若松英輔のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
今の自分に必要だと思うところから読み始めていいのだ、とはじめに断りがあった。そして、願うならば読み終わらないこと。私という読み手はそういうことができずに、順番に読み、あっという間に読み終えてしまった。
若松英輔さんの本を読んでいると、その時その時で気になる人が出てくる。今は神谷美恵子さんがその人のようだ。若松英輔さん月間と決めたが、神谷美恵子さんの本を、言葉を欲しているなぁと思いながら読み進める。来月は神谷美恵子さん月間かな。
私の読書は興味の趣くままに、なのであちらこちらに飛んでしまう。だから、じっくり読むということが苦手。それで1人の作家にじっくり向き合うことを目的に今月は若松英輔さんと決めた。ただ、後からまた読みたくなる、ふとしたときに読みたくなる。そんな本もある。この本もそんな本として、本棚に存在してくれるだろう。
おもう、という漢字。ねがう、という漢字が沢山あること。語源まで遡って、自身の感情にしっくりくる言葉を見つけること。そんな楽しみを教えてくれる。若松英輔さんの本を読むと、私の言葉の世界はどんどん広がっていく。だからこそ、じっくり時間をかけて読むことが求められているのだろうな。 -
Posted by ブクログ
今月は、若松英輔さん月間にしようと思っています。とはいえ、既に月半ばではありますが。神谷美恵子さんの本はこれまでにも何冊か読んできています。そもそもの出会いが100分de名著で若松英輔さんが解説しているのを見て、読み始めたのがきっかけです。そんな経緯もあり、若松英輔さん月間の始まりは神谷美恵子さんで、と思っていました。
いつもの通り、神谷美恵子さんの文章を若松さんが深い洞察力と読解力で解説してくれています。噛み砕いて言い換えをし、さらに引用し神谷美恵子さんの言わんとしていることを、さらに熱い言葉で言い換えしてくれています。
自分の読解力の薄さを感じつつ、そういうことでいいんだね、そういう観点からか、等を思いながら読み進めました。こうやって読んでいると、次は神谷美恵子さんの本を読み返したくなるが、今回はぐっと我慢して次の若松英輔さんの本を読み進めていきます。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ・一見すると希望にあふれた者のように見えてもそんなとき人は、人生の問いから遠いところにいる。人は、自分の心の声が聞こえなくなると他者からの声も聞こえなくなる。
・祈ることと、願うことは違う。願うとは、自らが欲することを何者かに訴えることだが、祈るとは、むしろ、その何者かの声を聞くことのように思われる。
・現代人は、情報を手に入れると安心する。分かったと思い込む。だが、情報に心を領された者は考えることを止めてしまう。考えるとは、情報の奥にあることを見極めようとする営みであるからだ。
・人は二つの道を同時に考えることはできても、同時に歩むことは決してできません。(『遺稿集「南無アッパ」』の祈り)
・人生の意味は、生きてみなくては分からない。素朴なことだが、私たちはしばしば、このことを忘れ、頭だけで考え、ときに絶望してはいないだろうか。
・心を開くとは、他者に迎合することではない。そうしてしまうと相手だけでなく、自分からもどんどん遠ざかってしまう。むしろ、心を開くとは、自らの非力を受け入れ、露呈しつつ、しかし変貌を切望することではないだろうか。
・言葉は、書かれたときに完成するのではなく、読まれることによって、命を帯びるからである。 -
Posted by ブクログ
若松英輔さんと平野啓一郎さんの名前があるし、と軽い気持ちで手にした本。そして、長らく積読本。今回、ようやく読み始め、初めて世田谷事件の被害者家族である入江杏さん主催のミシュカの森という会があることを知った。そして、その会の講演をまとめたのがこの本であることも初めて知り、心して読まねば、との気持ちになって読んだ。
平野啓一郎さんの話では、死刑について考えさせられ、東畑開人さんの話では、居場所についてを考えた。特に居場所の話は自分レベルで考えられたと思う。そして、自分にとっての居場所について考えられた。もっと居場所を作らなくては、とも思う。居場所、座っていられる場所。立っている場所は落ち着かず、疎外感を感じる。だから、座ればいいのだ、そこが居場所になる。体と心は繋がっているのだと改めて思わせてくれる、話の流れだった。と思ったことが、私の文章では伝わりにくいとは思うが、私としては腑に落ちた。 -
Posted by ブクログ
ゆっくりと1人の寂しさと向き合う夜に何度も読みたくなる本でした。
特に七章の「勇気とは何か」が胸に刺さりました。筋ジストロフィーで幼少より寝たきりの方が書いた詩が引用されてるのですが…私はその方とは比べ物にならないけれども、体がだいぶ弱い方で体調不良で諦めたことがいくつもあります。
だからこそ、「どんな微細な光をも捉える眼を養うためのくらやみ」という詩が今のくらやみを諦めずに受け止めて生きようと…うまく言えないのですが章のタイトルの通り勇気を自分も出そうと力をもらいました。
今まで詩歌をあまり読んだことがなかったのですが、小説とまた違って言葉が少ない分、より作者の中で自分の気持ちにぴったり合う言葉が選ばれて…だからこそ、自分の気持ちが合う詩、わかる詩は、小説よりも「これだ!この言葉を求めていた!」とぐっとくるんだなあと感じました。
今後、この本をきっかけに詩歌とかもみてみます。 -
Posted by ブクログ
心に残ったところをピックアップします。
「生きるとは、自分の中にすでにあって、見失っている言葉と出会うための道程だとも言える」P12
「世界は人間に読み解かれるのを待っている」P13
「どんなに慄き、恐れても、死を免れることはできない。自分の思うように人生を生きようと、どんなに思いを描いてみたところで虚しい。結果は常に思いを裏切る。思うことに労力を費やさず、ただ、あるがままを見、生きよというのである」P166
「人間は、人格を宿しているという事実において平等であり、すべての人は、人格という不可視なものの働きによって、人間として存在している。別な言い方をすれば、肉体をもって在ることが、人格の実在を明示している」P208
「人は単に生きているのではない。生きることを人生に求められて存在している。人生が個々の人間に生きることを求めている。人生はいつも、個々の人間に、その人にしか実現できない絶対的な意味を託している」P211
「私たちが<生きる意味があるか>と問うのは、はじめから誤っているのです。つまり、私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです。私たちは問われている存在なのです。私たちは、人生がたえずそのときそのときに出す問い、「人生の問い」に答えなければならない、答えを出さなければならない存在なのです。生きること自体、問われていることにほかなりません。私たちが生きていくことは答えることにほかなりません」P212