小尾芙佐のレビュー一覧
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正確に書くと3.5かな。
ハヤカワ文庫が相変わらず嫌いなんだけども買ってしまった。
どうしてサイズ合わせないかな。
これはずっとぶつぶつ言い続けてやる。
ツイッターでも書いてやる。
久しぶりのディック。
最近はこういう完全なるエンターテイメントのものは再読ばかりで
新しいものは仕入れていなかった。
試験が終わって一息つきたい目的で
純粋なる楽しみとして購入。
作品はディックの長編一作目ということで選択(一説には三作目)。
この文庫版には表紙にわざわざ
「PKD's First Published Novel」
と記載してある。
短編はNovelじゃないのか(実際中編以上らしい)。
表紙ついでに書くと、
「Solar Lottery」
という原題が書かれていて、邦題に?と思ったら、
放題はイギリス版のタイトル
「World of Chance」を元にしているんだそうだ(後書きより)。
何故イギリス版から邦題が?
も謎だが同じ英語でタイトル変えるのも謎だ。
アメリカ版のタイトルもディックがつけたものは却下され
出版社がつけたらしいので、
やっぱり出版社の意志は大きいのかな。
くじによって権力者や階級が選ばれるという
ザ・ディックなディストピア設定。
物語進行と状況描写のために複数の主人公視点があるのも
ディックらしい。
安定のディックらしさなので、
それを求める人には良いと思う。
ディックを多数読んでいて、
意外性や刺激を求めたい人には違うかも。
しかし、
この物語は希望がある終わり方だったけれど、
ディックの闇は選ばれし者とその他という二極化にあるんだな、
と感じずにはいられない。
まあそこが好きなんだけど。 -
Posted by ブクログ
ネタバレニューヨーク市で発生した宇宙人惨殺事件を見事解決した刑事イライジャ・ベイリ。乗り馴れない飛行機に乗ってワシントンに呼び出された彼が命じられたのは、宇宙人の国家・惑星ソラリアで起こった前代未聞の殺人事件の捜査だった。徹底した人工統制で一人一人が広大な土地を所有し、多数のロボットに身の回りの世話をさせて生きているソラリアは、生身の人間同士が直接会うことがほとんどない社会。夫婦ですら滅多に会わないこの社会で、殺人など起こるはずはないのだが・・・地球とは全く異なる価値観に戸惑いながら、再開したR・ダニール・オリヴォーと共に捜査を進めるベイリが掴んだ真相とは?
前作「鋼鉄都市」でバディを組んだイライジャ・ベイリとR・ダニール・オリヴォーが再び登場して難事件に立ち向かう、アシモフお得意のSFミステリ。前作同様、「ロボット工学三原則」の縛りの中で、ロボットが絡んだ殺人に対してどのように論理的なおとしまえを付けるのか?が、ポイントの一つです。前作よりも「ロボット工学三原則」が孕む矛盾に一歩踏み込んだ内容になっていて、ミステリとしてもSFとしてもなかなかの出来前。
それに並んで大きなポイントになるのが、実にユニークなソラリア社会の構築ぶりです。徹底して人口を抑制し、あらゆる労働をロボットに任せた結果、人間は皆極端な対人恐怖症に陥り、子を生し育てることが「汚らわしい」とまで認識されてしまう社会。そんな非人間的な(地球人の感覚で、ですが)社会においても人間同士のいざこざや思想対立はやっぱりあって、不穏な動きへと繋がっていく・・・。はじめて宇宙人の社会を目の当たりにしたベイリは、鋼鉄のドームに閉じ込められて暮らす地球人同様に宇宙人社会も既に袋小路に突き当たっていることに気づくのです。そして、どちらも現状を打破しなければ共倒れになりかねない、ということにも。
作品のタイトルにもなっている「はだかの太陽」は、鋼鉄のドームの中から飛び出したベイリが目にする広い世界を象徴する、物語の要所要所にも登場するシンボル的な存在です。その太陽の光に導かれて、事件の解決とその結果だけではなく、地球人類がその後なすべき困難な課題についても直視するようになるベイリ。この作品が単なるミステリではなく、「SFミステリ」の名作として前作とともに長く語り継がれている理由が、このラストシーンの壮大なヴィジョンに端的に現れています。
鴨的には、前作よりもSF的なメッセージを強く感じる作品だと思います。地球人ベイリの価値観の変化が物語の重要なファクターを占めるせいか、R・ダニール・オリヴォーの活躍はかなり控えめ。ほとんどベイリのお守役に徹しています(^_^;その方が、ベイリの無鉄砲さと大胆さを際立たせることができるからでしょうね。 -
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SFミステリの金字塔「鋼鉄都市」の続編となる本書。ニューヨーク市警の刑事ベイリとロボット刑事ダニールの新たな活躍が描かれます。
「鋼鉄都市」の舞台は地球でしたが、今回の舞台は、宇宙国家のひとつ「ソラリア」。人類を支配するスペーサー(かつて宇宙に進出した人類の子孫)の世界です。地球での人類は、外壁に囲われた世界に住むがゆえに、広大な空間、そして太陽を怖がる傾向にあります。狭くて暗いところが安心するようですね。
一方、ソラリアのスペーサーは、通信手段の発展/熟成によって、人々の肉体的な接触が途絶えた世界。スペーサーの生活はロボットによって支えられ、人と人の交流は、今でいうテレビ電話を高度化させたヴァーチャル上で行われます。その技術は、実際に目の前に話し相手がいるように錯覚するほど。しかし、実際に肉体を通して交流するわけではないため、スペーサーが実物の人間と出会うことは、かなりの精神的な苦痛を与える模様。
…なんというか、どちらも引きこもりの社会です。
本書と前作で描かれるこれらの世界がなんとも素敵なんですよね。ロボットが発達するほどの近未来なんだから、人類の進歩に前向きであっていいはずなのに、地球の人類もスペーサーもなぜか引きこもっていて、どうも停滞の匂いしかしない。せっかく宇宙に進出したのに、これじゃあ未来がない。
…と、このあたりを根っこに描かれるのが、本書の結末です。なんだかアシモフにしてはやたらメッセージ性が強く少々驚いたりもしましたが、読後は「はだかの太陽」という表題にしっくりくること間違いなしでしょう。続編の「夜明けのロボット」への繋がりもとても気になります。 -
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「闇の左手」と同じく<ハイニッシュ・ユニバース>シリーズのこの作品。
今度の主人公はテラ(地球)出身の女性、サティ。宗教を初めとした文化を一元化しようとした「ユニシス」が支配していたテラでは、キリスト教以外の宗教・考え・芸術全てが弾圧の対象になっていた時代があった。そんな時代に生まれたサティが、エクーメンの観察者として同じようなことが行われているアカという惑星にいるところから始まる。
ル・グインはその舞台となる惑星を見てきたかのように、風景や人物や文化を鮮やかに描き出す。
今回のテーマは「異文化との接触」。どうやってその異文化を受け入れ、拒否し、解釈するか。そんなことが丁寧な文体で書かれていく。
サティが旅をする山「シロング」の景色は厳しくも暖かい。旅の友となっているアカの人たちも弾圧されて隠されていた「語り」をサティに教えつつ、自分達の存在をまとめようとしているように思える。
「闇の左手」が男性ふたりの強烈な友情を軸に、激しくまとめられたものだとしたら、この作品は出てくる人物みんなが優しい視線で相手を見ているためか、非常に穏やかな作風になっている。
個人的には「闇の左手」ほどの感動はなかったが、さすがとうなる筆のうまさの作品。 -
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何でこのタイトルにしたんだろう?
確かに火星だし、目的はタイムスリップなのだが、あくまでも副次的な要素でしかないように思う。
まず第一に、全然火星らしくないw
火星的な火星ではなく、完全にもう一つのアメリカ(西部開拓時代の)。
地球からの移民だから当たり前と言えば当たり前かもしれないが、
彼らの関心・心配事はごく普通の(地球上と何ら変わらない)ことばかり。
原住民である火星人も、完全にネイティブアメリカンである。
とにかく、SF小説的な火星では全く無い世界観が描かれている。
そしてメインテーマは自閉症の子の内世界と他者の現実の混濁。
現実の現実性を否定するディックの世界観はやはり秀逸である。
クライマックスの捉え方を色々考えてみるのもまた一興だと思う。 -
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自閉症が胎児または幼少期のうちに治療が可能となった近未来、主人公ルウの世代はその端境期で、ルウ世代より若い自閉症患者は存在しない。特異な計算能力を活かして製薬会社の自閉症患者だけのセクションに務め、趣味のフェンシングに精を出し、両思いではないものの淡い恋愛を楽しむルウ。ある日彼の会社が成人の自閉症患者の治療方が見つかったから受けて欲しいと彼らに頼む、というか脅す。そこから彼らは変わる。手術のメリットうんぬんというよりかは自分とは何かという問い。同一性、感覚の統合、「こだわり」の正常な範囲とは?手術を選ぶ前から彼らは変化してしまう。それは会社からの圧力とかそういう問題ではない。何かを知るというのは否応無く変わるということだ。
ルウは確かにノーマルとは違う、違うことは自覚があり、ノーマルは万能だという勘違いを抱いていた節もある。しかしある日ノーマルの友達がルウに嫉妬し、ルウの車を破壊し、ルウに銃口を向け、逮捕される。彼は脳にチップを埋め、他者に対する凶暴性を取り除くという更生処置を受けることになる。彼はノーマルだけれども「異常」だからチップを埋められ、彼ではなくなる。
チップを埋められる前の彼と埋められた後の彼。同一性はいかに?
ありのままで生きるのは難しい。それは社会のせいだろうか。そうとも言い切れない。ルウは社会に歪められたからありのままを捨てたわけではない。「知った」から変わった。ルウはありのままでも素晴らしい。けれどありのままを強要してはならない。自分が想定する自分を維持する1番のさまたげは自分自身だ。ルウの未来は明るかった。でも闇の中に落とされた人もいた。 -
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子ども時代の回想が中心となる3巻
なにより描写の細かさがすごいです。じっくりじっくりと書かれていき、ある意味では粘着質とも表現できそうな文章。それでいて不思議と冗長には感じませんでした。
子どもたちの友情やいじめっ子たちとの対決、11歳という男女を少しだけ意識する年代の少年たちの描き方、孤独だった少年が、はみ出しクラブの面々との出会いで強く成長する姿と青春小説としても読ませます。
そして恐怖の描写も秀逸! 人外のものの描き方も迫力があって映像で想像するとかなり怖い……。映像版ではピエロのイメージしかなかったのですが、こんなに一巻から併せるとこんなにも怖い場面があったのだなあと思ったり。
次巻はいよいよ完結編の四巻。登場人物の一人は子ども時代の信じる心がITを倒すのに必要だったと分析します。成長し大人になったはみ出しクラブの面々はITに打ち勝つことができるのか。気になるところです。
1993年版このミステリーがすごい!4位 -
Posted by ブクログ
回想でははみ出しクラブの面々が絆を深めていく様子や怪異に襲われる様子が、現在では仲間たちの再会が描かれる2巻。
子どもたちにしか見えない血しぶきや、さまざまなモンスターの出現、数々の現象の描写は迫力が十分!さすがホラーの帝王です。
人物描写もいいんですよね。回想で血の見えてしまう少女のためにみんなで血の吹き出した洗面所を掃除したりだとか、荒れ地のダムでのやり取りとか。現在でもメンバーの再開シーンのやり取りがよかったです。
あんまり読むのに時間をかける気はなかったのですが、いろいろバタバタしていたことと、キングのボリュームたっぷりの文章のため合間時間ではなかなかページが進まなかったこともあって結果時間がかかってしまいました。読みにくいわけじゃないんだけどなあ……。
再開シーンまでかなりスローテンポなのもその一因かもしれないです。ただこの巻から話が動き始めそうな気配がしたのでここから加速度的に面白くなってくるのではないか、と期待しています。
どうでもいいことですがキングの作品を読んでいると、アメリカ人の小説を読んでいるなあ、って気分がします(笑)表現が時々下品なんだよなあ。(悪い意味じゃないです)
同じ英語圏でよく読むクリスティーの文章を思い出しながら読むと、その文章の違いが面白く感じられます。
1993年版このミステリーがすごい!海外部門4位