田辺聖子のレビュー一覧
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本のうらすじにも表現されている通り、王朝版(日本版とも言えそうです)シンデレラのような物語です。
原作となっている落窪物語を分かりやすく要約されています。昔の物語だと表現などが現代と違い、分かりにくいものが多いです。しかしこの本ではロマンティック・コネ・ルートといった現在使われている言葉で表現されています。また、登場人物の会話も今と大きな差異はなく、古典は苦手だけど物語を読んでみたいと思う方には読みやすいと思います。
内容としては、「おちくぼの君」と呼ばれ両親や姉妹に虐められていた姫と高い身分である右近の少将の恋物語です。
読んでいると阿漕と呼ばれる侍女の活躍が目立ちます。姫の事を思って行動を起こしていく阿漕が力強く思えました。誰かを思って行動に移せる姿が美しいとも思います。
読み終わってから、原作の落窪物語にも興味が持てると思います。古典に触れるきっかけを持ちたい際には、読んでみるのもありだと思います。 -
Posted by ブクログ
とにかく、お聖さんの言葉には、
深い愛情と、説得力がある。
長く厳しい道もあたたかな笑顔で乗り越えて
きたような。
八月十二日の
「タダやさしいばかりだと、怒ることを知らない無能凡庸の
お人好しにすぎないが、夕美子のやさしさは、いろんなことを知って
その上で結論が出たやさしさである気がする。
舟子は、夕美子の気持ちの思いやりに豊かな想像力と、強かな批判力を
感じるのである。
そういうものをいっぱい、かくし持って、それをいっぺん漉して、
ナマぐさみを抜いてから出てきたやさしみである気がする」
これが、お聖さんのアフォリズムの素晴らしさだ!
と、膝をたたく思い。 -
Posted by ブクログ
「帰りみち、私は自分のために、赤に白い斑入りのチューリップを十本ばかり買った。やっぱり気持ちがふつうでなくて、浮き立っていたからかもしれない。華やぎ、というふうなのかもしれない。」
12編の短編を集めたこの本の中で、「エイプリルフール」という短編のこの部分が一番好き。
会社で、陽気で皆から愛されるがおっとりしていて抜けたところのある四歳年下のキヨちゃんと付き合っている和田さん。
男と女の付き合いで、男が払うのが当たり前なんて思っていない。お金を大切にするしっかりもので、結婚するかどうか分からなかったら、当たり前のように男に甘えるということの出来ない28歳の和田さん(女性)。だけどそんな和田さんといると「一番落ち着く」というキヨちゃん。キヨちゃんは旧家の後継で、和田さんはそんな旧家の甘ったれのボンボンと結婚しようとは思ってなかった。がある日、キヨちゃんの出張中に病院へいくと「おめでた」であることが分かった。冒頭の抜粋部分はそのときの和田さんの描写。
この短編集に収められた女性達は20代後半で、その時代(昭和50年代前半)としては結婚適齢期を超え、会社で残っている女性としては年が上のほうになり「甘えて可愛い」と思われる年代をとうに超え、自立し、仕事を面白いと思いながらこなしている女性達が多い。
だけど、女性から見たら一見可愛くないが、頼れる、人の気持ちが分かる年上の女性を「落ち着く」「可愛らしい」と思ってくれる男性がいるようで。しかもその男性たちは大抵、わりとイケメンで楽しくて、モテモテで。
ちょっと、女性側の願望も入っているかもしれない。でも、全くウソでもないと信じたい。頑張っている女性には、自立している女性には、人生の中で一瞬でも「華やぎ」があると信じたい。それが、冒頭に抜粋した部分に現れている。
頑張って、自立して、そして他者にも思いやりのある女性は、きっと報われる。…けれど、永遠ではない。「エイプリルフール」はハッピーエンドで終わったが、バッドエンドで終わった話も多かった。
姉御肌で、有能で、結婚しても仕事を辞めなくていいと言われて結婚し、家事と仕事を頑張って両立していたのに、結局いつも帰りの遅い女性に愛想をつかして旦那が出て行ったという話もある。
別の年代の恋愛の話もある。
「叔母さんの家の庭には、初夏から夏にかけていっぱい、赤いひなげしが咲いた。わたしはひなげしが大好きで、その季節、遊びに行くと、いつもどっさり、もらって帰るのだった。」
「目に見えぬ神サマの手がシワシワの花弁を開いてゆく。とても薄いのに破れもせず、みーんな静かに開ききると、風に身をゆだねるようにしてそよぐのだった。そういう花がいくつもいくつも重なり、そして白い金網の向こうには、青い海があった。」
これは「ひなげしの家」という短編の語り手の梨絵子の叔母さんの家の描写。叔母さんはバーを経営している38歳の独身女性で、神戸の海の見える家で42歳の画家である既婚男性と住んでいる(不倫)。叔母さんは小さくても自分の店を持っていて、どちらかというと同棲しているおじさんのほうがお金にだらしなく、ヒモっぽい。そんなだらしなさと「38歳と42歳の恋なんかいやらしい」ということが親戚からは嫌われている。
けれど二人は遅く知り合ったからこそ、二人の時間を大切にしていた。ひなげしの花のように鮮やかに柔らかく。そして、本当に二人の時間はひなげしの花の花びらのように薄くて、風に吹かれて散ってしまうものだと分かる。
平凡に頑張っている人達の中にふと訪れる華やいだ温かな恋愛。永遠でもないし、両思いでも男女間で思いが異なる。でもそんな一瞬を優しく飾ってくれる田辺聖子さんの文章好きです。
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とても読みやすく、無駄のない美しい文章。
貴族の生活が面白くて、平安時代が身近に感じられる。
光源氏の桐壺に対する執着は、多感な青年の人格形成に大きく影響し、矛盾だらけなのに魅力的な人物を作り上げてしまう。それに翻弄される数多くの女性たちは切ないけれど幸せそうでもある。
歌にこめる恋心がとても綺麗で、心を伝える手段として知性や感性を映す文はロマンがあるなぁと思った。
スマホやテレビなどがない中で、季節の移り変わりや人の心の変化を鋭く捉えて言葉で思いを伝えていく、平安時代の豊かさが少し羨ましい。
微妙な心の動きを絶妙に表現していく紫式部は天才だったのだろう。平安の貴族たちが、源氏物語に夢中になっていた様を想像するのも楽しい。 -
Posted by ブクログ
私は31歳。明田マリ子、独身。
女流作家の秋本えりか先生のところで住み込みで働いている。
前に勤めていた会社は、失恋が原因で辞めてしまった。
主人も高校生の娘もいる先生のお宅には、月末の締め切り日が近づくと、いろんなタイプの編集者がおしかけてきて、修羅場どころの騒ぎではないのです。
作家先生の家族、食事も三人バラバラの生活を間近で見ているマリ子の人間観察力が鋭く、関西弁の言い回しがとても面白くて、昭和51年に書かれた小説とは思えないほど、登場人物が生き生きと新鮮に感じられます。
別れたはずの元カレから突然電話がかかったり、近所でばったりでくわしたり、揺れ動くマリ子の気持ちが妙に的を得ていて、同じ女性としてとても共感できます。
田辺先生は、女ゴコロを描くのがほんとうに上手いですね。
男と女のバトル、このテンポの良さ、そして物語の締めくくりが実に素晴らしい。
こんな楽しい小説、もっと読んでみたいです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこれからの生活の見え方が若干変わるような気がする、そんな素敵な教えにたくさん出会えた。読むたびに心に残る言葉が変わりそうで、また読み返したいな。
▼一部抜粋
【私は人生を楽しむために生きるのだ、と思っている。そして私の場合、楽しむことは人を愛すること、人に愛されること、にほかならぬのである】
↑ほんの数日前にふと、人に愛を与えられるような仕事が理想だなーとか思ってたから、勝手にビビっときた。
【人間は、自分がしてもらうだけでなしに、相手にしてあげる面白さ、喜びを覚えたほうが愉快である】
【自分の心の中から湧き出てくる興味や好奇心が、おのずと自分をつきうごかす、そういう「ひとりあそび」は、いくつになっても女の人を若々しくする】
【われわれ女性は、こういう「小説の香水」を、人生のハンカチにしたたらせ、女の肉体にくゆらせて楽しむことを知っている】
ひらがなの使い方も好き!