ヨシタケシンスケのレビュー一覧
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M市は買ってくれなくて、他所から借りようとして届かず、やむを得ず購入・・って流れなのだろうか~2「う」と書いて「お」と読めとはこれいかに。3五十音表と言いながら、じつは動詞の活用表でもあるのだ。10米洗ふ前を螢の二ツ三ツーホタルの生死をわけるもの。14しぇんしぇー、ちゅくえ。15発音しない発音(sかsuか)。16ててったってー詰めて縮めて試練の聞き取り問題。18飾り飾られー盛り方の順序。20先生はとても上手に教えました。ーほめるな危険。21お~星さ~まギ~ラギラ♪ー言葉の海に漂う点々~何と言ってもヨシタケシンスケのイラストは捻りが利いていて、売りになっている。清水さんの本は、たぶん・・読んでいるね
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Posted by ブクログ
大の大人が子供の発想力を悪にも善にも使用するってどうなの?
大人は自分がプラスと思えば自分の名前&研究に取り組んでいないのに論文に上げ
大人は自分がマイナスと思えば助手に擦り付ける
インタビューも編集でいい感じで編集してあたかも主人公が天才かと思える配列に並べ替える
とても読みやすかったけどちょっとイラっとしました
最後の最後に主人公の親が助けるのですがそれはお見事でございます
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第一金曜日の夜に読書会を町田にて開催していまーす。。
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Posted by ブクログ
大人の悩みに子ども達が答える相談室。実際に発行されているかめおか子ども新聞の相談コーナーを集めたものだそうです。オブラートに包んだりしないでズバリと本音を言ってるところが多くて、しかもよく言った!という名答が多くて面白かったです。そうそう、大人は子どものことを自分たちの都合のいいようにコントロールしようとし過ぎですよね。それとか、やろうと思ってたことをやれと言われるとムカッときちゃいますよね。私はお姑さんにあれしろこれしろ命令形で言われるのが嫌なので、大人だけどよく分かります。なので子供にはあまり命令形で物を言わないよう気をつけてますよ。
世の悩める大人の皆さん、息抜きがてら一度読んでみてはいかがでしょうか?
1ミリくらいの小さいかめまるくんを探すのも楽しかったです。でも老眼にはちょっと厳しいかも。笑 -
Posted by ブクログ
言語が好きなので購入。
誰の支配下にあるかという視点で「ここ」「そこ」を使い分けているというお話が面白かった。自分の方が近くにあるのに「そこ」っていう歯医者の例とか。
外国人学習者が何をきっかけに日本語を学びたいと思ったか、日本語のどういうところに疑問や興味を持っているのか...今まで考えたこともなかったような外国人の言語的背景や文化が見えて楽しかった。
やっぱ大体はアニメきっかけだよね。そういえば、台湾の友達が私にちょっと怒った時に「おのれ〜!」って言ってたのが面白かったなぁ。実生活で使ってる人初めて見たw
自然とお辞儀が出るような日本人としての姿勢を身につけることが、自然な日本語を学ぶ時には大事なんだろうなぁと思った。
言語って究極伝わればいいとは思うけど、やっぱり学ぶ身としては「間違ってないけど、そういうふうには言わないよ」っていうのを少なくしたいもんね。
文章がユーモアに富んでいて面白かったです。
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Posted by ブクログ
ネタバレ著者は日本語教師養成講座の講師。
国語の先生ではなく、日本語の先生。
ネイティブに日本語を話している人と違って、一から新しく日本語を学ぶ人に、わかりやすく日本語を教えるというのはなかなか難しい。
だって日本語って、論理的じゃないんでしょう?
いえいえ、結構日本語って、規則正しい言語だそうですよ。
もちろん例外はあるけれど。
そして、どんどん新しい言葉遣いが生まれてきているけれども。
英語は主語が重要だけれど、日本語は述語が重要。
だから動詞の語尾変化で主語を省略しても相手がわかる時もある。
敬語を使えば相手は目上。
ため口だったら同輩。など。
その割に副詞によっては、皆まで言わなくても通じる文脈もある。
「あなたのことはそれほど…(好きじゃないの。ごめんなさい)」
擬音語・擬態語については、感覚でわかってもらうしかない。
書きことばだけではない。
アクセント、イントネーションも話ことばには必要となってくる。
そして言葉の背景にある共通認識がわからないと、言葉の意味がわかっても文意がわからないことがある。
言葉ってコミュニケーションツールだからね。
そして挿絵のヨシタケシンスケ。
彼の作る絵本はいつも哲学的であり、哲学とは言葉で考えるものなので、彼の言葉のセンスはやはり一流なのであった。
直接本文を補完しているわけではないけれど、彼の挿絵を見て腑に落ちる部分も多分にある。
単行本から大幅に増補されたのは嬉しいけれども、改題はやめてほしい。
と、いつも思うけど、今回は改題の方がよい。 -
Posted by ブクログ
最近人と衝突することがあったとき、自分のなかの常識が覆されていく感覚があった。
そのとき思わず言ってしまったのが「まわりにそういう人がいなかったから戸惑っている」という言葉。
そこで思ったのが、自分の常識が他人の常識ではないというのはわかりつつも、まわりのたかだか10人くらいの意見と同調すれば逆観的に見て常識になる、というわけではないということ(類は友を呼ぶとも言うし)。
また、話しながら「私だったらこうされるとこうなるから、こうかなと思った」という表現を自分が何度も使っていることにふと気付いて、おや、自分は知らないうちに主観で自分が感じたことを相手に適応することで相手の立場に立った気がしているんじゃないか?と怖くなったこと。
そして、わかりあえないことに苛立ちを覚えたことで、自分は本質的には「話せば自分の正しさをわかってもらえる」と思い込んでいるのではないかと考えたこと。
たぶん「柔軟だと思っていた自分」を疑い始めたことで、この本を手に取ってしまったのだと思う。
結論、いい意味で「正しい」とか「間違っている」という概念がなくなり、逆に何を信じたら良いのかわからなくなった。
本のなかで、まずグサリと来たのは
「心理パンチを1番浴びるのは、不用意に中途半端に近づいたとき」
「思考停止は何かの原因を環境や他人のせいにしたとき起こる」
という2つの言葉。
実際今回の衝突の原因は「中途半端な知識で助言した」「他責にした」ことだったので猛省した。
次に、今の自分にドンピシャだったのが「常識とは自分勝手に用いられる怪しい言葉」であるということ。
自分の常識と他人の常識があることを忘れてはいけないし、別の視点から見ることも大切だし、「良い」「悪い」ではなく「どういう場合に成立するのか」という前提条件も読み取らないといけない。
同様に、「作用反作用の法則」というのも、常識を疑ううえで大切な考えだと思った。
たとえば、つまらないテレビ番組が多いと嘆く人がいるが、その理由は視聴者がそれを望んでいたりするから。「あの部下はホウレンソウができない」と文句を言う人はホウレンソウがしづらい空気を出している。というように、意外と原因は相手ではなくこちら側にあったりするらしい。
今回わたしは、「相手が悪い!」と最初に思ってしまったが、起爆剤だったのは他でもないわたしなのだと思う。わたししかいなかったし。
そして最後に印象的だったのは、「人は自分自身や自分の体験を特別だと思っていること」。たとえば深刻な悩みを抱えていたとして、事例を用いられてアドバイスをされたとしても、「いや、それはまた別のケースだから」と聞く耳を持たないらしい。
だから、「自分にも当てはまるのでは?」と気付くことが大事だし、逆に相手の話を一般化してしまうとムッとさせることになるので特別な事例として聞けばコミュニケーションは円滑に進む。
「相手は特殊な存在、自分は他者と同じ存在」と考えることで、自分が特別であるという思い込みを外す。自分が正しいと思っている限り、考え方にも進歩はない。
これーーーー!!頑固な人は進歩しないという。そんなのイヤだ!!
他にも、最近ずっと考えていた「論理と感情」の話が出てきた。私は論理がないと人を納得させられないが、感情がないと人の心を動かせないのでそのバランスをどう取れば良いのかわからなかった。
本書では「集団の意思決定やルールづくりは論理に基づく必要があり、個人を動かすのは感情やこころ」という極めてシンプルな結論に至っており、そういうふうに捉えていけば良いのだなと納得した。
話は逸れてしまったが、とにかくどの思考法も今のわたしにとってはバチバチに刺さるものばかりだったし、次に誰かとぶつかったときは(ぶつかりたくないけど)もう少し言葉を選んだり自分を疑いながら有意義な議論が交わせるんじゃないかなぁ。いや話せるといいなぁ。