“Project Light Speed” ビオンテック社 光速のワクチン開発全記録
今も世界中で繰り返し接種されているCOVID-19に対するmRNAワクチンの代表選手、ファイザーのワクチンの開発の全プロセスがわかる一冊です。ファイザーのワクチンとは言っても、ファイザーはいわば発売元であり開発・
...続きを読む製造しているのはドイツの会社ビオンテック社です。
ビオンテック社はトルコ系ドイツ人(ドイツが労働力不足からトルコ移民を多数受け入れていた時代に移民してきたトルコ人の二世)夫妻が2008年に作った会社。夫妻とはウール・シャヒンとエズレム・テュレジです。それぞれケルン大学とザールラント大学出身の医師で起業家。
ビオンテック社は創業以来、mRNAを使った「がん免疫療法」の研究と実用化を目標としていました。21世紀になってそれまで扱いにくい分子であったmRNAが多くの研究者の努力によって次第に治療薬として使える可能性が見え始めていました。それは、たとえば前述のカタリン・カリコの開発した技術などがそれです(前述のように、カリコは2018年からビオンテックの副社長に就任しています)。
ビオンテック社では、それらの技術を統合しさらに日々出現する新手法を取り入れ、治療対象である「がん」の抗原部分のDNA配列さえわかれば
1.それに相応するmRNAを人工的に作り
2.mRNAをがん患者に投与することで生体にmRNAから抗原タンパクを作らせ
3.さらにそのタンパクが攻撃目標として認識され免疫反応を引き起こし
4.その活性化された免疫反応で「がん」そのものが攻撃される
というmRNA抗がん剤の開発の一連のプロセスを完成しつつあった・・・のです。
そのドンピシャのタイミングでCOVID-19パンデミックが起こったのです。武漢からヨーロッパに感染が広がり始め、中国の研究者がウイルスの遺伝子配列をインターネットに公開したのが2020年1月10日、ウール夫妻が自分たちのmRNA技術でCOVID-19に対するmRNAワクチンを作ることを決意したのは1月21日。日本の第1号患者が診断されたのが1月15日ですからビオンテックの動きの速さには驚かされます。
そこからウールの言う「Project Light Speed(光速プロジェクト)」がスタート。テクノロジー・人員・資金・治験・政治的駆け引きなどなど、さまざまに絡み合いながら進行しワクチンが完成し認可を受け、最初の一般人に接種されたのが10ヶ月後の2020年12月8日、驚異の速度です。
ワクチン開発は単に研究が好きなだけ・技術力だけではできません。テクノロジーへの目配せ(驚くべき論文渉猟量)・周辺技術への配慮・資金繰りにロジスティクス、そして何よりも人間に使用するための何相にも及ぶ治験。それらを着々とこなしていくビオンテック社のチーム力とウール夫妻の指導力はすごい。研究が好きなだけではなく、現実社会における実行力がものをいいますね。
さまざまなことがジャスト・タイミングで一気に結合して光速のワクチン開発。そしてそれが何十億人に接種されているという現実。もちろんビオンテック社とファイザーの得た利益も桁外れです。