田辺聖子のレビュー一覧
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ネタバレ「日本書紀」「古事記」に登場する大王オオサザキ(仁徳天皇)と大后イワノヒメの夫婦の物語を中心に、大王の弟・隼別王子とその恋人・女鳥姫が謀反の悲劇に流されていくドラマが描かれる。
舞台は大和朝廷。大王にのぞまれた美しい女鳥姫が、大王の求愛を退け、大王の弟・隼別王子と恋仲になったことから悲劇は始まる。大王は2人を引き裂こうとするが、嫉妬心の強い大后の計略も加わり、若い2人は「謀反」というかたちで愛を貫く。絶頂で摘み取られた若く輝かしい愛は、その後の大王と大后の関係に、深く深く影響を及ぼしていく。
前半の隼別王子たちの若く激しい愛に対して、大王と大后の愛憎は、まるで灰の中の炭のように静かに、不気 -
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いろんな愛のかたちが詰まってて、私はすごく好きだった。どの話も全部女性目線で進むのだけど、健気で真っ直ぐで、でも素直になれない感じとか、夢中になりすぎちゃう感じとか、りちぎな感じとか、そういう人、いるよなあとか分かるなあとか思いながら読んだ。昭和の本だから、言葉遣いとか生活様式さえ違うけど、女の内面としては一緒。女の子ってかわいい。
それに、この本は無理な展開がなくて、全部リアルな感じが良かった。でも女の子たちの気持ちの動きに共感できすぎて、決して退屈ではなかった。短編集だからサクッと読めて、「その先はご想像におまかせ」みたいなスタンスが私はとても好き。読んでて疲れないし、喫茶店で読むのにちょ -
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ネタバレ- 同じ田辺氏の著書「光源氏ものがたり・中」に「このあたり(若菜)から『源氏物語』本編の低音部に、不気味な重苦しい調べがついてまわるようになります。ここにいたって『源氏物語』は、はなやかな恋の物語から、重厚で、まことに辛いおとなの物語になるのです。」とあるように「若菜」以降の巻には「生」と「死」が背後にあって読み応えがありました。
晩年の光源氏は、世間体を気にしながらも未だ自分本位に生きているような。同年代の登場人物に比べて見た目が若々しいというのも、その表れではないのでしょうか。殿に振り回される女人たちに同情します。
そんななか「つらき世をふり捨てがたき鈴虫の巻」で未練がましく言い寄って -
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だましだまし上手くやってきたつもりなのに、許せていたことが許せなくなって、笑い声よりも沈黙で息が苦しくなっていく。季節の移ろいを自分だけが感じているような、静かな物語だった。
夫の機嫌を取り、食事の支度をし、夫を立てるように親戚付き合いをし、プライベートを詮索される。そんな生活を続けた乃里子は、「私」ではなく「夫の一部」となってしまった自分に気づく。男性から見たら「結婚したならば当たり前だ」と思うのかもしれない。けれど、結婚によって妻が強いられるあれこれは本当に当たり前なのだろうか。このシーンを読んだとき、「あなたは?」と自身にも問いかけられているようでぞっとした。私は? 私は結婚前と変わら -
購入済み
なつかしい
なんだか、懐かしさが込み上げてきた。
昭和、平成のころは、今と大分違っているなと感慨深い。芋たこなんきんを見てから読んだので、ドラマの登場人物を思い浮かべたりしながら、今ではおっちゃんのそばに行った聖子先生を思った。
源氏物語の講演を聞きたかったな、なども思った。 -
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樋口一葉、与謝野晶子、杉田久女、吉屋信子、そして林芙美子、五人の女性文学者の作品や生涯を書いた作品。男尊女卑の時代に困難にぶつかり挫折を味わいながらも、最後まで諦めなかった彼女たちの強さに感服しました。
久女の師・高岡虚子への行き過ぎた尊敬の念から執着していく様を狂気の一言で片付けてしまわず、「恨み、拗ね、甘えといった女性の陥りやすい弊害と印象を受けました。だれも自分を理解してくれない。虚子先生だけが私を理解してくださる。私を愛して、私を認めて、私を理解してという叫びだったのではないでしょうか。」と述べられたりしているのに、著者の優しさや愛情を持って描かれているのがわかります。
名前や作品名な -
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ふとした時に目を通したい本
家に置いておきたいから買おうかな
どうしてこんなに深い言葉を考えつくのだろう
心にずしっとささるフレーズが多々あった
人間は、自分がしてもらうだけでなしに、相手にしてあげる面白さ、喜びをおぼえた方が、愉快である。
いい友達を持ってる、いうのが、人間のいちばんのお手柄や、思うわ。
食べちゃいたいような、というコトバがあるけど、ほんとにバラの花を見てるとむしゃむしゃと食べたくなります。バラのつぼみを、お酒のおつまみにしたくなります。
もしかして、自分より、この人の方が大切、と思ったとき。それが、ほんとに人を愛したときかもしれない、と私は思ったりする。
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2019年の6月6日に亡くなった田辺聖子さんのご遺族が、遺品を整理している時に発見したという、聖子さんの昭和20年4月1日から、昭和22年3月4日までの日記。
樟蔭女子専門学校(現・大阪樟蔭女子大学)在学中の満十七歳から、卒業までである。
学徒動員で工場にて飛行機の部品を作り、大阪大空襲では家を焼かれた。
終戦の年には父を病で亡くしている。
激動の青春時代だった。
勉学への熱情と、国に尽くしたい気持ちの間で揺れ、戦争の中で青春が費やされていくことに焦燥し。
かなりの軍国少女でもあった。
勇ましいことも書かれており、終戦の日には悲憤慷慨している。
価値観が180度、変わってしまった瞬間だった