野崎歓のレビュー一覧
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・全体を通して
サン=テグジュペリは、夜間郵便飛行まで手掛けた優秀な飛行士でありながら、そこで得た体験を詩的・幻想的な表現で民衆に伝えることが出来た稀有な作家であった。
ボクはなんだかんだこの著者の作品を読んだのは初めてだったけど、この2作でサン=テグジュペリのことが相当好きになった。緊迫感を硬質な筆致で描写しながらも、別人のような表現で当事者の感動を幻想的に描いていた。
人間の尊厳と、生きるという奇跡を、とてつもない感動と共に理解することが出来た
しばしば、自然の驚異/脅威や雄大さを描くためにラヴクラフト的なゾクゾクするような幻想的な描写をするところもボクに刺さった
「一時間後、メルモーズは雲の下に潜り込み、幻想の王国に突入した。」
本当に読んだ方がいい。国際社会の分断が問題視される今だからこそ、「同じ方向を見つめること」としての「愛」を説いたサン=テグジュペリのこれら作品はすっごくおすすめ
すっごい面白かったし感動できた
「人間であること、それはまさしく責任をもつことだ。」
『夜間飛行』
何と感動させられる物語か
人間の気高さと幸福への渇望が葛藤して出来事を進行させていく、ということの意味や重みが心に深く沁み渡ってきた
普段あまり景色や眺めの描写に注意を払わないボクでも情景を思い浮かべ引き込まれるほどの緊迫感と臨場感。自然の雄大さ、人生の矛盾との孤独な戦いの様がまざまざと描かれておりすごく感動した。
片や郵便機のパイロット、片やオフィスの支配人という全く異なった境遇なのにも拘わらず、彼らの間に渡る言葉にならない信頼に、一万五千キロの隔たりに橋を架ける者としての覚悟が見えて、今では古臭いとされるロマンのようなものを感じた。
「とにかく生き続けることだ、作り出すんだ、この滅び去る体と引き換えに……」
『人間の大地』
圧巻のエッセイ集だった
著者が初めて定期飛行を行った時の心情を述べるところから始まり、仲間たちの偉業、飛行機がもつ魅力、砂漠の民の誇り、最後には人間を人間たらしめる本質について、詩的で神秘的な筆致で語る
8篇にわたるエッセイは、著者が当時どういう実感をもっていたのかを、神秘的かつ現実的に描き出している。
飛行している際の真っ暗な夜空から、凪いだ海のように穏やかで幻想的な砂漠まで、著者の体験を追体験してるが如く、没入して情景も思い描きながら読むことが出来た
普段ストーリーの流れしか気にしていない私でも、その美しさに感動するほどの文章だった
「どんなに目立たないことであっても、自分の役割を自覚したとき、われわれは初めて幸せになれるだろう。」 -
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G・プッチーニのオペラの原作。絶世の美女に一目惚れし、純愛を捧げた青年が人生を踏み外して転落していく物語。とても面白かったです。
時は18世紀前半のフランス。17歳のデ・グリューは、成績優秀で将来を有望視されていました。ある時、街で出会った修道院送りになったマノン・レスコーに一目惚れ。二人でパリに駆け落ちをします。愛に満ちた二人と思われましたが、マノンは貧乏暮らしを良しとせず、他の金持ちの男と通じていたことが発覚。一度は、父と兄によって引き離されて恋心は下火になりますが、運命のイタズラは放っておいてくれませんでした。デ・グリューが神学部の公開審査を受けるにあたり、彼の名前を見つけたマノンが神学校に訪れて、またしても学業を投げ出して二人で田舎町のシャイヨに逃亡。しかし、自由奔放で享楽的な生き方のマノンには、田舎暮らしは退屈過ぎました……。
と、ここから先は、純愛を求めるが故にデ・グリューが転落の一途を辿っていくのですが、ことごとくマノンの裏切りにあっても一途なデ・グリューに、呆れるのを通り越して感心してしまった。独りよがりと言いますか、ここまで相手を好きになれるというのも、ある意味羨ましいですね。
それにしても、マノンの悪気の無い天然さは何なんでしょうね。お陰で次々と破滅的な事件が起きて飽きさせず、側から見ている一読者としては、共感できなくても大変おもしろかったです。二人とも幸せになれるタイミングはいくつかあったのですが、そうはならずに悲劇に向かって突き進むこのような展開だからこそ、読み継がれてきた古典ともいえるのかな(シェイクスピアも悲劇が人気ですからね)。
追記:
デュマ・フィス『椿姫』(1848年刊)を読み始めたら、この『マノン・レスコー』(1731年刊)のネタバレが序盤から書かれていてビックリ。それだけ19世紀の中頃には、『マノン・レスコー』の内容が、一般的に知れ渡るほど読まれていたということでしょうね。
『マノン・レスコー』の巻末にある解説も、ネタバレが書かれているので、未読の人は注意してください。 -
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2021年ゴングール受賞作で野崎歓さんの訳なので間違いないと思って読みましたが、期待以上の名作でした。
黒人による小説ですが、作品中でもアフリカ出身の黒人作家が受ける運命について書かれていて、その入れ子構造を通して、文学を、書くこと、文学を読むこと、そして社会を生きることなどについて著者と一緒に旅するような作品です。
内容は幻の黒人作家エリマンの幻の作品「ろくでなしの迷宮」に若い黒人作家が出会い、その作品に惹かれ、またその作品がなぜまぼろしとならざるえなかったのかを探究しながら、自身も文学について深く探究していくというもの。
色々と舞台や人物が用意され、読者も主人公と共にシークアンドファイドの旅に出るような仕掛けとなっています。
また、アフリカ的な呪術的な要素もあり、著者のサービス精神も発揮されていましした。 -
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若い作家が、昔夢中になった本がある。その本は賛否両論にさらされて、盗作疑惑の中で作家は消息不明、本は回収の上絶版となって読むことができない。
が、ある晩、自分の母くらいの年齢の才能ある女性作家に遭遇し、その女性作家から問題の本を受け取る。
本とその作者には何があったのか。
アフリカをルーツとする作家がヨーロッパでさらされる偏見。エキゾチックな何かばかり期待される。それが苦痛だと書きながらも、本にまつわるエピソードはマジックリアリズムのようになる。矛盾していると思いつつ、主人公と共に作者の所在を追いかけ続けるが、行き着いたは答えは、当たり前の終わりだった。
主人公と共に幻惑されて目が覚めるまでの感じが、すごく面白い。ウンベルトエーコの、昨日島を思い出した。 -
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これはすごい本。5つ星でも足りない。
人類の奥底にある物語を紡ぐ心を抉り出す小説。
文学として小説を、物語を書くことをベースにしたヨーロッパ風の教養主義的な小説という基盤を持ちながらもエンターテイメントのような側面も保ち読み出したら止まらない。
現代から第一次世界大戦までの広い時間軸を跨いで、地理的にもセネガルだけにとどまらないアフリカ、アムステルダム、パリをはじめとするヨーロッパの各地、さらにはブエノス・アイレスを中心としたラテンアメリカ世界に物語の場面は広がる。手紙や日記、記事の引用、過去の思い出の語り、曖昧になる語り手と聞き手の境界線。小説的テクニックをこれでもかと使いながら無駄に流れない。特に女性たちの語りは緊張感をはらんでまるでその場で自分がそのモノローグを聴いているような没入感を生み出す。そしてアフリカをルーツとしていながらアフリカの地域性に限定されることは全くない世界文学性。2021年ゴンクール賞は伊達じゃない。野崎歓さんの翻訳も解説も良い。
ミステリアスな著者を追うところ(とヨーロッパ風の教養重視的なところ)はサフォンの風の影にも通じるところを感じ、メタファーではない井戸に籠るところは「なぜ小説を書き始めたのか」という会話の中で現れる村上春樹との繋がりもあるのかもしれない。 -
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セネガルの作家、モアメド・ムブガル・サールの小説。
あらすじを言えば、駆け出しセネガル人の作家が、幻の本の作者の足跡を辿るというありがちな展開だが、3つの柱がある。作家と文学についてと、アフリカについてと、アフリカ人の作家と文学についてである。
人はなんのために書くのかという問い、セネガル人としての根源的ルーツ、そしてフランス領であったセネガル出身者が西欧的文化圏において創作するとき何が起こるか、ということである。
特に三番目についてはアフリカ、というだけで我々は直ぐに色眼鏡でみてしまう。現に私自身、著者名で中東かアフリカ系であることに興味を持たなければこの書を手に取ったか。
それでも創作活動において、そしてそれを鑑賞する立場において、文化的バックボーンはどうしても消せないし、それがあってこその創作であることを強く感じる。 -
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ネタバレずっと夢日記を読んでいる感覚だった。
「コランは道を走っていた。 「きっとすばらしい結婚式になるぞ……。明日、明日の朝だ。友だちはみんなきてくれる……」 クロエに通じる道だった。 「クロエ、あなたの唇はやわらかい。あなたの顔は果物のようにつやつやだ。あなたの目はしっかりとものを見ている。そしてあなたの体はぼくを熱くしてくれる……」 ビー玉が道を転がり、子どもたちがそのあとを追いかけてきた。 「あなたに十分キスしたという気持ちになるまでには、何カ月も、何カ月もかかるだろう。あなたに、あなたの手に、あなたの髪に、あなたの目に、あなたの首にキスしたいというぼくの想いが尽きるまでには、何カ月も、何年もかかるだろう……」 小さな女の子が三人いた。まん丸の輪舞曲を歌いながら三角を作って踊っていた。」
こんなふうに人を想えたら素敵だなーと思う
「明日は一緒に森に行こう、またあのベンチを訪れるんだ、彼女の手はぼくの手の中に、彼女の髪はぼくの髪のそばにあって、枕には彼女の匂いがして。ぼくはいつでも彼女の枕を取り上げる、夜は決まって枕の取り合いになるんだ、ぼくの枕は詰め物をしすぎだと彼女はいう、頭を載せてもまん丸なままだって。そこでぼくは自分の枕を取り戻す、そこには彼女の髪の匂いが移っている。ぼくが彼女の髪の甘い匂いをかぐことはもう二度とないだろう。」
「あの人、岸辺にいるのよ」ハツカネズミはいった。「じっと待っているの。そして時間になると、板を渡っていって真ん中で立ち止まる。水の中をのぞきこむの。何か見えるんだわ」
「たいしたものは見えないだろう」猫はいった。「睡蓮の花くらいかな」
「そうよ」ハツカネズミはいった。「あの人は睡蓮が水面まできて自分を殺してくれるのを待っているの」
由希さんのオススメは全部良いな -
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謎の組織によるテロ行為はエスカレートし遂に犠牲者が出る。
その煽りを受けながら大統領選は終結する。
家族内での不幸。もっとも若い息子が死に、体の不自由な父親は生き延びる。
主人公は妻との関係を修復するも過酷な運命が待ち受けていた。
上巻から物語の重要な要素と思われていたテロとの戦いや大統領選は尻すぼみに終わり、家族の話、そして主人公個人の生死をめぐる話へと収束していく。スケールの縮小。
弟オーレリアンはともかく、妹セシルや義妹インディーは最後まで活躍するかと思ったが。イラストまで用いたテロ組織の正体は投げっぱなし。
大統領選もあれだけ騒いでおいていざ終わればあっけない。その終わり方も味気ない。
ウエルベック作品の割には強烈な毒や怒りはない。諦念と悲哀のトーンが全編に漂っている。世界は混乱し、人は死に、運命には抗えない。
「自分が耐えられなかったのは、無常そのものであると、彼は不安な気持ちで気づいた。無常とは、この世のものは何であれ、いつか終わるという考えである。彼が耐えられなかったもの、それは生きることの本質的条件のひとつにほかならなかった」。 -
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「1731年の小説なんて絶対面白くないだろうけど、まあここらで古典でも一冊読んどかんとなあ」程度で手に取ったのだが……衝撃をうけるほど面白い。それも圧倒的に。いやいやまんまとこのハチャメチャな物語に魅了されてしまった。訳者あとがきで「従来の常識では考えられないようなパッションのありさまは、読者をいまだに驚かせ、魅了し、あるいは呆れさせるだろう」とあるが、まさにこの通り。シュバリエ・デ・グリュとマノン・レスコーという300年前を生きた2人の若い愚か者のまあ魅力的なことといったらない。
ヤッバイ恋愛楽しすぎる‼これ運命だわ。でも金に困ったので友達とか親戚にたかりまーす。それでも足りないので詐欺しまーす。あ、捕まっちゃったけど脱獄しまーす。ついでに殺人もしまーす。あ、普通に浮気もしちゃうぞ。
いくらなんでも無茶苦茶すぎる。クズ過ぎる。
にもかかわらずどこまでも情熱的で、刹那的で、自分に正直で、気持ちを真っ向から他者にぶつけ、したたかさも持ち合わせて、不必要な謙遜も自虐もなく、人間味にあふれ……。
つまりとても真面目に真摯に誇り高く、自分たちの人生をとことん生きている。それって最高じゃん。一番大事なことじゃん。もう堪らないくらい2人が愛おしい。憧れる。
まああまりに男性中心主義的な展開には不満も当然あるのだけれど、そういった短所すら「では現代的にこの物語を解釈した時にどういった結末がありえたのだろうか」と考える端緒になり、いやあこの本と出会えてよかった。 -
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作家ミシェル・ウエルベックの最新刊。時は2027年、大統領選挙を間近に控えるフランスを舞台に、経済財務大臣補佐官のポールを通して同国および世界の抱える病理と苦悩を見つめた大作。
相次ぐ国際テロ事件、選挙に向けた候補者応援活動、そしてパラレルに進行するポールと彼を取り巻く親族の家庭問題が、筆者の皮肉やジョーク、近現代の哲学思想をふんだんに交えて展開される。
ポピュリズムに支配される政治ゲーム、晩婚化と少子高齢化、過酷な介護の現場、メディアによる暴露など日本とも無関係ではないトピックに彩られながら、救われたいと願いつつ運命に翻弄される現代人を浮き彫りにする。滅び行く世界の中で、ポールと妻プリュダンスが行き着いた風景とは。サスペンスであり、恋愛小説であり、はたまた医療ドキュメンタリーであり。多彩な側面を示しながら、物語は静かな余韻を残して締めくくられる。 -
Posted by ブクログ
「マノン・レスコー」アベ・プレヴォー。初出は1731年、フランス文学です。光文社古典新訳文庫、野崎歓訳、2017年。
1731年というのは、古いですね。ディケンズだってヴェルヌだって19世紀です。スタンダールも作品は19世紀。19世紀ともなると、他にも「現代にそのまま通じるエンタメ小説」はいくつもありますが、18世紀はなかなか。
…なんで、ひょっとして辛い読書かなとも微かに思ったのですが、見事に裏切られました。圧倒的に面白かった。
#お話は、はじめ18歳くらいのどうやら貴族的身分の若者デ・グリューさんが、マノン・レスコーという名前の出自不明の美少女とばったり出会うことからはじまって。
一気に一目惚れ。もともとが優等生気質だったらしきグリューさん。そして贅沢と裕福と遊びが大好きなマノンさん。そしてどうやらマノンさんは娼婦的性格(と実践)の強者のようで、グリューさんは振り回され、とめどもなく金を遣い、世間を狭くして勘当同然、ふたりして浮き沈みしつつ沈んでいく…という。
グリューさんはとにかくマノンが好きでたまらない。マノンも熱烈にグリューを愛するけど、一方で幾度も裏切ります(特にお金が無くなり始めると)。
#そもそも出会いのところが殆ど爆笑物の強引さ。その後も問答無用のジェットコースター小説。何が面白いんだろうかというと、とにかく執拗な心理描写。グリューさんの一人称小説なんです。グリューさんの恋焦がれ浮かれ舞い上がり、屈辱に震えて嫉妬に焦がされ怒りと絶望に涙する心情が物凄く豊かに描かれています。それから展開の適度なテンポ。とにかくふたりの関係性(を回想として述べるグリューの一人語り)しか表向きは題材が無いんです。そしてふたりの物語は前半からもう、アウトローの世界へと落ちて行ってしまうので、恋愛のジェットコースターはそのまま犯罪アクション、犯罪者物語と言っても過言ではありません。面白い。
#そして、「ダレ場」が殆どありません。どうしてかっていうと、「風景や人物の外見の描写、そして社会構造や思想宗教についての論考が無い」からでしょう。これは、すごい。ほんとにありません。解説を読んで「あ、そうだ」と思ったんですが、そもそも「マノン・レスコー」がどんな美少女なのか描写されていない。あと主人公は何かしらか修道士?的な職業(どうやらこの社会のなかでそれなりに名誉あるポジションだったよう。中世ですから)からの脱落者なんですが(マノンとの恋愛のおかげで)、だからと言って神や聖書や宗教と、恋愛について、道徳について、本気で論考するようなくだりも全然ない。グリューの人生は(マノンとの出会い以降)「そんなことたちよりも、マノンと一緒にいることの方が大事に決まってるじゃん」という1点で、ブレない。微動だにしない。そんなこんなでダレ場がない。ほとんど現代的とも言って良い読みやすさでした。それについて大事なのは翻訳なんですが、翻訳もそんな「勢い」とか「熱」を遮らない文章で、あと見開き左に注釈があるのも良かったです。(ページを終盤に移動して注釈を読むのは面倒なんですよね)
これが同時代でベストセラーとなったのもむべなるかな。なかなかこんな小説ありません。
#何がすごいかって、グリューさんは(マノンも)恋愛とその快楽を維持するためには、犯罪を厭わない。罪悪感すら薄い。「だって僕たちの恋愛のためだもんね」的な。殺人までしちゃうんです。引きずらない。ラスコーリニコフがどっちらけです(笑)。若くて愚かで、罪を犯す一方でさすがに次々に失敗して没落していくんですけれど、これがもう痛快です。
古典なんで、もう擦り切れるほど各方面の論考がなされているみたいですが、やっぱり共感を呼ぶのはその弱さやだらしなさも含めた人間味ですね。正義を行って確かに道徳的にその社会当時に何も悪いことをせず、したがって他者を糾弾非難して道徳と法律に君臨した人物の物語は、やっぱりおもしろくないでしょう(笑)。だってそんなの「そう言っているだけでホントはどうせちがうでしょ」。そして何と言ってもマノンさん。酷いこともいっぱいするんですけれど、ブレブレながらもグリューさんを愛しているんですね(まあ、「流れに任せて、グリューに巻き込まれて生きてしまった」という解釈も可能かもしれませんが、それだけでもないような不思議な人物像です)。
#色々疑問は残るんです。突っ込めばキリがありません。それでも直球一本勝負、三球で三振以外に考えない怒涛のピッチングという感じで、えっ…という間にスリーアウト、みたいな読書の快楽でした。(同時にこれが長丁場になると、これでもたないだろうなあ、ボロが出るだろうなあ、とも思います(笑)。適度な長さです。つまり、省略が上手い)
#それにつけても、「恋愛」と「お金」という関係性の物語とも言えます。カネが無くなる恐怖。カネがなくなればマノンは裏切るしかない。極北の個人的な営みと感情が、この上なく社会的なものに絡められてします。だからこれは都市の快楽と資本主義の台頭をざっくりと本質的に削り出した小説でもあります。実は「恋愛」というふわふわした、限りなく不可思議で狂おしいドラマが、実はそういう社会環境の産物なのかもしれませんね。恋愛感情は太古からでしょうが、それが人生を支配する葛藤になり得るというのは風俗現象かもしれません。そんなあたりを確信犯で削り出している。鉈で一気に仕上げた木像のぞっとする凄み、の如し。この延長にボヴァリー夫人が佇んでいることは間違いなく、フランス小説っておもしれえなー、という。 -
Posted by ブクログ
1731年刊。ファム・ファタール像を示したフランス文学の古典。駆け落ちから破滅に至る悲劇的恋愛を描く。
もともとは真面目っぽい性格で、才能もあり将来に期待のもてる貴族の青少年だったのに、ひとたび恋の力に囚われると、駆け落ちから無心、犯罪、逃亡、と無茶をやらかしまくるデ・グリュ。どうしようもないなこの主人公……と呆れながらも、二転三転する展開の面白さと、恋のためにすべてを投げ出す情熱に引き込まれていく。終盤に至るころにはその純粋で激烈な愛情に感動すら覚えていた。しかし主人公の言動がわかりやすいのに対して、マノンの魅力には妖しさがつきまとう。彼女の本心に謎を感じさせるあたりも多くの読者を惹きつけ続ける要因なのだろう。そしていつも変わらぬ友情を示すティベルジュの存在も地味に大きい。感情を揺さぶる名作。