橋爪大三郎のレビュー一覧
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題は国家緊急権そのものなんだけど、立憲主義とはなんだって根本からのわかりやすい議論がありがたい本。
憲法は国民が政府に与えるもので、憲法を守るのは政府。その憲法以前に憲法制定権力があり、それは主権者のもので、政府がダメダメなら革命を起こす革命権がある。自然法の立場からは人間には固有の人権があり、それを守るために憲法があるが、公共の利益のために憲法違反をすることがある。それが国家緊急権。国家緊急権を発動すると憲法は停止でなく無視されることになるが、期限を定めないと民主主義が死ぬ。また、憲法に国家緊急権を定めるとそれが為政者に言い訳を与えて国家緊急権を発動しやすくしてしまうので、憲法に定めるべきで -
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ヴィトゲンシュタイン(この本の表記では「ヴィ」となっていました。一般的には「ウィ」のような気がします)の、伝記と、前期『論理哲学論考』 ・後期『哲学探究』 の哲学の解説が前半で、後半に「言語ゲーム」の応用が載っています。
とても良い、役に立つ、読んで損のない本だと思います。
★★★
「言語ゲーム:規則(ルール)に従った、人びとのふるまい」本書によると、言葉が通じる理由について、ヴィトゲンシュタイン前期では、世界(出来事の集まり)と言語(命題の集まり)は1対1対応しているからと考えていたそうです。
しかし、同じ言葉でも、石工がその助手に向かって「ブロック」と怒鳴れば、助手はブロッ -
購入済み
興味がある人は必読!
個人的には無宗教ですが、マイケルムーア監督の西洋社会への風刺をかいた映画を見てから、
西洋社会が政教分離できていないことに驚きと関心があったので、この本を購入。
そもそも興味がないと読まないジャンルだと思いますが、社会学、心理学的にキリスト教にせまっていて
興味のある人にとっては大変おもしろいとおもうので★5つにしました。
今の西洋に影響を与えた宗教の成り立ちを中心に書いてあり、
(第1部ユダヤ教、第2部キリストについて、第3部まとめ、な感じでした)
なぜキリスト教に人々が特にハマることになったか、など心理的な部分もフォーカスされています。
対談形式な -
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本書は、社会学を専門とし、
東京工業大学教授である著者が、
ドイツの哲学者ウィトゲンシュタインと
彼が提唱した言語ゲーム論について紹介する著作です。
著者は、ウィトゲンシュタインの生涯を振り返り、
その思想や言語ゲーム論の要点をコンパクトに解説。
その上で、後の哲学者への影響や相違点を指摘。
さらに、キリスト教、仏教、宣長などを例にとって、
言語ゲーム論の射程の広さを論じます。
言語ゲーム論に基づく『ゴドーを待ちながら』の分析
トルストイの『要約福音書』の重要性など、
どの記述も興味深いのですが、
個人的には、クリプキとの相違や
H・L・ -
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2ちゃんねるで誰かがすすめているのを見て、半信半疑で買ってみた本。
まだまだ法務のプロとは言えない私ですが、一応は大学で4年間法律を学んだ身です。法律とは何か?という問いに対する答えぐらいは、自分なりに持っていたつもりでした。
しかし、この本のレベルには全然達していませんでした。
特に、法を考えるにあたって前提となる「公共性」についての一節に学びを得ました。
「自分の幸せを犠牲にして「公」のために尽くす、その分だけ自分は不幸せになるけれども、それは仕方がない−そういう関係ではいやですから、誰だって公共性のことなんか関心を持たないし、考えない(後略)」
「自分が幸せになるために、相手を不幸 -
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死んだらどうなるのか誰にもわからない。
だって、誰もまだ死んでいないから。
そのわからないことを、哲学や宗教というアプローチで考えていく。
最初に提示された哲学者伊佐敷隆弘さんの6つの考え方がとてもわかりやすい。
私自身の考えは、4·子孫の命の中に生き続けると5·自然に還るが近いかな。
ここから哲学的に展開されていくのかと思ったら、各国の宗教から考えていく方向に。特定の宗教を持たないこともあって、イマイチわかりにくいなぁと思っていたら、6章の「死んだらどうなるか、自分で考える」で、見事に哲学×宗教の考えが落とし込まれていて、なるほどと腑に落ちた。
時間がない人はこの6章だけでも価値があるかも。 -
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キリスト教を、それを基盤とする資本主義を根っこから学び直す。
・神との関係は安全保障
・人間中心か、神中心か。これが、一神教かどうかの決定的な分かれ目
・Godはメートル原器のようなもの。正しさの規準。コミュニケーションの不可能性。Godとの不断のコミュニケーションを祈りと言う
・一神教と多神教に対立軸があるのではなく、古代の神々の否定という点で仏教、儒教との類似性
・偶像崇拝がいけないのは、偶像だからではない。偶像をつくったのが人間だから
・神と人間、神と被造物の差別・差異が圧倒的・絶対的であるがために、ヤハウェという例外的な点との関係で、すべての人が平等化されるという仕組み