若松英輔のレビュー一覧
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#ツナグ100分de名著
詩を読むという行為は、
私が「わたし」に出会う旅でもあり、
言葉とは「おもい」「時」さらには「祈り」を届けるための器である。
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【タイトル】別冊 NHK 100分 de 名著読書の学校若松英輔特別授業茨木のり子自分の感受性くらい生きづらさを抱える人へ
【 著者 】若松英輔
【 出版社 】NHK出版
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『自分の感受性くらい
自分でまもれ
ばかものよ』
『自分の感受性くらい』は1977年夫を失った2年後に出版。
茨木さんはこの詩を50歳に近づいた頃に書いています。人生の半ばを過ぎた茨城さんが改めて自分に向けて書いている言葉で -
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ネタバレ志村ふくみ・若松英輔『緋の舟』、辰巳芳子『手の味こころの味』『いのちと味覚』をきっかけに、キリスト教(カトリック)の世界の本に少し寄り道している。
その過程で、カトリック教会が、第二バチカン公会議(1962〜1965年)で他宗教との対話を訴え、その実践が今も続けられていることを知り、現代のありようをもう少し知りたくなり、本書を手に取った。
現代の教皇の回勅(司教や信者に向けた公文書)を取り上げながらの解説(対談)なので、上記がわかりやすかった。
「神=至高の正義」の存在を信じ、その正義のために「自分の持っているものを与えるだけはなく、自分自身を与えなければならない(第一章)」とする点には、正 -
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ネタバレ文化出版局『辰巳芳子という生き方』の、辰巳芳子さんと小説家・僧侶玄侑宗久さんの対談録に、「遠藤周作がローマ教皇に会ったときに、「仏教を学びなさい。仏教の中にキリスト教があるから。」と言われた」とあったのに導かれて、この本を読んだ。
そしてカトリック教会が、第二バチカン公会議(1962〜1965年)で他宗教との対話を訴え、その実践が今も続けられていることを初めて知った。
そして『深い河』には、以下のような印象的なガンディーの言葉が引用されているという。「私はヒンズー教徒として本能的にすべての宗教が多かれ少なかれ真実であると思う。すべての宗教は同じ神から発している。しかしどの宗教も不完全である。な -
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選書で手にした本。
おそらく、読む人や読むときによって刺さる言葉が大きく変わる。私に取ってこの本は、お守りのような、常備薬のような本になった。
著者がこんなにも「かなしみ」について向き合って書き起こせたのには、23個目の「彼女」から察することができた。
そして、著者の若松氏はあとがきでこう書いている(文庫版)
"人生には悲しみの扉を通じてしか見ることのできない地平がある。人は、悲しみを生きることによって、「私」の殻を打ち破り、真の「わたし」の姿をかいま見る。"
ここだけ読んだらなんだかしんどそう、辛そうに見えるけれど、この本をすべて読んでからこのあとがきを読むと、た -
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柳宗悦は西田幾多郎と井筒俊彦の間に居るということを本書『宗教とその真理』は強く感じさせる。若松英輔氏の『霊性の哲学』を読んで以来、どうしても柳宗悦の「哲学におけるテンペラメント」を読まなければならないと思っていた。もちろんその文章が本書のハイライトとも言えるものであることは間違いないのだが、本書を実際に読んでそこに至るまでの向上道とも言うべき論述に評者は意表を突かれた。白樺の運動の中で連載された論考を集めたものでありながら、本書は一冊の書物として類まれな柳宗悦の堂々たる主著であることを知らされるのである。
西田幾多郎の『善の研究』に内展involutionと外展evolutionという言葉 -
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日本で初めて利他の言葉を使ったのが、平安時代の空海まで遡る。
空海の自利利他、最澄の忘己利他の概念からはじまり、道元の愛語、仏教と儒教の利、仁とは何か、不言実行と知行合一、天道、二宮尊徳の誠の道の実践、エーリッヒフロムの愛するということなど、類似概念や東洋を主とした世界の思想家の概念を丁寧に見ていく。
利己主義と自己愛は正反対のものだとフロムはいう。利己主義は、「自分を愛さなさすぎるため、自分の中に充実を感じられず、そのために利己的になっている」という指摘はなるほど!と唸った。
結論の「利他には等しさが必要です。そして、そのためにはまず、他者を愛するように、自分を愛し、信じることが大切なので -
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[BOOK]2023.12.5 若松英輔「生きる哲学」
2023年12月07日04:35全体に公開 みんなの日記28 view
ちょっと読み応えのある本でした
彼の「考えて」「生かす」哲学は、とても多岐にわたり
(^O^)にはたして、太刀打ちできるかと
最後までふあんでしたが
最後に「書く」「読む」ことの示唆を
与えてくださったので、
ここを礎に
ちょっと、哲学ということを
考え直してみようかと
思います
皆さんも、ご参考までに(^^♪
smile(^O^)
若松英輔の究極の「生きる哲学」
「書く」とは、コトバを通じて未知なる自己と出会うことである。「書く」ことに困