あらすじ
仕事、成功、世の中、自分、死の圧倒的現実を、静かに説き明かす対談!
「やりたいことっていうのは仕事じゃねえよ」
「死んでんのかな、ほんとに」
―養老孟司
「成功すればするほど苦しくなるんじゃないかな」
「みんな自分の願望の充足のために現実を利用しようと躍起」
―名越康文
この本では、私たちが日常で感じる「わけのわからなさ」に対する洞察が交わされています。
「お経は答えそのものである」との名越さんの言葉から、対談では様々な生きることの出来事が話題に上がります。
名越さんによると、人間は現実を見ずに幻想を追いがちで、その結果、不必要に動揺したり悲しみや怒りを感じたりしているそうです。
養老先生の役割は、そんな人々に「現実はこうだ」と示してくれることです。その結果、心が安定するのだとか。
また、お経は私たちの抱える様々なもやもやをスッキリさせてくれるものであり、人々の幸せを願いながら、真の教えを伝えているとのこと。
名越さんと養老先生が何を語っているのか、それは社会を変えようとする意図ではなく、あくまで彼らの「らしさ」が反映された対談となっています。
そして、お二人は対談が人々に何かの教訓を与えるとは考えておらず、ただお経のように心に響く何かを提供したいと願っています。
この対談を通じて、読者は日常生活の混乱や不安から一時的にでも解放され、新たな視点で生の謎に思いを馳せる機会を得られることでしょう。
生きることの本質に迫る試みとして、名越さんと養老先生の言葉に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
目次
第一章 「仕事」ってなんですか
第二章 「成功」ってなんですか
第三章 「世の中」ってなんですか
第四章 「自分」ってなんですか
第五章 「現実」ってなんですか
第六章 「死ぬ」てなんですか
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Posted by ブクログ
養老さんと、シューイチでおなじみの名越さんと対談とのことで興味深く読む。養老さんはいつものとおりご顕在。自由に生きていらっしゃる。ご苦労もあると思うけれど、養老さんの考え方が羨ましい。名越さんはテレビで思っていたのと多少イメージが違って、「やりたい仕事がなかったから精神科医になった」「最初のころテレビに出るのはしんどかった」みたいな言葉は以外で新鮮に思えた。お二人の対談は他にもあるようなので、また、名越さんの著書は読んだことがないので、読んでみたい。
Posted by ブクログ
【メモ】
「ルールを作るとシステムが出来る」
・人はルールや秩序を作りたがる。
・ルールを作るとシステムが出来上がる。
・出来上がったシステムは容易には壊せない。
・多くの人は今あるシステムを維持しようとする。
・システムに組み込まれると自由がなくなる。
・システムに組み込まれ過ぎると不機嫌になる。
・きっかけがないとシステムからは抜け出せない。
・システムからは抜け出した方が気楽。
⇒会社なんてだいたいコレ。
「3つの世界(カール・ポパー)」
・世界1:物質の世界。現実世界の物。
・世界2:情報の世界。科学や言葉など。
・世界3:心の世界。個人の心の中。
⇒自然科学とは世界1から世界2に移す作業。詩やエッセイは世界3から世界2に移す作業。AIやネットは世界2で完結している。世界2の情報を現実世界としてみるのは危険。あくまで複雑な現実が単純な情報に変換されただけのものである。
「全部決まっているという東洋の考え方」
・全てのことは昔から決まっている。
・袖振り合うも多生の縁。ブータン仏教の世界観。
・「どこかで何かの縁があったら今会うのは当然だ」
・輪廻転生や縁起の感覚がある。
・ハエや犬だって君の祖先かもしれない。
・昔は家の仏壇で先祖との繋がりを実感してきた。
・今は仏壇がなくなり繋がりを忘れかけている。
・本当は結果も最初から全部決まっている。
・決まっているけどやるべきことはやっておく。
・自分のためというより、昔は皆のために。
・今は自分のためだけだと思っている。
・だから自分の運命を受け入れずに抗う。
・だから苦しくなる。
「人生は選択という西洋の考え方」
・戦後アメリカから新しい考え方が入ってきた。
・絶えず選択することで人生は決まっていく。
・正しい選択肢をしていけば夢が掴める。
・間違った選択肢をすれば惨めな人生になる。
・これは自己責任論にも繋がっていく。
・養老先生の実感は人生は「なるようになる」もの
・抗って変えていくようなものではない。
・(水木先生にも似た表題の本あり)
Posted by ブクログ
養老先生は、切り口はいろいろでもおっしゃってることはどの本でも一貫してて、最初は難しかったんだけど、何冊か読むうちに養老先生好きに(とは言え簡単なものしか読めないんだけど)。私の好みで言うと、この本は普通。
・お寺はタイパがいい
・お経はお経全部が答え
・「これでいいのだ」
これはいいな、お寺行きたくなった。