるのだが、合間に挿入する過去のエピソードが、現在の有り様と徐々にオーバーラップし、老いた男の実存を補完する。このあたりの繊細な造形は見事で、作家の技巧が成熟していることが分かる。ラドロウの半生を知ることで、劇的な結末の必然性が高まるのである。
相変わらず不条理な暴力と退廃的な狂気が横溢しながらも、本作が〝安心〟して読めるのは、現実の猟奇殺人を基にしたという「…少女」には微塵も無かった〝救済〟という概念を根底にしっかりと置いているからだ。
また、トラウマを抱えた主人公の分厚い造型をはじめ、僅かしか登場しない端役でさえ強い印象を残すのは、誰もが生き辛さ、弱さを抱えながらも家族や友人のために力になろうとする、その関係性を丁寧に描き出しているからだろう。老人は孤独だが、人望という〝力〟を持つ。それは、喪失から再生への足掛かりとなるものだ。或る者は己の弱さを自覚し打ち克とうとする。或る者は業の命ずるままの享楽を経て自壊する。老いた男は、悪を体現する相手にさえ、思いやりを示す。この辺りの微妙なニュアンスを表現するケッチャムの筆致は洗練の極みにある。
「死とは、人が潜む闇だった」……このモノローグのあと、老人な最後になすべきことを悟り、最終的な決着の場へと赴く。
不条理な狂気の行き着く果てとしての暴力。終局に於ける情景に圧倒された。現実と幻想が入り乱れるレトリック。ズタボロになりながらも、愛するものを弔うために地を這い続ける老いた男の信念。その鮮烈なシーンは、巻末で解説者述べるところの映画監督サム・ペキンパーのバイオレンスに近いかもしれない。つまりは映画「わらの犬」や「ワイルドバンチ」のクライマックスに於ける暴力衝動の放出によるカタルシスだ。だが、本作の幕切れは、清々しいまでに生への〝希望〟に満ちており、単なる〝暴力の美学〟で終わらない感動へと導く。
私は、娯楽小説として見た場合の「…少女」に納得がいかず最低評価を付けたが、ケッチャムの才能を思い知らされた本作は、文句なく推薦できる。そして、カテゴリはホラーではない。ノワールだ。 -
Posted by ブクログ
スプラッター映画や食人族などのカニバリズムが好きな人なら楽しめる小説。しかし、内容が内容だし変態と思われる可能性も大いにあるので大きな声でお薦めなどはしにくい小説でもある。またこの手の表現に慣れていない人が読むにはハードすぎる。
作者自身があとがきで70年代のホラー映画の影響を受けてると語っている通り若者が旅行先で襲われるアメリカ映画にありがちな設定。序盤は状況説明などが続くので若干退屈に感じた。中盤以降は前半は何だったのかと言わんばかりに一気に話が進む、いやむしろ展開が早すぎて戸惑う。しかも、まさかの主役だと思われたカーラの早すぎる退場、ここの描写で一気に世界観が加速する。グロすぎる表現に食人族の攻撃と色々思うところがあるが、あの状況下でお湯を沸かして上からぶちまける余裕が本当にあったのだろうかと真剣に考えてしまった。ラストに関しては救われないオチだがニックと謎の少年の無念さを考えると当時の出版社がニック生き残りパターンをごり押ししてきたのも納得できる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ何か技術を持った死刑囚たちが、地球ではなく火星で、無期懲役のように死ぬまで働き続ける話。
火星に行くまでの展開で「友達」ではないけれど「上手くやっていける人たち」として希望のある気持ちにさせての火星に着いてからの展開は本当にしんどかった。
それらを踏まえた上で、フランクが最後の相手に向けた言葉、どんな思いで発せられたものだったんだろう。
『星を継ぐもの』の時も思ったけど、SFで専門用語がめちゃ出てきて謎解きをするくだりはとても苦手だ。目が滑るし、説得力のあるミステリは求めていないので。
そもそもミステリの要素いるか?感だった。
「なんと!あいつは!!ヤク中だったのだ!!!」みたいなのも「え?そうでしょ?」みたいな...
それでも、落ち込んで考えてしまう(つまり良いな〜って思う)話だった。 -
Posted by ブクログ
迫り来るアザーズの侵略にボブたちが対抗する。宇宙での緊迫した戦いが繰り広げられる。地球人は他の星系に移住することになるのだが、その戦略は今も昔も変わらず、山のような調整作業をボブたちが考える。そして、様々な星系での物語もバラエティに富み、アンドロイドとその星の原住民との交流など、より人間臭くなるボブたち(元は生身の人間だけどね)に感情がシンクロする。
200年以上先の未来の物語であるが、現代と変わらずメールを使っていたり、例えが古くさかったりと、古き良きものを懐かしんでいるととらえるか、興醒めととらえるかは評価が分かれるところだ。SF好きであれば、オタクっぽい物事が出てきているので、心をくすぐられる感じを味わえる。