酒井昭伸のレビュー一覧
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購入済み
「ドラゴンはターガリエンのペットではない」というのが思い出される本巻。
そして、ジョン・スノウやティリオンの物語も徐々に進みだす。
今後の展開が楽しみだ。 -
Posted by ブクログ
イギリスの作家アーサー・C・クラークの長篇SF作品『都市と星〔新訳版〕(原題:The City and The Stars)』を読みました。
アーサー・C・クラークの作品は4年前に読んだ『幼年期の終り』以来ですね。
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遙か未来、銀河帝国の崩壊によって地球に帰還することを余儀なくされた人類は、誕生・死さえも完全管理する驚異の都市ダイアスパーを建造、安住の地と定めた。
住民は都市の外に出ることを極度に恐れていたが、ただひとりアルヴィンだけは、未知の世界への憧れを抱きつづけていた。
そして、ついに彼が都市の外へ、真実を求める扉を開いたとき、世界は……。
20世紀SF界の巨匠が遺した、『幼年期の終り』と並ぶ思弁系SFの傑作、待望の完全新訳版。解説:中村融
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1956年(昭和31年)に発表された作品……『幼年期の終り』と並んでアーサー・C・クラークの代表作で、SF史上の傑作として知られている作品です。
ダイアスパーは巨大なドーム状の構造の建築物の内側にある都市であり、それは数億年の間中央コンピュータによって統御され、住居や街並み、人間という生命体に至るまで勝手に作り上げられ、勝手に修復されるという、人工的な、老いることのない都市だった……ダイアスパーに暮らす主人公の少年アルヴィンは、仲間たちとともに体感型のゲームで遊んだりと何ひとつ不自由ない生活を送っていたが、「ダイアスパーの外に出たい」という大きな願望を持っていた……。
宇宙に進出していた人類は、銀河帝国の崩壊によって地球に帰還することを余儀なくされた……さらにその10億年後、人の生死をも管理する都市ダイアスパーを舞台にした遥かな未来を描いた壮大なスケールの作品でした、、、
都市に閉じこもっている限りは安穏な暮らしが保証されているダイアスパーはユートピア都市のように描かれますが、本当の幸せを手に入れたとは思えないんですよねー ユートピアどころか、考えようによってはディストピアなのでは という印象でした。
そして、地球上で舞台となるのは、荒廃した土地の中に残るダイアスパーという都市とリスという村落集団……隔たれて異なる文化や価値観を持っており、生まれたときから成人の体系で肉体はほとんど衰えることがなく1,000年の寿命を持ち、体毛は頭にしか残っておらず、歯や爪もなくなり、男性の生殖器は体内に収納されるという驚くべき特徴を持つダイアスパーの人々と、外見や成長はほぼ現代の人類と同じだが、テレバシーで意志を通じ合わせることができるリスの人々、全く異なる進化を遂げた2つの人類の描写がとても印象深かったですね。
VR(ヴァーチャルリアリティ)的な描写や、AIとのやり取りを思わせるようなロボットとの会話等々も描かれており、70年近く前の作品とは思えないですねー 驚きました……後半は宇宙にも出て行き、他の惑星の探索をする等、色んな要素が詰まっているところも興味深かったです。
物語の世界観にどっぷり浸かることができましたねー 面白かったです。 -
Posted by ブクログ
壮大なファンタジーの世界にどっぷり浸かることができた。反撃から決着までは思いの外あっさりしていたのでスッと終わった感もあるのだが、これはこれで良いかなと。
附録にも記載のある通り、本作はヒーローSF物語であると同時に、民族間における宗教の違いもニュアンスとして含んでいる。ヒーロー物語としては、主人公の絶望から覚醒、反撃の狼煙をあげて勝利を掴み取るまでのサクセスストーリーとして十二分に楽しむことができる。生態系SF、というジャンルの確立という意味でも、砂蟲やフレメンの生態、生命の循環サイクルなど世界観の造り込みが丁寧で面白い。
聖書の引用で自明と言えるキリスト教をはじめ、イスラムや仏教、ヒンドゥ教など様々な宗教価値観を絡め合わせて煮詰めたような宗教観。未来系ファンタジーは何でもありと思いつつ、ちゃんとした裏付け…らしきものがあっての世界だからこそ人を惹きつけ、ある意味で納得感のあるストーリーになると思う。そういう意味でも本書のストーリーは面白く、数々の賞を受賞してきたことも納得である。 -
購入済み
氷と炎の歌、その前日譚をとある歴史学者の独り言のような形式で語っている内容です。
これらはあくまであり得たかもしれない内容であって、本当にあった真実とは異なる場合もあると思って読まなければならないです。 -
Posted by ブクログ
SFハードボイルドミステリとでも言うべきか。背景にSF設定があるのだ。この物語世界は、薬物によるタイタン(巨人化)化技術により、ひとにぎりの人間だけが長寿を享受できる世界である。タイタン化すると、身体が若返り、成長が止まらないので巨大化する。この技術は、もともと不治の病や瀕死の重傷の治療のために開発された。この技術を独占する〈トンファミカスカ・カンパニー〉の血縁者やコネのあるものだけが、タイタン化しているのだ。
物語は、近未来の架空の都市が舞台。ロディ・デビットという生物学者が、彼のアパートで遺体で発見されるところから始まる。頭部への銃撃の跡があり、他殺か、自殺か、あるいは事故なのか。警察は私立探偵のキャル・サウンダーに、捜査への協力を要請する。キャルのところに持ちこまれるのは、訳ありの案件と決まっている。ロディはタイタンだった。
SFとういうよりは、バードボイルドミステリだろう。タフな私立探偵が登場。そして〈トンファミカスカ・カンパニー〉のトップであるステファンと、その家族たちのドロドロした愛憎関係。スピード感のある展開で、非常に面白い。続編もあるので期待したい。 -
Posted by ブクログ
科学の進歩で人類は確かな発展を遂げてきた。一方で生活が豊かになったとは言い難い。産業革命以降労働時間は増加し、効率を求めて24時間シフト制が導入され、競争社会により過酷な労働環境が形成されている。
また科学の進歩によって生み出した、「地球温暖化や核兵器」は地球の危機と言われている。が、それは違うと思った。環境破壊によって人類が絶滅しようと生命は進化を遂げ、地球は新たな生態系を作るだけである。今まで地球がそうしてきたように。
大事なのは「人類」にとってサステイナブルな環境を作る事だと思った。科学をお金儲けや名声のために濫用するのではなく、自己規制力のもと科学を進歩させ、利用していく事だ。 -
Posted by ブクログ
7人の巡礼が「時間の墓標」を目指して辺境の惑星「ハイペリオン」を旅するが、その旅の合間に1人1人が語る自らの過去から、次第に物語の全体像が明らかになっていく、という構成になっているようだ。ただ、各人の語りは個別に行われるので、どうしても本作全体の設定は掴みづらいように思われる。時代設定はどうやら28世紀のようなのだが、現代とのつながりはもはや感じられないので、SFというよりはファンタジーという印象を受けた。
物語全編を通じて登場する「怪物」が重要な意味を持ってくることが示唆されるが、上巻を読んだだけではまだ全体像が掴めない。下巻を通読してようやく本作の感想を述べられるように思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレポール・アトレイデスの一代記は、前作「砂漠の救世主」で完結した、と思っていました。
この「デューン」シリーズ3作目である本作を読んで最も驚いたのは、ポールが生きていたこと。
そして、最も心に沁みたのは、敗残者として描かれていること。
ポールとチェイニーの遺児・双子のレトとガニーマは姿はまだ子供ながら大人を遥かに凌駕する知性と、クイサッツ・ハデラッハたるポールの子として、過去の祖先全ての記憶を胎内にいた頃から有していました。
それが故に、周囲から畏怖されると同時に恐怖され、自我を支配しようとする過去の祖先たちの”声”とも闘い続け、その闘いに勝った二人が得たものは、正直言って誰がどう見ても恐ろしいビジョンにしか見えない計画の始動でした。
同様の能力を持つ叔母にして摂政のアリアは、祖先の”声”に自我を支配されてしまい、「忌み子」と化して暴政の限りを尽くしますが、夫ダンカン・アイダホの死を知って泣きじゃくることで自我を取り戻し、これ以上の暴走を止めるべく、宮殿の窓から飛び降りて自害。ベネ・ゲセリットの祖母ジェシカは、政治的意図を持って各勢力に近づき権謀術数を弄しますが、最終的に双子の意図を読み解くことはできず、双子の計画に飲み込まれていくことになります。
そして、ポールは自分の息子であるレトから、「未来の責任を背負う覚悟がなく、計画を実施する前に逃げ出した敗残者」と指摘され、かつて自らが君臨していた宮殿の前で、無惨な死を遂げます。
ポールは英雄でも名君でもなく、ただの中途半端な覚醒者に過ぎなかった、という残酷な結末。
どこにでもある英雄物語にはしたくなかった、という原作者の意思を強く感じます。
物語のラストシーン、皇帝に即位して自己の長期政権を維持することを猛々しく宣言するレト。その背後には、暗澹たる未来しか見えてきません。
「デューン」シリーズはこの後も続きますが、どんどん重たくなっていくんだろうなぁ・・・ということが明らかな幕切れです。ガニーマの方の未来が気になります。この後の作品が新訳版で出るかどうかわかりませんが、この先も読み続けるか、うーん悩むところだなぁ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレデューン三部作完結編。レトは未来視の能力を駆使し、行き着くべき未来へと向かって行動を続ける。
これって、攻略本でこの先の展開とストーリーがすべてわかった状態でゲームするのと同じだ。要所要所でプレイヤーが努力する必要はあるものの、その先の展開はわかっている状態。レトもチートキャラ化するし、なんか、攻略本持って、キャラの性能書き換えてゲームやっている気分になる。
最終的には大団円を迎えるのだが、フランク・ハーバートが神権政治、というより神政治を解として示したのはちょっと意外。第二部では英雄を崇拝することの危険性が描かれていたのに。