田辺聖子のレビュー一覧
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主人公の歌子さんは76歳。天満の小商人の娘で、船場の古い服地問屋に嫁入りし、終戦後腑抜けのようになってしまった舅姑、頼りない夫・慶太郎に代わって、番頭の前沢と2人で店を切り回してきた。夫が死んで17年が経ち、歌子さんは東神戸の海が見えるマンションで気ままな一人暮らしをしている。
にも関わらず、3人の息子とその嫁たち、「おばあちゃん」となれなれしいヒヨコおまわりなど、彼女の周囲の人たちは、歌子さんを何が何でも「としより」の範疇に押し込めないと気がすまないらしい。歌子さんは、わび、さび、枯淡は大嫌い。油絵や英会話などの習い事に日々いそしみ、気の合う仲間や、以前部屋にコソ泥に入った大学生の泰くんと、パーティを開いたり宝塚に観劇に出かけたりと、たくましく毎日を送る歌子さんの「姥ざかり」を、彼女の視点から描いている。
本当におもしろくて、元気になる作品。 -
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小林一茶の壮年期から晩年を描いた田辺聖子の力作。
壮年期との一茶と言えば、江戸俳壇で頭角を表し、上総・ 下総で
支援者を集めたころだが、次の飛躍のためにも経済的な基盤を
必要とした。彼には当てがあった。
亡父の遺産の半分は彼のものという遺書もある。
所が事は簡単には運ばない。
やっと一茶が遺産を相続したとき、彼の江戸俳壇での場はなかった。
信濃、我が故郷、信濃こそと根を下ろす決意し50婿として妻を迎える。
<我が菊や なりにもふりにもかまわずに>
伸びやかで飾り気のない妻・菊を得て、子宝にも恵まれた。
やっと得た穏やかな幸せの時、それも長くは続かなかった。 -
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2012.7.23.mon
【経路】
田辺聖子さんの大阪弁がしっくりくると聞いて。
【感想】
•欲望に正直に生きる楽しさの底で、人生と孤独の関係も知っている30女の恋愛遍歴小説。
•田辺さんの大阪弁好きがよく伝わる。「アレして」とか「ぼちぼち」でみなまで言わない美徳とか、恋人とのテンポのいい会話とか、色気を含むまろやかな京弁とか、舞台も梅田や本町でテレビ局がでてきたりで世界観に愛着。
•「仕事も男もちゃらんぽらんに生きるのも全部すき!」と開けて堂々と言える年齢不詳キューピー顔の30歳、良いやん。
•不倫は全部欲しくなったら身の破滅。側面をちらつかせてはならない。
•恋心と芝居心は半々がいちばん楽しく長くうまく行く。
【うーん】
•悟が最期そうなる必要があったのか。
•冬木に魅力を感じない。色気より食い気はやだ。
【共感】
•眼が迅い。何もかもが見えすぎる、見えすぎる不公平と悲しみ
•頭の上澄みのところが、キーン!といたくなるような恋の辛さ
•あたし、もし自分を美人や、思うても外へ出すのん、きらいですわ。ぜいたくに使いたいわ。たった一人のために使いたいの。自家消費したいんですよ。
•女というものは箸箱のように、いつも威厳を手もとに引きつけてなくちゃいけないのに
•人がなぜ結婚するのか、わかった。いっしょに家に帰るためである。
•テレビ局=軽佻浮薄が鉄筋コンクリートに支えられているような建物
•縛られたり禁止されたりするのがきらいだ。そのくせ、向こうが気にしてくれないと物足りない。
•人生はトランプゲームじゃないのでカードは配り直せない
•煩悩の味つけで不味くならないように、おいしいところだけを、ちょいちょいつまむ。
•人間は、毅然とした、断乎としたところがなくちゃ、いかん。
•わたし自身と、わたしの好きな肖像とが、ぴったり合致する
•女の涙はたいてい、自己憐憫に味付けされて甘くもたのしいものである
•美しくするも醜くくするのも、すべて人間の気持ちのもちかた次第で、ものごと自体は事実にすぎない。 -
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ネタバレおもしろうて、やがてかなしき‥‥ -2005.07.20記
これまでそれほど興味を示さなかったことに、ひょんなことからどうしても知りたくなったり、強い関心が惹き起こされる場合がときにあるものだ。
ひとつきほど前か、「これがまあ終の栖か雪五尺」と詠んだごとく、五十路になってから、義母や義弟とさんざ遺産相続で争った挙句、江戸から故郷信濃の生家に移り住んだ一茶の晩年が、近在から若い妻女を娶り「おらが春」をめでたくもたのしく謳歌したものとばかり思っていたら、老いらくの身にせっかく授かった四人の子どもを次から次へとはかなくも早世させ、おまけに妻女にも先立たれ、さらに二度、三度と後添いとの暮しに執しつづけ、六十五歳をかぞえてなお三度目の妻女にはからずも宿った子どもの誕生を待たずにコロリと往生した、というなんともいいがたい宿業にまみれにまみれたその生涯に、どうしても触れてみたくなったのである。
そこで、何を読むべきか少しばかり探索してみて、田辺聖子の「ひねくれ一茶」を選んだのだが、これはこれで正解だったようだとは読後の第一感。文庫本で640頁の長編だが、よく書けた手練れの一茶物だといえるだろう。
竹西寛子が書評にて「絶妙に配置されている一茶の句は、配置そのものが著者の鑑賞眼を示していて、それはすでに創作の次元にまで高まっていた鑑賞だということがよく分る。」というように、全22章の至るところに一茶の句が散りばめられて、その壮年から晩年へと、俳諧宗匠として立つべく江戸での千辛万苦の奮闘ぶりから、義母や義弟との相続争いを経て、不幸つづきとはいえ故郷信濃にやっと落ち着きを得た一茶晩年の暮らしぶりに、風狂に徹した反骨精神の凄まじいまでの生きざまが、決して重苦しくなることなく描き出されていて、一気呵成に読み継がせてくれる。
生涯に2万余句を残した一茶とは、まさに、吐く息、吸う息のごとくに句が生まれ出た、というにふさわしかろう。
漢籍の教養をもたぬ田舎者、無学の一茶が、当時の江戸において俳諧宗匠として立机するのはやはりどうしても無理があったのだろう。いやそれよりは己に正直すぎた由縁か、月並みの点取り俳句にその身をおもねることもできる筈もなかったろうに。
名月や江戸のやつらが何知って
江戸の奴らが何知って、とはよくぞ言い切った。信濃の山猿なればこその吟懐がある、風流があるの心意気。
葛飾や雪隠の中も春の蝶
余人の真似手のない見事な赤裸の心は嘗てありえなかった俳諧の美を際立たせる。
擂粉木(すりこぎ)で蝿を追ひけりとろろ汁
当意即妙の吟にも材の付合いに一茶の真骨頂があるとみえる。
江戸の水飲みおほせてや かへる雁
江戸の水、江戸のなんたるか、40年にわたる江戸生活のすべてを飲みおおせて、故郷へいざ還りなむとす。
以下、寸鉄の如く心に響いた句をいくつか挙げておく。
古郷や近よる人を切る芒
天に雲雀 人間海にあそぶ日ぞ
死にこじれ死にこじれつつ寒さかな
五十婿 天窓(あたま)をかくす扇かな
這へ笑へ二ツになるぞ今朝からは
死に下手とそしらばそしれ夕炬燵
花の世に無官の狐鳴きにけり