若松英輔のレビュー一覧

  • 考える教室 大人のための哲学入門

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    ソクラテス、デカルト、アレント、吉本隆明を2時間で理解する本ではなく、それらを題材にして「考える」ということの面白さや、読書をすることの面白さ、またその手掛かりを提示してくれる本。
    読書にはいろんな楽しみ方があるけど、本を読むという行為を少し分解して考えてみると、読書とはページに書いてある文字の羅列から情報を読み取ることではなくて、ページに書いてある情報をもとに自分の中で考えをめぐらすこと、ともいえるのかもしれない。
    だから極端な話、書いてある内容や情報をそのまま理解しなくてもよくて、読書という行為の主体はあくまでも読者でしかなくて、そういう意味では読書という行為はすごく自由な体験といえるのかもしれない。
    ハンナ・アレントの段に「『生命の祝福』は、生きる意味の発見というよりも、いのちのちからをありありと感じることなのかもしれません」という一文があるけど、読書という体験は、まさに、生きる意味の『発見』というよりも、いのちのちからをありありと『感じる』ことのできる体験の一つなのかもしれないと思った。

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    2022年08月14日
  • 考える教室 大人のための哲学入門

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    考えるって大事。自分はこう考えるということを常に意識していたい。「誰が語っているのかではなく、何が語られているのか」。こころ踊り。

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    2022年08月06日
  • 生きていくうえで、かけがえのないこと

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    生きることは、これまで己に紡がれた言葉を他者に共有する行為とも言える。
    自分が郵便箱になって、脈々と受け継がれる意志を伝えていきたい。

    気になった本は積読して読む時が来るまで待つとしよう。
    大事な人の存在を理解し、金を切り離した働くの意味を考えよう。

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    2022年05月25日
  • はじめての利他学

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    空海・最澄から語り起こされ、鎌倉新仏教へと繋げられていく。更には西郷どんや二宮尊徳にまで話題が及ぶんだけど、通底するのは、”利他”とは相反するどころか不可分たる”自利”の概念。いや~、やっぱ良いですね、この”学びのきほん”シリーズ。他のも読まんと。

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    2022年05月09日
  • 日本人にとってキリスト教とは何か 遠藤周作『深い河』から考える

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    ネタバレ

     遠藤周作の『深い河』にたいへん感銘を受け、この著書に出合いました。


    『深い河』の魔力は、霧のようにわたしにまとわり付き、心を浸食していきました。 脆弱な感受性のわたしでさえ、深層のわたしに気づき、救われました。


     そして、本書ですが、わたしが読み解くことができなかった数々の遠藤周作の思いを享受できたことが素晴らしく、嬉しい‼︎

    キリスト教については、知識の乏しいわたしには難しいところはありましたが、丁寧で分かりやすい解説だと想いました。

    その中で、キリスト教作家ベルナノスの言葉は衝撃的です。

    『信仰というのは、九十九パーセントの疑いと、一パーセントの希望だ』

    そして、『宗教多元主義』の考察も興味深いものがありました。
    『深い河』のガンディーの言葉に言及されていますが、わたしがもっとも心惹かれた言葉です。

    『私はヒンズー教徒として本能的にすべての宗教が多かれ少なかれ真実であると思う。すべての宗教は同じ神から発している。しかしどの宗教も不完全である。なぜならそれらは不完全な人間によって我々に伝えられてきたからだ』

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    2022年04月27日
  • 日本人にとってキリスト教とは何か 遠藤周作『深い河』から考える

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    遠藤を通して、そして遠藤の著作『深い河』を読み解くことを通して、キリスト教を日本人の感性でどう感じて信じていくのか、信仰とはどういう心の動きか、さらには生きるとは、人生とはという問いに迫ることができる良書。
    キリスト教に、イエスに出会って生きるとはどういうことかを知ることができる。

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    2022年03月28日
  • 弱さのちから

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    コロナ禍で人との関わりを見直さざるを得なくなった今、弱さに着目し向き合う事で、新しい繋がり方を考える一冊。

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    2022年03月27日
  • 詩を書くってどんなこと?

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    中学生向けに書かれたシリーズの本ですが、大人が読んでも充分に楽しめます。詩の世界のことをこれだけわかりやすく書いた本は、他にないのではないでしょうか。誰でも詩人になれるという言葉に勇気づけられます。

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    2022年02月09日
  • 「生きがい」と出会うために 神谷美恵子のいのちの哲学

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    ネタバレ

    “神谷が精神医学を志したのは、真の意味で「人間」の姿に出会うためだった。しかし、いつしか、精神医学そのものを目的としてしまい、最初の志を忘れてしまったのではないのか”
    私も鍼灸そのものを目的としてしまい、志をつい忘れがちになる。

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    2022年01月02日
  • 考える教室 大人のための哲学入門

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    これは名著。
    タイトルの通り”考える”ということをしっかりと見つめなおすことができた。
    各章でそれぞれ哲学者と代表作を紹介、また簡単な解釈を説明してもらえて、読みながら哲学にどんどん興味を持っていくことができた。
    巻末の哲学書の紹介も参考になった。

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    2021年12月31日
  • 生きていくうえで、かけがえのないこと

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    果てのない暗闇を感じて、
    なんでこんな人生歩まねばならないのかと思い続けていた。
    悲しみや苦しさは、いつになったら消えていくのか。意味はあるのか。

    悲しみがなければ、得られないことがあると、慰められました。困難は人生の恩籠になりうる。
    私のこのどうしようもない人生も、意味を付けられそうです。最期にはきっと。それまで祈り続けます。

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    2021年11月20日
  • 考える教室 大人のための哲学入門

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    ネタバレ

    普段、何気なく使ってる言葉や概念の本質を探る思索が面白い。個人的にはアレントの労働と仕事の話が好き。
    労働→ヒトの自然、生理的な営み(分娩、闘病も含む)
    仕事→人工的な営み、制作活動。(芸術や工作)
    この二つを包括するのが活動。

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    2021年11月13日
  • NHK「100分de名著」ブックス 石牟礼道子 苦海浄土 悲しみのなかの真実

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    石牟礼道子の『苦海浄土』(1969年発行)の本は、読もうとしても、はねつけられる。それでも、苦労して読んでも、レビューが書けなかったが、ユージンスミス、桑原史成、石川武志の写真集をみながら、やっと自分の中にも理解できて、レビューを書いた。ただ、どうも本の芯がつかめないでいる。本の芯がつかめないと、レビューも薄っぺらくなる。
    100分で名著は、実にいい企画である。若松英輔による『苦海浄土』の100分で名著があったので、読んだ。「悲しみのなかの真実」この本は、ノンフィクションではない。水俣病の患者たちが本当の語り部であって、自分、石牟礼道子がその言葉をあずかっただけなのだ。石牟礼道子は、真の作者じゃないと思っている。『苦海浄土』は、生きることを問い、生きる意味を問う。
    水俣病の人たちは、五感で感じているが、言葉を奪われている。そのためには、現代の詩の枠組みを超えた新しい「詩」のつもりで書いたと著者に語ったという。浄瑠璃と言われるより、わかりやすい。言葉を奪われた人々の物語。『苦海浄土』は、既存のどのジャンルにも当てはまらない、全く新しい文学の姿と可能性を持って現れた。
    ただ、石牟礼道子は、言葉を持たぬ水俣の人々だけではなく、豊穣なる不知火と水俣の自然の語り部たろうとする。1000年以上の豊かな海の恵みの中で、生きてきた。水俣の人たちは、自然の中に生きてきた。それは、古の世界であり今でも続いている。海に支えられ、海の果実を食べることで、豊かさを味わってきた。それが光の部分である。高度経済成長のもとで、公害、その代表的な水俣病が発生した。そして、そこに経済を優先する近代の産業が入り込んできたことへの悲劇が生まれる。工場は、排水の中に毒があることを知りながら、排水を流し続けたのである。そのことを隠蔽しようともした。さらにその会社によって、作り出されているプラスチック。それを近代の人たちは使っている。宇井純は「第三者はいない」という。水俣と関わり合っている。
    近代産業の発達によって、海を汚し、そして、人間を破壊した闇の部分。光と闇を、石牟礼道子が語ろうとした。言葉を奪われた人々の心の奥にあるものを、白日のもとに暴き出した。石牟礼道子は「語らざるものたちの口」になり、見る、読むという世界から、感じる世界をつかみとる。
    『苦海浄土』は、石牟礼道子にとって長大な詩だった。詩は時に叫びであり、嘆きであり、また呪詛の言葉であり、祈りでもあった。
    『苦海浄土』は、第三章の「ゆき女きき書」から書き始められたという。ゆき女は、ぼんのうのふかかけん人間。人間に生まれ変わることができるかと悩む。生きることの愛おしさ。
     きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、わが身を縛っている。きよ子は、桜の花びらがちる頃に、縁から落ちて、花びらをとろうとした。ただ、つまむこともできず、地面に押し付けているだけだった。きよ子の母親は、「何の恨みも言わじゃった嫁入り前の娘が、たった1枚の桜の花びらば拾うのが、望みでした。それであなたにお願いですが、文ば、チッソの方々に、書いてくださいませんか。いや、世間の方々に」というのが、『苦海浄土』を描くことになったのだ。
    そして、水俣病の人たちは、行動を起こす。
    「東京にゆけば、国のあるち思うとったが、東京にゃ、国はなかったなぁ。あれが国ならば国ちゅうもんは、おとろしか。むごかもんばい。見殺しにするつもりかも知れん。おとろしかところじゃったばい、国ちゅうところは、どこに行けば、俺家の国のあるじゃろが」と痛烈にいう。
    「近代産業の所業はどのような人格としてとらえられねばならないか」。国がやった。会社がやったというが、特定の人間がいないようになっている。あくまでも人間の仕業なのだ。人格をなくすことに、石牟礼道子は憤りを感じているのである。
    そしてさらに、いのちの問題に金銭で解決できるような暗黙の認識自体に疑問を呈する。
    緒方正人は、私はチッソだという。木材の船を浮かべ漁に出る。認定申請を取り消す。もし自分がチッソだったらと考えることで、チッソさえも許す。水俣病事件は、解決の方法はない。自然の中に生きていくしかないと考える。魚を獲って魚を食べる昔からの生活で、魚を食べるなというのは空気を吸うなというのと同じだという。水俣の民の在り方を指し示す。
    けっして過ぎ去ることのない永遠につながることが、この世にはある。生命は滅びる。しかし万物のいのちは朽ちることはない。『苦海浄土』を書いているときの心境は「荘厳されているようだ」という。「荘厳」は、仏教の言葉で、仏の光によって深く照らし出されることを意味する。人間の感覚を超えた響き、香り、輝きが広がり、また何かに包まれるような語感がある。闇の閉じた世界のかなで、光をともすような想いを表していく。うーん。100分で名著は本をよく読むためのガイドになる。

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    2021年10月16日
  • 別冊NHK100分de名著 読書の学校 若松英輔 特別授業『自分の感受性くらい』

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    タイトルになっている茨木のり子の
    詩が大好きで読んだが、
    これは、茨木のり子の詩を題材に
    詩というものが人にとって
    どういう存在かを語る、入門書。

    ラストの生徒の乾燥に触発された
    一連の詩が特に素晴らしい。
    思わず手帳に書き留めた。

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    2021年10月10日
  • 別冊NHK100分de名著 読書の学校 若松英輔 特別授業『自分の感受性くらい』

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    詩を書くことは、内なる自分と向き合い、コトバを紡いでいくことなのだと教わった。

    誰かに褒められようと薄っぺらい言葉を選ぶのではなく、生きる意味を深く深く問い、真摯に書くことの大切さを教わった。

    昔出会った茨木のり子さんに、出会い直せた一冊。

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    2021年09月26日
  • 考える教室 大人のための哲学入門

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    めんどくさがりの私でも読み切れる安心感のある「学びのきほん」シリーズ。哲学書って興味はあるけど敬遠してたので、飛びつきました。色んな本のしおりがいっぱい挟まってる感じで、カッコつけたいだけのおナカマにも本気の10代にもお薦め。

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    2021年06月03日
  • 別冊NHK100分de名著 読書の学校 若松英輔 特別授業『自分の感受性くらい』

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    ■メインテーマ
    詩を感じることができれば、言葉が人生を支える糧となる理由とは?

    ■著者の主張
    生きるとは何かという人生の根本にある問いを見つけるのに必要な自分の感受性を磨いてくれるのが詩である。

    ■感想
    普段わたしたちは、自分のうちに秘めた生きるとは何かという人生の問いを追うことはせず、どう生きるかばかりを生活の中から一生懸命掴みとろうとする。生活の中で身につけた学歴、地位、財産、権力などの鎧を作ることばかり追ってしまっている。

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    2021年03月03日
  • 別冊NHK100分de名著 読書の学校 若松英輔 特別授業『自分の感受性くらい』

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    詩人・茨木のり子の「自分の感受性くらい」を取り上げて高校生に授業をした時の講義をまとめたもの。ざっくりと茨木のり子のことが分かる。

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    2021年01月06日
  • 生きる哲学

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    若松英輔(1968年~)氏は、慶大文学部卒、「三田文學」編集長(2013~2015年)等を歴任した批評家、随筆家、詩人。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。2016年以降、NHK番組「100分de名著」で、 石牟礼道子の『苦海浄土』、内村鑑三の『代表的日本人』、神谷美恵子の『生きがいについて』、西田幾多郎の『善の研究』などの解説も担当している。
    本書は、古今東西の14人を取り上げて、それぞれにとっての「哲学」をひとつの「動詞」に関連付けて捉え、洞察した随筆をまとめたものである。尚、初出は、月刊誌「文學界」の2013年6月号~2014年7月号。
    なぜ、「動詞」が「哲学」なのか。。。著者は、序章で池田晶子の思想を引いて、「分るということは変わるということだ。ある出来事にふれ、真に分かったとき人は、どこかで変貌しているのである。これは素朴な理法だが、ときに厳しく迫ってくる。変わっていないのであれば、じつは分かっていないことが露呈してしまう。」と語り、須賀敦子の章で「本論を「生きる哲学」と題した。ここにおいての「哲学」は、・・・状態である。人間が自身を超える何ものかにむかって無限に開かれてゆく在り方を意味している。「哲学」とはそもそも、机上で学習する対象であるより、私たちが日々、魂に発見するべき光のようなものではないだろうか。人生の岐路に立ったとき、真剣に考え、誰に言うでもなくひとり内心で、これが私の哲学だ、とつぶやく。そうしたときの「哲学」である。」と書いている。
    そして、「万人のなかに、「哲学」が潜んでいることを思い出させてくれる人物」、「迷ったとき、自らの進むべき道を照らす光は、すべての人に、すでに内在していることを教えてくれる人」として、14人を選んだのである。
    その14人は、歩く~須賀敦子、彫る~舟越保武、祈る~原民喜、喪う(うしなう)~孔子、聴く~志村ふくみ、見る~堀辰雄、待つ~リルケ、感じる~神谷美恵子、目覚める~ブッダ、燃える~宮沢賢治、伝える~フランクル、認める~辰巳芳子、読む~美智子皇后、書く~井筒俊彦である。また、それぞれの章で、池田晶子、和辻哲郎、デカルト、ヴァレリー、高村光太郎、小林秀雄、白川静、ゲーテ、遠藤周作、マルクス・アウレーリウス、石牟礼道子、柳宗悦らについても語られている。
    そして、著者は「あとがき」でこう締めくくる。「哲学を研究、勉強することなくても、深遠なる哲学を有する人は世の中に多くいる。この本で取り上げた人々にとって何かを語るとは、そうした市井に生きる無名の人々に宿っている、本当の意味での「哲学」の代弁者になることだった。・・・ここでの「哲学」は、哲学者によって語られる言説に限定されない。それは、人間が叡智とつながりをもつ状態を指す。このことは、「生きる」ことが不断の状態であることと深く呼応する。同時に、「哲学」とは、単に語られることではなく、生きることによって証しされる出来事だとも言える。」
    一篇一篇がとても深い随筆集である。私はこれまで、取り上げられている少なからぬ人たちの著作を読んできたが、著者の洞察の中には消化できるものもあれば、消化しきれないものもあった。本書を頼りに、改めてそれぞれの著作に戻り、それぞれが体現した「哲学」とは何だったのかを考えてみたいと思う。
    (2020年11月了)

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    2020年11月03日
  • 弱さのちから

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    タイトルで、今自分に必要な本だと思った。

    "今、私たちもまた、さまざまな理由のために、心が砕かれているのではないでしょうか。しかし、内村はそうした心をこそ愛しめといいます。それだけでなく、神に贈る高貴なささげものにするがよい、と語るのです。
     人は世にいう「よい」ときの自分を好み、そうではないときの自分から目を背けがちです。しかし、神の眼から見たとき、試練にあるときの心ほど美しく貴いものはない、ということも内村は私たちに伝えようとしているように思われてなりません。" 110ページ

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    2020年08月29日