NHKスペシャル取材班のレビュー一覧
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本書は、2021月1~2月に放映されたNHKスペシャル・シリーズ「2030 未来への分岐点 SeasonⅠ」の以下の3つの番組を書籍化したものである。いずれのテーマも、取材成果に基づいた現状、キーパーソンへのインタビュー、未来への展望の3部構成となっている。
第1回「暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」(1月9日)/インタビュー:ヨハン・ロックストローム(環境学者)、フランス・ティメルマンス(ヨーロッパ委員会第一副委員長)
第2回「飽食の悪夢 水・食料クライシス」(2月7日)/インタビュー:デイビッド・ビーズリー(国連世界食糧計画事務局長)、クレイグ・ハンソン(世界資源研究所副所長)
第3回「プラスチック汚染の脅威 大量消費社会の限界」(2月28日)/インタビュー:メラティ・ワイゼン(環境活動家)、トム・ザッキー(テラサイクル社CEO)
いずれの問題も、言うまでもなく、豊かな生活を追い求める人間の活動の結果生み出されたもので、それらは、気が付かないうちに地球の持っているレジリエンスを遥かに上回る負荷を地球にかけ、現在に至っているのだ。
番組(第1、2回)のインタビュアーを務めたジャーナリストの国谷裕子氏が、本書の最後で6人のキーパーソンのメッセージを以下のように振り返っている。
◆科学的なエビデンス、情報をしっかり受け止め、科学が指摘しているリスクに基づいて行動することが重要である。パリ協定の「1.5℃」目標は、政治的に選択された数字ではなく、科学的エビデンスからの結論である。
◆「人々は何度も危機が迫っていると警告されても、家の玄関まで危機が迫るまで行動しない」が、残された時間は極めて少ない。
◆消費者の選択と若い世代の行動力こそが変革のカギとなる。人々を動かすためには、持続可能な未来へ向けての改革が、何かを犠牲にしたり、制限を伴ったりするというネガティブな印象を与えるのではなく、その改革により、自分たちは将来より多くの恩恵を受けられるという前向きなナラティブが重要。
◆政府による経済的インセンティブが誤っているため、地球を破壊する方法で生産する方が、地球環境に優しい方法よりも安上がりになるようなパラドックスが生じている。これらを解消する必要がある。
題名の通り、本書で取り上げられたような世界規模の諸問題の重大な分岐点は2030年と言われている。パリ協定の合意(2015年)から既に6年が経ったが、この間に(日本人の)我々ができたことは何か。。。マイバッグを持ち歩き、ハイブリッドカーに買い替えたこと(私もそうだ)だろうか。。。ベストセラー『人新世の「資本論」』で斎藤幸平氏は、「SDGsはアリバイ作りのようなものであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかない。・・・SDGsはまさに現代版「大衆のアヘン」である」と喝破しているのだが、氏の唱える「脱成長コミュニズム」が唯一の正解かは別としても、事ここに至り、極めて短期的に大胆な社会の変革が必要なことは自明であろう。そして、そのためには我々が現実を科学的に直視することが不可欠である。
ロックストローム博士が言うように、「地球上でこの決定的瞬間に生きている私たちは、困難に立ち向かう時代のヒーローになることができる」と思いたい。
(2021年10月了) -
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2019年7月に放送された番組を書籍化。NHKスペシャルの本は今までも何冊か読んできたがどれも読み応えがあり、本書もそうだった。6つの「半グレ」事例を加害者、被害者、警察など当事者達への取材で丹念に追っている。暴力団との「グレーゾーン」にいる者達への取材の様子に緊迫感がある。
「犯罪者と一般人の境界線」が曖昧になってきていることに不気味さを覚える、という記述が度々登場する。本作のテーマとするところだ。事件のリーダー格の者に集まる人たちの背景には貧困や差別があり、またこうした反社会的に生きる者にカリスマ性や「格好良さ」を感じてしまうなど、オウム真理教にも見られた図式がある。
それにしても、NHKという組織でこのような身の危険も伴う取材が行われることに感心してしまう。公共放送であり、公務員ではない存在の彼らが、よくこのような番組中作りをできるものだと。 -
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人工知能がはじき出す「最適解」は、一体、誰にとって「最適」なのか?
人工知能を活用できる立場にある、社会や組織の「強者」?
AIが日本や海外において実社会に浸透したことが実感され始めたのが2017年だと本書は言う。証券取引、再犯や退職リスクの判定から政治まで。さまざまな分野の事例と当事者へのインタビューから、AIの「最適解」に否応なしに巻き込まれていく社会の姿が見えてくる。
おそらく、受け身になってしまうことが最も危険なのだろう。判断を人任せ(いずれはAI任せになるのか?)にしていては、強者の最適解の餌食になる一方だ。なぜそう判断するのかを問う必要のない場面以外は、常に責任の所在を問いただす態度で臨まなくてはならない。
とはいえ、人間はナマケモノだから、きっと考えることをさぼって楽をしてしまう。私もきっとサボる。そのことを含みおきながら、どこまでならAIの浸透を認められるのか、できるだけ裾野の広い合意形成をしていかなければならない。 -
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ネタバレ☆勉強になったこと
・肥満を防ぐのは腸内細菌が作る短鎖脂肪酸。
・糖尿病も短鎖脂肪酸で改善。
→短鎖脂肪酸は野菜の食物繊維が大好物。
・腸内細菌がつくるエクオールは肌を若返らせる、ホットフラッシュ、骨密度の低下を防ぐ
・エクオールは、ガン予防が期待されている。肥満になると増える腸内細菌はがんを引き起こす。
→エクオール作れる人は日本人二分の一。検査を請け負ってくれる会社あり。大豆を摂取する!
・未熟なT細胞は、普通に成長すると攻撃性のT細胞になる。短鎖脂肪酸が働きかけたTレグ細胞は、他の免疫細胞の暴走を抑えるなだめ役。アレルギーや自己免疫疾患の根治を可能にする。
・腸内環境の改善はアレルギー予防につながる。アレルギー改善が期待される細菌のえさは食物繊維。
・腸のバリア機能が弱くなると糖尿、がんになりやすくなる。=リーキーガット。血中に細菌や毒素もれだす→全身の弱い炎症がおこる。
バリアを守るのは短鎖脂肪酸。
・腸内フローラ次第で性格変わる。
・腸と脳は迷走神経で繋がっている。腸内細菌が作る神経伝達物質が脳に伝わり気分や感情に影響を与える。うつ病や自閉症の研究途中。 -
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本書は、2020年4月に放映されたNHKスペシャル「デジタルVSリアル/第1回 フェイクに奪われる“私”」及び「第2回 さよならプライバシー」の取材を基に、番組で取り上げられなかった内容を含めて書籍化したものである。
あらゆるもののデジタル化が急速に進む今、我々はどのような世界に住んでいるのか? 取材班は「はじめに」でこう述べる。「SNSに広がりは「真実」と「フェイク(偽物)」の境界を曖昧にし、私たちが「フェイク」に踊らされる事例が数多く発生することになった。文脈を失い、断片化された情報は、それがデマであってもまるで真実のように、「いいね」が付けられ、世界中に拡散されていく。極端な意見に共感が集まり、主義主張の異なる者同士の罵り合いが加速する。デジタル化の波は、人々の分断を深め、真実を見えなくさせ、フェイクの渦に私たちを巻き込んでいった。さらには、ビッグデータに蓄えられた膨大な個人情報は、デジタルの世界のもう一人の自分=「デジタルツイン」となり、プライバシーは丸裸になりつつある。にもかかわらず、私たちは、デジタルの恩恵から逃れられない。そう、私たちの「現実(リアル)」は、すでにデジタルによって浸食され、デジタルを抜きにしては考えられないものへと変わってしまったのだ。」
本書は、番組と同様に大きく二部構成となっており、前半は「フェイク」、後半は「プライバシー」を取り上げている。
番組を見、本書を改めて読んで、「フェイク」については、日々進歩する技術に驚くばかりである。番組が放映された当日にも、ネットに「米国当局が、米国人がコロナウイルスを中国に持ち込んだと発表した」という動画が出て、私の友人の間で話題になったのだが、それはまさにフェイク・ニュースであった。本書で繰り返し述べられている、「私たち一人一人にできることは、「これは本物なのか?」と疑い、偽物である可能性があれば、それを拡散しないという認識を持つこと」、「一番必要なのは、やはり『自分の頭で考える』。そこが第一になる」というスタンスが、今後一層求められるだろう。(前述のフェイク・ニュースは、冷静に考えれば、“仮に事実であったとしても”、米国当局があの時期にそのような事実を公式発表することは200%あり得ない、と判断できる)
また、「プライバシー」については、私も、古くはオーウェルの『1984年』を、最近では『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐・高口康太共著)などを読み、大いに問題意識を持っていたが、「デジタルツイン」という概念にはやはり驚きを覚えたし、ミレニアル世代の次に続く「Z世代」(1990年代後半~2000年代生まれ)は、幼い頃からスマホに慣れ親しんできたデジタルネイティブであり、東京、ニューヨーク、ロンドン、ベルリンなど世界の8大都市に住む同世代の2/3が、「デジタルの世界にプライバシーはない」と考えているということには、大いに懸念を感じざるを得ない。
2020年は、米国大統領選挙でトランプ氏(支持者)が「フェイク」情報を多用したこと、また、新型コロナウイルスの広がりを抑えるために(中国のような)強権的な国家がデジタル個人情報を使ったが、それが当該国民の多くに支持されたことなどから、「デジタルがリアルを超えた年」として記憶されるのかも知れない。
アナログ時代に長く生きた私としては、ネガティブな面ばかりが気になるデジタル時代であるが、好むと好まざるとに関わらず、この時代に生きる以上、我々はまず、現実を知らなくてはならない。そのための一助となる一冊と言えるだろう。
(2021年4月了) -
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暴力団は法律で厳しく取り締まることができる。その影響もあり、暴力団が弱体化した。そこで出現しはじめたたのが、“半グレ”集団だった。
関東で有名な半グレ集団、『怒羅権』の創設メンバーは「犯罪は居心地がいい。金は苦労せずに入るし、何かあっても全て暴力で跳ね返せる。昔はああやってないと生きられなかったし、あの頃を否定する気もない。でも、今はカネがなくても、生活の居心地はいいですよ。充実感がある。たぶん、結婚して、失いたくないものができたからかな」(p83)
いかにも今まで犯してきた犯罪を正当化するような発言には驚いた。
ただ、本書に詳しく書かれているが、『怒羅権』が結成された過程には、日本人の在日外国人に対する偏見などによる日本社会への対抗心が要因になったことは間違いがなく、これからそういった偏見は無くしていくことが必要であると感じた。
“半グレ”に対して、かつて大阪で警察署長を務めていた人の指摘で「需要があるところに供給がある。違法な風俗のサービスを求めたり、トラブルの解決に半グレの暴力を頼ったりする人がいなくならない限り、半グレもまたなくならない」(p131)
その違法なサービスを提供しているのを取り締まるのが警察の役割でしょ と思ってしまった。
あとがきにあるように、“半グレ”集団に属していた人のインタビューの発言を読む限りでは、「捕まらなければ何やってもいい」「詐欺をすることは、タンス預金の再分配しているだけだから、社会貢献だ」のように、自己保身の正当化の文句を並べているようであった。
今後、半グレ集団が生まれないような刑事政策が必要であると感じた。