名越康文のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
教育に関することいろいろ。しかし教育に限ったものでもないし、14歳の子を持つ親に限ったものでもない。誰が読んでも、胸がざわつくところがあるだろうと思う。
うちの長女は公立中に行く予定。子も親も多様な方がいいと思って(&他にもいろいろ思って)の選択である。だから「均質性の高い集団は非常にストレスフル」というくだりを読んだときは、「やっぱり公立、公立。」と思った。が、そんな風に思うこと自体、少し気が弱くなっているのではないかという気がする。自信を持って選択しているはずなのだが。「へえ、受験しないの?まあ女の子だからね。」などと言われて、ちょっと動揺しているようだ。いろいろな意味で不本意…。 -
Posted by ブクログ
名越康文さんは面白い先生だと思っていたけれど、それよりタイトルにぐっときました。14歳近い思春期まっさかりの娘たちのことを、もっとわかりたいと思って読み始めたけれど、彼女たちの理解というより自分自身を振り返ることになりました。
そのするどい洞察にはうなるばかり。
曰く、経済的な意味での二極化より深刻なのは知的な「利口組」「バカ組」の二極化。
曰く、オバサンの真実は情緒が小学校5、6年生か中学2年生で止まっている女性たちのこと。だから情緒の使い方が非常に粗雑で、「むかつく」と「かわいい」しかいえない。
親というのは役割である。ルーティンというのは植木鉢の土。
子育ては個(自分)育てと、改めて考えさせられました。 〈2011.05.03〉 -
Posted by ブクログ
超えてはいけない一線があるのではなく、「超えてはいけない一線が私たちの内部に実在するということにしませんか。」ともう一度道徳と言うフィクションを再構築しないといけない。
私も親を殺したいと思った。でも殺したら自分の方が損だなと思って、何くそ!と戦ってきた。きっと、子供のころにそんな風に考える人は少なくないのではないか。だから、少年犯罪は、特異なことだと型通りに決めつけるのはおかしい。
だから、子供達がそのような犯罪を犯さないように人を殺してはいけないという道徳を親が教えなおして子供達の心に再構築すればいい。
「ルーティン(躾)は大事」植木鉢の土と同じで練れば練るほどよい花が咲く。「親は役割」母性の幻想に惑わされず、フィクション(親)を演じればいい。
「おばさん」って女としてあがっちゃっているからではなく、前思春期の状態から思考が止まって女同士牽制し、嫉妬し、見栄張り合うから。前思春期とは、異性との恋愛の予行演習に同性同士で深い友情を築く大事な時期。
我が家のレゴくんも大好きな親友の男の子と仲が良くてちょっとママとしては理解しがたいと思っていたが、自分の前思春期も同じだったことを思い出した。成長過程で必要な時期なのだろう。
でも私は思春期を終えた、色気のある女性になりたいな。 -
Posted by ブクログ
格闘家の甲田氏と精神科医の名越氏の対談形式で日本に起きている社会的現象を「身体」との関係において語るものです。
おカネとは、場の空気を読むとは、などいろいろなテーマが出てきますが対談なので内容はほかのテーマにどんどん飛んでいきます。お互いを知り尽くしているお二人ですのでお二人の間でしっかり理解されていて共有されているものを必死で行間から読み取る感じになります。
しかし、いろいろ示唆に富む内容ですので読みあきたり流れを見失って読む根気がなくなったりすることはありません。読み進めながら自分自身のこれまでの人生の密度や深さを問われているような感覚に襲われます。
-
Posted by ブクログ
久しぶりの自己啓発本。
最近は小説を中心に読んでいるので、なんだか懐かしさを感じました。
この本はコロナ真っ盛りの頃に発行されたようですが、今読んでもまったく古さを感じません。
人間の最大の悩みって、環境が変わっても結局同じなのかもしれない。
そう、さまざまな悩みの行きつくところは「人間関係」に集約されるんですよね……。
今の職場も、もうすぐ2年。
それなのに、いまだに孤独を感じる今日この頃です。
意地悪をされるとか、嫌がらせをされるとか、そういうことではないんです。
ただ、なんとなく馴染めていないというか、アウェイ感を感じるというか。
一言で言うなら、
「孤独」
「居場所がない」
そんな感じなんですよね。
不思議なのが、一人でいる時の方が、そういう感情は出てこないこと。
この本の表紙みたいに、一人でいる時はむしろ平気だったりする。
これって何なんだろう?
(暇だな……)
そんなことを考えていた時に、この本を読んでみました。
すると、意外とすぐに答えらしきものが出てきました。
”孤独を感じるのは、人がいるかいないかではなく、自分の存在を認められる場所が、あるかないかなのだと思います。”
ものすごく、しっくりくる。
ああ、私が職場で感じているアウェイ感って、こういうことだったんだな、と納得しました。
そして、わかったら心が軽くなった。。。
わからないから、不安になって悶々としていたんですよね。
でも、理由がわかったら、あとは自分がどう動くかだけ。
頑張って会社に馴染めるよう努力するもよし。
「ここは会社。仕事をする場所」と割り切るもよし。
ここは素直に、自分の心に従えばいいのかなと思いました。
そう考えると、一時期「サードプレイス」という言葉が流行った理由も、こういう「自分の居場所問題」だったのかもしれません。
自分の居場所を複数持っておけば、ひとつの場所がうまくいかなくても、どうにかなる気がする。
家庭。
職場。
友人。
趣味。
SNS。
好きなことをする場所。
全部をひとつの場所で満たそうとしなくてもいいのかもしれない。
AIだのテクノロジーだの、世の中はどんどん進歩していくけれど。
「自分はここにいていい」と思える場所を見つけること。
こればかりは、なかなか機械が解決してくれない問題ですね。 -
Posted by ブクログ
どうせ死ぬのになぜ生きるのか、
という問いに
行を毎日行うことだと答える。
仏教の知恵を日常に取り入れて、
その問いの答えを考え続けていくこと。
瞑想にも色々種類があって、
自分に合ったものから始めてみたい。
仏教も歴史のなかで分裂し、変化していったことが
書かれていて面白いと思った。
学びは自発性が大事。
人に恩返しするときはプラスアルファする。
なんでこんなしんどい思いをしてまで
生きていく必要があるんだ、
と思ってしまう日もあるけど、
ここに書かれたものを少しずつでも実践して
「明るく爽やかな気持ち」でいる時間を
長くしていきたい。 -
Posted by ブクログ
【メモ】
「ルールを作るとシステムが出来る」
・人はルールや秩序を作りたがる。
・ルールを作るとシステムが出来上がる。
・出来上がったシステムは容易には壊せない。
・多くの人は今あるシステムを維持しようとする。
・システムに組み込まれると自由がなくなる。
・システムに組み込まれ過ぎると不機嫌になる。
・きっかけがないとシステムからは抜け出せない。
・システムからは抜け出した方が気楽。
⇒会社なんてだいたいコレ。
「3つの世界(カール・ポパー)」
・世界1:物質の世界。現実世界の物。
・世界2:情報の世界。科学や言葉など。
・世界3:心の世界。個人の心の中。
⇒自然科学とは世界1から世界2に移す作業。詩やエッセイは世界3から世界2に移す作業。AIやネットは世界2で完結している。世界2の情報を現実世界としてみるのは危険。あくまで複雑な現実が単純な情報に変換されただけのものである。
「全部決まっているという東洋の考え方」
・全てのことは昔から決まっている。
・袖振り合うも多生の縁。ブータン仏教の世界観。
・「どこかで何かの縁があったら今会うのは当然だ」
・輪廻転生や縁起の感覚がある。
・ハエや犬だって君の祖先かもしれない。
・昔は家の仏壇で先祖との繋がりを実感してきた。
・今は仏壇がなくなり繋がりを忘れかけている。
・本当は結果も最初から全部決まっている。
・決まっているけどやるべきことはやっておく。
・自分のためというより、昔は皆のために。
・今は自分のためだけだと思っている。
・だから自分の運命を受け入れずに抗う。
・だから苦しくなる。
「人生は選択という西洋の考え方」
・戦後アメリカから新しい考え方が入ってきた。
・絶えず選択することで人生は決まっていく。
・正しい選択肢をしていけば夢が掴める。
・間違った選択肢をすれば惨めな人生になる。
・これは自己責任論にも繋がっていく。
・養老先生の実感は人生は「なるようになる」もの
・抗って変えていくようなものではない。
・(水木先生にも似た表題の本あり)
-
Posted by ブクログ
【要点・まとめ】
・「嫌」と言う気持ちのウラには「好き(こうだったら良いな)」が隠れている
⇒自分の本当に好きなことを知るキッカケになる
・人に怒っても良い(怒り=心の防衛隊)ただし、人を貶したり暴力を奮うのはNG!
・人から嫌なことを言われたら…⇒人にも心の防衛隊がいるんだ、と思うようにする
・いつも明るくいる必要はない。それより明るくなれない原因(心の防衛隊)に寄り添う
・自分にとっての「トリセツ」を作る
⇒「安心リスト」
⇒「大切な人リスト」(身の回りの人でも、マンガのキャラ、推しでもOK)
・自分を責めず、寄り添う「味方」となり、温かい言葉をかける(「そうだよね、分かるよ」は今の自分にOKを出す、自己受容の言葉)
・ダメなところを直そうとする⇒自分に「お前はダメだ!」と言っているのと同じ、攻撃していることになる
・周りの人をリスペクト(そのままの相手を大切に)する
・イヤな時はイヤと言っていい。ワガママではない。それを受け入れない人が「ワガママ」である。
・人から貼られたラベルは捨てても良い(レッテルを剥がす)
・体が喜ぶほどの「好き」を探す
⇒輝く自分になれる
・人を応援するのも「自分の良いところ」「長所」である。