田辺聖子のレビュー一覧

  • 作家と犬

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    犬も猫も好きだけどちょっとだけ犬に軍配が上がるかつて犬と暮らしていた私ですので、どのエッセイも愉しく、胸に沁みました。

    好きな作家さんも多く、以前に読んだことがある文にまた出会えて嬉しい。

    このシリーズは他にも猫、珈琲、酒、おやつ…とまだまだあるようなので少しずつ読みたいな。

    以下好きなエッセイ覚え書き。(一部です)

    犬の生まれ変わりに違いないと熱烈に思っている押井守氏、ノラの犬猫を見かけたら放ってはおけない愛情深い米原万里氏、手塚治虫氏による犬が人間のそばにいる理由を描いた漫画、坂口安吾氏がわがまま檀一雄氏のために秋田犬を無心するお手紙、椎名誠氏の犬の系譜と怒りと悲しみの別れ、深沢七郎氏と中上健次氏による対談、辻まこと氏のタヌキとイヌの合いの子イヌキ?の話、種田山頭火のどうしようもない日記、クラフトエヴィング商會による可愛い垂れ耳の犬のイラスト!梨木香歩氏が愛犬と一緒にボルゾイ2匹と闘う話、鴨居洋子と鼻吉一号、二号、寺山修司氏とジル、川端康成氏のちょっと時代錯誤なでも面白い愛犬家心得。

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    2023年03月06日
  • 田辺聖子の古典まんだら(下)

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    平家物語から江戸の戯作と狂歌まで。学生の頃から苦手で、面白さも何もわからずにいい歳になってしまった。数年前、方丈記を読んで印象は変わったものの、そこまで。
    それが田辺聖子さんの文章では、全てが生き生きと見えてくる。平安時代の貴族文学とはまた違う、武士社会の荒々しさや雄々しき文章の良さに惹き込まれる。
    古典の入り口のこのシリーズを読んでいて、関西の人が関東の人を怖いと感じるのも納得。生粋の関東人である私も鎌倉時代に入った時点で、関東の人、荒々しくないか?と思ってしまった。そんな気分にさせてくれる、田辺聖子さんの世界。
    それにしても、古典に疎すぎるなぁ、と改めて反省。

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    2023年02月15日
  • 夕ごはんたべた?

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    尼崎の下町の開業医の三太郎。親には理解できない長女と学園闘争から道を踏み外した2人の息子。学園闘争後と現代では随分時代が変わっているが、三太郎は今の世でも通用するような諦観の持ち主。これといった事件は起きないが、勝手な子供達に振り回されながらも、夫婦ともに新たな心境に進んでいく様が面白い。

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    2023年02月13日
  • 田辺聖子の古典まんだら(上)

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    田辺聖子さんが好きです。源氏物語も田辺聖子さんの現代語訳で読みました。古典をあまりに読んでいないので、その最初の一歩として読みました。蜻蛉日記、とりかへばや物語は全く読んだことがないので、読んでみたいなぁ。枕草子は部分的にしか読んでいないので、あらためてきちんと読んでみたい。その他、出てきている古典文学はどれも古典と呼ばれるにふさわしい面白さ。古典文学で日本人を知ることも楽しそうです。

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    2023年02月08日
  • 苺をつぶしながら

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    家庭に入って子育てをするだけが女の幸福ではない!と、真っ向勝負している第三部。この小説が執筆された昭和五十六年の時流を考えると、本当に乃里子は「女の人生革命家」だったのではと思う。自分の人生を自分で選んでいく乃里子は格好良くて、最後はどんな道を選ぶのだろう?と、どきどきしながら見守った。前作『私的生活』ですっかり嫌いになっていたあの人も出てきて、その有様に思わずきゅんとしてしまった自分はかなりちょろい(笑)対して、乃里子の選択には惚れ惚れする。

    『言い寄る』から始まった「乃里子三部作」には、アラサー女性のすべてが詰まっていた。きまった男がいない自分に感じる欠乏感、結婚にともなう煩わしさと閉塞感、再びひとりの生活に戻ったあとの享楽や老後への恐怖──。こんなに女性に親身に寄り添ってくれる本は他にないと思う。「ピッカピカの三十五」になる頃にまた読み返したい。

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    2023年01月22日
  • 姥ざかり(新潮文庫)

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    歌子さんの話す言葉が面白く、ペース良く読めました。歌子さんに実際に助言とお叱りを受けているような本です。

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    2023年01月05日
  • 人生は、だまし だまし

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    田辺聖子のエッセイ集。独特の、大阪のおばちゃんのアフォリズム、名言集である。
    苦労は忘れてしまえば苦労でなくなる。
    達観、というのは、心中、まあ、こんなトコやな、とつぶやくことである。
    人生を楽に、楽しく生きていく知恵が詰まっている。それにしても、大阪弁とは、なんとも味わい深いものであろうか。

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    2022年10月22日
  • 女は太もも エッセイベストセレクション 1

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    ・子供よりも男
    「しかしながら私は....
    ねむるほうが好き」
    嘘偽りない本心が書かれているこの文書がささった

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    2022年10月16日
  • 田辺聖子 十八歳の日の記録

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    第二次世界大戦の渦中の中での日記であり、どのように戦争が市民の中に存在し、一般の人がどんな思いをしていたのかの一面がとらえられる貴重な本だと思う。今でこそヒトラーの行動が正当化されることはないが、この当時は日本との同盟国であったドイツの君主として好意的な捉え方が読み取れ、かえって当時はどれだけの真実の情報を知ることができていたのだろうかと思った。この本を読んだことがきっかけで日本の近代史や、当時生きていた人の思いなどにも関心が深くなった。

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    2022年09月28日
  • 朝ごはんぬき?

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    昭和51年に出版された作品が、今でもこんなに楽しく読めるのって純粋にすごいなぁと。失恋をきっかけに有名作家のえりか先生のもとで住み込みで働くことになったマリ子を主人公に、えりか先生の家でのドタバタ劇が描かれている。"ハイ・ミス"って言葉は初めて知った。現代では絶対使えない言葉だな。最後はハッピーエンドだし、解説にもあるように「さ、また生きていこ」と前向きな心にさせてくれるような作品でした。

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    2022年09月15日
  • 九時まで待って

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    江國香織さんの解説がステキ。
    相手の男、「稀」という名前がステキだが本当に虚栄心の強いしょーもない男でイライラした。笑
    稀じゃない男からされるキスシーンがどちらもステキでした。

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    2022年09月13日
  • 田辺聖子 十八歳の日の記録

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    当時18歳の少女が書いたとは思えない、とんでもない文章力!
    クラスでも1番をめざし、小説家になるという情熱を感じることごできた。
    日記で、生き生きとした学校生活をえがいており、自分も聖子さんの学友でその場にいるかのように感じた。
    個性がある学友の描写も見事で、日記とは思えない。巻末にある、短編も当時書かれたとのことで、未完で気になるのもありました。

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    2022年09月07日
  • 人生は、だまし だまし

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    ネタバレ

     人間も金属疲労が出てからがホンモノ。金属疲労は劣化の結果だが、先が読めるという利点ももたらす。見逃す、聞き流す、知らぬふりという新手の生きかたの発見。(阿呆ではできない。w)田辺聖子(1928.3.27~2019.6.6、享年91)「人生は、だましだまし」、2003.3刊行、2005.3文庫。

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    2022年08月31日
  • 苺をつぶしながら

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    2022.09.06
    散髪にいって来ます
    女が同性に優越感をもつとき、自分が安定している、あるいは、一人の男に定着してる、という場合が多いのはなぜかしら。
    やさしい声が出せるから寝られるのだ。
    一人ぐらしの楽しさは、この孤独の恐怖と、うらおもてに貼り合わせられていたのだ。

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    2022年09月07日
  • 私の大阪八景

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    戦時中を生きた女学生の、日々のお話。

    主人公が女学生というところが良かった。大人と子どもの狭間期から見える戦争は悲惨さや暗さばかりではなく、そのような状況下にあっても純粋な明るさがあった。
    〈海軍さん〉への憧れから頭の中で巡らすアリエナイ妄想や、女学生ながらに宮本武蔵に染まる様子はいつの世のおんなのこも大体は通る道として共感できる部分であり、親近感が湧く。

    読んでいると戦時中の時事や単語がたくさん出て来るので、調べたりもした。それは当時を知る上で参考になり、戦時下の大阪の様子を垣間見ることができる良き一冊と思う。
    こまごまと出てくる地名を地図と照らし合わせ、主人公の足取りをたどることでより深く物語を楽しめた。知らずにいた戦争遺跡の場所が多くあった。

    今年は戦後77年。
    明治維新から終戦までの77年間と、さらに同じだけの年数が経つ節目のような年だという。その節目に、海外では再び戦争が始まり、日本国内でも国防のためと危険な考えを唱える人も散見されるようになった。
    歴史は繰り返すというが、たとえ繰り返すような状況があるとしても過去から学ばなければ先人たちに対して申し訳が立たない。ただ繰り返すだけではなく、過去起きたことから学び、活かして対処していくことこそ本当の慰霊なのではないかと考える。

    トキコにとっての清川少年の存在というのは、戦争がどのような結果をもたらすかということをもっとも身近な表現で、淡いながらも暗示しているものと印象深く残っている。

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    2022年08月26日
  • 私的生活

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    2022.08.21
    予定終了。
    結婚してないけど、色々考えさせられる気がした。
    役者になって、今の人と結婚に持って行くこともできる。けどその気になれない。違うけどちょっと通ずる所を感じた。

    今役者になって耐えたら、死ぬ時にはよかったって思える人生になる可能性もあるもんね。

    叶姉妹の真珠のネックレスのパールを一粒ずつ捨てている時と同じ状況かも。

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    2022年08月21日
  • 田辺聖子 十八歳の日の記録

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    戦中日記読み比べ5作目、最終回。高見順、大佛次郎、吉沢久子、ケストナーの日記を順番に読んだ後に、こちらを読んでください。敗戦濃厚で「死」を意識する7月、原爆投下情報と実際の報道との落差に落胆する8月初め、そしてポツダム宣言受諾の知らせをいち早く知ってしまう彼らと全く知らない18歳の田辺聖子との落差、戦後のそれぞれの想いなどを、是非汲み取って頂けたら、と思います。


    田辺聖子。昭和20年4月。田辺聖子の日記は4月1日に始まっている。作家になろうとする才気煥発女史を文字通りに表現したら彼女になるような、18歳の女子学生だった。大阪駅近くの写真館が実家であり、そこから東、河内小阪駅前の樟蔭女専の寮に住み、4月初めは兵庫県尼崎市の工場に学徒動員で宿泊していた。土日は大阪の実家に過ごしていたようだ。そして6.1の大阪大空襲で焼け出されて、8月の時は尼崎に移り住んでいる。
    書き出すと止まらない。やがて作家になった時の下書きという意味も意図していたとも思える。大佛次郎や高見順とは全然違う。かの作家たちも、幾分かは後世の読者を意識していたかもしれないが、それよりも「記録」という意味合いが大きかった。田辺聖子のそれは、もうそのまま小説にしてもいいような「生き生き」とした文章が続くのである。

    大きなエポックは2つある。6月1日の実家が焼け落ちた大阪大空襲は既に紹介した。ここでは8月15日の「終戦の日」を紹介する。


    7月9日
    高見順 生の充実を考える感じる。溢れるような充実感
    私がいつ自分をとらえるかわからない。そこで生きたいと切に思う。それ故、生の充実を感じるのか。そうも考えたが、そうでもないようだ。

    ←この頃、しきりと「文学的な哲学」について日記に記している。「明日をもしれない命」がこれを書かせているのであろうか。

    7月20日
    大佛次郎 ○福井がやられた。茨城沿岸の小さい町がまたどれも焼かれた。上陸はやはり九十九里浜方面になるのだろうか。何となく苦もなくそのことが決行されそうに見える。そしてその後は国中鉢の巣を突いたような混乱となって現れそうである。国民が暗々裡に軍の権威を信じなくなってきた。

    7月26日
    高見順  (総務省情報局へ作家との懇談という名目で会議。「国民士気昂揚の啓発宣伝」のため協力せよと「要求」する会議。高見順は、神がかり議論にいや気がさしているが黙っている。出版関係の人が、結社の自由を叫び、民を信じずして何の士気昂揚か、と言った。部長は「民間人からは佐倉宗五郎は出ていない。特攻隊はどんどん死んでいる」と民間人を貶めるようなことを言う。以下はその時の応酬。)

    そのあと折口信夫が国学者らしい静かな声で
    「安心して死ねるようにしてほしい」と言った。すると上村氏が「安心とは何事か、かかる精神で‥‥」とやりはじめた。折口氏は低いが強い声で「おのれを正しゅうせんがために人を陥れるようなことをいうのはいけません」と言った。立派な言葉だった。こういう静かな声、意見が通らないで、気違いじみた大声、自分だけ愛国者で、他人は皆売国だと言わんばかりの馬鹿な意見が天下に横行したので、日本は今この状態になったのだ。似非愛国者のために真の愛国者が投打追放され沈黙無為を強いられた。今となってもまだそのことに対する反省が行われない。

    ←日記にせよ、遂に高見順はここまで書くようになった。それにしても、折口信夫は凄い。この頃は、彼の「最愛の」弟子折口春洋が硫黄島で戦死して蕭然としている頃ではなかったか?

    8月7日
    大佛次郎 (略)夜になると岸克己くんがやってきていよいよということになったという。何かと思うと広島に敵わずか2機が入ってきて投下した爆弾が原子爆弾らしく2発で20万人の死傷を出した。死者は十二万というが呉からの電話のこで詳細は不明である。(略)話が真実ならば国民は罪もなく彼ら(軍人たち)と共に心中するのである。悔しいと思うのは自分の仕事がこれからだという事である。この感慨だけでも方法を講じて後に残したく思う。知らないで死んだのではなく知りつつやむを得ず死んだのだということを。
    ←1番詳細な実情と正確な被害を聞いている!

    高見順 新橋駅で義兄(新聞社勤め)から原爆の話を立ち話で聞く。
    (略)「もう戦争はおしまいだ」
    原子爆弾をいちはやく発明した国が勝利を占める。原子爆弾には絶対抵抗できないからだ。そういう話はかねてから聞いていた。その原子爆弾がついに出現したというのだ。衝撃は強烈だった。私はふーんと言ったきり口がきけなかった。
    ←やはり、ジャーナリストからいちはやく聴いている。

    8月7日
    吉沢久子  今日は広島市に新式の爆弾が使われた空襲で、大きな被害があった由。いよいよの覚悟を感じる。
    ←吉沢久子の周りでは原爆の真実は伝わっていない。これが庶民のほとんどだったのだ。

    8月8日
    大佛次郎 広重原爆に関する大本営発表が朝刊に出ている。例のごとく簡略なもので「損害若干」である。

    8月10日
    高見順  店へ行くと、久米さんの奥さんと川端さんがいて、
    「戦争はもうおしまい」
    と言う。表を閉じて計算していたところへ、中年の客が入ってきて、今日、午前会議があって、休戦の申し入れをすることに決定したそうだと、そういったというのだ。明日発表があると、ひどく確信的な語調で言ったとか。(略)
    小島家そのことを言いに行った。
    「戦争はおしまいだそうです」
    「そうかね。しかし、たった今、ラジオでは阿南陸軍大臣が徹底的に戦うのだと言っていたぜ」
    「え?」
    7時の報道だ。とことんまで戦うと言うことも考えられる。そしてそういう場合は、みんな駆り出さいって、死ぬのである。国も人民も、滅びるのである。

    ←「中年の客」があまりにも不思議だ。あまりにも早すぎる(実際には御前会議の決定が10日だから、全く間違ってはないのだが、それにしてもその情報を得る立場の人はそんなに多くはなかったはず)。なんか、コレでSF小説が出来そうな気がする。

    8月11日
    大佛次郎 午後木原君が来る。夕方、門田くんが東京からの帰りに寄り昨朝7時にスイス・スエーデン公使を介し皇室を動かさざるものと了解のもとポツダムの提議に応ずると回答を発したと知らせてくれる。結局無条件降伏なのである。嘘に嘘を重ねて国民を瞞着し来った後に遂に投げ出したというより他にない。国史始まって以来の悲痛な瞬間が来たり、しかも人が何となくほっと安心を感じざるを得ぬということ!
    ←実質的に大佛次郎の「終戦記念日」である。それにしても、一般人にここまで早く正確にポツダム受諾の情報が流れているのが、意外だった。実際は軍の抵抗はなかなかしぶとくて、14日から15日にかけて「日本の一番長い日」が起きたことは、また別の話。

    高見順  (新聞記事の阿南陸相の宣言を読んで)かかる状態に至ったのは、何も敵のせいのみではない。指導側の無策無能からきているのだ。しかるにその自らの無策無能を棚に上げて「何をか言わん」とは。嗚呼かかる軍部が国をこの破滅に陥れたのである。(略)義兄来たり。情報を持ってきてくれた。昨日の動きだ。降伏申し入れはやはり事実のようだ。(略)これではもうおしまいだ。その感が深い。とにかくもう疲れ切っている。肉体的にも精神的にも、もう参っている。肉体だけでなく精神もまたその日暮らしになっている。
    ←実質的に高見順の「終戦記念日」である。

    8月13日
    吉沢久子  11日、12日と今週はなかったが、新聞社の人たちが集まる我が家での話題は、もっぱら、いつ敗戦が発表になるかと言うことばかり。今日はアメリカ側で重大閣議があったようで、それは日本側からの申し入れに対する返事のためのものだったとのこと。
    大野さん、夜9時ごろ帰宅。「日本側の申し入れに対し、敵側より承諾来た由。天皇陛下はご異存なく、民を救う道と言われたが、軍は承知せず、今日4時からの閣議がまだ続いている」との話。
    ←実質的に吉沢久子の「終戦記念日」である。

    8月15日

    田辺聖子 
    何事ぞ!
    悲憤慷慨その極を知らず、痛恨の涙、滂沱として流れ、肺腑は抉られるるばかりである。
    (略)
    陛下におかせられては、広島に投下せる一原子爆弾とソ連の挑戦につき、この上、民草を苦しめるに忍びずと仰せられているが、陛下よ、臣ら草莽の微臣、いやしくも大和民族たるものは、1人として瓦となり全からんこと期するものあらざるなり。
    (略)
    国憂ふをとめごごろのひとすぢに すべてを捧げまつりしものを
    (略)
    原子爆弾何するものぞそのいくつ われらが上に落ちて来ぬとも

    ←全く新聞社経由の秘密情報が流れてこない庶民の一つの典型的な反応であろう。14日は、やはり無条件降伏かと噂が流れていたはずだが、日記には14日の記述はない。また、あの聞こえにくい放送で降伏の理由をちゃんと聞き取っている田辺聖子の教養は確かなものと見なくてはならないし、稚拙な歌ではあるが、この日彼女は18首も歌っている。彼女の爆発的な感情は、「この世界の片隅で」のすずの15日の慟哭と同じようなものだったのだろう。「様々な犠牲を経て、ここまで来たのに!」という悲憤慷慨である。

    高見順  (5ページに渡って書く。もう小説の種本のような気がする)(略)
    (12時の天皇の放送あと)「何かある、きっと何かある」と軍曹は拳を固める。「休戦のような声をして、敵を水際まで引きつけておいて、そしてガンと叩くのかもしれない。きっとそうだ」私はひそかに溜息をついた。(略)敵をだまして‥‥こういう考え方は、しかし、思えば日本の作戦に共通のことだった。この1人の下士官の無知陋劣という問題ではない。こういう無知な下士官にまで浸透しているひとつの考え方、そういうことが考えられる。すべては騙し合いだ。政府は国民をだまし、国民はまた政府をだます。軍は政府をだまし、政府はまた軍をだます。(略)「戦争終結の聖断・大詔渙発さる」新聞売り場はどこもえんえんたる行列だ。その行列自体は何か昂奮を示していたが、昂奮した言動を示す者は1人もいない。黙々としている。
    ←既に終始客観的描写に徹している。いつまでも「騙し合い」でしか情勢を見ることができないのは、現代日本も同じだと思う。

    吉沢久子 (彼女は初めての陛下の放送を街中で聴き、街の人たちの態度を見たいと思ったので、神田駅近くの電気屋の前に行った)
    (略)切れ切れに聞き取れる言葉に、この戦争で私は何をしてきたのだろう、と思ったら涙が出て止まらなかった。放送が終わってまわりの人を見たら、やはり泣いている人はいたが、あげた顔に、戦争は終わったのだという明るさが見えたと思った。
    ←この切り替えの速さが素晴らしい!

    8月19日
    高見順 新聞は、今までの新聞の態度について、国民にいささかも謝罪するところがない。詫びる一片の記事も掲げない。手の裏を返すような記事をのせながら、態度は依然として訓戒的である。政府の御用をつとめている。敗戦について新聞は責任なしとしているのだろうか。度し難き厚顔無恥。
    (略)
    日本はどうなるのか。
    一時はどうなっても、立派になってほしい。立派になる要素は日本民族にあるのだから、立派になってほしい。欠点はいろいろあっても、駄目な民族では決してない。欠点はすべて民族の若さからきている。苦労のたりないところから来ているのだ。私は日本人を信じる。

    ←高見順の新聞批判は至極もっともなことを言っている。しかし、その日の日記の最後の言葉はガッカリした。嗚呼!これが当時の日本の知識人が、戦争が終わった時に感じた正直な「あるべき日本像」なのか、と落胆した。ケストナーのそれと比べて、あまりにもの落差に愕然とした。欠点は「民族の若さ」から来ているのか?そうなのか?そして、最も恐ろしいのは、高見順が当時の知識人としては、むしろ普通だった、むしろリベラルな方だったということだ。

    吉沢久子  早朝から畠の草むしり。洗濯、湯殿掃除、その間に朝食の支度などと大働き。何ともいえず働くのが楽しい。気持ちが明るくなってくる。(略)皆さん帰られたところで一度お湯をあけ、新しい水を入れて、我が家の男性たちに順番に入ってもらう。風呂焚きしながら歌をうたっていた自分に気づき、ひとりで笑ってしまった。空襲がないとは、何と嬉しいことかと思った。

    ←偶然、高見順の日記と読み比べることになった。どちらが「あるべき日本像」を語っているのか、明らかだと私は思う。明るく働き、生活し、平和を満喫すること。


    8月23日
    大佛次郎 島木健作の告別式で内山君と鎌倉文庫に行く。皆々いる。夷堂橋が流出したと小島政二郎の話。二楽荘で小集、文学報告会に対し情報局の係よりこれからは米国側の註文でで動いてもらうことになるやもしれずの挨拶ありしと。対的憎悪昂揚とかの指令がこう無節操に変わるのである。鎌倉の仲間は揃って退会しようと決議。官吏とはかかるものかの感慨深し。
    高見順の話。尾崎士郎はさだめし悔しがっているかと思うと現実を見ることだとしゃあしゃあしている。一般の文士を非国民の如き攻撃せし者がかかる態度は怪しからぬと息巻く。戸川政雄は敵のくる厚木に行って腹を切らねばならぬと言っていたそうで、この方が馬鹿なりに可憐に見えると談。
    ←鎌倉文庫仲間は揃って文学報告会退会を決議。この辺り彼らが尾崎士郎とどう違うのか、評価が難しい。見逃しているかもしれないが、高見順と初めて会話しているところが記された。

    高見順 二楽荘で島木のため同人の追悼会食をした。(略)席上でこんな話を聞いた。鎌倉のある町内会長は、5歳の子供をどこかに隠せ、敵が上陸してくると軍用犬の餌にするから‥‥そういい触れて歩いたとのこと。なんというバカバカしい。いや情けない話であろう。
    ←大佛次郎が書いたことが一切出ていない。どうしてこんなにも認識が違うのか?

    9月4日
    田辺聖子 今、授業している。久しぶりで聞く講義、しかも以前とはまた心がけが違う。私は必死になって勉強しているけれども、勉強はどんどん身体の中へ吸収されるようで快い。
    ←この頭の切り替えは、「若さ」以外の何者でもないだろう。
    ←この後、田辺聖子は12月23日に父親・貫一を漫44歳の死別(病死)に遭う。このノートに、細かい文字で、彼女は爆発的に日記を書き、その間に「小説」を幾つも滑り込ませている。溢れるような才気、関西表現、田辺聖子は10数年後見出されるはるか前から既に田辺聖子だった。

    1960年
    ケストナー 「追記」
    (ケストナーは、日本の原爆投下の前に偵察機で戻ってきた来た米兵士が精神を病んで自殺したという(嘘の)うわさを信じた。そして全人類が自殺したらどうなるかと夢想する。宇宙の年代記には誰かそのことを記録する者が残るだろうか、と夢想する)
    いいや、それはない。宇宙には何十億と言う星がある。地球の自殺がどれだけ証明されようと、確証のないパイロットの自殺と大差ない。太陽系と渦巻銀河の年代記から見たら、地球の住民が自ら選んだ没落などたかが知れている。人間が人間でなくなるのなら、太陽の周りを楕円に回る小さな球体など、どれほどのものだろう。些事である。不快でぞっとする。大きくなりすぎた些事なのだ。「ああ、愛する天よ!」と叫ぶのをやめて、私と一緒に言おう。「ああ、愛する地球よ!」

    1945年を銘記せよ。

    ←神様から見たら、人間の愚かな行いは「些事」である。人間こそが、人間の愚かな行いを、原爆投下も含めて、具体的に記録しなくてはならない。私たちこそが!

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    2022年08月16日
  • ジョゼと虎と魚たち(下)【電子特典付き】

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    ジョゼさんはなかなかトゲのある女だなぁ。
    車椅子っていう設定はよくあるけど、恒夫の身にまさかあんな事が起こるとは。。
    上下完結だからギュッと話が駆け足な感じは否めないが、後半は感動的なシーンも。思いがけずホロリときてしまった。
    大阪舞台なんだけど、大阪って近くに綺麗な海あったかな。和歌山らへんまで足伸ばして潜ってるのかなーとか関西を少し知ってる身としては色々現実寄りに考えてしまった。

    絵も綺麗だしサクサク読めるし、ハッピーエンドだし登場人物の心理的描写も繊細に描かれており読んで良かった。ということで星4です。

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    2022年08月12日
  • 孤独な夜のココア

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    読んだものは旧版。昭和48年発行の新潮文庫だが、表紙も解説も違う。解説は神津カンナ(!)解説は昭和っぽい(当たり前だ)が、田辺さんとの交流も書いてあり、おもしろい。
    最初の版の発行は昭和53年。
    さすがに古いし、昔の女性の甲斐甲斐しさが痛々しくもあるが、それを補って余りある、小説の面白さ。
    女性が不遇な時代にあって、ちゃんと背筋を伸ばした主人公たち。田辺さんの若い女性たちへの温かい視線がある。

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    2022年07月21日
  • 姥ざかり(新潮文庫)

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    ネタバレ

    田辺聖子先生の書く関西人の喋りはとても柔らかい。『大阪豆ごはん』のサライネスさんが小説書いたらこんな感じかしら、という文体。この小説の主人公歌子さんみたいな老後は素敵だけど、ここまで優雅にできないなあ。

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    2022年07月20日