高橋克彦のレビュー一覧
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鬼九郎シリーズ最終巻。ツッコミどころ満載のはちゃめちゃ話だったが、作者の目指す娯楽時代小説としては満点だと思う。
1、2巻で敵対した左甚五郎が仲間になったように本作の序盤、中盤を引っ張った風魔の西鬼、南鬼、小五郎が、中盤以降の主役、高澤恒志郎、青柳元七といった強者が皆敵から味方となり、200人近くを相手に大乱闘を繰り広げる圧巻のラスト。
九郎と又右衛門が九郎の理不尽に命を狙われる境遇を嘆くシーンは高橋氏らしい熱を持っていて、明るい展開が続く中で、短い文章で泣かされた。
まだまだ続いてほしい気もするが、蛇足になりかねない気もするので丁度良い完結だったと思う。 -
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シリーズ3作目。今回は短編5作で、鬼九郎以外の面々を主役に据えながら、1つ1つが読み応えのある作品に仕上げられている。
どれも良いが、『怪談高尾』はホラーとミステリを混ぜた独特な雰囲気と展開で先が読めない面白さがあった。全員集合で犯人を嵌めるのはお決まりであり、この話の読後が一番良かったと思う。
ただ本作のハイライトは最終話の『九郎非情剣』。九郎の出生の秘密が判明。私の予想は将軍の腹違いの兄弟だったが、その更に上で、かつ実の親に命を狙われるという非情。皆が九郎を守るために命を張る場面は心揺さぶられる。決して大きく感情を顕にしない九郎が涙するシーンは、それが皆への感謝の嬉しい涙であり、親に殺されかける悲しみの涙、惜別の涙であるのが辛い。
これだけ面白いシリーズ。話題にならなかったのが不思議。次がシリーズ最終巻。早く読みたいようで終わってしまう寂しさよ。 -
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シリーズ第2巻は、江戸を離れ、作者得意の東北を舞台を移し、前作の面白さを大きく超えてきた。左甚五郎の配下がおっちょこちょいすぎる点と長兵衛たち侠客組が小物すぎる点は気になるが、十兵衛・九郎・徳兵衛の三銃士の活躍が楽しい。
この江戸前期は戦国時代と江戸の安定期の狭間であり、政治的な苦心(配慮)が色々な事件を通して見ることができる非常に興味深い時代。会津騒動は名前以外を詳しく知らなかったが、この事件と絡めるのかと感心させられた。
今回は天海も不気味な存在であり、より人間関係が複雑になりそう。1・2巻で悪役として描かれた左甚五郎だが、そろそろ仲間になりそうなほど愛嬌があるキャラになってきている。 -
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気になったところ、心に響いたところ。
774年、蝦夷が桃生城を攻撃。ここから蝦夷の大和朝廷との防衛戦争が始まる。いわゆる38年戦争。
続いて、伊治城の伊治呰麻呂が反乱を起こす(780年)。阿弖流為が登場するのはここから。物部が後ろ盾となる。
上巻 ページ98。
母礼の言葉。
「だからこそ、物部は同族の暮らす陸奥を頼ってきたのだ。 かつては出雲が我ら蝦夷と物部の祖先の暮らす。 土地であったらしい。 それを海を渡ってきた朝廷の者らの祖先が奪い取った。 我ら蝦夷は北へ逃れたが、物部はなんとか止まって朝廷に従うことなったのだ」
阿弖流為。
「我らと物部が同族。」
母礼。
「祀る神とて同一ではないか? 共にアラハバキの神を信仰している」
789年 征夷大将軍紀古佐美との戦いに勝利した後、物部の天鈴に付き添って阿弖流為らは都に
下巻 ページ92。
(天鈴)
「どれほど悲惨な敗北を喫したとして、帝は戦場を知らん。死んだ兵も書状に記された数にすぎぬ。 百が千に増えようとさしたる違いはない。 だからこそ次の戦ができるのだ。目の前で首が飛び、 胸を槍で貫かれたものを千も見れば戦などたくなくなろう。 無慈悲と言えば言えるが、それが敵の強さだ。 何度も懲りずに仕掛けてくる。やがては根負けするぞ 」
「 一度の戦で済むなら20年も前に呰麻呂がやり遂げていたであろう。 兵を起こせば気の遠くなるような戦の始まりとなる。それを承知していたゆえに呰麻呂も耐えるしかなかった。呰麻呂がようやく決意できたのは胆沢や江差、和賀の蝦夷の力が長い戦に耐えられると見極めたからのことぞ」
794年 征夷大将軍大伴弟麻呂、副将軍坂上田村麻呂との戦いで
下巻 ページ258。
御園(田村麻呂の直属の部下)は平静のまま重ねた。
「ご貴殿らの強さは殿もむろん承知。しかし最後には数の戦となりましょう。 そこをとくとお考えいただきたい。 あるいはご貴殿らに運が味方して勝利を得られるやもしれませんぬが、内裏は諦めずに次の戦を企てまする。 それを思えばここあたりが潮時ではないかと殿が申しております」
(阿弖流為)
「断じて降伏せぬと決めて始めた戦さ。 蝦夷とはなんであるか知ってもらわねばならぬ。 ここで恭順してはこれまでに果てた多くの蝦夷らの礼に対して言い訳が立たぬ」
阿弖流為は笑いを浮かべて断った。
「蝦夷とは何であると?」
御園は眉根をを寄せて阿弖流為にたずねた
「なにものでもない。 都に暮らすものだと変わらぬ人にすぎぬ」
「それはそうでござろう」。
坂上田村麻呂征夷大将軍との戦い 801年
下巻 ページ459。
(阿弖流為)
「都の者らの蝦夷に対する嘲りが消えぬ限り、戦は500年も千年も繰り返されましょうな。 今は戦を無意味と感じる子らもやがて大人となって、都人の侮蔑を我が身で感ずれば 抗う心が必ず芽生えるはず。 我らの心に呰麻呂様が常に生きておられたごとく、我らも蝦夷の道しるべとなりたい。 ただの意地ではござらぬ。かなわぬと知りながらも、最後の最後まで抗った者達があったということを蝦夷の子らの胸に刻みつけたいだけ」
「蝦夷(えみし)」は蔑称とのこと。「蝦夷(えぞ)」も同様。
4~5世紀頃に西日本で誕生した大和朝廷は、勢力外の地域に住む人々を” 異民族 ”と見なして、一方的に『蝦夷(えみし)』と呼んだ。
大和朝廷の支配は広がっていき、奈良時代になると残った東北・北海道地方に住む朝廷に従わない人々を、まつろわぬ民=蝦夷と呼ぶようになる。
阿弖流為は、母礼や飛良手らと共に 人としての尊厳をかけて蝦夷の部族を束ねて20数年、大和朝廷と対峙した。
迫力の歴史小説。読みごたえがある。 -
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舫鬼九郎、天竺徳兵衛、柳生十兵衛。3人の最強剣士が江戸の闇を明かしていく。この説明は間違っていないはずだが、実際は3人は三つ巴の敵として登場し、十兵衛以外の架空の2人は未だ身元ははっきりしていない。故に2人の正体や3人が手を組んでいく過程が物語の面白さを増していると思う。
他にも宇都宮駅前でお馴染みの初代横綱・明石志賀之助、天海僧正、左甚右衛門など有名人も続々登場し史実と虚構が上手く構成させれていて楽しい。最後の"海戦"も派手で良かった。
細かい点では、最後の勝負でいくつか作戦を挙げて実現可否を検討していくのが高橋先生らしいと思った。決まった作戦を紹介するだけで物語的には良いはずだが、あえて詳細を示すことでそれぞれのキャラの輪郭を短い間ではっきりさせてくれる。今回は天海の豪快さが一気に垣間見えた。
幡随院長兵衛の性格は非常に好きなのだが、強すぎる武士・浪人・乱破に隠れて存在感が薄かったのが残念。次作以降での際立った活躍を期待したい。 -
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再読。第二作で手を貸した道鏡が巨大権力を握っていく中、嶋足と天鈴がそれを阻止すべく奮闘する。
本作は最後を除き天鈴の策が尽く外れる。それだけ道鏡が狡猾だったということを表しているが、聖武天皇以前の藤原氏の権勢(称徳天皇自身、祖母も母も藤原氏)を知っているだけにこの一瞬で藤原氏の勢いが減退したという事実は改めて見ると面白い。もし称徳天皇が藤原氏の血を疎んで意図的に道鏡を利用していたらという妄想も…(澤田瞳子氏の『月人壮子』に感化されて)。
いずれにせよ、道鏡の試みはあっさり阻止され、蝦夷にとっては苦難の時代に入る。道鏡が皇位についた方が蝦夷にとっては良かったのかとも思ってしまう辛い歴史が…。 -
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あとがきで川村湊さんが、
岩井出身の“みちのく”作家。
心の中の “みちのく”の情景を描く。
と、上手こと表現している。
直木賞の人生の曖昧となった記憶を物語とした
7編の記憶シリーズ。舞台も東北が多い。
どの短編も、記憶から欠けた時間を探し始めるところから始まる。そこに記憶を封じなければならなかった事情を思い出していくという構成。
各作品、設定も展開も工夫されて、とても素敵な短編集です。
「緋い記憶」
故郷での緋色の記憶。そこに残る少女との思い出。なぜか、住宅地図には、その家の記録がない。
「ねじれた記憶」
男は母との記憶が残る寂れた温泉宿へ。そこは、母親の自殺した場所。母親とよく似た女性との出会い。自殺前の時間がねじれた記憶。
「言えない記憶」
子供時代の不確かな記憶と鮮明な記憶。
缶蹴りの途中で行方不明のまま亡くなった少女の本当の死因。
「遠い記憶」
忘れていた幼児期の記憶。家だと思っていたのは、父親の愛人の家。忘れてていたのは、鴨居にぶら下がる愛人とそれを見る母親。
「膚の記憶」
食中毒かアレルギーに苦しむ男。
原因を探すうち天然水と思い至る。母親の故郷の水。水源地に沈んでいたものは。
「霧の記憶」
若い日のロンドンでの曖昧となった記憶。小説家となった男の古い作品から、当時行方不明になった女性の痕跡を探す。
「冥い記憶」
一人の少女の死を思い出させるための青森ツアー。
これは、短編だとわかりにくい。結末がよくわからなかった。