若松英輔のレビュー一覧

  • 悲しみの秘義

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    ネタバレ

    静かで力のある言葉がたくさんあった。
    読め、書け、情報を集めるのではなく自分のうちなる部分で考えろ。しかし人生(本文中では信仰)は考えるより歩け、生きろ。そこからしかわからないことがある。

    繰り返し言われているのは、語り得ない言葉(あるいはコトバ)の存在。そして、読むことの力。事実、若松さんは様々な詩や本を引用しながら書いているが、そこから思索を深めていく姿はまさに「読む」ということが「コトバを発する」ことに直結している姿を見せてくれている。

    最後にちょっといい文章を引用しておく。
    「やわらかな日の光にふれ、小さな呼吸をする。全身を小さな力が貫く。そのとき私たちは今日も生きてみようと、内なる言葉で自らに語りかけている」

    あぁ、そういう感覚あるな、と思う。あのちょっとだけ気合いが入るあの感じ、こんなふうに文章化できるのか、と感じ入る。

    星4つなのは、私がまだ本当に大切な人を喪失していないので、私の理解力不足。

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    2026年03月02日
  • 詩集 美しいとき

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    ストレートな表現で、全体を通して省カロリーで読み進めることができるため、何度も繰り返し味わいたくなる詩集。
    とりわけ印象に残ったのは「頭がいい人」という作品。大切な人のために何もしてあげられないと言って涙を流す姿を「初めて手を合わさずに祈る人の姿を見た」と表現する一節は、鮮明な情景を立ち上がらせ、心震わせる。

    意識の中で自己と他者の境界が曖昧になる美しい瞬間をすくい取った、ショートフィルム集のような作品。

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    2026年02月11日
  • 悲しみの秘義

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    数々の引用と共に進んでいくエッセイ。
    静謐な雰囲気の漂う美しい文章。

    ー 読み手は、書き手とは異なる視点から作品を読み、何かを創造している ー

    という一文が、読書の楽しみをひと言で表しているような気がして何だか嬉しくなる。

    愛する妻を失った筆者の物語のパートは、
    悲しく、愛しかった。

    ストレス社会に生きて日々擦り切れている私たちの心に寄り添って癒してくれる一冊です。

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    2026年02月06日
  • 光であることば

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    光だったー、人生が四季なら今はいつだろう。春の終わりくらいかな、それとも夏の真っ只中か。おもしろいなー。

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    2026年01月31日
  • 探していたのはどこにでもある小さな一つの言葉だった

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    「人は捜しているものを見つける」という言葉のとおり、私は、このようなエッセイを捜していたのだと感じた。

    抽象的な表現を理解するのが苦手だ。詩は私にとって難しい。かと言って、小説ではなく、もっと端的に、作家たちの考えに触れたいと思ってきた。エッセイを読めばいいのかと気づいた。

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    2026年01月18日
  • 宗教の本質

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    「概念の鍵では「宗教」の扉は開かない。」P306


    往復書簡してみてぇーって思った笑
    宗教関連のテーマに沿って仏教徒とキリスト教徒がそれぞれ手紙でやり取りする形式になっている。持ち合わせている知識と考え方が非常に深い。そんな感想しか出ない俺が浅い。

    結局、宗教は知識として勉強できるような類のものではなくて、それ自身を全身全霊で「生きる」ような飛躍が宗教の語りには必要になる。有無ではなく要不要に関わるから、現代社会のような道具としての宗教は本質を外していて「死せる概念」となってしまっている。イサク奉献のエピソードは、常に宗教観に影響を与えてくれそう。


    俺の勘違いは以下の部分。

    「宗教は共同体を生み出します。共同体が無くて、完全に個人の枠内にとどまっているのであれば、それは宗教というよりも思想・信条といったところでしょう。」P242

    思想・信条を共有したいという思いは、宗教と若干ずれてる気がしてきた。ただ、この思想・信条の実践/もの語る行為の先に、響きに共鳴する、ともに道を歩く人に出会えたりするのかなと。


    「たとえ誰かがキリストは真理の埒外にいるという事を僕に証明したとしても、又、事実、真理はキリストの裡(うち)にはないとしても、僕は真理とともにあるより、寧ろキリストと一緒にいたいのです。」P277

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    2026年01月02日
  • 宗教の本質

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    僧侶にして宗教学者としても著名な釈先生と、生まれる前からのキリスト者である若松さんが交わした書簡による対話。「話す」「施す」「笑う」など、挙げられたキーワードを宗教的視点で語り合う。

    釈先生の書簡に対し若松さんが応えるという形式なので、どうしても後から述べる若松さんの意見のほうが強めに残る。個人的に興味深いと思ったのは「共同体」というテーマだが、いずれのテーマも一度のやり取りで終わる。深める、掘り下げるというところまではいかないのが少し残念。

    私が本書で宗教の本質を垣間見たと思ったのは、最後に収録された対面での会話である。釈先生が述べた教え子のエピソードに対して、若松さんが「私たちの生は現世に限定されていないかもしれない」からその先も含めて自分の人生を決める、これこそ世界観であり、それは賭けも含むと返し、さらに釈先生が「賭けである以上、他人に強いてはならない。もの語るしかない」と返す。これは、この2人の会話だからこそ出てきた発言だろう。実に興味深い内容だった。

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    2025年12月30日
  • 自分の人生に出会うために必要ないくつかのこと

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    日本経済新聞に2023年4月から2024年3月まで、「言葉のちから」として連載されたものから27篇を選び一冊の本にしたもの。

    〝言葉〟の持つちから、面白さが詰まっていて、何度でも手に取りたくなる本でした。

    一篇はどれも「誰かの言葉を引用した作品」になっており、例えば…
    武者小路実篤『沈黙の世界』より引用
    ──言葉の世界に住んでいると、沈黙の世界がなつかしくなる

    など、作家や哲学者の言葉が多く取り上げられている。

    他に面白いと思ったのは、
    『念い(おもい)を深める』
    の一篇で「おもい」を表現する漢字が沢山あるということ。
    思い、想い、意い、憶い、惟い、顧い、懐い、忖い、恋い…
    それらを熟語にしてみると、意味が明らかになる。
    意図、記憶、思惟、懐古、忖度、恋愛、念願…

    なるほどね!

    〝念とは「わたし」の原点であると同時に人間の原点でもある。そこに立ち戻ろうとする願いを念願と呼び、その場から発せられる助力を必要とするとき私たちは、正念場だというのだろう。〟

    う~ん
    私にはちょっと難しいな(;^ω^)

    哲学的な一冊だけど、すごく分かりやすかったのは、
    「頭」で考えただけの言葉はそれを聞く人の「頭」を刺激する。
    「心」から出た言葉は「心」に届く。
    「肚」から出た言葉は「肚」へと届く。

    うんうん、納得⁽⁽ ( *ˊᵕˋ ) ⁾⁾

    巻末にブックリストも掲載されており、気になる本も何冊か見つけられて、お得な一冊だった。

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    2025年12月29日
  • 八木重吉詩集

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    八木重吉の詩集ですね。
    八木重吉(1898~1927、東京生まれ)二十九歳で亡くなった近代詩の彗星。
    編集は、若松英輔さん(1968年、新潟県生まれ)
     
     生前に発表された詩集は『秋の瞳』一冊だけです。
     自分で編集した『貧しき信徒』は、亡くなられてから発刊されました。それと、残された多くの『詩稿』とキーツ、ブレイクの『訳詩』から精選された詩集です。
     いずれも短い詩は、『生きること、在るへの愛しみとかなしみに満ちている。人間の内奥にある霊性が、読む者にはたらきかけてくる。』と、編者が語り掛けています。

          「胡蝶」

     へんぽんと ひるがへり かけり
     胡蝶は そらに まひのぼる
     ゆくてさだめし ゆえならず
     ゆくて かがやく ゆえならず
     ただひたすらに かけりゆく
     ああ ましろき 胡蝶
     みずや みずや ああ かけりゆく
     ゆくてもしらず とももあらず
     ひとすぢに ひとすぢに
     あくがれの ほそくふるふ 銀糸をあへぐ

          「詩稿」より

     宇宙のこころは かんじてゐる、
     いまの世はくちた世であると
     そして、あたらしい芽がこの世から出ないなら
     焙きほろぼすにしくはないと、
     為政者やぬすびとだけがいけないのでもない、
     純情の人といへどもかなしき不具者である、
     ああ、さむげに
     ひかるように かんじてゐる宇宙のこころよ、

          「詩稿」より

     詩をうむこころ
     それはおさないこころです、
     ただそれはつめたくはない、
     うつくしく
     あつく しづかに、
     たとへ春の花であっても
     詩にあっては秋の空のなかに咲きます、

         「詩稿」より

     なにゆえ
     草はうつくしきか

     みづからのすべて
     みづからによりてつくられしゆえなり

     なにゆえ
     にんげんはうつくしからぬか

     みづからならぬもの
     みづからのうちにあるゆえなり

     いっぽんのくさのうるわしさは
     ひとつのほのほのうるわしさにかよふ

     くさの葉の
     そのかたちは
     つくりぬしの
     こころながるる そのすがたなり

     底辺にキリスト者の精神を宿し、生命と運命を見つめている。自身の存在を確かめながら、森羅万象を感じながら詩に託されている。
     短い命を翔け去った詩人の名残の珠玉は、美しい言葉で綴られていますね(=゚ω゚=)

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    2025年12月19日
  • 「利他」とは何か

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    「贈与」や「利他」がタイトルに含まれる本が増えていますね。

    現代に生きる私たちは、交換や利己によっぽど疲れているのでしょうか。

    ただ「贈与」や「利他」に漂う胡散臭さがあるのも事実。

    結局人間は純粋に利他的には生きられないのではないか。

    最近、私の考えていたことです。

    この本を読んで、その考えは合っていると感じるとともに、
    利他は意図せずしっかりと存在することも実感できました。

    それは自分という器を誠実に生きるということ。

    自分が全力になれることを全力でやることが、人類の歴史や系譜に奉仕することになるという作家・磯﨑憲一郎さんの言葉は、私たちの迷いを幾分和らげてくれるのではないでしょうか。

    利他を考える前に、自分の器を磨き信じることが大切だなと感じ、今日も私は本を読むのでした。

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    2025年11月13日
  • 悲しみの秘義

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    いまこうして言葉にするのがとても難しいです。
    どんな言葉を出しても、野暮ったくて、じれったくて。無理やり言葉にすること自体、どこか間違いのような気さえしてしまいます。

    以前、Eテレの「理想的本箱」という番組で、「もう死にたいと思った時に読む本」の一冊として紹介されていた本書。その時の印象が強く、そう思った時に読んだらいいと思っていたけど、いつ来るかわからないし、「死にたいと思った時に読め」と言われる本とは、一体どういう本なのか、気がつけば、読む手が伸びていました。

    一番心に残っているのは、「愛すること」と「悲しむこと」は表裏一体であるということ。愛することで、すでにその内側で悲しみも育んでいる。そう考えると、愛することにも多少の恐れを抱いてしまいますが、悲しむことに光を当ててくれる印象もあります。

    私は、「もう死にたいと思った時に読む本」ではなく、「愛とは何かを考える時に読む本」としてこの本を推したいです

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    2025年11月13日
  • 悲しみの秘義

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    悲しいという感情は人間が持つ、崇高な感情だと思いました。以下の文。なんて暖かく、優しい表現なのでしょうか!
    声をだに聞かで別るる魂よりも
    亡き床に寝む君ぞかなしき
    (意味)夫が仕事で遠くにいて、妻は病に襲われ亡くなろうとしている。その時に詠まれた歌。彼女は遠く離れた夫に向かって、あなたの声を聞くことが出来ずに逝こうとしている私よりも、私が逝ったあと、夜、独り寝るあなたの悲しみの方が耐え難いだろうと、

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    2025年11月12日
  • 宗教の本質

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    釈徹宗・若松英輔著『宗教の本質』の感想です。

    他の著作で目にしたことのあるお二人の新刊を見かけて購入。やはりいいですね。言葉ではうまく表現できませんが、自分の知らない斬新な視点を提示されつつ、なぜか共感できる安心感のようなものを感じます。

    マルティン・ブーバーやキルケゴールの受け売りのようですが、自分自身も「宗教の本質は不合理である」というのがしっくり来ます。イサク奉献がその代表。

    ちなみに個人的には「科学の本質は再現性である」と思っています。
    そう考えると「宗教が常に個人的体験とともにある」とすれば、やはり科学と宗教は本質的に別の世界を対象としているのではないかと思いました。
    だからといって対立するものではなく、お互いに補い合って世界を構成している性質のものでしょう。
    現実に、この世界には、再現不可能な個人的体験が、無数に転がっているのですから。

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    2025年10月12日
  • 悲しみとともにどう生きるか

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    東畑開人さんのアジールとアサイラムの話、そして若松英輔さんの「死者は、、」という話がすごく良かった。

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    2025年10月11日
  • 「利他」とは何か

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    「利他」に偽善的なものを感じつつも、必要なものだよなあという気持ちもあり、興味のあるテーマなので読んでみた。
    正直3章以降は難しすぎたのだけれど、伊藤亜沙さん、中島岳志さんの文章に、何度も視野を広げてもらった。以下、特に印象的だった部分のメモ。

    伊藤亜沙さんの文章では、効果的利他主義という考え方を知った。徹底的な「評価と比較」をして行う利他だ。
    例えば、他者のために働きたいと考える若者が、限られた給料のNPOに就職したりせずに、ウォール街でお金を稼いで寄付する方を選ぶというような考え方となる。
    利他の原理を「共感」にしないのが目的らしい。共感によって行う利他では、ふだん出会うことのない遠い国の人や、そもそもその存在を意識していない問題にアプローチできない。
    また、共感を得られないと助けてもらえないというプレッシャーにもつながる。助けが必要な人はいつも相手に好かれるようにへつらっていなければならない。

    中島岳志さんは、贈与は支配と絡まってくるという。
    哀れみによって利他的な行為をすると、その対象に対して支配的な立場が生まれてしまう。
    物をあげるという行為は、もらった側に負債の感覚を与えてしまうからだ。


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    2025年10月10日
  • 自分の人生に出会うために必要ないくつかのこと

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    今の自分に必要だと思うところから読み始めていいのだ、とはじめに断りがあった。そして、願うならば読み終わらないこと。私という読み手はそういうことができずに、順番に読み、あっという間に読み終えてしまった。
    若松英輔さんの本を読んでいると、その時その時で気になる人が出てくる。今は神谷美恵子さんがその人のようだ。若松英輔さん月間と決めたが、神谷美恵子さんの本を、言葉を欲しているなぁと思いながら読み進める。来月は神谷美恵子さん月間かな。
    私の読書は興味の趣くままに、なのであちらこちらに飛んでしまう。だから、じっくり読むということが苦手。それで1人の作家にじっくり向き合うことを目的に今月は若松英輔さんと決めた。ただ、後からまた読みたくなる、ふとしたときに読みたくなる。そんな本もある。この本もそんな本として、本棚に存在してくれるだろう。
    おもう、という漢字。ねがう、という漢字が沢山あること。語源まで遡って、自身の感情にしっくりくる言葉を見つけること。そんな楽しみを教えてくれる。若松英輔さんの本を読むと、私の言葉の世界はどんどん広がっていく。だからこそ、じっくり時間をかけて読むことが求められているのだろうな。

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    2025年09月24日
  • 「生きがい」と出会うために 神谷美恵子のいのちの哲学

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    今月は、若松英輔さん月間にしようと思っています。とはいえ、既に月半ばではありますが。神谷美恵子さんの本はこれまでにも何冊か読んできています。そもそもの出会いが100分de名著で若松英輔さんが解説しているのを見て、読み始めたのがきっかけです。そんな経緯もあり、若松英輔さん月間の始まりは神谷美恵子さんで、と思っていました。
    いつもの通り、神谷美恵子さんの文章を若松さんが深い洞察力と読解力で解説してくれています。噛み砕いて言い換えをし、さらに引用し神谷美恵子さんの言わんとしていることを、さらに熱い言葉で言い換えしてくれています。
    自分の読解力の薄さを感じつつ、そういうことでいいんだね、そういう観点からか、等を思いながら読み進めました。こうやって読んでいると、次は神谷美恵子さんの本を読み返したくなるが、今回はぐっと我慢して次の若松英輔さんの本を読み進めていきます。

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    2025年09月15日
  • 悲しみの秘義

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    ネタバレ

    ・一見すると希望にあふれた者のように見えてもそんなとき人は、人生の問いから遠いところにいる。人は、自分の心の声が聞こえなくなると他者からの声も聞こえなくなる。

    ・祈ることと、願うことは違う。願うとは、自らが欲することを何者かに訴えることだが、祈るとは、むしろ、その何者かの声を聞くことのように思われる。

    ・現代人は、情報を手に入れると安心する。分かったと思い込む。だが、情報に心を領された者は考えることを止めてしまう。考えるとは、情報の奥にあることを見極めようとする営みであるからだ。

    ・人は二つの道を同時に考えることはできても、同時に歩むことは決してできません。(『遺稿集「南無アッパ」』の祈り)

    ・人生の意味は、生きてみなくては分からない。素朴なことだが、私たちはしばしば、このことを忘れ、頭だけで考え、ときに絶望してはいないだろうか。

    ・心を開くとは、他者に迎合することではない。そうしてしまうと相手だけでなく、自分からもどんどん遠ざかってしまう。むしろ、心を開くとは、自らの非力を受け入れ、露呈しつつ、しかし変貌を切望することではないだろうか。

    ・言葉は、書かれたときに完成するのではなく、読まれることによって、命を帯びるからである。

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    2025年09月02日
  • 悲しみとともにどう生きるか

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    若松英輔さんと平野啓一郎さんの名前があるし、と軽い気持ちで手にした本。そして、長らく積読本。今回、ようやく読み始め、初めて世田谷事件の被害者家族である入江杏さん主催のミシュカの森という会があることを知った。そして、その会の講演をまとめたのがこの本であることも初めて知り、心して読まねば、との気持ちになって読んだ。
    平野啓一郎さんの話では、死刑について考えさせられ、東畑開人さんの話では、居場所についてを考えた。特に居場所の話は自分レベルで考えられたと思う。そして、自分にとっての居場所について考えられた。もっと居場所を作らなくては、とも思う。居場所、座っていられる場所。立っている場所は落ち着かず、疎外感を感じる。だから、座ればいいのだ、そこが居場所になる。体と心は繋がっているのだと改めて思わせてくれる、話の流れだった。と思ったことが、私の文章では伝わりにくいとは思うが、私としては腑に落ちた。

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    2025年08月27日
  • 探していたのはどこにでもある小さな一つの言葉だった

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    ゆっくり、しっとりと読ませていただきました。一つ一つの言葉を感じ、戻りながら読んだのは久々でした。今の自分にとって必要なものは自分の目が見つけて、自分の心が自然と見つけてくれるのだなぁと思える本でした。大切に置いておきたい本です。

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    2025年08月22日