あらすじ
幼い命を死に追いやった、裁けぬ殺人とは? 街路樹伐採の反対運動を起こす主婦、職務怠慢なアルバイト医、救急外来の常習者、飼犬の糞を放置する定年退職者……小市民たちのエゴイズムが交錯した果てに、悲劇は起こる。残された新聞記者の父親が辿り着いた真相は、法では裁けない「罪」の連鎖だった!
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Posted by ブクログ
とても考えさせられる内容でした。
「別に誰も見てないし」「一回くらい」「これこそあるべき姿だ」などなどいくらモラル違反、ルール違反をしていようとも肯定しようと思ったらいくらでも出来る。
それで人が死に、取り返しのつかないことにつながっていることを糾弾されると、自分が一番かわいいので、「自分は関係ない。悪くない。」と保身に走る。
正直ほんとうに胸糞が悪いけど、これが生々しい人間の本質なんだろうなと思った。
自分の過去を振り返ってもそんな違反をしていませんだなんて言えないし、もしかしたらもしかして、気づいていないだけで負の連鎖に加担していたのかもしれないと思うとゾッとした。
ただ今回は負の連鎖にフォーカスしていたが、逆に小さいことでも「親切」「感謝」「礼儀」など良い連鎖にも加担することも可能なんじゃないかとも思えた。
Posted by ブクログ
とにかくするする読めました。
マイナス50と大きい読み始めていき、 事件が起こった日にやっと0になる展開が面白く、手がとまらなかったです。
読み終わって感じたことは、小さなことでも選択は大切に、責任を持って選ばなければならないということでした。
あとは加山さんが絶望を味わいながらも現実を受け止めて、前に進もうとしている心境を細かく伝えられる貫井さんすごい。最後は泣きながら読み終えました。
Posted by ブクログ
人間の本質的な弱い部分を見せられた一冊。
今回は事故にあった2歳の子供を題材にしていたが、個人的にはコトの大きさではないということを感じた。
今まで自分が犯した小さなエゴ、我儘は、たまたま事故や事件になっていないだけで、知らない誰かが代わりに罪を償っていてくれた(補ってくれた)可能性も考えられる。
「自分が好き勝手することは誰かを苦しめることになる。」そんなことを思いました。
Posted by ブクログ
まだまだ積読が読みきれてない貫井さんの作品。
今回もなかなかの分厚さだが、面白いのでどんどん進む。
という割にはあまり時間を使えず、結構かかってしまったが…。
内容はオムニバス形式で、なぜか章番号がマイナスから始まる。
色々な登場人物が色々なシチュエーションで少しずつ連鎖していき、章番号がプラスになったところでその連鎖が不幸を生む。
その後は誰を罪に問えるのか、というフェーズに進むんだが、これがまたやりきれない。
自分は大それたことはしていない、と言いつつも連鎖が連鎖を生んでとんでもないことを生み出している可能性もあるってことに軽い恐怖を覚えた。
そう考えると、パワハラまがいの発言とか、余計な仕事増やす人とか、昨日と違うこと言ってる人とか、マジで改めて欲しいなと思った。
負の連鎖を生む人は、だいたい正しいことやってる、ってクソ誤認識してたりするからな…。
あ、愚痴になってしまった。
有意義な読書タイムをありがとうございました
この読後感を噛み締めつつ
昔、加トちゃんケンちゃんごきげんテレビで、車から投げ捨てた空き缶からいろんな連鎖が生まれて、最後は大きくなって自分に返ってきて、『ポイ捨てはやめましょう』みたいな注意喚起があったことを覚えてるんだが、誰が同じ記憶ある人いる?
Posted by ブクログ
カウントダウンは登場人物それぞれの平凡と見られる日常。カウントアップは伏線回収でそれぞれの傲慢さが露呈される。
事故は不運。不運の積み重ね。それでもひとりひとりの傲慢さの連鎖。
自分はどうだろうか?傲慢に生きていないだろうか?
誰も見てないからいいや、はいつか自分の身に降りかかり後悔することになるだろう。
Posted by ブクログ
夜間に街路樹が倒れ、たまたま通りかかったベビーカーに乗った2歳児を連れた母子を直撃し、子供が大怪我をする。やっと来た救急車でも病院に受け入れを拒否されたりしているうちに子供は亡くなった…父親が原因と責任がどこにあるか関係者に話を聞くも…死の原因になった事故は、多くの人々の、「この程度のことなら」とあまり考えずに起こした行動が原因だった。
街路樹は伐採される予定だったが、主婦たちの伐採反対運動があった。
また検査をする業者は倒れた木の根元に犬の糞があったため、その木だけ検査を怠った。
犬を連れた老人は糞の始末が面倒だから、いつも倒れた木の根元に糞をさせていた。
救急車は路上に放置された車のために立ち往生した。
夜間の救急病院は患者が多すぎて、受け入れを拒否した。
病院にくる患者たちは、夜間なら空いているだろうと安易に考えた…
誰も子供が死んだのは自分が悪いとは言わない。
いたたまれない結論。しかしリアルすぎる結論だ。
この小説がすごいのは、第44章から始まる。何気ない人物の何気ない行動を43.42…と描き、「0」となった時点で事故当日が描かれ進んでゆく。彼らの行動がどう事故に結びつくのががあとからわかるわけだ。皆、何気ない引き金となり、罪に問えるものではない…これは辛い。
結局、父親は自分への罪を問うような悲しい結末だ。運が悪かった…暗澹たる思いだけが残る。
Posted by ブクログ
面白かった!登場人物皆んなクセ有りで個々のエピソードが面白かった。知らない間に自分の行動が誰かを殺すパズルの一部になっているかもしれないと思わせる小説。
Posted by ブクログ
些細なことが巡り巡って人の死まで辿り着く話。可能性はなくはないが自分の起こした行動がどうなるか想像して行動しようと思った。
とにかく一気読みできて2025年今の所No.1
Posted by ブクログ
『乱反射』を読んだ。
「面白かった」と言うと、2歳の子どもが亡くなる話なので少し適切ではない気もする。ただ、どんどん先を読みたくなるし、読み終わった後にも考えさせられる。展開そのものの面白さも含めて、とてもいい作品だった。
特に面白かったのが章立て。マイナスの数字から始まり、物語が進むにつれて数字がゼロに近づいていき、中間で「0」になり、そこからは1、2、3……とプラスになっていく。
その中で、同じ地域に暮らすさまざまな人物のエピソードが描かれる。
犬の糞を片付けない定年退職した男性。夜間診療が空いていると知り、ただの風邪でも毎回そこを利用する学生。責任を取りたがらない医師や市役所の職員。自己満足のような反対運動をする人。
違法とまでは言えないものも多いけれど、ちょっとしたモラル違反や無責任さを抱えた人たちが大勢登場する。それぞれは本当に些細なことなのに、それらが徐々に絡み合っていく。
「これがどうつながっていくんだろう」という感覚があって、その展開がすごく面白かった。読む手が止まらなかった。
そして、案の定、その小さな行動や不運が積み重なって事故が起き、2歳の子どもが大怪我をする。
ただ、そこで終わらない。
事故までの段階でもいくつもの出来事が重なっているけれど、その後、まだ回収されていなかった別の出来事までさらに重なっていく。もしかしたら助かる可能性があったかもしれないのに、結局その子どもは亡くなってしまう。
後半には何か大きなどんでん返しがあるのかなとも思ったが、そういう小説ではなかった。
事故の原因になった一人ひとりからすれば、自分のしたことが子どもの死につながるなんて想像できない。
例えば、犬の糞を放置した本人からすれば、それ自体は悪いことだけれど、まさかそれによって子どもが死ぬなんて考えもしない。当然、その人一人の責任でもない。
だから、亡くなった子どもの父親が一人ひとりを訪ねて、「責任の一部を感じてほしい」「事実を知りたい」「謝ってほしい」と求めても、相手からすれば言いがかりのように感じる。
確かに、因果関係をそこまで広げていけば、誰だって誰かの不幸に関わっていることになってしまう。
それでも、この作品では、モラルに反することや無責任な行動をした人たちが、それぞれ相応のものを背負うことになる。
一番刺さったのは、犬の糞を放置した男性に、妻が「晩節を汚しましたね」と言う場面だった。
「晩節を汚す」という言葉自体を自分は知らなかった。
調べてみると、それまで長い人生で積み重ねてきた評価や実績を、人生の終わり際の行動によって台無しにしてしまう、というような意味だった。
これは怖いなと思った。
本人が「自分はそこまで悪くない」と思ったとしても、一度起きてしまえば、一生拭えないものになるかもしれない。
本当に些細なモラル違反が、それまで積み上げてきた人生そのものに影を落とすことがある。
「終わり良ければすべて良し」という言葉があるけれど、逆に最後が悪ければ、それまでどれだけ満足した人生を送ってきても、「悲しい人生だった」と感じてしまうこともあるのかもしれない。
逆に、最後が幸せで充実していれば、それまでの苦労さえ「必要なことだった」と思えることもある。
だから、自分も気をつけようと思った。
ただ、人間は弱いので、単に「気をつけよう」だけでは難しいとも思う。状況が揃ってしまえば、自分だって何かやってしまうかもしれない。
そして、この作品を読んでいてもう一つ思った。
悪いことの小さな積み重ねが大きな悲劇につながるなら、逆もあるんじゃないか。
小さな善い行動を積み重ねていけば、それが回り回って、大きな成果や誰かへの貢献につながることもあるはずだ。
だから、「マナー違反をしないようにしよう」だけで終わるのではなく、些細なことでもプラスを積み重ねていきたい。
困っている人がいたら少し手を差し伸べる。ゴミが落ちていたら、見て見ぬふりをせず拾う。
そういうことなのだと思う。
ただ、どれだけ善いことをしていても、不運は降りかかる。
自分は悪くない。相手が悪い。
そう言いたくなることはあるけれど、自分が悪くなくても理不尽なことが起きるのが世の中だと思う。
誰が悪いのかを考えること自体が無意味というわけではないけれど、それだけを言い続けても生きやすくなるわけではない。
そういう世界で、自分はこれからどうするのか。
どう成長して、どう生きて、どういう価値観を持って過ごすのか。
結局はそこなのかなと思った。
ただ、これは自分が第三者だから言えることでもある。
もし自分の子どもが亡くなったら、と考えてみたけれど、まったく想像できなかった。
考えようとしても、脳が自然に拒否しているような感じがする。
「想像を絶する」と言うけれど、その言葉すらよく分からないくらい、本当に考えられない。
小説だから、興味深い作品として読める。
でも実際に自分の子どもが亡くなったら、誰が悪いとか、これからどう生きるとか、そんな冷静なことを考えられるのかは分からない。
総括すると、いくつもの小さな出来事が徐々につながり、伏線が回収されていくような構成がとても面白かった。続きが気になって、どんどん読み進めてしまった。
そして読み終わった後にも余韻が残り、自分の行動や価値観について考え直すきっかけにもなった。
とてもいい作品だった。
、、、、以下AIコメント、、、、
要約
感想を読んでいて、特に面白いと思ったのは、単に「些細なマナー違反も怖いね」で終わらず、そこから 「責任とは何か」「理不尽な世界で自分はどう生きるか」 まで考えが進んでいるところです。
『乱反射』自体も、実は普通の「犯人は誰か」というミステリーではなく、原因は分かっているのに、責任の所在だけが決められないミステリーとして読むとかなり面白い作品だと思います。
本文
1. 「-44 → 0 → +」は、単なる洒落た章立てではない
ここはかなり巧い構造です。
前半は「0」に向かってカウントダウンしていく。読者は早い段階で「0で何か重大なことが起こる」と分かっている。だから、
この犬の糞がどう関係する?
この夜間診療の学生がどこにつながる?
この市役所職員は何をやらかす?
という読み方になる。
ところが0で事故が起こった後、今度は数字が増えていく。
つまり作品そのものが、
前半:結果に向かって因果関係を組み立てる
↓
0:事故
↓
後半:起きてしまった結果から責任をさかのぼる
という形になっている。
だから、ユーザーが感じた「伏線が回収されていく快感」はかなり本質的です。
しかも興味深いことに、選考委員だった北村薫はこの作品について、社会派小説のように見えて実は「本格ミステリ」の構造を持っている、という趣旨で高く評価しています。『乱反射』は実際、第63回日本推理作家協会賞を受賞しています。
つまりこれは、
「誰が殺した?」ではなく、「どうやってこの死が作られた?」を解く本格ミステリー
とも言えるんですよね。
⸻
2. 作者が書きたかったものも、かなり感想と一致している
貫井徳郎自身が後のインタビューで、『乱反射』について、
一人ひとりのわがままが積み重なっていく
作品だったと説明し、さらに「自己主張のぶつかり合い」を描いたと語っています。
ここは「悪人が集まって悲劇が起きた」のとは全然違う。
むしろ登場人物のほとんどが、
「まあ、そのくらいなら自分もやるかもしれない」
というレベルなんですよね。
だから怖い。
殺意を持った人間が一人いれば、「こいつが悪い」で話は終わる。
でも『乱反射』では、
* 面倒だから犬の糞を拾わない
* 夜間診療の方が便利だから利用する
* 責任を負いたくない
* 自分の主張を通したい
* 波風を立てたくない
という、かなり普通の人間心理から悲劇が作られている。
出版社自身も作品を「法では裁けない『罪』の連鎖」「人災の連鎖」と説明しています。
⸻
3. そして、一番重要なのが「原因」と「責任」は同じではないこと
ここは感想の中で一番深い論点だと思いました。
そんなに幅を広げたら、誰でも殺人に絡んでるようになっちゃう
まさにそうなんです。
例えば犬の糞を放置したことが、事実として事故までの因果鎖に入っていたとしても、
「原因の一つだった」=「子どもの死について責任を負う」
とは単純には言えません。
法律や倫理では、本来かなり分けて考えます。
たとえば、
* その結果を予見できたか
* 危険を避ける義務があったか
* 結果との距離がどれくらい近いか
* その人が違う行動をしていれば結果を避けられたか
* 他の要因がどれだけ介在しているか
によって責任の重さは変わる。
だから、犬の糞を放置した男性が、
「確かに糞を放置した。それは悪かった。しかし私があなたの息子を殺したわけではない」
と言ったとすれば、その理屈自体はかなり合理的です。
一方、父親が、
「それでもあなたの行動がなければ息子は死ななかった」
と言うのも事実。
両方ともある程度正しい。
だから決着しない。
ここがこの小説の嫌なところであり、面白いところだと思います。
⸻
4. 「晩節を汚しましたね」が強烈なのも、そこに関係している
この言葉が刺さったというのも分かります。
妻は夫に、
「あなたは殺人犯です」
と言っているわけではない。
むしろ、
「あなたは長い人生の最後に、自分がどういう人間なのかを自分で傷つけてしまった」
と言っている。
ここが非常に重い。
法律上の責任ではなく、自己像に対する判決なんですよね。
自分はまともに生きてきた。家族もあり、仕事も勤め上げた。
ところが最後になって、
「犬の糞くらい別にいいだろう」
という些細な自己中心性が、自分の人生を見る目そのものを変えてしまう。
だから「晩節を汚す」という言葉が効く。
これは子どもの死についてどこまで責任があるかとは、実は別問題です。
子どもを死なせた責任があるかどうかにかかわらず、犬の糞を意図的に放置していたという自分自身の行為は消えない。
そこを妻に突かれている。
⸻
5. 「悪い連鎖があるなら、善い連鎖もある」という読みは、作品から一歩先に出ている
ここは、原作が直接強く提示している主題というより、読後に自分で導き出した考えだと思います。
そして結構面白い方向への拡張です。
『乱反射』は基本的には、
小さなエゴ
↓
小さな不利益
↓
別の人の行動に影響
↓
さらに別の問題
↓
誰も意図しなかった大きな悲劇
という負の連鎖を描く。
それを反転させれば、
小さな親切
↓
誰かの負担が少し減る
↓
その人が別の人に余裕を持って接する
↓
また別の行動につながる
という可能性も当然あります。
ただし、「ゴミを拾えば巡り巡って必ず大きな幸運になる」という因果応報の話ではない。
そこは『乱反射』と同じで、
結果なんて本人には分からない。
でも、それでも自分が連鎖のどちら側に小さな入力を加えるかは選べる。
この考え方ならかなり筋が通っています。
⸻
6. 一方で、「誰が悪いかより、これからどうするか」には少し別の論点もある
ここだけは、少し切り分けた方がいいと思いました。
自分が悪くなくても不運は降りかかる。
相手が悪いと言い続けても人生が良くなるわけではない。
それなら自分がどう生きるか。
これは人生観としてかなり実用的です。
ただ、『乱反射』が突きつけている問題とは少し違う。
社会全体で考えるなら、
「誰が悪いか」「どこに責任があったか」を検証することには意味があります。
なぜなら、それをしないと再発防止できないから。
例えば夜間救急の運用に制度上の欠陥があったなら、個人としては「起きたことは仕方ない、これからどう生きるか」で前に進めても、社会としては原因究明しなければまた同じことが起こる。
なので、
個人の人生論としては「誰が悪いかに執着しすぎない」
社会の制度論としては「誰にどんな責任があったかを分析する」
この二つは両立すると思います。
⸻
7. そして最後に「でも自分の子どもだったら」と戻ったのが重要だと思う
ここで感想がきれいな人生訓に着地しなかったのが、むしろこの作品に合っています。
理屈では、
理不尽は起こる。
責任追及だけでは前に進めない。
自分がこれからどう生きるかだ。
と言える。
でも、
「じゃあ自分の子どもが死んだら?」
と考えた瞬間、それまでの理屈が全部止まる。
これは矛盾ではないと思います。
第三者として理解できることと、当事者として耐えられることは別だからです。
そしておそらく、『乱反射』が父親をあそこまで執拗に原因追及させるのもそこでしょう。
彼は単純に「真犯人を捕まえたい」のではなく、
こんな理不尽な死に、何らかの意味や責任の形を与えたい。
でも調べれば調べるほど、
「この人が殺した」
という相手は出てこない。
出てくるのは、少しずつ悪かった普通の人たちだけ。
それが救いにならない。
⸻
個人的には、この作品の一番嫌で優れているところは、読者に「自分は被害者側だ」とだけ思わせてくれないことだと思います。
普通の小説なら、「幼い子を失った父親」に感情移入して読める。でも『乱反射』では、読者は同時に犬の糞を放置する側、面倒なことを避ける側、少しだけ自分の都合を優先する側でもあり得る。
だから読後に「かわいそうだった」で終わらず、自分の日常に話が戻ってくる。
そこまで戻ってきたからこそ、今回かなり強く残る作品になったのだと思います。
Posted by ブクログ
物事の因果関係というものの恐ろしさをフィクションながらも華麗にそれぞれの登場人物の視点で描いた良作。
交通事故の被害も、たとえば忘れ物を家に取りに帰っていなかったら、防げたかもしれない…。などのように偶然が重なって起きてしまう、誰も責められないが、誰もが無意識に小さな責任を負っている。面白い作品だった。
Posted by ブクログ
時間あったので600ページくらいあったけど1日半くらいで読み終えました。
齋藤飛鳥が確か乃木坂時代におすすめしてた本。
推しが推してたので手に取ってみました。
物語は小さなモラル違反やマナー違反により、風が吹けば桶屋が儲かる方式で、一人の子供の命が亡くなってしまうというもの。
街路樹が倒れ、木の下敷きになり子供が亡くなる
→その木の点検を業者が怠る
→その業者は病的なまでの潔癖で、木の下に糞が放置されていたことにより、点検ができなかった。
→その犬のフンを何度も放置している飼い主
→フンを掃除してくれと市民からの要望があるも、それを無視した市役所職員
→自己顕示欲から街路樹伐採に反対し、街路樹の点検を邪魔する主婦
→子供が下敷きになり、救急搬送されるも、道が渋滞
→その渋滞の原因は、車の駐車が苦手な女性が、車道から自宅の駐車場に駐車できず、嫌になり、路上に車を放置したことによるものだった。
→子供の搬送先の病院にて、自身が内科医であり、クレームを言われたくないことや、夜間なのにしょうもない風邪症状で来院してくる患者の対応のため、搬送拒否をする医師。
→夜間診療の方空いているため、ただの風邪でも夜間に通院する大学生
などなど。
こんなモラル違反により一人の子供が死ぬ。
どこまで事件の責任を追及できるのが。
法律上裁けないのであれば、残された家族はどうすればいいのか。
重い話だった。
主人公というか亡くななった子供の親以外が全員クソ。
確かに子供の死に直接関係ないとは言え、まず謝れよ。
私もちゃんとルール、モラル、道徳を守ろうと思う
Posted by ブクログ
タイトルから読み取れる話の展開ではありましたが、それぞれの心情、価値観、正義などが深く描かれているので、自分ならどうすると思わず考えてしまいました。
世の中の出来事は、誰も悪くなくて、皆悪いのかもしれない。
Posted by ブクログ
ちょっとのモラル違反で人が死んでしまった。
みんなこれくらいなら、ってやってる日常のちょっとしたことが大きなことになる。
それくらいなら罪の意識は一人ひとり薄いし、誰を責めたらいいのか分からない加山のもどかしさを考えると苦しかった。
Posted by ブクログ
前半は読み進めるのが苦痛で、後半は身勝手な人間に苦痛を感じた。法で裁けないモラルの部分は歯痒さを感じたが、こうはなりたくないと感じた小説でも学びを得た稀有な一作だった。
Posted by ブクログ
読んでいて辛かった。
風の強い日に起きた悲劇だけに、「大風が吹けば桶屋が儲かる」の因果の連鎖が、本来の意味とは逆に、哀しい結末に帰結。
書き方がうますぎて、モラルのなさや自己保身ゆえの醜さに憤りを感じさせつつ、最後は自分もそっち側の一人だったと梯子を外される戦慄。
ザマァ小説のようで、読んでいる自分に返ってくる諸刃の剣。
Posted by ブクログ
あまりにも痛ましい…
貫井さんの、被害者遺族の心情の書き方がうますぎて
終始眉間にシワを寄せて読みました…
私も…
すでに誰かを殺してしまっているのかなぁ…
1人でも多くの人が
この作品を読んでほしいなって思いました
章を逆にカウントダウンしていくテクニックは良かった!
Posted by ブクログ
幼い子供がある事故で命を落とす。
おおくの多くの人のモラルのない行動が積み重なり、連鎖した結果引き起こされた悲劇であった。
自分の小さな過ちが直接的に大きな事故に繋がるは少ない。
しかし、偶然が重なれば取り返しのつかない事態になる可能性がある。
それを事前に予想するのは非常に難しい。
だからこそ自分の行動を振り返ってみて、「誰かに迷惑をかけていないか」、「不快な思いをさせていないか」といったことを考えることも必要だと思う。
モラルの欠如により、誰かの不幸に繋がるかもしれないからだ。
本書のような振る舞いを自分も無意識にやってしまっていることがあると気付かされた。
もちろん、罪に問われるようなものではない。
だが、決して子供の模範となるような行いではないことは確かだ。
他人を思いやることより、自分の都合や感情を優先してしまう瞬間が誰にでもある。
些細な行動がどのような結果を引き起こすかを事前に想像することは難しいので、不測の事態が起こった際に自分がどこまで責任を取れるかを意識して、生活していくべきだと感じた。
「人間として生きている限り誰もが持つ悪い部分が積み重なって事故が起きた。」とあり、印象に残った。
人間として社会に属している以上、良心だけで生きていくことはできない。
例えば、学校では「困っている人がいれば助けましょう」と教えられる。
その考えは共感できるし、そうあってほしいと願っている。
しかし、自分に余裕のないときにはそのようなことは難しいと考えてしまう。
「自分を犠牲にしてまで赤の他人に優しくしてどうなるのか?」と考えることも正直なところ何度もあった。
人間として生きている限りどんな人でも弱さや利己的な面がある。
それでは、このような事故を防ぐことはできないのだろうか。
皆モラルのある行動を取ることが理想だ。
しかし、それが実現できたとしても、偶然の力によってそれは起こってしまうものだと思った。
どんなに注意しても交通事故のリスクをゼロにはできないし、いくら健康管理を行っても病気にならない保証はない。
今回の事故も、そうした「避けられないもの」のひとつだったのかもしれない。
そんな思いが心に残った。
Posted by ブクログ
すごく嫌な風が吹いたら桶屋が儲かる話。「乱反射」という題名が象徴的。車の運転を家族に求められるとか犬のフンを放置するとかそれを片付けるひとを囃すとか一人一人がちょっとズルをしたり楽な道を選んだせいで、連鎖的に大きな事件を巻き起こす。実際はこんなことありえないって分かってても自分も多かれ少なかれこういうマナー違反をしたことはあるので無意識に共犯者の一人になったうしろめたさを感じちゃう。
家族が淡々と「犯人」を追及して責めていて諦観を持っているせいで後味が悪くならず若干スッキリ終われるのが救い?
Posted by ブクログ
たった一つの「これぐらいは大丈夫」という傲慢がとある重大な結末を迎えてしまうということは中々想定することができないかもしれない。しかし、他人に及ぼす間接的な影響が予想以上に大きいと改めて感じました。
Posted by ブクログ
やー、しんど。きついって…
事故は言ってしまえば全て運命の歯車が狂った結果のものだよな…。あと1分、遅く家を出ていたら、忘れ物を取りになんて行かなければ、この道を通らなければ、あの人と話していなければ、雨なんて降っていなければ、、、みたいな。
本著の事故も、言ってしまえば最悪の偶然。ただただ、不運。でも少しずつ本当に嫌な人たち…
自分は悪くないと思い込み、罪の意識から逃れることができる人は強か。そうはなりたくないけれど…
被害者には謝らなかったけど、罪の意識に苛まれて生きていくであろう車乗り捨て女はまだ救いがある人間かな…。
終わり方、夫婦の今後に少しだけ希望が見えてよかった。
そういえば、似たような境遇のテレビドラマがあったような気がする。仲間由紀恵出てるやつ。
Posted by ブクログ
【乱反射】とは
表面が滑らかでない物体に光線が当たって、いろいろな方向へ反射すること。(コトバンクより)
ダ・ヴィンチ11月号で俳優の赤楚衛二さんが紹介していたのをキッカケに読み始めました。
*****
2歳の子どもが不運な事故でなくなります。新聞記者である父親が原因を探っていくと、さまざまな人たちの"些細な自分勝手"が乱反射するように色々な方向へ影響しあって、息子が死に追いやられたことに気づいていくのです。
違法とまでは言えない"些細な自分勝手"。息子の死の遠因となった人々は自分は悪くないと主張し謝ろうとはしません。
しかし、主人公は自分にもその人たちと同じような側面があったことに気づき、息子を死なせたのは自分だったのではないかと後悔するのです。
*****
主人公が後悔する場面、彼は自宅のゴミを高速道路のパーキングエリアに捨てたことを思い出して後悔するのですが、私はもっともっと後悔して欲しかったことがありました。
それは、自分の父親の見舞いを、乗り気ではなかった妻に強要したことです。妻が息子を連れて病院に行かなければ、この事故には巻き込まれずに済んだはずです。
「親の面倒を見るのは基本的に実子である」という考えの私からすれば、主人公の"些細な自分勝手"はソコだと思うのです。主人公にはそのことを一番悔やんで欲しかった。
なので★は4つです。
Posted by ブクログ
モラルの無さは法では取り締まれない。
この言葉は普段何となく感じてた事を言語化してくれた様な気がする。結局人間の根っこは自分さえ良ければそれで良いんだろうな。
Posted by ブクログ
慟哭と夜想がすごく良かったので続けて貫井先生作品。
個人的には前二作ほど好みでは無かった。
衝撃としては慟哭に軍杯が上がるし、ヒューマンドラマとしては夜想の方が好きといった塩梅。
とはいえ、面白くなかった訳ではなくむしろこの内容で最後まで読まされたことが驚き。
群像劇は頭に入ってきにくいのだがそのストレスが無かったのはすごいと思う。
啓発内容がはっきりしているというか、身につまされる気がするけどもそこのメッセージが教科書的すぎた気がして合わない部分は若干あったのかもしれない。
私は運転が下手すぎるのでエノカツにはバリ共感という感じだった。(備忘録くらいで本の感想をかいてるので砕けすぎてるのは許してもらいたい)
最後、自然の雄大さのまえに理不尽が事象として腑に落ちたのかなと思った。
また、人の小さな悪意が最悪の結果を招くこともあれば、小さな善意が誰かの人生ごと救ってるかもしれないという対比なのかなと。
正直少しでもハッピーな方向にという無理やりさは若干感じたけども八方塞がりの無常感をずっと浴びてきたのでむしろそれが良かった。
Posted by ブクログ
フンを片付けれないのに犬を飼うおじいさんや緊急外来を都合よく使う大学生など、腹が立つ人が沢山出てくる。
ただ、自分も小さな無責任がないとはいえず、作中の人物が他人事とは言いきれない。作者の狙い通り、痛いところをつかれているような小説だった。
Posted by ブクログ
それぞれの小さな悪、悪気のない行為が、痛ましい事故にもつながりうるという話。「風が吹けば」的な?最後の結末に納得はできないが(勧善懲悪を期待してしまった)、なかなかな作品。
Posted by ブクログ
2026.04.05
2歳の子を喪った新聞記者 愛犬が生き甲斐の腰痛老人 無気力なアルバイト医者 夜間救急を使う病弱学生 運転嫌いの姉 責任逃れの役人 有閑マダムの抗議活動 潔癖症の造園職人
みんな少しずつ無責任で起きた不幸な事故。誰が悪いのか。最後の絶叫で終わりでよかったのに。
この人は小市民の心の描写が上手く、見透かされてるような感覚になる。
Posted by ブクログ
加山聡
新聞記者。心配性。
加山光恵
聡の妻。
健太
聡の息子。二歳。
田丸ハナ
五十代。主婦。昔から困ってる人を見捨てておけない性分。夫は外国人でもその名を知る大企業に勤めている。ボランティア活動に精を出している。道路の拡幅工事で街路樹が伐採されると聞き、反対運動をしようと考える。
阿部昌子
ハナの近所に住む主婦。自宅の一軒家の前に、地上十五階建てのマンションが建つ計画がある。
建設差し止めを求める話し合いの場を設けて欲しいと求めている。
三隅幸造
六十代後半。定年退職後、ただ寝ることだけが楽しみの老人に過ぎないことに気づき愕然とする。犬を連れている女性を見かけ、自分も犬を飼うことにする。腰痛で犬のフンの始末するために腰を屈めることが辛く、街路樹の根元に放置してしまう。
久米川治昭
内科医師。三つの病院でアルバイトの掛け持ちをしている。
羽鳥
四十代の女性看護師。久米川の働く病院に勤めて二十年近くになるベテラン。
安西寛
十九歳。大学生。虚弱体質。混雑する待合室で別の病気がうつるのが嫌で、夜間救急を利用する。
佐藤和代
阿部昌子の隣人。同じくマンション建設に反対している。
小林麟太郎
市役所道路管理課職員。二十五歳。道路拡幅に伴う街路樹伐採の事前調査中、大量の犬のフンを片付ける羽目になる。
菊江
三隅幸造の妻。
加山の父
加山の母
上村
道路管理課職員。麟太郎の上司。
雪代可奈
安西寛と同じ大学の法学部の学生。なかなかお目にかかれないレベルのかわいい女性。欠席した授業のノートを写させて欲しいと安西に頼む。深夜にひどい風邪をひき、安西に病院を紹介してもらう。病院で待っていた安西の接し方に嫌悪感を覚える。
田丸佐緒里
ハナの娘。二十四歳。誰にでもできる仕事しかさせて貰えず、男性と同じ立場で仕事をしたいとの考えを恋人に否定され、縁故採用された会社を1年あまりで辞める決意をする。母のような夫に尽くすだけの人生は真っ平だと思っている。
ヒロ
佐緒里の付き合っている相手。
河島
拡幅計画がある道路沿いに住まいを持つ、セットバックに応じないただひとりの住民。計画が持ち上がった際の担当者の態度に未だに腹を立てていて、市役所の人間と聞いただけで塩を撒きかねないような頑なな老人。道路管理課では代々語り継がれるほどの生きた伝説とかした頑固じじい。心臓発作で急死し、佐藤和代が看取る。
榎田克子
軽自動車でさえ上手く車庫入れができない。妹の希望により買い換えられたSUVでは尚更上手くできず苛立つ。
榎田麗美
克子の妹。
トモナガコウキ
麗美が連れてきた男。
ゴミ屋敷に住む女性
海老沢
デスク。
足達道洋
石橋造園土木勤務。樹木医の資格を持っている。三十四歳。息子の誕生をきっかけに潔癖症になる。
足達泰代
道洋の妻。病的なまでの潔癖症になった夫を同情していたが、夫婦の営みの前に体を除菌シートで拭かれ、腹を立て、傷つき、以来夫婦の間にはわだかまりができた。
粕谷静江
ハナが通い始めた英会話教室で親しくなった年配の女性。ハナから道路拡幅に伴う街路樹伐採の話を聞く。市議会議員を夫に持つ知人に話をする機会を設け、反対運動の中心的人物になっていく。
宮崎佳美
静江の友人。夫が市議会議員。
石橋
石橋造園土木の社長。
佐々倉
警察官。
医局長
可奈の女友達
女子高生
Posted by ブクログ
確かに捌けない殺人犯だと思う。
主人公の慟哭をどうやって受け止めたらいいのだろうかと考えた。
それほど考えさせられる内容だった。
幼い命を死に追いやった、裁けぬ殺人とは? 街路樹伐採の反対運動を起こす主婦、職務怠慢なアルバイト医、救急外来の常習者、飼犬の糞を放置する定年退職者……小市民たちのエゴイズムが交錯した果てに、悲劇は起こる。残された新聞記者の父親が辿り着いた真相は、法では裁けない「罪」の連鎖だった!