高橋義孝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
気色の悪い虫の描写は流石に世界文豪と呼ばれるだけのことはある。作品のテーマとして、障害を抱えた人とその周りの関係の比喩なのではないだろうかと感じる。虫になんて誰もなりたくないから。ただ、本題の結論として、ほったらかして正常な人間は新しい生活を始めようというのはいただけない。まあ時代が時代なので、そういう理解がないことは考慮するにしても、給仕をしない、意思疎通ができないことからの放棄は現代の身体障害者、精神障害者に対する所謂健常者の拒否反応を上手く言い表していると言えるし、そういった人の区別からの排斥は昔からも未来へも変わらないのだろう。
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Posted by ブクログ
場面は海底から天界まで、更には時代も超越して世界の限界を越えて描きながらも、徹底して人間臭く生きることを語っている。そのスケールの大きさと懐の深さがとても魅力的だった。
悪魔の力を借りながら、戦争にまで手を貸すファウスト。古典に馴染みがない自分にとっては何でも有りな展開に面食らってしまうところもあったが、哲学も政治も幻想も入り混じった詩劇の何たるかを思い知らされた。書きたいことを全部書くのだと、全霊をかけた気概が読んでいて心地よい。
ここまで自由奔放に描けるのは、詩や芸術だけでなく、歴史や科学まで網羅した圧倒的な知識の量があるからだろう。全ての章にインスピレーションがあったのではないか。手塚治虫の『火の鳥』のように人生かけて書いてる物語なので密度が凄い。
注釈もあるが、それでも分からないところは沢山あって、こればっかりはとAIに解説をしてもらって随分と助かった。ギリシア神話などの知識が無いと中々厳しい。知ってると知らないとでは面白さが全然違う。
とはいえ、当時の世界観や神話などは西洋の文化圏なら常識の範囲なので、ほとんど難しい話はしていないというのも凄いところ。
笑いどころはたくさんあるし、なんと言ってもメフィストフェレスが素晴らしいキャラクターなのだ。皮肉が知識人の息抜きになっていることがよく分かるし、世の欺瞞を鮮やかに切っていく悪魔は、正しいことを為す主人公以上に、真実を伝える上で重要な役回りなのだと感心する。
すでに多くの作品に影響を与えているので実証されていることだが、エンターテイメントしたファンタジー作品としても十分楽しめる。
哲学を説教的に語るのではなく、目まぐるしい壮大な世界に翻弄される登場人物の言動にゲーテの思想が垣間見えて、作品をより魅力的にしている。ちいかわの深さに大人がハマるみたいなことか(違うか)。
ゲーテについても調べてたら面白い話が山のように出てくる。ゲーテとフンボルトに親交があったことを知って興奮した。松岡正剛と荒俣宏みたいなものか。天才は惹かれ合うのだなぁ。
注釈にファウストの息子がバイロン卿とあってびっくりした。調べてみるとモデルということらしいが、バイロン卿が若くして亡くなって、その功績を讃える意味もあるらしい。ゲーテと『フランケンシュタイン』のメアリ・シェリーが同時代の人なのだと不思議な感覚になった。因みにナポレオンも同時代。フンボルトもいて、若きダーウィンもいる。どんな時代だ。とても好きな時代。
まだ一回通して読んだだけなので、何度も読んで更なる魅力を発見していきたい。漫画の『風の谷のナウシカ』も読むたびに発見があるのだが、宮崎駿もゲーテが好きらしいので、近しいものがあるように思う。ゲーテの他の作品も読まねば。 -
Posted by ブクログ
解釈が難しいところを読み返しながら
読んでいたため5時間かかりましたが
「変身」を読み終えました。
「変身」のグレゴール・ザムザと
「判決」のゲオルクは
親に心を支配されているところが
共通していると思う。
親が要求したものに応え続ける人生。
「判決」のゲオルクが父親に怒鳴られている時もゲオルクは父に愛を向けていたように
「変身」のグレゴールも
どんなに職場で辛い思いをしても
自分自身が虫になって
自分自身の未来すら見えない状況でも
家族のことを一番に思い愛していた。
しかし「判決」の父親も「変身」の家族も
自分達が要求したものに応えられないものは
裏切り者であり
愛するに値しない人間と成りうる。
「変身」のグレゴールは誇らしい息子
家族を経済的に支えることのできたからこそ
この家族に必要とされ限定的に愛された。
経済的に支えられない虫となったグレゴールは
この家族にとって愛すに値しない。
虫になったグレゴールは家族の行く末を案じ
弱って死んでいったが
仮に虫にならなかったとしても
グレゴールは最後まで家族の支配から逃れられず要求し続けられ
本当の自分の人生を生きることなく
死んでいったのだろう。
あんなに行く末を案じた家族は
本気になればそれぞれ仕事をし
生活をしていけるというのに
今までグレゴールに頼って生活していた。
グレゴールがいなくなった今
彼らはそれぞれ働いて生活をしているが
妹が結婚をした時
その夫がもしかするとグレゴールのように
支配され要求され続けるのではないかと
なんだか心配になってしまいました。
親に支配され続ける子供の
なんと悲しいことかと深く考えさせられました。
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Posted by ブクログ
ネタバレ正直、自分に重ねながら読んでいた。ウェルテルの感情の大枠には共感できたが、ウェルテルの行動や細かな感情には自己陶酔を感じると言わざるを得ない。ウェルテルはとても感情的な人間で、だが賢かった。作品の根幹となる自死というものについて、理論的な人間であるアルベルトと話し合う場面もあった。その場面では、ウェルテルはアルベルトとは根本的に異なり、相容れないだろうという感情が先行し、これが後々の蟠りに繋がったのであろうと感じた。思い込みが激しく、それに違和感を感じる事ができるほど賢いが、改善には繋がらないような人間臭さがあった。その人間臭さがロッテへの執着につながった。ロッテの性格を考えると、アルベルトという神に誓えるほど尊敬し、愛している相手がいながら、ウェルテルのことも恋愛感情だけでなく、大事な存在に思っているという感情にずっと蓋をして、聖母のような労いや敬いの心でウェルテルに接していたが、いざ、ウェルテルが自死するのではないかということを知覚すると、その蓋が一気に外され、蓋をしていた感情がロッテに流れ込んだだけでなく、その過程までウェルテルに見られたような感じがラストシーンにはあった。作品構造としては、ウェルテルからの一方的な友への手紙をつらつらと並べており、あたかも読者がウェルテルの友であるかのような錯覚に陥り、ウェルテルを擁護しようという感情につながった。ウェルテルとロッテは作中の詩に自分たちを投影し、私はウェルテルとロッテに自分を投影していたため、現実と小説の境界が曖昧になり、シュルレアリスム的表現を勝手に感じていた。
若い時期に読むことをおすすめしたい!! -
Posted by ブクログ
ロッテは純粋で無垢だと思っていたけれど、今回読み返してみて、もしかしたら無意識にヴェルテルを弄んでいたのかも?と思った。彼女自身も、誰かに愛されることで安心していたのかもしれない。悪気はないけれど、彼女の“優しさ”は残酷でもある。
後半に行くにつれて不安定になるウェルテルは読んでいて辛かった…。
彼の愛はものすごく重いけど、ロッテを理想化しすぎてるんじゃないかと思う部分もあった。
あと、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』、ドストエフスキーの『白夜』を思い出した。
『ワーニャ伯父さん』は、愛してはいけない人への想いを抱えながらも、どうしようもなく惹かれてしまう登場人物の苦しみが描かれていて、『白夜』は相手を理想化した故の激しい恋の物語で、ウェルテルが刺さった人にはオススメ。