橋爪大三郎のレビュー一覧
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ネタバレ橋爪さんはアカデミックながら柔軟に思考を展開できる人。佐藤さんは時々ぎょっとすることを言うので、話は割り引くようにしているが、タブーのない思考実験をする人だと思う。そんな二人の対談集。橋爪さんがテーマをまとめ、佐藤さんが捕捉していく感じで、経済・科学技術・軍事・文明という4つの切り口から大きく変わろうとしている時代の局面をとらえている。
経済ではアメリカ一強時代が終わり、中国が激しく追い上げている。脱炭素・量子コンピュータ・核融合といったテクノロジーの世界では激しいつばぜり合いや合従連衡が起こっているが、それはこれらの新技術を押さえることが次世代の覇権を握るのに大きく利するからだ。米中対立はイデオロギーの違いで対立しているのではないから冷戦というよりは帝国主義的な覇権争い。
アメリカ人は物事を見通す力が弱いという指摘は言いえて妙。見通せなくとも自らに覇権があるうちは力で相手を従わせることはできるが、中国・ロシア・中東など違う価値観を持った国々の動きは、現在とどめることができないところに来ている。
橋爪さんや佐藤さんの凄いところは視点を相手の側に移したときに、その相手に世界はどう見えるかをヴィヴィットに想像できる点だ。これは広範な知識や経験や歴史に対する洞察がなければできないが、多極化の時代にはこの感性がとても重要になると思う。
ウクライナ侵攻の前に出た本だが、この本を前提にすると、その後の2年間に起こったことが整理されて見えてくる。 -
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Podcast、Spotifyなどに「COTEN RADIO」という番組があり、この中の「老いと死の歴史」の参考文献として紹介されたものです。
一神教、インド、中国、仏教、日本などの宗教観を元に、それぞれの死生観がどうなのかが描かれています。死後は、「復活する」、「輪廻する」、「そのまま何もない」、「黄泉の国に行く」など様々ですが、著者は、結局これらを参考に、「自分で決めなさい」と結論づけています。これを読んでも、自分としては、田坂広志氏の「死は存在しない」の考えに同意なのですが、決めることで「新しい自分になる」という著者の見解には少なからず賛同しました。
仏教では「世俗の葬儀などに関係してはいけない」となっているにも拘らず、日本の風習と混じって、「葬式は仏教しか」やらないようになったなど、色々な宗教の考え方や歴史が簡潔に書かれ、大まかに捉えたい方にお薦めです。 -
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中国社会の構造と毛沢東のカリスマ性の秘密が面白い。
「三国志演義」の思想から毛沢東のリーダーシップを読み解いていく。
「三国志演義」では、皇帝は武力の強い者ではない。
漢の皇祖劉邦は、武の天才項羽を、破るほどの武の達人だが、皇帝になると文民に徹し、文民皇帝として漢帝国400年の礎を作る。
それは武の皇帝となった秦の始皇帝の帝国が15年で滅びたことを反面教師としているのだ。
武で中華を征服したにも関わらず、武の痕跡を消し去って文を表に出すこと。
それこそが「三国志演義」思想の指し示す皇帝の奥義なのだ。
毛沢東が大躍進政策で失敗し、4000万人の餓死者を出した時、人民解放軍のトップで軍のエリートの彭徳懐は、毛沢東排除のクーデタを画策するが、誰も支援しなかった。
人民解放軍は毛沢東を支持したのだ。
何故なのか?
彭徳懐は武を代表する始皇帝であり、魏の曹操に比肩されるからだ。
一方の毛沢東は、文を代表する漢の劉邦であり、蜀の劉備に比肩されるからだ。
中国の皇帝は、優秀な官僚を擁し、皇帝+官僚の政策が過たない限り、正当化される。
その政策が失敗した時、農民は皇帝と時の政権を転覆させることが出来る。
それが易姓革命だ。
中国社会は儒教に裏打ちされた「幇」と言うインフォーマルな組織によって規定されている。
幇はダブルスタンダードを持ち、内には徹底的な利他、外には無法を旨とする。
モデルは蜀の劉備、関羽、張飛の「桃園の義盟」だ。
後にそこに諸葛孔明が加わる。
毛沢東幇に所属していた林彪は、出世するが、毛沢東に忌避され幇を放逐されると身の危険を感じて逃亡を企てる。
しかし、逃亡計画がバレて、燃料不足のままトライデント機で慌てて飛び立ち、途中で墜落して死亡する。
その逃亡計画を毛沢東に告げたのが、林彪の娘だった。
この娘の行動は、毛沢東のカリスマ性を示すとともに、法家の思想(親に対する情よりも、法令を遵守する)の名残を示している。
秦は法家の思想を採用して、法令違反を厳しく罰した。
これは体外的な戦争を、内部に抱え込むことでもある。
つまり、国家の内部が常に戦争状態であったのが秦だったのだ。
その秦が15年の短命で滅びるに至り、漢を樹立した高祖劉邦は、主たる思想として儒教を採用した。
しかし、一方では法家の思想を底流に残した
儒教を主として全面に出し、法家を従として、伏流させたのだ。
儒教+法家のハイブリッド思想によって漢は400年の政治的安定を維持することに成功した。 -
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驚きの構造主義入門書。
何度も読み返したが、その度に感動を新たにする、名著。
「構造主義は終わった」とマスコミやアカデミズムが合唱するのに対して、そんなことは笑止千万、と一喝。長嶋茂雄よろしく「構造主義は永遠です!」と高らかに宣言してみせる。
構造主義は、思想ではない。
では、何か?
構造主義は、方法論なのだ。
だから、古びることはない。
あるのは、構造主義以前と構造主義以後という方法論的時代区分だけだ。
比較するとすれば、「ニュートン以前とニュートン以後」、アインシュタイン以前とアインシュタイン以後」と言った科学史の区分だろう。
橋爪40歳、東工大の教授に就任する直前の作品。
構造主義のキモをレヴィ=ストロースを中心に明快に描いてみせる。
新書とは思えない、橋爪の思考と知見が詰め込まれた冒険の書だ。
「冒険の書」と呼ぶのは、数学、遠近法に構造の起源を見し出すという驚きの「構造主義起源論」を展開するからだ。
通常、構造の起源は、ソシュール、ヤーコブソンの言語学に求める。
その通説に対して、橋爪は、ブルバキの数学に、そして遠近法に構造主義の起源を求めるのだ。
これは、言語学起源論の強調へのアンチ•テーゼと言える。
構造主義を作ったレヴィ=ストロース自身が、その起源をソシュール、ヤーコブソンだと語っているのに、橋爪は、それを否定するのだ。
これこそ、構造主義方法論の真骨頂。
レヴィ=ストロースの無意識領域に潜む「構造」を炙り出したのだから。
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ネタバレまとめ
●黄色のハイライト | 位置: 932
ちゃんと読んでとっても参考になったのは、『理科系の作文技術』(木下是雄、中公新書) です。
●黄色のハイライト | 位置: 1,460
本を覚えるのではなく、本のことを覚える。これで十分です。 本のことを覚えるとは、誰が書いた、どんな名前の本で、だいたいどんなことが書いてあったか。よい本だったか、それとも大したことがなかったか、を覚える。 それ以上の詳しいことは、覚えなくてよい。だって、本に書いてあるんだから。知りたいことがあれば、また本を見ればよいのだから。
●黄色のハイライト | 位置: 1,556
手許
●小学生は、記憶力がすぐれている。 そこで、よい文章(日本語のクラシックス) も、なるべくたくさん覚えたほうがよい。百人一首とか、『徒然草』とか、『枕草子』とか。意味がわからなくても、全部覚える。 国語の教科書のなかみは、教科書のために現代の著者が書いた、文章の価値が疑わしいものが多い。そんなものを読ませて、「主人公の気持ちを考えてみましょう」みたいな国語教育は、国語教育になっていない。内容(事実) を正確に読み取り、表現できる、基礎的な訓練をしたほうがよい
●黄色のハイライト | 位置: 1,927
場合分けは、面倒だと思います? 高校の数学で、いったい何を練習していたんでしょう。 議論が成立するための、前提を確認する練習をしていたのです。 * このことを自覚すると、ものごとを考える場合の、深さが違ってきます。 国民の私的所有権が認められているが、無条件ではない。では、その条件はなにか。年金がもらえる。医療保険が医療費をカヴァーする。その条件はなにか。
●黄色のハイライト | 位置: 1,963
そうすると、言葉には、ふたつの性質があることがわかります。 理屈を言う。そして、前提をのべる。 理屈とは、論理です。さっきの方程式を解くみたいに、理屈をのべることができる。 でも、理屈のなかには、価値はない。価値は、前提の中にあります。前提のなかに、大事なものが隠れています。うちの車はポンコツだから新車を買わなきゃ、という考えは、論理でできているように見えるけれど、その前提に、そのひとの価値が隠れています。わが家には車が必要だとか、ポンコツより新車のほうがいいとか。
黄色のハイライト | 位置: 1,988
論争に先立って、まずやることは、分析。相手の前提を、明らかにすることです。なぜそう言うのか、だんだん理解できてくる。 相手の言いなりになりたくない場合、相手の前提を覆してみる。私は別の前提に立ちますよ、と。「はい、そうですか」ではない答えを自分で見つけたい場合、その前提を覆してみる。私は別の前提に立ちますよ、と。 論争は、前提を見つけたもの勝ち、みたいなところがあるのです。
黄色のハイライト | 位置: 2,042
前提とは、それ以上の前提がないものをいいます。だから前提には、根拠がない。根拠のある前提は、そもそも前提ではない。
★黄色のハイライト | 位置: 2,093
まず、民主主義ならすべてうまくいく、と思わないほうがいい。民主主義のよいところは、独裁でないという点だけです。決定の質が、独裁よりましなわけではない。でもそれが、自分の下した決定だからと、結果を引き受けることができるのです。 独裁国家だったら、不条理な世界を生きている感覚に苦しめられる。どんな悪い結果もみんな独裁者のせいにし、恨みながら一生を送ることになるでしょう。民主主義なら、どんな悪い結果も、自分のせいです。その責任をとりながら、誇りある一生を送ることができる。 これは大きな違いです。自分の考えや行動と、世界とがつながっているという感覚をもつことができるから。病気になったら、医師の説明を受け、同意しながら治療を進める、インフォームド・コンセントという考え方があります。病気とともに生きている、自分がその主人公であるという誇りを大事にする。社会も、さまざまな不都合(病気のようなもの) を抱えています。それに悩み苦しみながらも、自分がその主人公であると考えられることが大事です。
●黄色のハイライト | 位置: 2,210
刺戟
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色々な本で読んでいる内容もあると思うが改めてまとめてもらって読みやすいし、整理が出来ていい。日本のビジネスマンが海外の人と話しをする際にこのくらい整理して知っておいた方が良いよという内容。日本は文明ではなく文化。文明は多様性を持った人に対して普遍的なものだが、日本はその多様性がないムラ社会。ムラ社会の弊害があるということ。そんな中で日本の文化をどう説明し理解してもらい営業に活かせるかという知恵を授けてくれている。でも何回か読んでどう相手に伝えるかは研究しないと出来ないな。仏教のヒンドゥーに対するカーストに対するカウンターとしての性格などは腹に落ちた。やはり橋爪さんの本は面白い。
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なんで読もうと思ったのか忘れてしまったが、構造主義について知りたかったのは確かだ。
構造主義とはなにかといえば、変換を通して不変の構造を見つける方法だと言えるだろう。ただし、細かい部分は本書を読んで欲しい。
参考図書にガードナーがピアジェとレヴィ・ストロースを並べた本が挙がっていた。ピアジェは子どもの発達を研究した心理学者だ。未開社会が文明社会に劣っていないのと同じく、子どもも大人に劣っていない。それを思うに、当時の西洋社会では権威の相対化とでも言える大きな流れがあったのだろう。他にもクライエント中心療法を研究したカウンセラーのロジャーズがいる。
ここからは私事だが、現在、社会福祉の勉強をしている。ピアジェもロジャーズも社会福祉向けの心理学に登場する人物だ。おまけに60年代の公民権運動に端を発するエンパワメントは社会福祉の分野では重要な概念だ。しかし、人類学者レヴィ・ストロースは登場しない。上記の概念を構造主義を中心とした大きな流れとして把握せず、小手先の技術として利用しようとしたことが日本の社会福祉の低迷の一因だと思える。 -
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覚えておきたいこと。日本語はウラル・アルタイ語族でトルコと言語が同系統。
深い影響を知らないところで大陸からうけているそのことを、大陸をもう少し身近に感じて、同胞という感覚を持って問題を考えていただければと思っている〔橋爪)
日本も韓国もトルコと同じ連なりにあり繋がっていく。〔中田)
中田さんの、おわりに、のところで
カリフが納めるダール・アル=イスラーム イスラーム圏にムスリムは住むべきである。という下りが面白くて少し目から鱗である。その文章の最後は、
ウイグルが移住すべきダール・アル=イスラームはどこにも存在しないのである。となっている。
モンゴル人もチベット人もウイグル人も全て中華民族という雑な整理をして、歴史上の数々の帝国のように包摂、多様性包括という統治ではなく、多民族、漢民族以外の多様な人々の同化、人の中身を入れ替えるというやり方、という論説は実際の今の習近平体制について合理的な説明と思われる。
突き詰めれば、そういうことをやらなければ、共産党不要論、共産党は国家機関ではない単なる任意団体という公共性のなさ、そのよるべなさからの統治システムというのも興味深い。
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キリスト教徒とイスラム教の社会や政治のあり方への影響を比較しつつ、「キリスト教がなぜ戦争に強いのか?」とか、それぞれの国での政治の仕組みや、これからの戦争や世界システムについて、議論する本。
対談を本にしたものなので、スラスラと読めるかと思ったが、かなり濃縮度の高い議論で、二人の著者がそれぞれの考えを述べて、共通点を確認したり、対立したり。この議論についていくのは、わりと時間と体力を要した。
スリリンな本であるが、でも辿り着くところは、まあそうかな〜というところかな。宗教が社会に影響を与えるのもわかるけど、なんでもそれで解釈できるわけでもないだろう〜と思ったりする。
著者のひとり中田さんの本は読んだことがないのだけど、対話形式でない「おわりに」の文章を読むと、改めて彼の考えていることが一定のまとまりを持って書かれてあり、有益であった。彼の単著も読んでみたいと思った。