金子浩のレビュー一覧
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SF。エコSF。バイオSF。
かなり激しく物語が動く下巻。
上巻から引き続き4人の視点から進む。ただし、ジェイディーはカニヤにスイッチ。
ねじまき少女エミコが主役なのは間違いないものの、エミコの扱いがあまりに酷いのが印象的。
暑さでオーバーヒートし、痛みや不安も感じる、機械と人間の間にいるようなエミコのキャラクターが、個人的には大好き。今まで読んだSF作品で、一番好きなキャラクターかも。
上巻・下巻を通してダークな世界観だったが、エピローグには明るい未来が感じられ、読後感は意外と悪くない。
未来の世界をリアルに描いたSFとして、記憶されるべき作品。 -
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「わたしはサムじゃない」I'm not Sam ☆4
序盤、夫婦のラブラブがうざかった マジで途中放棄しようかと思うくらいうざかった パトリックの忍耐力は称賛ものだけど、P126「ひとりでに治るんじゃないかと思って」えっ、セラピストに連れて行ってなかったんかい!? なんでなん(・・?
「リリーってだれ?」Who's Lily ☆3
男は好きな女の足毛は(100歩ゆずって)許せても、ワキ毛には萎える⤵
「イカレ頭のシャーリー」Squirrwly Shirley ☆3.5
「イカレ頭」普段こんな言葉使わないし聞かないんですけど…東京の人は使うのかな -
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ネタバレ読んでて、エンタメってこういうものだったって思い出した。とくに「エンダーのゲーム(短編版)」。11才の少年が他の誰にも思いつかない戦術でめくるめく大活躍… って、そう、最近忘れてたけど、そういうのがエンタメだった。リアリティとかどうでもよくて、とにかく面白ければいいんだよ。
「ブルーな遺伝子を身につけて」は、正統派SFっぽい顛末に加えて、宇宙服らしき「モンキースーツ」の語感がツボ。猿のスーツなんて不格好なはずなのに、何故かスタイリッシュ。
「アグネスとヘクトルたちの物語」…ステンドグラスの絵の裏表をひっくり返して見ているような話。どっちも表だしどっちも裏。民族弾圧による死の運命から義両親に助けられた過去を持つアグネスは、同じような立場の人間を救おうとして、その結果数十億の人類を死に追いやってしまう。けれどもその一方で、異種生命のヘクトルたちを過去の自分と同じように死の運命から脱出させる。それが皮肉なのか正統な結果なのか、想像の余地を残す形で淡々と語られて面白い。あとは、原理のわからないものを使ってその結果、という内容は、原発なんかを利用してる現実に照らし合わせると笑えない。
「開放の時」、これが一番好きかも知れない。乱視の視界みたいに、いくつもの世界が重なって現れて、主人公は一番良い世界にあたった時に死ねるって話。奥さんは主人公の死によって子供が居る世界を獲得して、哀しみはするけどほっとする。主人公には救いはないんだけど、ちょっとした達成感とともに死んでいく。複雑な幸福感がある話。
「陶器のサラマンダー」も切なくて良い。「無伴奏ソナタ」は、そこまで。他の短編は面白かったけど上4つと比べるとオーソドックス。でも十分に面白かった。
全体を通して、死と生に敏感な作者なんだと感じる。意味のある生き方に強い関心があると言い換えてもいいかも。その上でしっかり読者を引き込む要素を備えてて、主張とかテーマとかに必要以上に傾倒しないのがかっこいい短編集だった。 -
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情勢は暗いほうへと傾斜し、通産省を牛耳るアラカットと環境省の総帥プラチャ将軍の対立は王室を巻き込みながら政変と混乱を引き起こしていく(2010年のタイの赤シャツ・黄シャツの衝突を思い出すが、本書の出版はそれより前)。そして環境省が躍起になって防ごうとしていた新たな疫病の発生。下巻においては、環境省の隊長ジェイディーの副官カニアの活躍がクローズアップされてくる。
カロリー企業のエージェントであるアンダースンはアラカットと手を結ぼうとする。ホク・センはアンダースンを出しぬいて、もう一旗揚げようと企むが、タイ情勢の変化に翻弄されている。そして日本製人造人間、通称ねじまき、また新人類とも呼ばれるエミコは自由を得ようとし、秘められた能力を知らずに行使し始める。
かなり暗い未来を淡々と描くこの小説の肌触りは確かにグレッグ・イーガンを連想させるところもある。しかし人間の主体性を疑問に付してしまうイーガンと比べると、本書では各登場人物が主体性を持って生きていこうと格闘する姿が描かれていて、その点ではバチガルピの人間性そのものに対する信頼には揺るぎがないようだ。
とはいえ、遺伝科学者でタイ政府に協力しているギ・ブ・センことギボンズは、疫病の蔓延するこの世界で、ウィルス感染を免れた新人類になることを推奨する。なかなかテーマが見えてこない本書ではこのあたりがひとつのテーマかもしれない。
もちろんエネルギーの枯渇した近未来をリアリティをもって描こうというのが全体の構想なのだろう。とすると主人公はエミコでもアンダースンでもカニアでもなく、束の間の猥雑な繁栄に沸き立ちながら、地球温暖化の影響を防潮堤で辛うじて食い止めているものの、いずれ海に沈んでいく首都バンコクである。そしてバンコクによって代表象される地球の命運なのである。水没する都市は羊水に帰る人類を象徴し、そこに再生へのほのかな希望が示され、単純には割り切れない感興をわれわれにもたらすのだ。 -
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2010年SF賞総なめの作品。邦題はオタク受けを狙って『ねじまき少女』なのかと思いきや、原題もきっちりThe Windup Girl。
化石燃料が枯渇し、遺伝子改変動物を使役して生み出す力学的エネルギーを小型高性能のゼンマイにため込むというのが、この時代のエネルギー事情だ。よってすべてのエネルギーの源は家畜が食べる飼料のカロリーにたどり着くことになり、農業こそがが最重要産業なのだが、バイオテクによって生じた疫病や害虫で植物もまた壊滅的となっている。
舞台はタイ王国。農作物の遺伝情報を握るカロリー企業の支配に屈せず独自の繁栄を築いている。物語はアニメ風のねじまき少女の冒険ではない。この起こりそうな暗い未来における群像劇である。
タイでエネルギー工場を営むアンダースン。実はタイの種子バンクの情報を狙っているらしい。そして植物遺伝子にまつわる重要な情報をみぎっているらしいギ・ブ・センないしギボンズという男を捜している。
アンダースンの側近として働く、中国難民の老人ホク・セン。かつて大企業主であった彼は、再起を図って、アンダースンを出しぬき、地元のギャング「糞の王」と接触する。
ねじまき少女エミコ。遺伝子操作で作られた「新人類」。人間と区別するため、わざとぎこちない動きをするように作られていて「ねじまき」と蔑まれているが、ゼンマイで動いているわけではないようだ。日本で作られ、日本の企業家の秘書兼愛人としてタイに連れてこられたが、主人が帰国する際、経済的理由から捨てられ、見世物小屋で働く。
タイの繁栄を守っているのが環境省、通称、白シャツだが、役人は賄賂を取り、腐敗している。賄賂を取らず、不正を暴く、環境省の役人ジェイディーはやり過ぎてしまい、政争に巻き込まれる。
章ごとに別の登場人物の視点に切り替えつつ進む語りは、ひとりの登場人物への感情移入を妨げつつ、全体的な状況をゆっくりと明らかにしていくが、それは登場人物たちみながそこから駆け出すことができるように、慎重にゼンマイのねじを巻いているかのようだ。 -
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近未来のバンコクを舞台にした物語ですが、現在私たちが映像などで知っているバンコクとあまり違わないように思えます。違うのは、市場にありとあらゆる遺伝子組み換え植物が並んでいたり、象を組み替えた動物がいたり、日本で作られたアンドロイドが出てくるところでしょうか。遺伝子組み換え植物は新たな病気をもたらし、人間には対抗策がありません。しかしアンドロイドなどつくられた生き物たちは、そうした病気と無縁です。必要から生まれたアンドロイドのエミコは、日本では大切に扱われていたものの、ここバンコクでは敬意を払われず、蔑まれています。主人(持ち主)に服従することを教育されているため、不満があっても逆らうことはありません。このあたり、日本の女性が置かれた社会的環境を示唆しているようです。バンコクには不穏な空気が満ちており、その中で登場人物たちは思い思いに行動します。エミコは課せられた拘束を解き、自由になりたいと思っていますが、上巻ではまだ答えは出ていません。
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ネタバレSF短篇集。
SFといってイメージするのはスターウォーズのように超越したテクノロジーを使った戦闘などでしたが、この本の短編はいかにもSFな物語というよりは作者の人生観をSFというジャンルで表現しているような印象を受けました。
宇宙人やタイムマシンが当たり前に出てきますが、それらの登場人物や道具を使って人生の考え方や人の生き方を話に落としこんで、1つ1つの話が教訓や寓話のように生き方の指標を示すような物語になっていると感じました。
11の短編の中では、タイトルになっている無伴奏ソナタとアグネスとヘクトルの物語が気に入りました。人の幸せや向き不向きについて考えさせられる話が少し寂しげで綺麗な話だと思います。 -
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まず、この文庫本の最初に『はじめに---作者への公開書簡---』が置かれています。この文章が書かれた時代のアメリカにおけるSF作品への状況が透けて見えてきます。
その上でこの短篇集を読むと、なかなかドロッとキテるな、というのが第一印象。『はじめに…』にも書かれている「”本格”SF以外に目を向けようとしない狭い範囲の読者のためだけの作家ではないのだ。」がよくよく分かってきます。
作者のあとがきにはこう書かれています。
---これらの短編すべてで繰り返されているモチーフがある---残酷なまでの苦痛と、グロテスクなまでの醜悪さだ。繰り返しあらわれる主題もある---死の愛好、喜びに対する支払いきれないほど高い代償、因果応報への非現実的な信頼だ。
この文章が全てを語っています。確かに”本格”SFを愛好する私のような人にはチト辛い短篇集でした。 -
購入済み
ありそうだと
後味悪い作品だと聞いて。
大袈裟かもですが、今の若者ってこんなんばっかですよね。閉鎖されてて、人数いれば安心して。
一言でグロいとかサスペンスじゃなくて、少年達になったつもりで読んでほしい。
彼らと違って、私は大人になってますので、少年達の行動は理解できず怒りを感じますが…でも学生の時あったなぁ…って、なんとも言えない気分に。
読みながら主人公に対してグズだの情けないだの思いましたが、落ち着いた頃に、あ、なんかこんな気持ちになったことあるなって思って、主人公を責められなくなりました。
なぜかいじめられていた同級生を思い出します。最近はいじめが深刻化していて、まさにこんな感じじゃないですか?
とか他人事みたいに言っちゃう私って…。う~ん、なんだか。内容もそうですが、自分に対しても後味悪いですねえ。 -
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インターネットにお世話になっている人は数知れず。モクモク羊もその一人だが、インターネットとは何かなんて哲学的なことを考えたことがなかった。
著者がインターネットの冒険に旅立つきっかけを与えたのは、リスだった。家のケーブルをあの歯でかじったのが原因で、インターネットが使えなくなったとある。そこから著者は「大人の社会科見学インターネット編」(訳者の表現)を、やってみる気になった。人生何が影響を与えるか分からないものだ。まさかという名の坂はあるが、まさかリスが啓示を与えるとは著者も思わなかったに違いない。
著書を読んでいくと、インターネットの世界は、バーチャルな空間に限定されない果てしない世界が広がっている。接続ひとつとってもいろいろなドラマがある。
著者に書くきっかけを与えてくれたリスに感謝したい気分だ。何しろこうやって著書を読むことができるのだから。