若松英輔のレビュー一覧
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内村鑑三の「代表的日本人」を簡略化し紹介した本。確かケネディ?大統領が尊敬する日本人ということで上杉鷹山を挙げていたのは、この内村鑑三の著書によるところが大きいのであろう。(余談ではその時の日本人が恥ずかしながらも上杉鷹山?と知らなかったとか)
勿論この著書を紹介しているものの、どちらかと言えば内村鑑三の思想の一端、内村鑑三を解釈した著者の思いも十二分に表していよう。
神、天とは、紹介する人物やキリスト教を通して内村自身がまさに人間を超越した何かを感じ、寄り添おうとしていたのであろう。
最後の方は、読むこともだいじであるが、書くこと、さらにありのままに書くことの大切さ、その書くことで自身の内面と向き合うことを薦めており、物書きでないものにまで勇気を与えているかのようである。 -
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ネタバレソクラテス、ルネ・デカルト、ハンナ・アレント、吉本隆明の書が紹介されている。
対話や、自ら体験することでしか得られないものがあるというのは意外だった。
労働と仕事の区別、自己幻想や共同幻想などちゃんと理解できたかは怪しいが、一つ一つの説がとても人間的に思えた。これもまた私には意外だった。
ソクラテスも吉本隆明も、相手によって話し方や話題を変えたりはしないというのには驚いた。無意識にやってしまいがちだし「よいこと」くらいに思っていたが、哲学の観点から見ると勿体ないことをしているんだろうな。せっかく話す機会があるのに、上辺だけの会話をする。思えば上辺の会話しかしていない。私はできれば本と対話したいが、それだけでは足りないのだろう。
哲学書に解答を求めず、自分で考えていく。この本を読んでいると、考えることは悪いことじゃないと思えた。哲学への偏った思い込みがあったのだと分かった。
本の締めくくりに書かれている読書ノートのすすめを真似してみたい。向き合い、読み続けていつか血肉になるような本に私も出会いたい。 -
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若松英輔さん、2冊目。若松さんの本をテレビで紹介されるのを聞くと、毎回とても絶賛されていて、尊いことが書かれてあるのだろうと自ずと期待が膨らんだ。
レビューもとても高評価ばかりなので、私の読解力が乏しいだけなのかもしれないけれど、想像していたほどには、私には響かなかった。大学の文学部の先生が書きそうな内容だな、とか、仏文学部に在籍していた大学時代、私もこういう感覚を大切にして、こういう観念的な文章を書いていたなと感じた。
全体を通してかなり観念的で、一見○○だが実は…だ、のようなパラドクス的な考え方、とか、実際には触れられない、見えないものなどを心の深いところで見つめ感じることが生きる意味であり喜びだ、という考え方がしばしば書かれていた。
薬草を扱う商いをしているということで、東洋的な感覚を突き詰めていることに合点がいった。
25の生きていくうえでかけがえのないことについて書かれているが、中でも「老いる」「耐える」「憎む」が良かった。
心に残った文…
○今に生きることなく過去、あるいは未来どちらかに大きく傾いている状態を不幸と呼ぶのかもしれない。74
○耐えるとは、人生が差し出すいくつかの逃れることのできない問いを、明確な答えのないまま、どこまでも愛そうとすることだ。99
○人はどんなに他の人を嫌いになっても構わない。しかし、決して憎んではならない。それはついに自らを傷つけることになる。114
○愛してその悪(短所)を知り、憎みてその善(長所)を知る115
今の自分は心が擦りきれすぎていて、若松さんの文が、きちんと読めていない可能性もあるなと自省した。
悲しみがなければ得られないことがある、と若松さんは一貫して訴えている。自分がよくベートーヴェンの音楽の表現について、「厳しさがなければ本当の優しさは出てこないのよ」なんてわかったふうに生徒さんに伝えていることは、これに少し似ているのかもしれない。
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利他という言葉を最近になってラジオで耳にし興味を持つようになりました。なんとなく自分よりも相手や周りのために尽くす意味合いかと思っていましたが、利他にも色々あるらしいです。
本の内容は全体的に難しく感じましたが、利他について考える行為自体がとても大切な事なのだと感じた。何のための利他なのか、誰のための利他なのか。
一章 伊藤亜紗さんの
・利他は自分のためになる?
・数値化によって消える利他の感情
・他者のコントロール
・信頼と安心
が良かったです。
利他的な行為を行う上で自身が気をつけること、利他的な行為を相手から押し付けられた時の考え方等自分と相手の関わりの中で客観視するヒントを貰えたように思います。本の内容の中には心理学の返報性の原理やアドラーに結び付けられる箇所もあると感じました。
中島岳志さんの
・利他は私たちの中にはない
も良かったです。自分に置き換えて考えると分かりやすい。なるべく自然体でいたいですね。普段から気負わず背負いすぎず自分らしく過ごしていけば良いのだと思いました。 -
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伊藤亜紗の「利他」についての概論が一番よかった。
なぜ今、「利他」なのか、ということが、まず知りたかったので、ジャック・アタリの合理的利他主義や効果的利他主義についての説明がありがたかった。
中島岳志のいう「利他」は合理的利他主義とは違い、湧き起こるものであること、親鸞のいう若松英輔の「利他」は民藝の文脈からの「ウツワ」にその本質を見出すものであった。特に中島岳志に関しては、意外。ここだけではわかりにくいので、中島岳志の「思いがけず利他」もこの後読んでみようと思う。
國分功一郎の言う中動態がなぜ「利他」と繋がるのか興味があったが、なるほど「義」がそうであったか。つまりはやむに止まれぬ、湧き起こる気持ちとしての「利他」を語るには中動態で説明できるということだ。
これは腑に落ちた。
自分の中に訪れるものを受け取るということ。
中動態は依存症や同調圧力に屈するような、自分の意志を超えてしまうマイナスの面ももちろんあるが、こういったプラスの面ももちろんあるのだ。(中動態はプラスもマイナスも無いので当たり前なのだが)
「利他」の「意志」を中動態で捉えると、中島岳志のいう「利他」と相通じる。そう考えると、納得できる。
(でも、中動態の説明は難しかった…。)
磯崎憲一郎のいう「利他」は文学の書き手がいざなわれる「利他」について。
いずれも、人間は「ウツワ」であり、「意志」は自分が作るものでなく、向こうからやってくるものだ、というのが彼らの「利他」の考え方だ。
それぞれのアプローチで「利他」が書かれているが、読み終わってもなお、世に広めるのは、最初に紹介された合理的利他主義、効果的利他主義でいいじゃないかという気持ちは変わらないな。
まずは、それで動こうというコンセンサスをみんなが持つ。情けはなにより自分のため、でいいではないか。
そうでなければ、間に合わないくらい、今世界はのっぴきならない状態にあるんじゃないかと思うのだが…。
ジャック・アタリのいう合理的利他主義「情けは人の為ならず」でないと、現代社会に届かないと(私は)思う。
「利他」とはそうではない、という彼らの主張の方が正しいのか見極めたい。