貫井徳郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ(上)(中)(下)まとめて。
氏の著作はこれまで少なくない数読んでいるが、おそらく大方が抱かれる感想と同じく、「これがあの貫井徳郎が書いた小説か…?」というのがまず、最初に感じたこと。
それほどまでに趣を異にする長編大河小説である。
なんだか登場人物の弁明を読んでいると、京極夏彦氏が書く文体を想起してしまった、それほどまでに。
もちろん叙述トリックの出番はない(笑)。
そして全編を通じ、そこはかとなくユーモラスというか微かではありながらも絶対的な陽気さのような空気が漂っていることもまた、これまでの氏の作品群とは一線を画す。
と言っても、その明るさは上巻が顕著、中巻以降はやや薄れていき、相対的にシリアスさが増していくわけだが…。
特に第五部、あまりにも物哀しい「夢に取り憑かれた男」を機に、その傾向が強くなっていく気がする。
また、そもそもが一ノ屋という特異な家系を軸としたクロニクルの体を取っている物語だが、薄まると言えばその"一ノ屋色"も同様。
限られた紙幅の中に戦争というものがもたらす深い闇を余すところなく存分に著しきった第十二部「勝ってくるぞと勇ましく」、続けてさらに直截的に絶対悪である戦争の悲惨さを訴えた第十三部「子供たち」あたりが象徴的であるように思うが、作中の時代が下がるごとに一ノ屋の血の重みは排され、日本という国の変容を描くことに重きが置かれていく。
終盤、第十六部で一ノ屋は名実ともに終焉を迎えることになるが、そこでは時代の変遷とそれに伴う社会の変質がダイナミックにぎゅっと凝縮及び集積され、実に端的に示されている。
長く紡がれてきた物語は続く第十七部で幕を閉じるが、著者が始めから決めていたというラストシーンは決して気負うことなくするりと、それでいて前を向き腰を据えているのがまた、良い。
ただ大河ではあるが、その全容は大きな一本の奔流というよりも、それぞれに独立した中編の集合体であるという印象が強い。
私見を申せば、時空を超越した有機的な連環による驚きがもっと得られていれば、さらに感慨は深まっただろう。
「苦手なことに諦めず挑み続けたこともまた、良太郎の才能だったのではないかと今は思える。」
「でも頭が切れる人間は、先が見えるから簡単に諦めてしまう。粘りがないんだ。意見が違う人間を説得することなんて、馬鹿馬鹿しくてやってられない。」
「小説家は掴み所がなかった。駄目と即断できない代わりに、これでいいという到達地点が見つからない。言わば、果てしない道のりを歩いているような行為だった。この、霞を手で集めるような空しさを、小説家はどのように克服しているのか。」
「アメリカも日本も、女が政治家をやってれば戦争なんて起こさなかったんだ」
「たとえメイ子が百歳まで生きようと、日本は才ある女を生かせる国にはならない気がした。」
「何が正しくて何が間違っているかは、戦争に勝った方がきめるんだよ」
「『馬鹿だねぇ』
~中略~
自分が一番聞きたかった言葉は、このひと言だったのではないかとすら思えた。」 -
Posted by ブクログ
最近、時代の早さについていけないと感じる。
気づけばネット上で人を判断、評価してありもしない憶測や正義感で人を傷つける様を嫌でも見るようになった。
なんて愚かなんだろうかと、思う。
私は、心無い言葉や、人の気持ちを阻害する人間の気持ちが心底分からないし気持ち悪いと思う。
「私は人間だ」と高尚な生き物みたいに言葉を並べて物を語ってはいるが、やっていることは人間のしていることとは思えない。
本作「悪の芽」に出てくる斉木の言葉を借りるのであれば、弱肉強食の理屈の間違った使い方をしていると思う。
この作品は、アニメのイベントで無差別大量殺傷事件を犯し、自殺した犯人と犯人の人生を壊した人間、そして犯人と関わった人間たちの物語だ。
一見、そんな事件を起こす犯人の動機を探る物語に見えるが、この物語の本質はそこではない。
物語の主軸となるエリートサラリーマンで斉木の同級生、いじめが始まるきっかけを作った男、安達は自分が上流の人間の中にいることで安心している。
斉木の気持ちなんて考えず、バカみたいなあだ名をつけてそうなったのは斉木のせいだと言った。
斉木の同僚たちは、金欲しさに安達に情報提供をした。女にいれあげたてたとか、キャバ嬢と絡んでたと真実を知りもしないで人を見下した。
斉木に娘を殺された女性は、安達を晒すことで自分の傷ついた心を癒そうとした。女性の息子は母の気持ちをゲームのようにもっとやれと簡単に言った。
斉木の反抗現場を撮影した学生は、一過性の人気と自分の承認欲求のために浅い情報だけで誰かを傷つけようとした。
この、登場人物たちの行動こそが重要だ。
出てくる全ての人たちが、自分本位の行動で誰かが傷つくことを考えていないのだ。
これは、現代と同じではないか?
女だから。アホだから。キャバ嬢だから。
ブスだから。デブだから。頭が悪いから。
そうやって、自分以外の人を見下して、何も考えずに人を傷つけることに歯止めが効かない。
そこのお前だよ。
気をつけろ。
その考えなしの言葉の結果、誰かに火をつけられるぞ。
その時のお前は本当に被害者か?
弱肉強食の世界で自己責任だなんて言わせない。
絶対に言わせない。勝手に人間の放棄をさせない。
この作品はそう訴えているように思える。
この作品が、今年の角川文化夏フェアに選ばれたことに大きな意味があると信じたい。
そんな作品だった。 -
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平成という時代をコンセプトとする短編アンソロジー 実際に起きた事件、流行った物事をテーマとして
「加速していく」青崎有吾
JR福知山線脱線事故を題材として
事故当事者とならなかった少年の心象を描きながら、当時の安全管理労働環境を
「炎上屋尊徳」井上夢人
通信機器の変貌とネット環境の普及
運動部の体罰体質を隠蔽する学校とコーチへの報復 YouTubeバイトテロ等踏まえて
「半分大人」千澤のり子
平成の二分の一成人式」への反抗
私もこの家庭状況までカーストされるようなこの儀式は好きでない
ネグレクトと性虐待に苦しむ小学生達の策略
なかなか読ませる
「bye bye blackbird」 遊井かなめ
渋谷系平成の歴史
詳しくないのでわからない
「白黒館の殺人」小森健太郎
ヘイトがテーマなんだけど
同人誌からの改稿
認識しないと見えない
「ラビットボールの切断」 白井智之 こども版
いつもの白井さん
父親は性加害者、母親はうっぷ…
家出からの新興宗教ラビットボール
「消費税狂騒曲」乾くるみ
平成元年消費税導入時のあれやこれや
思い出すと懐かしい
「他人の不幸は蜜の味」貫井徳郎
ネットの誹謗中傷が自分に回ってくるという現実的お話
貫井さんがこういう感じを書くとは知らなかった
「From the New World」 天祢涼
平成23年2011年
東日本大震災・津波・メルトダウン 住民の避難
『キョウカンカク』の美少女探偵登場 -
Posted by ブクログ
自分以外の人と生活するって難しい。
そう感じることが多い。
家族という存在でさえ、私にとっては難しい。
同じ血を分け合っているのにあまりにも理解できない。
でもそれで当然なのだ。
血縁あれど、人格は別だからこそ理解できなくて当然なのに、私たちはなせが「家族なのに」という言葉に縛られている。
貫井徳郎さんの「崩れる」は、
どこにでもある対人とのできごとを、貫井ワールドで描いている。
基本的にあまり救われないオチが多い。
でもなぜか「そりゃそうなるよ」とか「まあそうだろうね」という感情がでてくる。
人と関わる以上、100%同じ考えがない以上、
バグのような事象はなくならない。
そんな部分をかなりリアルにそして、嫌な雰囲気にできる貫井さんの文章にどんどんハマってしまう私がいるのだ。 -
Posted by ブクログ
刹那を映像作品のような情報量で描写されるのに弱い。病室のところは凄まじかった。そういえば空白の叫び読んだ時もそんな感じのことを思ったなーと思い出した。
失ったものに対する救いが少なくてちょっと切ない。
梨絵子は不思議で、でも抱える闇には理解があるな程度だったけど、最後は同情すらした。
サッと流されたけど梨絵子は梨絵子で受けるショックや悲しみも大きかったんだと思うんだよなあ。本人がああいう質だし。
伊苅は善人で、反省も客観視もできるがゆえに、最後に掛け違えられたところがじわじわと重く、気付かれないまま綻びが広がっていったんだろうなと想像する。
人間臭いというか人間模様というか… -
Posted by ブクログ
幼馴染の五人が避暑地の別荘に集まって殺人がおこる話
五人の間に何があったのか?
梨愛が雛乃を殺したと告白
ほかの三人が弁護士に証言をする形で話が進む
普段他人に対しての印象を語り合ったりしないから、見る人によって感じているイメージが異なっていて、子供の頃のエピソードを交えて話し出すのが面白い
が、私的には恋バナをきかされてる感じ…だなと思った
誰が誰を好きで、誰と誰が付き合って…と
五人の関係の中で起きたこと
見事なまでのすれ違い 五人の距離はひとつとして等間隔ではない いびつな五角関係らしい
…雑に言うと男女関係のもつれってこと?
終盤に「梨愛の独白」があり
急に "あの人" がでてくる
雛乃の部屋を訪れた" あの人" をかばっているらしい
けど明かされず…
鈍感なんで私には分かりませんでした
独白のひとつ前の証言者が挙動不審なんで怪しいからこの人か!?とは思うけど
言ってほしい犯人誰か
モヤモヤ消化不良です -
Posted by ブクログ
小市民的な思考回路をつなげて物語を紡いでいく貫井さんの小説はとても読みやすくて面白いと思っている。陰惨で刺激の強い冒頭のエピソードからどのように物語が展開していくのか期待して読み進めたが、結論から言うと、どうにもぼんやりとした消化不良のまま終わってしまった。タイトルの「悪の芽」は過度に誇張された加害者意識にしか思えず、描かれた経緯からは冒頭の惨劇の芽がそこにあったとはどうしても思えなかった。鬱屈した絶望を描くには貫井さんは優しすぎたのかもしれない。この物語でいえば、絶望仲間のキャバ嬢との関係性こそが犯行の直接的なきっかけだったに違いない。でもこの小説が安達のような立場の人の心情を描くことを目的としているのならば、もしかしたらそれには成功しているのかな?
ただ、それはそれとして、絶望は蓄積するものだと思うし、今の世の中、その蓄積の量は以前に比べて格段に増えているように感じる。本当に大変な時代ではある。本当は希望だって同じくらいあるはずなんだけどね。