【感想・ネタバレ】はじめての言語ゲームのレビュー

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Posted by ブクログ 2012年12月25日

素晴らしい本。ヴィトゲンシュタインの思想が良く理解出来た。言語ゲームという視点から人生を楽しむ事が出来そうだ。生まれてからエイリアンの哲学をしていた自分にも気付けたw 人間とはなにか?自分は人間なのかどうか?みたいなことを考えてしまう人間に送りたい。著者の橋爪氏に心から感謝したい。もちろんヴィトゲン...続きを読むシュタインにも感謝。

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Posted by ブクログ 2012年05月01日

ヴィトゲンシュタイン(この本の表記では「ヴィ」となっていました。一般的には「ウィ」のような気がします)の、伝記と、前期『論理哲学論考』 ・後期『哲学探究』 の哲学の解説が前半で、後半に「言語ゲーム」の応用が載っています。

とても良い、役に立つ、読んで損のない本だと思います。

★★★

「言...続きを読む語ゲーム:規則(ルール)に従った、人びとのふるまい」本書によると、言葉が通じる理由について、ヴィトゲンシュタイン前期では、世界(出来事の集まり)と言語(命題の集まり)は1対1対応しているからと考えていたそうです。

しかし、同じ言葉でも、石工がその助手に向かって「ブロック」と怒鳴れば、助手はブロックを持っていき、「柱」と怒鳴れば柱を持っていくことから分かるように、石工と助手との間では「ブロック」という言葉は「ブロックと言う物体」を意味しているのではなく、「ブロックを持って来い」という意味で使っていて、しかも、お互い不自由していないわけです。

これは、「建築材料の名前を怒鳴ったらそれを持っていく」という規則(ルール)が石工と助手の間で成立しているから言葉が通じていると考えることができます。

つまり、ある世界(ここでは石工と助手の世界)を理解したかったら、じっと彼らの「ふるまい(の一致)」を観察して、彼らがどのような「ルール」にしたがっているかを理解することが大切ということになります。

筆者は、

 異なった歴史と伝統をもち、異なった価値や意味を支えている人びとが、この同じ地球上に生きている。そして、共存の道をさぐっている。
 共存は可能か。異なるグループの異なる価値観が、衝突するとすればどういう場合か。その原因を理解し、どう調整し、どう解決すればよいのか。……。
 地球上に生きるすべての人びとが、平和にまた豊かに生きていける、その条件とはなにか。そして、そのためにいま、何をすればよいのか。……。
 そうした現代の課題を考えるのに役立つのが、言語ゲームである。
             *
 まずやるべきなのは、異なった伝統、異なった文明に属する人びとがどうやって生きているか、そのアウトラインを記述することである。
 言語ゲームには、人びとのふるまいの一致である。その背後には、ルールがある。ルールを記述し、ルールとルールの関係(ゲームとゲームの関係)を記述していく。
 つぎにやるべきなのは、異なった伝統、異なった文明に属する人びとの従うゲームのルールを、互いに比較することである。そして、矛盾や衝突がないか、調べることである。
 あるゲーム(たとえば、民主主義)が、ある文明から別の文明に(たとえば、アメリカから日本に)移植されると、もととは違った性質をもつことがある。それはなぜかも、解明しなければならない。
 その次にやるべきなのは、それらをよりよくつくり変えていく提案をすることだ。そして、実際に、人びとが新しい(前よりもちょっとだけ違った)ゲームを生きはじめることだ。
 そうやって、世界がいくぶんか生きやすくなったなら、言語ゲームの考え方が人びとの役に立ったことになる。

といいます。

今、私は、テストの仲間たちと、智美塾で、各種テスト技法を並べ整理し、比較し、それらを現場で有効に適用してもらうための土台をつくるということをしています。

そのような方法論(実際には、方法論を作るための方法の整理や、方法論を自分の課題に適用するための方法ですが)の確立には言語ゲームの考え方の理解が役に立つのではないかと思いました。

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Posted by ブクログ 2012年02月11日

800円でおもしろくってためになる。素晴らしいじゃないですか。
でもヴィトゲンシュタインが何を言っているかはまだよくわかりません。これは著者のせいでなく、私が阿呆なだけです。普通の人ならよく理解できると思います。次は野矢茂樹を読もうと思いました。

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Posted by ブクログ 2010年06月27日

本書は、社会学を専門とし、

東京工業大学教授である著者が、

ドイツの哲学者ウィトゲンシュタインと

彼が提唱した言語ゲーム論について紹介する著作です。


著者は、ウィトゲンシュタインの生涯を振り返り、

その思想や言語ゲーム論の要点をコンパクトに解説。

その上で、後の哲学者への影...続きを読む響や相違点を指摘。

さらに、キリスト教、仏教、宣長などを例にとって、

言語ゲーム論の射程の広さを論じます。


言語ゲーム論に基づく『ゴドーを待ちながら』の分析

トルストイの『要約福音書』の重要性など、

どの記述も興味深いのですが、

個人的には、クリプキとの相違や

H・L・A・ハートの議論との類似性など

なんとなくモヤモヤが残っていた事柄について

疑問がスッキリしたのが、とても嬉しかったです。


「わかりにくさ」の代名詞のようなウィトゲンシュタインについて

そのエッセンスを平易に解説するとともに、

実社会における応用の仕方をも示す本書。


言語ゲームに興味がある方はもちろん、

哲学に興味を持ち始めている方など、多くの方におススメしたい著作です☆

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Posted by ブクログ 2010年03月03日

言葉=ゲーム=ルール。非言語コミュニケーションについてはどうなのか?という疑問は残るが、非常に面白い。日本語は、言外の意とかが多いから、言語哲学とかは直感的に分かりにくいんだろうな、という気がする。この辺、空気論ともからんで来る話だと思う。いずれにせよ、言葉でしか物が考えられないのは、そうなんじゃな...続きを読むいかと思う。

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Posted by ブクログ 2022年12月18日

ヴィトゲンシュタイン本。むずかしい・・

前期:論理哲学論考→世界と言語は1対1に対応している。

後期:言語ゲーム→「そうではないのかもしれない・・」
ある規則に従った、人々の振る舞いのことを言語ゲームと呼ぶ。
言語は私的ではなくパブリックであり、人々の間の振る舞いの一致を司る。
机を指さして、...続きを読む「これが机だ!(直示的定義)」と世界が決まっているわけではなく、
一定の特徴を持った群を「これを机と呼ぶことにしよう」として、そのように振る舞うこと。
その「環世界」を傍からみる、エイリアン的または幼い子供は、最初何をしているのか理解できない。
そのうちに、あぁ、彼らはあれをツクエと呼ぶのだな。その言語を発すると、そのように行動するのだ、などを理解し、同様にそのゲームに加わる、つまり環世界に参加する。

理解することと、記述されていることはイコールではない。これは草野球とプロ野球の違いのようなもので、明確なルールブックがない草野球にも当然にルールがある、から成立する。参加者はみなそのように振る舞い、そこからよりルールを明確にするためにルールブックが出来、プロ野球が生まれた。


「解釈」という不思議な行為。
例えば裁判などで法律を解釈するというシーンが有る。不思議な話で、人間が作った法律を人間が解釈するのだ。やはり変である。
解釈者は、何を拠り所に解釈をするのだろうか。これを特定の言語ゲームから外れて見ないといけないのではないだろうか。
言語ゲームに参加しながら、その言語を解釈すると言う矛盾は成立しない。仮にそうした場合、裁判における被告・原告・裁判官はすべてが異なる環世界に置いて、同時共有する法律をそれぞれの言語ゲームに則って解釈するということか。うーんすっきりしない。

逆スペクトルの懐疑


仏教
 悟りがあるから、悟りを求めるのではなく、悟りを求めるから悟りが存在する。

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Posted by ブクログ 2021年07月29日

今まで取っ付きにくいと思っていたヴィトゲンシュタインの言語ゲームがわかりやすく、おもしろく解説されていた。加えて、言語ゲームの考え方を応用して現代社会を紐解いている。
橋爪さんの四大文明を解説している本のバックグラウンドとなるアイデアを学べた。

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Posted by ブクログ 2020年06月10日

言語ゲームでは、人々はふるまいの解釈で言葉を理解する、としている
そして先駆ける論考で、私の言語の限界が私の世界の限界を意味する、とも語っている
これらに基づくと、世界の枠(構造)を拡げるには、多くの[ふるまい→解釈]に触れる事が必要と考えられる
その手段のひとつに読書もあるだろうが、自身の枠(あた...続きを読むりまえ)を把握していないと、他の枠も把握し得ない
自戒しながら読書に臨もうと思った次第

以前、週刊プレイボーイのグラビア担当編集の方のインタビューでこんな事を言っていた
数多ある写真からグラビアを選んでいると自分の好みの傾向が分かってくる
読者を惹きつけるには直感的な良さが必要だが、自分の好みを理解していないと、直感が単なる好みなのか、別の良さなのかを区別できない
卑近だが枠の解釈の一例かと思う

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Posted by ブクログ 2016年01月27日

ウィトゲンシュタインの思想を挫折させることなくいかに理解させるか、という課題に全力で取り組んだ作品だと思う。伝記的にたどりながら思想に対する理解を深めていくという構成で読みやすいが、第2章「数学の基礎」のような章がそこに挟み込まれているのもありがたい。ただ9章以降は著者自身の考え方や関心事項に引き付...続きを読むけすぎのような気がする。

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Posted by ブクログ 2014年05月09日

ウィトゲンシュタインが歩んできた道のり、タイトルである言語ゲームの内容をわかりやすく語ってくれる良書。

僕にとってウィトゲンシュタインを読むことには大きな価値があった。

ー世界が、壊れようとしている。
世界が、このまま壊れて良いのか。
いや、世界は、壊れてはならない。
世界は生きるに値する。その...続きを読む世界のただなかで、人間には物を考える誇りと尊敬が備わっている。そのことを証明しようと、ウィトゲンシュタインは、「論理哲学論考」の草稿に、くりかえしくりかえし手を加えていった。ー 本書p68ページ

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Posted by ブクログ 2014年01月05日

ウィトゲンシュタイン入門という感じ。
言語ゲームのことをたいへんわかりやすく解説されていて初学者でも理解しやすい。

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Posted by ブクログ 2011年09月17日

主にウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」、「哲学探究」についての紹介。
言葉が意味や価値を持つのは「言葉と世界が一対一対応しているから」。言葉と世界が対応するのは「人々が言語ゲーム(人々のふるまいの一致)を行っているから」。
「言語ゲーム」は人間の初源的な行動様式である・・・。
構造主義や、小林秀...続きを読む雄・茂木健一郎の考え方にも通じていると思う。

個人的には、集合論の応用から、「世界が、正しい言語の使い方(論理哲学論考のこと。)に押し込まれる。」という結論に至るところが面白いと思う。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2011年07月28日

なぜ言語は「言語」としての一般受容性を備えているのか。
その疑問点を「言語は物事のふるまいをきじゅつするものである」という点によって解決したのがヴィトゲンシュタインの「言語ゲーム」という考え方である。
言語を使って◯◯が◯◯であると分かる、というごくごくありふれて感じ取ることができる事自体が言語ゲー...続きを読むムであるということを身近な例を用いて説明している良書。
思想というものを少々敬遠していたが、本書はよき入門書となると信じている。

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Posted by ブクログ 2011年04月08日

ウィトゲンシュタイン思想の入門書。彼の人生と思想と言語ゲームの考え方を述べている。後半部の言語ゲームを様々な場面に適用させることによって、思想をただ理解するのではなく、実際に現実に応用する手助けを与えてくれている。

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Posted by ブクログ 2010年11月24日

[ 内容 ]
世界のあらゆるふるまいを説明しつくそうとしたヴィトゲンシュタインの言語ゲーム論は、いかに生まれ、どんな思想なのか?
きわめて平易で刺激的な哲学入門。

[ 目次 ]
第1章 ヴィトゲンシュタインのウィーン
第2章 数学の基礎
第3章 ケンブリッジの日々
第4章 『論理哲学論考』
第5章...続きを読む 放浪の果てに
第6章 言語ゲーム
第7章 ルール懐疑主義
第8章 1次ルールと2次ルール
第9章 覚りの言語ゲーム
第10章 本居宣長の言語ゲーム
第11章 これからの言語ゲーム

[ POP ]


[ おすすめ度 ]

☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

[ 関連図書 ]


[ 参考となる書評 ]

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Posted by ブクログ 2010年11月08日

ヴィトゲンシュタインの生涯とその思想を追い、後期の「哲学探究」に現れる言語ゲームを紹介する。言語はそれ自体だけでは存立し得ず、言語を使用する人間のふるまいと共に一元化された言語ゲームとなる。言語ゲームがメタシステムであるならば、言語ゲームを語ることもまた言語ゲームとなる。著者は社会学者なので、前著「...続きを読むはじめての構造主義」と同じく、言語ゲームを社会システム解読の方法論として捉えている。このアプローチは大変判り易いのだが、人間存在を超えた世界認識には至らないように思う。拡張する言語ゲームと云えば、山田正紀の「神狩り」をちょっと思い出した。

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Posted by ブクログ 2009年10月04日

「言語ゲーム」についてわかりやすい説明書。

このゲームはやめられないけど、どんどん新しいルールを作ることは可能。

自分と周りと世界を取り巻くルールを見直して、改善すべし!
って気持ちになった。

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Posted by ブクログ 2009年10月31日

言語ゲームは、ルール(規則)に従う人々の「ふるまい」を観察するゲームです。

「ふるまい」という目に見えるものを観察することが言語ゲームの特徴であり、そのゲームに参加している人たちの「ふるまい」の一致や相違から意味や価値を探るということです。

あらゆるルールが言語ゲームということになりますが、言語...続きを読むゲームを記述する言語ゲームも存在することになります。

つまり、いまだ言語化されていない状態の責務のルールを1次ルールと呼び、そのルールに言及するものが2次ルール(承認、裁定、変更)ということになります。

言語ゲームは、その法則性(ルール)、階層性(構造)、そして観察(フィールドワーク)という点からすると、構造主義の説明方法と相似がみられるのではないでしょうか。

構造主義とは、科学的説明方法の一種で、観察によって事柄に内在する法則と関係性という構造を言い当てるものとされています。

構造主義は、一元主義(普遍主義)ではなく、価値多元主義の立場をとることから、価値相対主義のようにみられることもありますが、多元的価値の構造(関係性)を説明するという立場であり、ポストモダンのように立ち位置をはっきりとさせず、思考を拡散させていくような価値相対主義ではないということです。

言語ゲームも、構造主義と同様に価値多元主義の立場ですが、価値相対主義ではないということがいえそうです。

つまり、誰しも自分の立ち位置というものがあって、なんらかの言語ゲームのルールに従い意味と価値を体現しているという立場です。

言語ゲームに参加している内部からの視点では、ルールに従った「ふるまい」の持つ意味と価値がその限界ということになります。

外部からの視点では、価値多元的に言語ゲーム(ルール)が数多く存在していることを知っておくことが、「ふるまい」の意味と価値の多様性に気付くということから重要となってきます。

確かに社会のあらゆる事象は、価値多元的であるとともに、価値相対的であるということになるのかもしれません。

言語ゲームは、そのゲームのルールがやがて変更されることになれば、そのルールに従った「ふるまい」の意味や価値もまた変わることになります。

あらゆる事象の持つ意味と価値は相対的(絶対的ではない)なものでしかないということになりますが、それでも今自分が参加している言語ゲームから逃避するのではなく、コミットしておくということが現実的な対処ということになり、希望につながる可能性を残すことになります。

従って、私たちがなんらかの言語ゲームにコミットしている以上は、その責任や義務から逃避した立場をとるということはできないということになります。

つまり、ルールに従った「ふるまい」の意味と価値に対応した役割と責任が求められることになるということです。

また、今の言語ゲーム以外の言語ゲームにコミットするという選択の自由については可能性としては開かれているということにもなります。

構造主義は対象の関係性を観察するという科学的(客観的)な手法に基づいた価値多元主義といえるものです。

言語ゲームとは現象学的(主観的)な手法に基づいた価値多元主義の立場に近いものではないでしょうか。

私は現象学の門外漢であるため、識者からこの類似点についてご教授をいただければ幸いと思います。

意味と価値という自然科学では扱えない「質」を実証的に研究する方法として、言語ゲームと構造主義は、広がりを持った「ものの見方」であると私は考えていますが、さて皆さんのご意見はいかがでしょうか。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2013年08月05日

2000年以上にわたり論理学の教科書であり続けるアリストテレスの『オルガノン』p26

記号論理学
フレーゲ『概念記法』

ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』
「写像理論 picture theory」:世界(出来事の集まり)と言語(命題の集まり)はぴったり一致している。p71

【『論考』のエッ...続きを読むセンス】p74
①世界は、分析可能である。
②言語も、分析可能である。
③世界と言語とは、互いに写像関係にある。(同型対応している)
④以上、①〜③のほかは、言表不能=思考不能である。
「世界は、言語があるようにあり、言語は、世界があるようにある」p88

マタイによる福音書21章42節
Jesus said to them, "Have you never read in the scriptures: 'The stone that the builders rejected has become the cornerstone, this was the Lord's doing, and it is amazing in our eyes.' p111

『哲学探求』
「言語ゲーム language game」:規則(ルール)に従った、人々の振る舞い。p116
・家族的類似
Eg. 足し算を理解すること

「逆スペクトルの懐疑」:色についての感覚が、人と逆さまになっているのではないかという疑い。p127

「数列」「考えるな、見よ」p133
数と言葉は同じ起源を持つ。

「...根拠を求める営みには終点がないかのようである。だが、根拠のない前提が終点になるのではない。根拠なき行動様式、それが終点なのだ」「確実性の問題」

【言語ゲームと論理学】p170
①世界は、無数の言語ゲームの渦巻きである。
②言語ゲームの全体については、のべられない。なぜなら、それ自身が新しい言語ゲームになるからだ。
③個々の言語ゲームについてなら、のべられる。これを、論理学という。
④論理学は、もとの言語ゲームの効力に影響しない。

Cf. H.L.A.ハート『法の概念』p172
「法のルール説」vs「法の命令説」(ホッブズやマルクス・レーニン)

【あとがき】
ウィトゲンシュタイン=星の王子さま?

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Posted by ブクログ 2012年05月27日

言語ゲームというものを初めて知るという立場からすると何となくのイメージはつかめるが、詳しいところは良くわからない。
論考の概略説明も、元々が難解なのは仕方ないにしても、単純化しすぎの様に思う。対角線法の説明は1ページ割かれている程度だが、これだけ見ても自分には理解できないと思う(事前の知識があったか...続きを読むら何とかわかる)。
ヴィトゲンシュタインが生きた時代背景を交えて、思想的な側面をさらうことができたのは良かった。

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Posted by ブクログ 2011年11月14日

文体が割とキツメのトンデモ臭を放っていたので、私にはこの本を正しく評価できないかもしれない。でも、「論考」の「7.語りえぬものについては、沈黙しなければならない」については、別視点から眺められたような気がする。まあ、読んで良かったのかなー。

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Posted by ブクログ 2011年11月01日

哲学者ヴィトゲンシュタインは、前期と後期で思想が異なるが、後期は言語ゲームに没頭した。本書はヴィトゲンシュタインの思想を解説しながら、世界は「言語ゲーム」で理解することができる。
また後半では人類が新たな世界観を獲得するのも「言語ゲーム」によるのだという。

前期ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考...続きを読む』と後期ヴィトゲンシュタインの『哲学論考』を対比させながら説明している。また、ヴィトゲンシュタインの生涯をおっていて、親近感がわいてきた。それにしてもユダヤ人の才能はすごい。

言語ゲーム:規則(ルール)に従った人々のふるまい。

・世界は、n人m個の言語ゲーム。
・紙幣に価値があるのは皆が共有しているから。
・人はそれぞれ厳密に同じ色を見ているとは限らないが、青、赤と言った時にそれ以外の色と区別できていれば問題ない。
・痛さについても、それと同じ痛さをその瞬間共有するこたはできないが、痛い時に痛いというふるまいを共有している。

などの具体的なことを熟考しながら、「言語ゲーム」という考え方をヴィ氏は作り出したという。たしかに、これらのことは実感をもって理解することができる。

貨幣価値は、規則(ルール)に従った人々のふるまい。
色彩は、規則(ルール)に従った人々のふるまい。
痛さは、規則(ルール)に従った人々のふるまい。

たしかに、こう書いてみるとしっくりくる。

後半の世界の各宗教を「言語ゲーム」で解き明かすところも、解き明かし方はおもしろくて、「おー」と思う。仏教のところなんか特に。

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Posted by ブクログ 2011年08月15日

前半は快調。やっぱり橋爪大三郎はおもしろい。と思ったが、後半の宗教の話になると俄然眠くなった。夏の暑さのせいか?同じところを何度も繰り返す始末。読みだした動機が、野矢茂樹『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』を読む前に、軽くアウトラインを頭に入れておこうというものだったけれど、この本はタイト...続きを読むル通り、言語ゲームについての話で、私の期待と微妙にずれていた。ウィトゲンシュタインにまつわる話は興味深かった。数学の内容は…。久しぶりに「対角線論法」の文字が懐かしく、でもなんとなく自分の記憶と違って『解析概論』をみたらやっぱり少し違っていた。「論法」としては同じ。

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Posted by ブクログ 2010年09月18日

たまには、コムズカしい本でも読んでみようかと思ったのだけど・・・どうなんだろ。

昔、子供向けの哲学入門書で「人間の論理は言語の限界を超えることができない」みたいなことが、書いてあって、「ふーん」と感じたのを思い出して、読み始めたのでした。

この手の本では、比較的読みやすい本だけど、読み終わっ...続きを読むたあと・・「で、なんだったんだっけ」という感覚になってしまった。。読んでるときだけカシコい気分になったのだけど、いまいち身にならなかった。。

でも、こういう本は電車の中でブックカバーなしで読みたくなります

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Posted by ブクログ 2010年08月14日

橋爪大三郎さんの「はじめての構造主義」が分かりやすかったのでこちらも読んでみることにした。
現代思想を教養として知っておきたくて(だから特にウィトゲンシュタインについて知りたかったわけではない)、この本を読んだ。講談社現代新書は思想・哲学の分野の入門書に力を入れているようなので、色々読んでみたくて、...続きを読むまずこの本を手に取ったというわけだ。
といっても、ウィトゲンシュタインについて全く知らなかったわけではない。岩波文庫の「論理哲学論考」を手に取ったことがあるのだが、全く理解できなかったからだ。(始まりからしてわからなかった。)
しかし、そんな僕でもこの本を読めば大体理解出来た。(内容に関しては相変わらず分からないが。)

ウィトゲンシュタインの思想を大きく分けると、前期と後期に分けることができる。
前期:「論理哲学論考」。写像理論。
後期:「哲学探究」。言語ゲーム。

P.68
世界が壊れようとする今、この世界を成り立たせる価値や意味の根拠を、確認しないでどうしよう。それでも世界が、存在できることを、証明しないでどうしよう。ウィトゲンシュタインは、数学・論理を基礎づけようとする自分の仕事に、世界の価値と意味を論証するという大きなテーマを重ね合わせた。

P.74
「論理哲学論考」のエッセンス
(1)世界は、分析可能である。
(2)言語も、分析可能である。
(3)世界と言語とは、互いに写像関係にある
(4)以上(1)~(3)の他は、言表不能=思考不能である。

P.124
人間は誰でも、もう世界が始まっているところに、遅れてやってくる。はじめ、この世界がどんなルールに従っているのか、ちっとも理解できない。でも、それを見ているうちに、だんだんわかるようになる。

P.130
言語は、私的言語ではない。言語は、人々のあいだのふるまいの一致である。つまり、私の感覚を根拠に、私を中心に出来あがっているわけではない。この意味で、言語は公共のものである。

P.148
規則(ルール)に従ってふるまうかぎり、人間は人間である。

P.164
ウィトゲンシュタインは、それよりもっと根源的な「なにを懐疑するにせよ、懐疑するという言語ゲームを行っていることは決して疑えない」という原理を発見したのである。

P.178
ウィトゲンシュタインが、言語ゲームのアイデアを通じて言いたかったのは、この世界の意味や価値は、権力などに寄らなくても、人々のふるまいの一致によって、ちゃんと支えられているという事だ。

P.241
写像理論と、言語ゲームの違いはどこか。
写像理論は、「言語と世界は対応している」と、最初から想定する。誰が何と言おうと、言語と世界は無条件に対応しているのだ。
それに対して、言語ゲームの場合、言葉が世界を支持して意味を持つことが出来るのは、人々がそのようにふるまうから。人々がどうふるまうかは、事情による。したがって、言葉が意味を持つかどうかも、事情による。つまり、無条件ではなく、条件付きである。

P.255
そうした現代の課題を考えるのに役立つのが、言語ゲームである。
まずやるべきなのは、異なった伝統、異なった文明に属する人々がどうやって生きているか、そのアウトラインをきじゅつすることである。…ルールと記述し、ルールとルールの関係を記述していく。…次にやるべきなのは、異なった伝統、異なった文明に属する人々の従うゲームのルールを互いに比較することである。そして、矛盾や衝突が無いか、調べることである。
あるゲームが、ある文明から別の文明に移植されると、もととは違った性質を持つことがある。それは何故かも解明しなければならない。
その次にやるべきなのは、それらをより良く作り変えていく提案をすることだ。そして、実際に、人々が新しいゲームを生き始める事だ。

P.259
意味や価値を、言語ゲームを通じて研究すること。これは、ウィトゲンシュタインが我々に残してくれた、最大の贈物である。

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Posted by ブクログ 2010年04月13日

 哲学者ヴィトゲンシュタインの生い立ちから、前期『論理哲学論考』・後期「言語ゲーム」の思想、それらの思想を産み出した社会的背景などを一通り学ぶことができる。「言語ゲーム」の考え方を、資本主義・全体主義といった政治体制や、世界の宗教に応用して解説されている部分もある。
 講義を聴いている感覚で、読みや...続きを読むすく書かれているのが良かった。前半の数学、論理学の部分は難しい印象を持ったが、肝心の「言語ゲーム」の解説部分はとても刺激的で面白かった。特に印象的だった部分を列挙すると、まず前期『論考』の最後はまるで「自動的に消去される」スパイ映画に出てくるテープのようであること(p.93)、「机」を分からせるためには色んな机を持ってこればいい、という言語ゲームのアイデア(p.107あたり)、クリプキのクワス(p.152)、相対主義(p.249)など。人々が「言語ゲーム」をすることで社会が成り立つという考え方がよく分かった。(10/04/13)

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Posted by ブクログ 2010年01月25日

Wittgensteinの言語ゲーム.
初めて聞く名前だったし,概念すら知らなかった.

Wittgensteinの思考の流れとともに言語ゲームについて書かれている印象.

言語ゲームが哲学の諸問題を解決した.という記述が本書に見られるが,よくわからない.
応用可能範囲が広いとも書かれているが,どの...続きを読むように応用するのかさっぱり・・・

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Posted by ブクログ 2009年10月07日

メモ
言語ゲーム:規則(ルール)に従った、人々の振る舞い
社会は言語ゲームの渦巻きである。言語ゲームは、私たちが言葉を持ち言うことを可能にし、私たちが住むこの世界を成り立たせていることがらそのものである。
社会は、言語ゲーム(の集まり)であること。
懐疑論(skepticism)は、規則があるか疑う...続きを読む。⇒ヴィトゲンシュタインは懐疑論に批判的。

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