田辺聖子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
田辺聖子は特に好きな作家の一人だが、その中でもこの本は何度読み返したか分からない。
一口に言ってしまえば源氏物語のパロディであるが、本家を超える面白さがある。その理由は登場人物の魅力にある。
光源氏は低俗で情けない人物として描かれているが、源氏を取り巻く女性たちは対照的に、鮮やかで生き生きとした魅力にあふれている。
紫の君は、はねっかえりで源氏をいつもやりこめてばかりいる。女三宮も溌剌としていて天真爛漫だ。玉鬘は源氏の古臭い色香に惑わされず、運命の相手を自分で選び取り、空蝉は自ら大胆に源氏を誘う。
彼女たちは常に自分の気持ちに正直に生き、潔い。真っ直ぐで大胆で、それでいて馥郁とした美しさと気品を持ち合わせている。
男の気まぐれや都合に翻弄され、泣き寝入りをしてきた源氏の女たちにはない、凛とした強さがある。
本当にみんなチャーミングだが、特に紫の君は魅力的だ。
やんちゃで、お転婆で光源氏に対してずけずけと言いたいことを言うが、心の底では光源氏を大切に想っている。思いっきりツンデレなんだよね・・・。わがままで勝ち気だけど根はやさしい。
美少女のツンデレほど美しいものがあるだろうか。
やはり光源氏という男は幸せ者なのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ再読。何回も読んだ作品。1976年刊行。
人気女流作家の日常を住み込みの秘書兼お手伝いの女性 ・マリ子を通して描いたユーモア小説。
きっかけは昼の連続ドラマ、女流作家役は園佳也子さん。
読み始めた当時は、普段は亭主をほったらかしにしていながら、亭主がちょっと家を空けようものなら烈火のごとく怒るくせに、自分はいそいそと若くてハンサムな編集者とディナーへ出かけたりと、女性の家庭での役割や在り方、置かれている状況を皮肉ったところが小気味よかったのだと思う。
女流作家、亭主、高校生の娘とも朝ごはんはほとんど食べず、時間帯もばらばら。
住み込み始めた当初は自分だけの朝ごはんをしっかり作っていたマリ子もいつしか朝ごはんを適当に済ますようになる。
「朝ごはん」が幸せの家庭の象徴のようで、最近は「朝ごはん抜き?」というタイトルが身にしみるようになった。 -
Posted by ブクログ
やっぱ田辺聖子大好きです。
五月はわたしと同じくらいの年齢。
この小説が書かれたのはわたしが生まれる前。
なのに、なのに、ナンデこんなにわたしのこと書いてんのよっっ!!!!と思うほど共感。
もちろん、わたしが住んでいるのは大阪でもなく、村に住んでいる気になる人もいないのだけど、
でも考え方とかさ、ぜんぶそのまま小説に垂れ流されてる。
書き方もとても上手い。ほんとうに。
「こういうときの、女の好奇心に水をぶっかけても消えるものではないのだ。」
「女は心情的近眼なのである。」
「親は生きてるうちはいつも敵じゃ。死に際が近づくとか、死んだあとは親になるでの」
「初老期文句症という症状であろう。」 -
Posted by ブクログ
【本の内容】
生きていくために必要な二つの言葉、ほな、とそやね。
別れる時はほな、相づちには、そやねといえば、万事うまくいくという。
本書は田辺ことばと共に楽しめる究極の人生の哲学満載である。
[ 目次 ]
究極のあわれ
金属疲労
惚れる
寝首
いい男
家庭の運営
上品・下品
憎めない男
老いぬれば
男と犬〔ほか〕
[ POP ]
「人間のトシなんて、主観的なものである」。
「老眼鏡と杖さえあれば、老いもこわくなく、わるいものではない」。
「好色な人は男も女も、人生、たのしそうに生きている」。
1928年、大阪生まれの著者のお言葉が満載のエッセイ集。
ユーモラスな語り口から、人生を楽しむ秘訣を盗みたい。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
ネタバレ『あんたが大将』、『見さかいもなく』、『金魚のうろこ』、『達人大勝負』、『夢笛』の5編収録。
田辺聖子の原作を鴨居まさねが描く。
「女はフットワークが軽くなくなったら終わりやな」(見さかいもなく)や「笑えっ 笑わんかい いっぺんでも数多く笑(わろ)たほうが人生は勝ちやねん」(夢笛)のように、『金魚のうろこ』以外は関西弁が出てきて、そういう点でも楽しめました。
私は田辺聖子さんの小説を読んだことがない。
でも、映画『ジョゼと虎と魚たち』(大好きな作品)を観て、田辺さんの世界に少し触れたり、このコミックを読んで、またちょっと触らせてもらったりと、関わるチャンスは何度か得ている。
なーのーに、まだ読んでいない…何故…そろそろ読んでみようかしら。
陽気で茶目っ気があり、胸にじんとくる。
そんな世界ではないかと、今まで触れた部分から感じているのだけれど。 -
Posted by ブクログ
「枕草子」をもとに、清少納言の生涯を描いた伝記的小説。
臨場感に溢れ、喜怒哀楽がすなおに染み込んで来る内容です。
聡明で優しい中宮定子(一般にはていし、ですがこの作品では、さだこ)のもとに仕え、この上ない幸せをかみしめていた清少納言こと清原海松子。
995年、定子の父・道隆が亡くなり、その弟の道長が跡を継いだことで、定子たちの運命には翳りが見え始めます。
1年後、定子の兄・伊周と弟・隆家が花山院との間に起こした事件で、流罪に。
二人は都を離れるのを嫌がって隠れたりと、無様な態度をさらすことに。
二人の沙汰が決まるまでの皆が固唾を呑む様子。そして清少納言の元には交流のある男性たちから、しばらく離れていたほうが良いという忠告が再三なされます。
定子の母も病の床に付き、定子は身重になったのに、有力な貴族は道長を畏れて誰も宿下がりを引き受けず、狭い家に移動することに。
当時は天皇の妻が何人もいても、何かと宿下がりをするので、同時に同じ建物の中にいることはあまりなかったのですね。
一条天皇が10代の頃から仲むつまじく、何年も寵愛を独占した定子。
他に妃が入った後も、二人の仲はゆるぎないものでした。
兄弟が流罪になった時に定子が髪を下ろそうとした事件は、世間に広まるというか道長らが広めたふうですが、天皇がこれを取り消します。
兄弟もじきに恩赦で都には戻りますが、無官の身で出世からは外れたままでした。
それでも定子を中心にした部屋の中では、皆がなごやかに機知に富んだ会話を繰り広げて、笑いに溢れていました。
清少納言は定子を慰め、定子や交流のあった人々の素晴らしさを後世に伝えるために、少しずつ「春はあけぼの草子」を書き綴っていくのです。
清少納言は別れた後も何となくよりが戻っている夫の則光と、ついに別れることになります。
無骨だけれど人がいい則光から見て、伊周らは主君の後ろ盾として頼むに足りないので、見かねて忠告しても清少納言のほうは聞く耳を持たない。
定子を見捨てることなど出来ようはずもないので、実はストレスが溜まっているから苛立ちが募ったのでしょう。
藤原棟世という大人の男性と再婚し、おだやかな幸せを味わうことに。のちに任地の摂津に下ります。
この作品では二人の間の娘(後の小馬命婦)は、棟世の連れ子ということになっています。
999年、定子が入内9年後に皇子を産むとき、道長の娘・彰子が(まだ少女だけど)いよいよ入内してきます。
紫式部は定子の死後に彰子のもとへ出仕したので、宮中でじかにライバル対決はありませんでした。
紫式部の作品が次第に流通する様子、モデルになったかと思われる実際の事件がちらほら出てきたり、興味深い。
後になってですが、式部が清少納言のことをわるく書いていたのも知ります。
あれほどの長い作品を書き上げるタイプの人間はこういうふうに暗いものを溜めているのだと思う清少納言でした。
清少納言のイメージが江戸時代に悪くなった原因の一つらしいですが‥
ここまで書くと書いてるほうの性格が悪い印象になるけどな?
式部も相当なストレスに晒されたのは想像に難くないです。
田辺聖子さんの筆は、さりげない文章でややこしいことをわかりやすく、実にこまやかにありありと描き出していますね。
愛情と共感にみたされている作品を読むことができて幸福です! -
Posted by ブクログ
清少納言の生涯を描いた傑作。
なめらかで自然な文章で、すっかり引き込まれました。
歌人として評価されていた家系で、清原元輔の娘。
本名は不明だけど、この作品では海松子(みるこ)。
父親っ子で当時の女性としてはレベルの高い教育を受けていた。
橘則光と結婚。
この作品では、他の妻が産んだ子供を育てることになっています。
(当時は複数の女性との関係は普通で、正妻は一番身分の高い女性になる)
なさぬ仲の子を育てるのは史実ではなく、作者自身の経験に引き寄せたもののよう。
ただ当時のことは正確な資料が残っていないので、絶対になかったとも言いきれないですね。
10年則光に捧げたから、この後の10年は自分のために使いたいと宣言し、則光がそれを受け入れることに。
田辺聖子さん自身は結婚前から作家だから、そんなにきっぱり分かれる人生ではなかったろうと思いますが、清少納言の場合は‥と思い巡らせたのでしょうか。
武骨で風流を解さない夫とは合わない部分があったが、宮中に上がっても意外に縁は続くことになる。
則光は何かと心にかけ、清少納言がほめられると嬉しかったと伝えに来るのだ。
離婚したのではないのかとからかう周囲に、則光は兄妹のようなものなのだと答え、それが通るように。古い表現では妹背というと夫婦になるから、微妙なところ?
宮中で中宮定子に女房として仕えることとなり、美しい盛りで教養があり朗らかな定子に魅了され、自身もお気に入りとなって楽しい生活を送ります。
定子の実母は藤原家の正妻になるにしては身分は普通な受領階級の出だが、個人的に教養が名高かったため、気さくで知的なのは育ち方だったようだと。
定子の一家を見守る描写、いわば敵方である道長の人物を冷静に認めるあたりも。
とっさに機転が利く性格の清少納言は、貴族の男性とも丁々発止とやり取りがあり、恋愛もいくらかはあったよう。
時には誤解されつつも、水を得た魚のようにいきいきと宮廷生活を泳いでいきます。
はたして、後半は。
定子の実家が没落し、道長の世になっていくので、辛そうですが‥?
「枕草子」はそんな状況の定子を慰めたい気持ちもあって書き続けられたもの。
主従のつながり、一途な思いは感動的でしょう。