フィリップ・ディックはいくつか長編を読んだことありますが短編は初めてです。長編は面白いんだけどよくわからないことも多いのですが、短編では言いたいことが直接的に書かれて分かりやすいです。
なにかの本のあとがきでフィリップ・ディックが小説を書く理由として「この世界では生きられない自分の愛する人たちが生きられる世界を作る。本来なら自分を現実に合わせるが自分はそれができない。それがSFを書くっていうこと」といっていたのと、自身の生活やら小説テーマが社会に抵抗するところもあるので、反抗的な印象があったのですが、この短編を読むと平和や人間の自由をのぞみ、やりすぎた管理を批判する当たり前の感覚でした。。
『トータル・リコール』
気弱で平凡なクウェールは、毎晩火星へ行く夢を見ていた。自分は火星特別秘密捜査官なんだ!…という妄想が膨れすぎているようだ。
この物語では、人の脳に記憶を植え付けることができる。そこでクウェールは記憶植え付けを請け負うリコール社に行って、火星旅行の記憶を入れてもらうことにした。平凡でつまらない人生のほんのちょっとした刺激だ。
しかしリコール社の植え付けは失敗した。それどころかクウェールの深層心理から、隠されていた記憶を呼び戻してしまった。
呼び戻された記憶によると、クウェールは本当に火星特別秘密捜査官で暗殺業なども手掛けていたのだ!
クウェールがが記憶を戻したことは捜査官たちに知られて、殺し屋を差し向けてくる。
追手から逃げる方法は体が覚えていた。クウェールは「争いはやめよう。もう一度俺に記憶を植え付けて、火星のことは忘れさせてくれないか」と提案する。
そしてまたリコール社に行くと…。
==シュワルツェネッガーの映画は昔見たことあり、この後火星に行ってアクションします。原作はある意味中二病が全部叶った!って感じが楽しかったです 笑
『出口はどこかへの入口』
平凡なサラリーマン生活を送るバイブルマンは、宇宙最高の大学への入学をスカウトされた。(大学の名前は「大学」。唯一無二のThe大学って感じか)
ここに入れば就職は引く手あまた。自分の送ってきた学ぶ機会もなくつまらない人生を変えられるのか。
入学者たちは「大学」の初日に極秘情報の守秘義務に付いて聞かされる。それはあるエネルギー開発システムだった。
バイブルマンは、たまたま自分が受けた退屈な講義の中に、そのエネルギー開発に関わる設計図を見つけてしまう。
バイブルマンは手に入れた設計図を追う扱うかを逡巡する。「大学」にいるためには機密事項を守らなければならない。しかしこのエネルギー設計図は公表すれば多くの人たちが助かり、このまま秘密にしていたら一部の人たちの富を独占を許すことになる。
社会のために公表するか?しかしその場合自分は逮捕されるだろう。
お金のためにどこかの企業に売る?それもすぐに自分だとバレるだろう。
素直に大学に差し出すか?
決断の時が迫る。
==フィリップ・ディックだったらやらないだろうなーという決断だった。
『地球防衛軍』
8年前のアメリカとロシアの戦争で地表は放射能まみれになり、人々は地下に潜った。地上の戦争や放射線除去は、ロボットたちが地下からの人間の指示に従って行っている。
人間は地下で戦争を指示し、ロボットたちが地上で代理戦争をしているということ。いびつだ(-_-;)
しかし最近ロボットの様子がおかしい。もしかして地上ではもう放射能の影響は無くなっているのではないか?
==地上の様子の美しいこと。読んでいても嬉しくなる。しかしそんな地上の様子を見て「では今こそ戦争を進めて敵を壊滅させるチャンス!!」と決意する人間にはがっくり。
ロボットが自分で判断し、人間の予測不能なことをしたら?というのはSFのお約束ごとですが、大体は人間をロボットが支配するような方向になります。しかしこちらのロボットはなんと素晴らしい!人間からの命令の範囲で、人間を傷つけず、自分たちロボットが何をするのが一番人間の未来に良いのかを計算し、それを実行する。
素晴らしい!!
だが人間は…。
しかしラストでは、ちゃんと正しい方向に向かおうとする人間の姿も書かれます。
なんといういのかですね、人間はロボットに恥ずかしくない存在でいられるのかな。
『訪問者』
人類の大戦争で地球は放射能に汚染された。その当時の生物は姿を消した。人間は地下に潜り、酸素や食料を生み出す機械に頼って生きている。
だが地上に残った生物たちは、放射能に対応できるように、人間と動物の特徴を持つ姿へと変えて生き延びた。
複眼と触覚を持つ「アリンコ」、カンガルーのような「イダテン」、目がなくて穴を掘る「ミミズ」、ゴツゴツの高身長の「トカゲ」、水性生物「イルカ」
地下でほそぼそと生き延びる人間は、もうこの地球では過去の遺物なのか。このまま消え去るしかないのか。
==もう地球に人間の居場所はない。いつか地表の生物たちは訪問者となった人類を迎えてくれるのか。人間が生き延びる道は見つかったが、故郷は失った。物悲しさの残るお話。
『世界をわが手に』
科学は発達し、宇宙探索は進み、人類の寿命は果てしなく長くなった。
だが宇宙には、人類が友好関係を結べるような生命体を見つけられなかった。長い退屈の生活を余儀なくされた人類は、地球そっくりの惑星で、生命体を進化させる生きた球体「世界球(ワールドクラフト・バブル)」に夢中になっていた。何十年も掛けて、生命の発達を細かく設定し、最高の文明を作り上げる。
だが人類はそれにも飽きかけていた。何十年も手塩にかけ最高の「世界球(ワールドクラフト・バブル)」を叩き壊して狂乱のパーティを繰り広げる。世界球の神である作り手の気まぐれから、絶滅する球のなかの生命たち。
だがそれは、この地球もそうなのではないだろうか…。
『ミスター・スペースシップ』
人類は、他の星の生命体との戦争の連続だった。人類生き残りとしてエンジニアのクレイマーが立てた計画が採用される。それは宇宙船に優れた人間の脳を移植するということだった。その人間の自我はなくなる。だがプログラムでは測れない人間の経験や反射、直感により的の宇宙船の攻撃を交わし、相手を攻撃することができるだろう。
移植する脳の候補として元教授で余命僅かな老人トマスが挙がる。トマス元教授は説明を聞き、設計図をみて、ついには了解した。
トマスの脳は宇宙線に移植される。だが宇宙線は地球からの制御を振り切る。どうやらトマス老教授が移植前にプログラムを書き換えていたのだ。教授の自我を持った最高性能の宇宙船(オールドマン)は何を目論んでいるのか…。
==戦争なんかやめようよ。最初の世代は苦労しかしなくても、何代も掛ければそれを共通認識とする集団ができるよきっと、という、テーマは平和と希望を持ったお話。
『非O(なるおー)』
人間の感情を全く持たない「非O(ナルオー)」と呼ばれる特徴を持つ人間がいる。彼らは、この宇宙のすべてのモノ(オブジェクト)には意味がなく、すべてを統一してエネルギー化する運動「非O理論」を実施することにした。(このあたりは、科学的な説明がされていたがよく分からず(^_^;)
でもさすがに感情のある人間は黙っちゃいないよ。完全に理論的なナルオー計画は、知性よりも感情を爆発させる獣ような大衆によって破壊されるのでした、ちゃんちゃん。
『フード・メーカー』
やましいことがないなら頭の中を覗かれることに抵抗するなんておかしいだろう。
ある地域の事故の後に突如生まれ出した精神感応者(テレパス)たちは、政府に雇われ、不満分子たちをあぶり出していた。だがそんなテレパスたちに抵抗する人達もいる。中心にいるのは、精神を読まれなくする頭環(フード)を作る「フードメーカー」と呼ばれる伝説のような人物。
だが厳しい捜査により、フードメーカーもテレパスに捕まってしまった。抵抗一味が根こそぎになりそうな時に、フードメーカーは自分が知った重大な秘密を暴露する。
それは政府に多大な権力を与えられた精神感応者たちを絶望させるには十分な情報だったのだ。
『吊されたよそ者』
地下室の作業を終えたロイスは、街路樹に吊るされた死体を見つけて仰天する。
しかし近所の人達は誰もその死体に反応しない。それどころかロイスは騒動を起こしたとして警察に連行される。違和感を覚えたロイスは危うくパトカーから飛び降りる。
そして市庁舎で目撃してしまったのだ。町の人々が、人間の姿から不気味な昆虫の姿に変わっていく様子を。どうやら自分が地下室にいた間に、この町はエイリアンに乗っ取られてしまったらしい…。
==この冒頭、SF映画の冒頭のようでないか!しかしこれは短編だよ、どう始末するの?…と思ったら、まあ短編ならこうなるよね…な結果に。
これを原作に長編映画作ったらこの短編の終盤から全く違った展開に持っていけそうだなあ。
『マイノリティ・リポート』
未来に起きる犯罪を3人の予知能力者(プレコグ)により予知させて、まだ犯していない罪で犯人予定者を収容所にいれる。このシステムが確立され30年、殺人はなくなった。
だがある日、システム考案者で司法省長官のアンダートンは目を疑った。殺人者として自分の名前が予告されたのだ。被害者は会ったこともない人物だ。
誰かが自分をはめようとしているのか?それとも自分が構築した犯罪予防システムは間違いだったのか?
==未来が分かったことにより、人々の行動が変わったら、その未来はなかったことになるのか?
複数の未来統治者が見た未来が違ったら、どれを採用する?
SFジレンマというか哲学、そして考案者の初老の男が割と頑張るアクション的なものもありました。
トム・クルーズの映画は見ました。映画では殺人容疑を掛けられるのは若者なのでアクションしたり組織悪を暴露する物語でした。
こちらの原作では、殺人容疑をかけられるのがシステム考案者で責任者の初老の男なので、結末は全く逆でしたね。その初老の男が自分の作ったシステムに固執しながらも、体を張ってアクションとか銃撃とかする原作も十分面白かったです。
…しかし未来余地の矛盾に関する科学的・哲学的考察はちょいと理解できず(^_^;)(映画ではこのあたりが「組織悪」のように単純化されていた)