高橋義孝のレビュー一覧
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古典は難しい。というのはその時代背景が分かっていないとキャラクターの性格や行動に共感しにくいことがあるからだ。主人公のハンス・カストルプはハンブルグ出身の無垢で「単純な」青年であり、その性向は当時の比較的裕福な階層の若者としては平凡なものなのだろう。物語は彼が「魔の山」と呼ばれるスイス高原ダヴォスのサナトリウムで療養中のいとこを尋ねると頃から始まる。そこで出会う患者たちとの関係を深めていくうちに、彼も(おそらく肺病に)罹患し、生活を共にすることになる。理性と道徳という視点から人間のあるべき姿を説くセテムプリーニとの対話ややせ細ったロシア人のショーシャ婦人への仄かな思いなどが延々と語られるのだが、やはり素直に共感は生まれなかった。下巻ではどのような展開になるのだろう。
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大正2(1913)年、東京・神田生まれのドイツ文学者によるエッセイ。この世代によくみられるモダニスト、やわらかい心の持ち主かと思い手にとってみれば、やや期待外れ。
文中しばしば登場する「昔の日本はよかった」「近頃の若いもんは」「女というものは」式な発言は、なんだかおじいさんのお小言に付き合わされているようで、現代のぼくらからするとあまり居心地のよいものではない。とはいえ、エッセイを読むということは、心にピタリとくる一文をみつけるいわば「宝探し」のようなものと思えば、著者のいかにも江戸っ子らしい歯に衣着せぬ物言いと人間への洞察力に富んだ見方には、読んでいて目から鱗が落ちる瞬間も少なくなかった。
たとえば著者は、「はっきり言うと、うまいものは民主主義的ではありえないのである。うまいものは、少数の人間の独占物なのである。いや、そうならざるをえないのではないかと思う」と、〝自称グルメ〟たちがメディアに影響されて一流料理店に押し寄せるような風潮に釘を刺す(「異説・食べもの考」)。この点は、辻静雄の半生を描いた先日読み終えたばかりの伝記小説から受けた印象とも通じる部分があり興味深く読んだ。
また、おなじ文脈から「おしゃれ」を論じるとこうなる。おなじ「平凡な」身なりでも、「さんざん衣裳道楽した揚げ句の果ての平凡」と「ただの何の変哲もない平凡」とではその中身がちがうとした上で、こう言うのだ。「『渋さ』に至るには、その前に華美、派手の段階を通過していなければならない」。
他にも、無用のものへの偏愛を綴った「北海の魚」、エピソードから〝師匠〟内田百閒の〝人物〟をユーモアたっぷりに語った「忘れ得ぬ人々」などもよかった。
文庫版のあとがきは常盤新平、装丁は柳原良平。 -
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『トニオ・クレーゲル』
「普通の人」とはどんな人か、「普通でない人」はどんな人か、「才能のある人」と「才能のない人」はどちらに属するのか、そもそもすべては別のカテゴリとして別れているものなのか、そして自分はどこに当てはまるのか。
自分がどうあるべきか分からなくなり不安になったことのある人に読んでほしい一篇。
10代のうちに読んでいたらもっと精神的に成長できたかもなぁと感じた。
『ヴェニスに死す』
アシェンバハが「美」に呑み込まれていく様は底なし沼に足をとられた人のようだった。終盤の狂気っぷりは物語としてはとても面白かったけれど、人としてはさすがに気味が悪かった。
現代でいうならアイドルにハマって築き上げたすべての関係・立場を捨ててもそれを追いかける人、みたいな感じ(笑)
どちらも感情と思想・感性と理性・美と倫理など相反するものの間で葛藤する人の話。
二篇の内容から、どちらとも決めつけず、極端に揺るがない程度の自分らしさをもつべきだと考えさせられた。 -
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ネタバレ『ファウスト 第二部』は「つめこみすぎ」という感想になる。特に「古典的ヴァルプルギスの夜(第2幕)」が長すぎて、「ギリシャ神話のキャラクター」が数多く登場し、主人公ファウストまで消えてしまう場面が続く。
ただ、ゲーテは「ファウスト伝説」を研究し、それをアレンジして再現している。
1.ファウストのモデルは「ゲオルク・ファウスト」という実在した錬金術師。錬金術の研究に失敗して、彼は爆死してしまう。『ファウスト 第二部』でも、爆発でファウストが気を失う場面がある。
2.様々な「ファウスト伝説」のうち、「ファウストはギリシャ神話の美女ヘレネーと結ばれ、息子が生まれる」という内容の話があり、ゲーテはこれも採用している。ヘレネーの侍女たちは「合唱隊」であり、これは古代ギリシャ劇の「コロス(合唱隊・コーラス)」を意識したらしい。
3.「ファウスト伝説」は「ファウストの勝利」、もしくは「メフィストーフェレスの勝利」で終わるなど、様々な結末がある。ゲーテの場合は「二重のギャンブル」で決着をつけた。
『ファウスト 第一部』で魔法の薬によって若返ったファウストも百歳になり、現在ではなく未来を想像して満足し、「とまれ、お前はいかにも美しい」と言って死ぬ。メフィストーフェレスは「ファウストとのギャンブル」に勝利したが、ファウストは彼の力で堕落して死んだのではないから「神とのギャンブル」に敗北してしまう。
そのためメフィストーフェレスはファウストの魂を手に入れることに失敗し、天使や聖者、かつての恋人グレートヒェンがファウストを救済して物語は終わる。
……神様はずるい。 -
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ネタバレ解説が無かったので、この作品をどういう視点から見ればいいのかがわからないまま第4幕まで読んでしまった。…下調べは必要ですね。
この作品は19世紀に書かれたもの(第1部が1808年で、第2部が1832年なのだとか)ですが、作品の舞台自体は16世紀ドイツに実在した伝説の「ファウスト博士」をモデルにしています。
そういう訳で、ポスト啓蒙主義時代のはずなのにアナクロニズム漂う不思議な作品でした。こういう作品がウケるというのは何なんでしょうね、20世紀に入ってからドイツが魔術に傾倒していく歴史的な何かを暗示してるんですかね。
この『ファウスト』という作品は2部構成になっていますが、第2部は1部から20年以上経過して発表されているので、ゲーテの心境に何か変化があったのかもしれません。
特に第2部は死の間際に完成したのではないかと思われる所からもやはり、ゲーテにとって特別な何かがあったようです。
ゲーテはファウスト博士の生涯に何を見たんだろうか、と最後まで読んでから考えると一本の糸が見えてくるような気がします。
第1部でファウストは、ものすごく真面目に生きて来たことを後悔し、悪魔と契約をして若返ります。そして人間的な様々な過ちを繰り返し第2部の最終幕までなだれ込みます。この最終幕でファウストは、やっと“ひとかどのこと”を成し遂げようと思い立つのですが、その途上で亡くなってしまいます。
この物語は自信家の若者が様々な過ちと苦悩を繰り返し、一つの真理にたどり着くまでを描いた…コメディなのだろうと思いました(たどり着いたのが死の間際、という所が悲劇的と言えばそうなのかもしれない)。
悪魔的な内容にもかかわらず、実に敬神的なラストを迎える本作ですが、最後まで納得いかないのはファウストって、天使が言う程魂の清い人なのだろうか?という所。
しかし、人を見ることに巧みなゲーテは、ファウストを敢えてみっともなく描いているのだろうなあと思います。どんな立派な人でも、非の打ちどころが無いなんてことはありませんからね。
そしてそれは彼自身の懺悔であったのかもしれません。
バイロン卿の暗示が出てきたりと、当時の観客の目線で見たらまた違った感想を持ったんだろうなあという印象なので、そこまで評価される作品ではないと思うけれど、間を取って★3つにしておきます。 -
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主役はメフィストフェレスに変わったんですか?ファウスト影薄っ!
しかし「ギリシアの神様連れて来て」と言われれば「いや宗教違うし」って渋ったり(メフィストフェレス君はキリスト教の悪魔だからね)、そのギリシアではホーム地と勝手が違って現地の魔物に振り回され放題だったり、皇帝に指揮杖貰えなくても「あんなものいらないさ。何かこう形が十字架めいていたしな」なんて言ったり、なんだか可愛いなぁメフィストフェレス君。やっぱり十字架は苦手なんですね。(と思っていたら私が見たオペラでは突きつけられた十字架の銀紙を剥いて中のチョコレートを食べていた。すごい演出だ)
とりあえずゲーテは詰め込みすぎじゃないのかこの話。ギリシアの神々はまだしもタレスとかまで出てくるのか。そんなに出してどうするの。そこに意味はあるんだろうか。
あと一番突っ込みたかったのは、ヘレネと恋人になりたいなんてファウスト、君身の程知らずだなぁ…、と。いやアフロディーテとか言い出さないだけマシだろうか。