『乙女のための源氏物語(上)』より続く
吉屋信子による源氏物語後半。老女、楓刀自が孫娘3人や実業家の中年女性を生徒役として、源氏物語を要約して語り聞かせる形式である。
一時は政敵に虐げられていた源氏は政治の中枢に返り咲いた。
須磨・明石下向の際に出会った明石の上との間には一女が生まれていた。逡巡
...続きを読むする明石の上を京に呼び寄せ、その娘を最愛の紫の上の養女として迎え、立派な貴婦人に育て上げる。そしてゆくゆくは入内させようという心づもり。
その傍ら、いままで関係した女性たち、特に寄る辺のない人たちを邸に住まわせ、暮らし向きの面倒を見る。この辺りは懐の深いところである。
後半の1つの大きなストーリーラインは「玉鬘」に関わるものだろう。
玉鬘は、以前関係した夕顔の君の忘れ形見である。父親は源氏の友人のかつての頭中将(この時点では内大臣)。ふとしたことからその娘を見つけ出し、養女格とするのだが、何しろ色好みの源氏、玉鬘の中に、どことなくかつての恋人の面影を見てしまう。
一方では玉鬘に求愛に来る貴公子たちを煽るような真似をし、もう一方では自ら玉鬘に密かに恋を仕掛けようとする。
さて、困った玉鬘はどのようにこのややこしい境遇から抜け出るのだろうか。
もう1つ、大きな出来事は女三の宮に関わるもの。
女三の宮は源氏の兄君、朱雀院の愛娘である。院はことのほかこの宮を愛し、誰か頼りになる人と娶わせたいと考えている。源氏の息子、夕霧はどうかと考えていたが、折しも夕霧は長年の恋を実らせたばかり。ここで源氏は、自ら、降嫁を願い出てしまう。最愛の紫の上がどれほど傷つくか、思い至らないわけではないのに。
結果的に、この降嫁は源氏の後半生に大きな影を落とすことになる。引き取った女三の宮は幼く頼りなく、むしろ紫の上の素晴らしさが引き立つばかり。とはいえ、立場上、女三の宮を大切にしないわけにはいかない。だが源氏は女三の宮を本当に愛することができなかった。その隙間に災厄が忍び込む。それは源氏のかつての秘めた過ちを彷彿とさせるものだった。
かくして源氏の晩年は苦く重いものとなっていく。
楓刀自の(そして吉屋の)語りは、比較的メインストーリーを追っている。それは、この長大な物語をわかりやすくするのに一役買っている。
そうした中で浮き上がってくるのは、貴婦人たちの生きづらさである。
本作中では、少しだけしか触れられていないが、好意的に評されているのが朝顔の君である。源氏が若いころからずっと思いをかけ続けていたものの、ついに身を許さなかった女性。その毅然とした姿は昭和の乙女たちにも美しく映る。
だが、そうして生きられる貴婦人ばかりではない。
源氏に降嫁した女三の宮しかり。その姉で、夫・柏木に先立たれ、夫の友人であった夕霧に言い寄られることになる女二の宮(落葉の宮)しかり。また、源氏の数ある思い人のうち、末摘花や花散里は、宮家の生まれであったり、姉が女御であったり、身分は高いのだが、だからといって安定した生活が約束されるわけではない。有力な男性親族がいなければ、生活は立ち行かないのだ。誰かしらの庇護なしには生きていけない。それはどれほど寄る辺なく、つらいものだっただろう。
源氏はそうした貴婦人たちにも手を差し伸べる、ある意味、救世主的な役割も果たす。けれども現実には、没落し、ままならぬ思いを抱え、経済的にも困窮した女たちは数多くいたことだろう。彼女らもまた源氏物語に触れることはあっただろうか。そしてどのような感想を抱いたものか。
吉屋の筆は後半は駆け足である。「松風」から「まぼろし」までの24帖は楓刀自の講義形式だが、1章に複数の帖を含むものも多い。源氏亡き後の世界を描く、「匂宮」以降の3帖と宇治十帖は孫娘・容子がまとめたノート形式となっている。
高倉家の両親は無事、外地から帰還したものの、父母はほとんど顔を出さず、講義に参加するのはもっぱら3人の孫と実業家夫人である。女君たちもとりどりだが、生徒役の感想もさまざまで、読者それぞれにどこかしら共感のポイントがあるだろう。そのあたりも吉屋版の特長といえようか。
下巻の解説は田辺聖子。田辺はこの国書刊行会版出版の際には亡くなっているので、過去のものの再録である。田辺が吉屋を高く評価していたことがわかり、なかなか興味深い。