若松英輔のレビュー一覧
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東日本大震災のとき、何も出来なくてもどかしかったこと、今回のコロナでむしろ動けなくなって、自分がダメになりそうだった。今まで「自分に武器を持ちなさい」と諭され、生き抜く事ばかりに執着していた自分が、武器も使えない、増やせない状況で気がついたのは、筆者と同じ「弱い自分をうけいれる」ことだった。もう自分は生きていて、揺るがないものがどんな形で、自分がどんな人間が認識することが必要なんだろう。と思った。若松先生の詩や文章はじっくりと自分と向き合う姿が伝わってきて好きだし、神谷美恵子さんの著者の解説などもとてもわかりやすく、過去の翻訳家だと思っている。そんな先生が、等身大の自分を曝け出したこの本はある
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ネタバレ『苦海浄土』はまだ読んだことがない。まだそこまで手が出ない。熊本という場所に生まれ育ち、小さいころからその病の名前を聞いていて、石牟礼さんの名前もどこそこで聞いてきたのに、ようやくそちらに意識が向くようになったのは最近のことだ。
このあいだ、高群逸枝さんについて書かれた(というか厳密にはそのご主人との交流の部分が大きかったが)本を読んで、石牟礼さんにも最初の一歩というものがあったのだという「親しみ」のようなものを感じ、ようやくすこしだけ近づくことができてきたような気がする。でも、まだ全集を手に取るには畏れ多い。そんな私みたいな人間が入門書としてこの本を手に取るのは非常に有益だと思った。
そし -
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大好きな須賀敦子さんのことを若松英輔さんがお書きになるって読まずにはいられない。
大喜びで読み始めたが、いきなりガーンと来た。
もちろん須賀さんが熱心なカトリックの方とわかって読んではいたのだが、そもそもカトリックに関する素養も知識も、もっと言えば関心もほぼない私。それを抜きにして読んで、それで読んだと言えるのか。何を持って好きと言ってるのか。全くわかってないではないかとショックを受けた。ほんとに。今、私のやるべきことは、この若松さんの評伝を横に置きながら、須賀さんを読み直すことと思われる。
でも、もっと意識をして読むからと言って、カトリックの素養のない私は深くは読めないってことなのか。それを -
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書店屋で,たまたま目に止まって買ったまま積読でしたが,連休中に読みました.
哲学は,前々から興味はあったものの,どうにも型苦しいと言うか,変に難しく考えている様な感じがあって,少々敬遠気味だったのが本音でしたが,この本を読んだ,私なりの感覚としては,考えるとは何かを考えるのが哲学と言うものかも知れないと思いました.また,自分が実体として思っていることも,実は多数の考え方によるもので,実体とは言い切れない面があることも,本書を読んだ気づきです.
この本はあくまで入門本で,深く学びたいならば,それ相応の書籍を読んだり実践の中で体得すべきなのでしょうけれど,哲学とは何か(を読者が自分自身で考える)に -
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恐しみに出会った時に読む本。
一宮沢賢治、須賀敦子、神谷美恵子、リルケ、プラトン、小林秀雄、ユングらの、死者や哀しみ、孤独について書かれた文章を読み解き、
悲しみは排除すべきものではなく、人間を深くする経験であると語る。
「涙は、必ずしも頬を伝うとは限らない。悲しみが極まったとき、涙は涸れることがある。深い懇しみのなか、男気をふりしぼって生きている人は皆、見えない涙が胸を流れることを知っている。」
「人生には悲しみを通じてしか開かない扉がある。悲しむ者は、新しい生の幕開けに立ち会っているのかもしれない。単に、悲しみを忌むものとしてしか見ない者は、それを背負って歩く者に男者の魂が宿っていること -
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さて、本作は読書論と銘打たれているが、個人的には詩集の面が強いと感じる。本を読めんくなった時のハウトゥー本とての位置付けかと思っていたが、本作はどちらかと言うと、本を読めなくなった時どのような心持ちでいるのか、読めなくなった事実をどのように受け入れていくのかの心持ちが述べられている。持論であるが、本を読むことは習慣であり、習慣維持の半分は精神論が肝だと思っている。根性で本を開くとか、一日絶対一冊読むとかではない。いかに「楽しく感じられるか」である。辛いことは続けられないし、嫌な思い出になる。だから、習慣にしたいことは無理やりやらないし、楽しいと思える努力をする。故に、本書のある種本を読まない
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ネタバレ静かで力のある言葉がたくさんあった。
読め、書け、情報を集めるのではなく自分のうちなる部分で考えろ。しかし人生(本文中では信仰)は考えるより歩け、生きろ。そこからしかわからないことがある。
繰り返し言われているのは、語り得ない言葉(あるいはコトバ)の存在。そして、読むことの力。事実、若松さんは様々な詩や本を引用しながら書いているが、そこから思索を深めていく姿はまさに「読む」ということが「コトバを発する」ことに直結している姿を見せてくれている。
最後にちょっといい文章を引用しておく。
「やわらかな日の光にふれ、小さな呼吸をする。全身を小さな力が貫く。そのとき私たちは今日も生きてみようと、内な