Posted by ブクログ
2019年06月03日
本作の特徴を箇条書きにすると以下の通りだと思う。
・SF
・ミステリ
・火星
ストーリーを一言でいうと、生きているうちに刑の見込みがない囚人を即席でトレーニングし、火星に送り込んで、NASAの正式な探査チームが到着する前に、恒久的な火星基地を建設させる。
こういうものです。
そして、これをNASA...続きを読むから請け負っている企業があって、その企業が所有している幾つかの刑務所から囚人を選び出しているのです。
これっておそらく、欧米では旧来、囚人を訓練して軍人とし、戦争に送り出すという習慣があるから発想されるのかな。日本ではないですよね。
しかし囚人、しかも死刑囚とか途方もない懲役刑(これも日本ではないけど、アメリカでは刑罰を累計して100年以上の懲役を科されている囚人がいるわけです)を科されている囚人から、減刑などと引き替えに志願させるとい形を取るわけで、ここが大切。
どんなにその後の扱いがひどくても、「本人が志願したのだ」と言い抜けられるのです。
人権問題にうるさい欧米でもこれは有力な言い訳になりますね。
そう。扱いがとてもひどい。何しろ普通は何年も訓練するだろうところ、「半年で」訓練を終えるんです。
当然、訓練が足りているとはいえない。
囚人は普通の宇宙飛行士と違い、冷凍睡眠で、貨物として宇宙船に積み込まれ、華やかに送り出される事がありませんし、氏名も公開されない、というかそういう囚人がいるという事さえ公開されません。名誉とは無縁です。
そして、火星で必要となる資材はぎりぎりのものしか送り込まれていない。
そう。破損していたり故障していたりしても、予備がないんです。
これはどうよ。火星ですよ。まだ何もなくて一から建設しなきゃいけない。なのに、予備も余裕もないのです。
人員もぎりぎりで、互いの技能をカバーできる人員は一名しかいない。
たとえば、主人公は建設作業の監督なのですが、同時に運転手のサブとなる事を命じられます。
資源はまず、「食糧と水、空気も足りなくなる」というところから判明します。
ちょっとー? と思うでしょう。
そして電源補助となるべきソーラーパネルの半分くらいが破損して到着している事がわかります。
さあ来た。
食糧、水、空気に加えて電源。
なんでも電気で動く(バギーだって電気自動車)である事を考えますと、これって生き延びられない可能性が限りなく高くなっていますね。
なんとか電力をやりくりし、基地の建物を完成して空気製造器を動かして与圧し、水生成装置で水を作って水耕栽培の農園を起動しなければ食べるものもない。
はい。サバイバルものが好きな方にはまことに好適です。
そしてこの過酷な環境のなか、ひとり、またひとりと仲間が死んでいくのです。
過酷な環境なんだから、誰かが命を落としても仕方がないよね。最初は誰でもそう思うでしょうが……。
次第に、その死亡状況が怪しいという事に主人公は気付きます。
いったい誰が仲間を殺しているのか。
実は主人公、仲間をスパイして背中を守ってくれれば、一緒に地球へ連れ帰ってやる。
監視役の、唯一の非囚人である社員の男からそう持ちかけられていました。
だから、厭でも犯人を見つけるべく動かないといけないのですね~。
囚人たちは、「囚人」というラベリングで十把一絡げにされているけれど、主人公が建設作業に詳しいように、あるいはプロの運転手であり、あるいは医者であり、あるいは天才的なハッカーであり、というように、それぞれが得がたい専門知識を持った人です。
しかし囚人である。
それも、重罪を犯して非常に長期の刑を言い渡されている。
だから、会社側は、使い捨てて全然OK! というスタンスなのです。
だからこそ訓練期間は短く、資源もぎりぎりのものしか届いていない、という事もわかってきます。
さあ。いったい火星基地はどうなるのか?
面白くないわけがありませんね。
各章の冒頭には、会社の社員同士の会話や、プロジェクトの責任者が担当取締役と思われる人物に報告しているシーンなどが、「××××ファイルの書き起こし」という注意書きつきで添付されています。
ここに、物語の謎を解く鍵が記されているのですが、それはパズルのピースのように、年月日もシーンもばらばらになっています。
本作はSF文庫に入ってますが、ミステリ文庫の方でもなんら問題がないと思う。
SFもミステリも好き、という人にはこたえられませんよ。