萱野稔人のレビュー一覧
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ネタバレ○津田塾大学准教授の萱野氏と作家の雨宮氏の著作。
○非正規雇用者の労働状況や思想(右翼左翼)関係をテーマに、現代社会の労働のあり方についての対談をまとめたもの。
○雨宮氏の非正規雇用(フリーター)やメンヘラーについての考察や指摘は、自身の経験に裏打ちされたものでもあり、大変分かりやすく、また、実態をリアルに伝えてくれるもの。
○本書で提示された問題点や課題については、大変本書の発行から5年たった今でも、変わらずに存在し続けており、むしろ、「貧困」への流れなどは加速しているように感じる。
○思想云々ではなく、このような現場が間近にあるということについて知るには、大変良い本だと思う。 -
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■生産年齢人口の総人口に占める割合のピークは、日本は1990年頃、アメリカ、アイルランド、スペインは2005年頃、中国は2015年頃。
■中央銀行ファイナンスによる追加財政、すなわちマネタイゼーション戦略は、当初は高めの実質成長率、低いインフレ率、やや高めの名目成長率、低い長期金利、リスク資産価格の上昇が観測され、バブル的な様相が強まる。しかし、その後は、低い実質成長率、高いインフレ率、高めの名目成長率、リスク資産価格の下落が訪れる。
■人は、お金そのものが欲しい。純粋に、今お金があるからあれもこれもと実感できて嬉しい。
■完全失業者は300万人前後。彼らを100万人雇うためには消費税を数パーセント上げるくらいで十分。1パーセントの増税でだいたい60万人から70万人を雇うことができる。
■生産性が上がって輸出が増えたら経常収支が改善して円高になるが、同時に、国内の需要不足で輸入が減っても経常収支は改善するので円高になる。 -
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ネタバレナショナリズム成立の過程、国家とは、ネーションとは、国民国家とは、共同体とは、、、
それぞれについて丁寧にまとめてくれていて、様々な方面から国内外問わず論者を引き合いに出して論を展開しているので、まさに入門という感じで今の僕にはうってつけだった。この辺りのテーマをこれから学びたい!という人にとっては良書だと思います。
読んだことは無いけれど、以前の著書でも扱っていたのか、暴力と権力というところからのアプローチが多かった。
また、タイトルの「ナショナリズムは悪なのか」というところからすると、ナショナリズムを擁護するような内容なのかとも取られるかもしれないが、ナショナリズム批判に対する批判、つまり反ナショナリズム批判を展開して、別に擁護しているわけではない。現代世界の問題を考えるときに、ナショナルな視点で考えるべきじゃないですか?というお話です。
余談として学びになったのは、
ある主張や論理を引用する際に、それらが何に基づいて展開されているかを、執拗なまでに丁寧にひも解いて行く姿勢だ。
当たり前のことなのかもしれないが、議論をしていてもすれ違いになってしまうのは土台がそもそも違っていたり、相手の意見が何に基づいて出てきているのかを見誤っている時だったりする。
不毛さを避けるためにも、相手を理解するためにも、相手が何に基づいて主張や論理を何に基づいて主張しているかを見極めたい。 -
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資本主義は成長をし続ける宿命にある。
資本主義を加速させようとする人はそのことをよく理解している。
そしてそれに異を唱える人をナイーヴのように評価する。
しかし実のどころナイーヴなのは無批判に資本主義に乗っかったままの人だったりする。
資本主義は構造的に早晩限界を迎えることを理解していないのだ。
本書は論点も整理されており資本主義がなぜ、そしてどう限界を迎えるのかを理解する手助けになる。
確かに資本主義は恐ろしい加速度をつけて疾走している巨大なシステムだ。簡単にはとめることはできない。そしてとめることが正しいこととも思えない。
しかしその先を見据えるためにはきちっとその限界を理解しておく必要もある。 -
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対談本なのですっと読み切れてしまうがなかなか面白い指摘が多い
長いスパンで日本史(といっても有史より前も含むが)を見ると大災害が歴史的変換点の起点になっている、ということか。
日本では革命の代わりに大災害が起こっている感じが近いのか。
大災害にさらされてきた日本人はその無力感により基本的に反権力であるとの指摘が結構説得力があった。
それと何故アジアの人口密度が高いかについての指摘で単位面積当たりの米と小麦の収穫量(カロリーベース)が6倍あるとの指摘もおもしろい。
もう一つ、4大文明のうち中国文明を除く3つは滅亡したがこれの原因は資源収奪のための自然破壊(森林伐採)による砂漠化が原因との指摘に納得。 -
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地震や火山活動、台風などによって日本の統治システムが瓦解していくことは、実は珍しいことではない。江戸幕府が倒れたのも、黒船よりも安政の大地震によって既存の統治機構の信頼性が揺らいだからと言われている。
果たして、東日本大震災後の日本社会はどうだろうか。誰も今の政府の言うことなんか信じちゃいない。それでも世の中を覆う漠然とした不安に、我々は向き合っていかなければいけないのだ。
文明論においても、経済成長という幻想は戦後のたった40年程度のものであると結論づけている。それでも現代社会は、経済成長という至上目的を守るために、年間3万人もの自殺者を生み、数十年後には空き家率が40%に達するというのに35年ローンを組んで新築住宅を売り続ける。
文明は没落する。この崩壊プロセスにおいて、次の創造が生まれていく。 -
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ネタバレ1970年代前半から先進国では交易条件が悪化し資本利潤率が低下してきている。高度経済成長が止まり、資本投下によるリターンも得られなくなる。実物経済から金融経済へと舵を切るも2008年の金融危機は金融経済化の方向も息詰まらせることに。定員15%の近代資本主義が新興国の隆盛によりバランスが崩れ、今、世界の資本主義の構造が大きな転換期にさしかかっている。現在のデフレは一時的な不況などではなく構造的なものであり、金融施策で克服できるようなものでは決してない。今こそ低成長時代の制度設計の立て直しをと著者は訴える。このほかバブルのしくみ。イラク戦争の真相。ヘゲモニー移転など興味深い内容が次から次へと繰り出される。
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景気循環だとか、資本主義の限界だとか言われている今日この頃ですが、
そんなスケールの話ではなく、
今の化石燃料をベースとした文明の終わりを
我々は、今まさに経験しているのだということを、
萱野氏と神里氏が対談で確認している。
萱野氏の超マクロな視点と
神里氏の科学史的視点が、
今まさに転換点であることを示していくのが、
逐一納得させられる。
多くの人は、この転換点を生きることは、
不安に思うだろう。
だが、それはこの上のない経験なのだ。
道を誤らないように適切に判断して、
行く末を見届けたいと思う。
自分が生きてる内に大転換できるかどうかは、
わからないが、
子供たちが、路頭に迷わないように
自ら考え、判断する力は、つけさせたい。 -
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ネタバレ他の日本の論者とは一線を画する国家論。
<印象的な箇所のまとめ>
・ネーション(国民)とナショナリズムと国民国家は異なる。
・ネーションとは人間集団の単位。同じ国民なら、あなたと私は同一だと想像して生まれる想像の共同体。
・ナショナリズムとは、同一民族が一つの国家を作るべきと考える主義主張、政治的原理。政治的単位と民族的単位は同じであるべきと考える。
・国民国家とは、ネーション(国民)を集団単位とする国家の一つの形態である。
・日本の知識人の間では、想像の共同体であるネーションと国民国家を混同し、国民国家は想像の産物だと批判する議論が多いが、国民国家は実在する合理的機構。ネーションのような想像の産物ではない。
・では、国家とは何か? 国家とは、あらゆる行為について、合法かそうでないかを決定する法的決定権の独占者。国家だけが、法に背いたものを罰する権利がある。
・国家が定める法と個人が信じる道徳、倫理観は当然異なるものだが、自分の道徳観、倫理観に基づいて国家を論じる人は多い。
・国民国家は不要、国民国家はグローバリゼーションの進展とともになくなるという意見が多いが、著者は、政治的単位である国民国家はなくならないと考える。
・グローバリゼーションの時代でも、法的な最終決定権を持っている主体は、国家である。
・グローバリゼーションの進展によって、国境を越えた人の移動が増えるというが、国民国家はもともと国家に属する成員が、自由に移動し、経済活動を拡大再生産することを奨励してきたし、そのように自由に振舞う主体の生産を国民国家は行ってきた。グローバリゼーションの原理は、国家資本主義の原理と一致するものである。
・国民国家は不要だと考える人たちが、国民国家に変わる新しい政治集団単位を構築するとする。国民国家より自由で多様で理想的な組織を作ったとしても、それは国家になる。何故なら、集団内のルールを決定し、ルールを破った人を罰する仕組みを構築する必要があるから。法を決定し、法に背いたものを罰する、これは国家である。国家をなくそうとしても、国家はなくならない。
・反ナショナリズムの人が、自由な経済活動を奨励すると、国際競争に負けた国内産業は衰退し、移民に労働権を奪われた低所得の国民は、むしろナショナリズム意識を強める。
・著者は、ナショナリズムの意義を限定的にであれ、支持する。「国家は国民の生活を保障すべき」というナショナリズムの原理が機能しなくなればなるほど、国家によって生活が保障されなくなった国民は排外的、愛国的行動に出るから。
・国家という概念が、他者に非寛容で差別的だとは限らない。国家なんていらないと主張すればするほど、国家の保障機能が消失し、国家内部では国民の同質性を求める動きが強まる場合もある。
・格差の問題とは、国家内部の問題である。アジア全体でみれば、日本の労働者と他のアジア諸国の労働者の賃金格差は縮小している。格差が拡大しているのは、日本という国家内部で限定された話である。
・国内の経済格差は、国家の存在を前提に議論して、解決すべき問題である。 -
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見えにくく隠されている問題点を具体的に引き出し、わかりやすい。
人間の社会的支えである経済性あるいは精神性の貧困状態を現象面で具体的にとらえ、てその構造の矛盾を指摘している。
貧困の詳細を社会(政治・行政・司法・企業・)と個人のギャップから見つめて実名で開示していることが、わかりやすい内容にしているのだろう。
しかしその反面ドップリと入り込んでいる文体には、一般に通じにくい単語が多く、読者を狭くしているようにも思える。
プレカリアート・ネオリベ・ガテン系・・・などなど。
コミュニケーションなど、対談している二人の中でさえ単語の意味がずれているように思えるものもある。
賃金の格差や最低賃金の意味についてなど、現象面だけで結論付けることなく、もう一歩踏み込んで矛盾の根源に迫ってほしかった。
小手先の解決ではなく一歩一歩確信を得ながら生きて行くには、本質をとらえた上で手順を踏まえることが大事なように思える。
例えば、物価と賃金は社会の両輪なのだから、最低賃金が生活可能賃金でなければその意味を失うということを掘り下げて欲しい。
更に、社会が責任転嫁している個人責任についても、企業がつぶれるのは別の浪費原因があるからに他ならないということを示して欲しい。
昔は個人経営・自営業が社会の多くの部分を支え、社会はその自営業の流れで成り立ち政治はその流を円滑にすることに力を注いできた。
しかし企業が肥大化し、数の暴力で社会の前面に出てしまった現在は、まるで独裁のように横暴になり、基本であるはずの個人が運営する自営業とそれに順ずる中小企業を使い捨ての奴隷化と見下し、政治と大型企業が結託することで脅かしている。
こうした支配体制は社会の目的を見失って、共食いの如くに自分の足を食べようとしている結果の現れである。
社会と個人の関係をまともに戻すには、金の卵を産む鶏を殺してしまう童話を思い出して、欲張った社会が目先の利益に我を忘れている現状の矛盾に気付く必要がある。
ブッシュと共に政治に組した小泉純一郎とそれをバックアップした竹中平蔵たちが推し進めた構造改革は、我欲を達成するための詐欺的手腕であって、社会の底辺を救済する自営組織である暴走族などの共同体の相互扶助までも突き壊した。
生きやすい社会というのは左翼でもなく右翼でもなく、生活に根ざした家族を単位にして成り立つ。
けして数のリンチ的責任不在や物量のベニスの商人的価値観や知識の机上の論理的暴力で成り立つものではない。