中野京子のレビュー一覧
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ネタバレ怖い絵シリーズの著者が書いた一冊。
肖像画の類は、絵としての美しさもあるけれども、その裏にある時代背景、人間関係などを知っていると浮かび上がってくるものがあるので、それを含めて鑑賞すると妄想が膨らんで面白い。
・運命
・呪縛
・憎悪
・狂気
・喪失
・憤怒
・凌辱
・救済
の章から構成されていて、それぞれで何枚か絵をとりあげつつ解説している。
歴史の流れをおいながら説明して行くので、好きな人にはたまらない本だけれども、登場人物の感情描写は、どうしても作者の主観的部分がたぶんに含まれざるを得ないので、そういうのが苦手な人は要注意。
個人的には、いい具合に話を盛り上げてくれる良いスパイスだった。 -
Posted by ブクログ
さすが 中野京子さんの本
多角的に絵を読ませてくれる
今回は、社会や当時の環境について が焦点かな
マネの『オランピア』や『草上の昼食』が、それぞれ
ティツィアーノ『ウルビノのヴィーナス』『田園の奏楽』の
女神や神話上の人物を 生身の人間にした絵
というのには驚いた
そうだったんだ!!
しかし、一番最初に 『草上の昼食』を見た時の衝撃は
忘れられない。
びっちりと礼装した男性と 森の木漏れ陽の下
ピクニックしているのは 全裸の女性!
(うわ、何なんだ、コレ?! ・・・だった)
中野さんは これは現在を見越した未来図だったかも
なんて 書いてる
ヌーディストビーチのピクニックね。
そう見ると、なんか笑える -
Posted by ブクログ
帯「普通そんなことする!?」
A. 「確かに普通はそんなことしないでしょうが、彼ら王族なので"普通"ではないかと」
それこそ普通にそう思いました。どうでもいいですが。
さて、感想。
・野次馬ゲーテ
・マリアテレジアとフリードリヒ大帝が結婚してたら…!でも確かフリードリヒ大帝って同性愛者だったから破局しますよね…。
・ナポレオンの兄妹の災難
・ナポレオンいなかったらアンデルセンも
・「ハプスブルク家唯一の男」と呼ばれたゾフィ大公妃(エリザベートの姑さん)
・「女の腐ったような奴」と言われ続けたプロイセンのフリードリヒ大帝。長じてからは「悪魔」「モンスター」「シュレージエン泥棒」と(主にマリア・テレジアに)呼ばれるように。長宗我部元親のスケール大きい版?ちなみにフルートも吹けます。
・そんなにマリア・テレジアに嫌われていたのに彼女の息子はフリードリヒのファン。ファンが多かったらしくロシアのピョートル3世には窮地を救われる(おかげで妻のエカテリーナ女帝にピョートル3世殺される羽目に)
・五代目ピョートルの兵士のフリしたヨーロッパ旅行。バレバレ。
・結構極悪非道だったのに最期は兵士助けて死亡ピョートル大帝
・ヨーロッパの水戸黄門、ヨーゼフ2世。決めゼリフが笑える。
・「死んでいるように見えますが、死んでいません」アンデルセン。
・教育論も書いたルソーは自分の子供全部棄てている
・ナポレオンは恋愛小説書いたことが(未完)
・ギロチンがフランスで最後に使われたのは1981年。かなり最近。
・ホワイトハウスの幽霊よりロンドン塔の幽霊の方が大迫力(当たり前) -
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◼️ 中野京子「フェルメールとオランダ黄金時代」
フェルメールはオランダのデルフト地方で活動した。ブームですねえ。
大阪・中之島で開催されているフェルメール「真珠の耳飾りの少女」を中心とした展覧会は大盛況のようだ。で、この本が回ってきた。
オランダ、はホラント州から派生したポルトガル語の「Holanda」が入って来た時の日本語化。国際的にはネーデルラント、政府はDutchも公式に使っているとか。
本ではフェルメールの作品も数点紹介されているが、オランダの中世から近代への過程、その中での画家の活動や民俗的なものが語られており興味深い。世界史以外でオランダ史、にはなかなかフォーカスすることがない。ただ、世界史とも、日本ともつながっている。
宗教改革からプロテスタントの多かったオランダエリアと、カトリックの宗主国、スペイン・ハプスブルク家との血で血を洗う独立戦争は16世紀後半から続き、さらに三十年戦争にもつれ込む。ようやく1648年のウエストファリア条約で独立が認められた。そこから東インド会社を中心の1つに、オランダは黄金時代を迎える。
オランダ人の性質は、世界一の高身長、幸福度が高く、実利的、そして庶民に至るまで絵画好き。国土的には低地が多く、国で最も高い山は300mレベル。土地の奪い合いが起きやすいと納得する。フランドル、はフランス、オランダ、ベルギー領を含む北海沿岸の地域のことらしい。
とはいえ紹介する絵画はオランダに関係するがオランダ人が描いたものだけではない。スペインの宮廷画家ベラスケスの「ブレダ開城」、フランドルのルーベンス「戦争の惨禍」が序盤に掲載されている。どちらも展覧会でよく観る画家で特に後者は神話からヴィーナス、マルスを登場させ、芯となる者に端正できれいな顔を描いていて、いかにもルーベンスっぽい。
世情からオランダ各都市では商工業者が自警組織、市民隊を作った。そして絵画好きの市民間では団体の肖像画を割り勘で描いてもらい、公共の場所などに置くことが流行し、多くの作品が残っている。レンブラントの「夜景」では知られざるエピソードも書かれていて興味深い。
オランダは魔女の火あぶりを他国に先駆けて廃止するなど、先進的で独自の文化がある。絵画史でいつも驚くのは、近代までヨーロッパでは人物画、宗教、神話などに関わる場面が、ある意味、正統とされていたこと。おそらく上流階級や教会からの発注量にも関係があるのだろう。画家も食わねばならない。しかしカトリックとプロテスタントが共存し自由な気風が強いオランダでは早くから日常の風景、風景画が描かれ、売れた。
ロイスダールの風車の入った絵、バクハイゼンの軍艦の入ったアムステルダム、どちらも港である。スッキリとして遠景、抜けが良く、建物や船は実にバランスよく配置されている。オランダは特にスピードスケートが強い。人を細かくたくさん描いたアーフェルカンプ「スケーターたちの冬景色」も同じ特徴で、微笑ましい。フェルメールも地元の光景「デルフト眺望」を描いている。クリアで落ち着いていて、水面への映り込みを凝視などしてしまう。
さて、とはいえ団体を含め人物画は絵画の1つの中心。フェルメールではエキゾチックな「真珠の耳飾りの少女」、さらに「真珠の首飾り」「窓辺で手紙を読む女」など。メツーという画家の、富裕層の美青年が手紙を書き、別の作品で手紙を読む絵などは日常も垣間見える美しさ。
人物以外でも、集団肖像画の一環として、解剖学講義の絵画なども流行したようだ。面白いのは、後に紙幣の顔となったマリア・メーリアンという生物好きの画家が昆虫など多くの生物の絵を残していること。本ではスリナムのカエルの描写が紹介されている。当時メーリアンの絵を持っていることはステイタスでもあったとか。
絵の背景を追っていくと楽しい。すべてタッチが似ているような気もする。その中でレンブラントやフェルメールは、名前を知っているから、かも知れないがひときわ何か予感させるものがあるな、と今回思ったのでした。 -
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美女の絵画がたくさん見れて眼福。
それぞれの逸話も面白い。美女は災難に巻き込まれることも多くて大変そうだが、美貌を活かして成功する例も近代以降多いよう。
男性にきれいじゃない、と言われた女性画家アルテミジアが描いたユーディト、かっこよかった。
結構男性を描いた絵画も取り上げられている(バイロンやリストなど)。
p13
「美貌は確かにチャンスを引き寄せるが、それを活かせるかどうかのその先には、意志と知力と官能が必要だ。それらすべてを備えた女性に、太刀打ちできる男などいない」
p18
「アポロンが奏でる弦楽器は精神を高め、マルシュアスが吹く管楽器は情念に作用するとされた」
p21
「神とは、荒ぶる大自然であり、抗えぬ運命そのもの」
p56
「ヨーロッパの図像に骸骨があふれだしたのは、中世のペスト大襲来以降とされる。(中略)十四世紀末の大パンデミックではヨーロッパ人口の三分の一とも半数ともいわれる二千五百万以上の死者を出した。(中略)死への恐怖を克服しようとした」
p68
「ルーベンスは生来、人生の明るい面を見るタイプだったし、健全な精神と知性によって満ち足りた人生を歩み続けた。」
p72
「美貌はチャンスを増やしても成功を約束しない」
p72
「(ソウル・ディブ監督『ある公爵夫人の生涯』)。脚色されてはいても、ほぼ事実に沿って描かれている」
(この映画、見た気がするのだが覚えていない。。)
p116
「ファッションは生き方を語る、それを身をもって示したのはシャネルだ」
p128
「完璧に見えた相手にほんのわずかな疵があって初めて魅力的に感じる」
p145
「(サラ・ベルナールは)女優としてだけでなく演出家として、経営者として、興行師として打って出て、見事に世界を制覇した」
p174
「男性の身づくろいにも厳密なTPOがあり、少しでも外れると顰蹙を買った。朝食の時、散歩の時、乗馬の時、煙草を吸う時、オペラ座に行く時、レストランで食事の時、他家へ招待された時、自宅でくつろぐ時、全部違う服だ」 -
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今月頭にヴェルサイユ宮殿に行くことが決まっていたので、旅行前から読み始めた大作。大好きな中野京子さんの訳ということで期待して読み始めたのだけど、期待を上回る読みやすさ。ギリシャ神話などから用いられた比喩表現には訳注がついているけど、いきなり出てきた人物が誰なのか、地名がどこなのか、など自分の知識の無さからついて行けなくなる部分はあったにせよ、中野京子さんの訳は現代語に沿っているのでとても読みやすかった。
上巻で描かれるのは、若き日のマリーアントワネットのエネルギッシュな自由さと、少しずつ溜まりゆくその代償。マリーアントワネットはとにかく考えることが嫌いで、読み書きもろくにせず、楽な方へと身を任せ、常に楽しいことしか考えていない短絡的な女性に描かれているのだけど、この描写が下巻で素晴らしいコントラストを生み出す点も巧妙に練られた構成だなと感じさせる。
372ページとボリューム感のある本なのに、スピード感のある筆力にぐいぐい引っ張られる。ちなみに、ベルサイユのばらはこのツヴァイクの本を参考文献としたそうなので、ベルばらを読んだことのある人なら絵面が脳裏に浮かぶことも多いかも。